3 隠しキャラ は『ひろいん』と会う
今日2つ目の更新になります。
リーフライトは暗い石づくりの棺の中に戻っていた。おとぎ話の王子の彫像がある四阿の地下だ。だが、リーフライトにはそこに戻った記憶がない。
桃色の髪のマリアンヌが学生のまま、王太子と結婚したところで、リーフライトの視界は暗転した。
暗い地下室の中はずっと閉めきられていたような、空気の濁りを感じる。ある予感を持って、リーフライトは急いで地下から出て、近くの木の上に座った。
少しして予感の主はやってきた。銀色の縦ロールを揺らしながら、王子の彫像に語りかける。
「ちょっと聞いてよ、素敵な彫刻男子の貴方。入学早々、王太子殿下は浮気者なのよー!わたくしという婚約者がいるのに」
リーフライトの血の気が引いた。8度目の同じ台詞を少し前に、自分が血を吸い尽くして殺した少女が、生きて言っている。今回は前回の教訓を生かし、リーフライトは彼女の前に出なかった。
あれは劇の台詞じゃなかったのか。リーフライトは夢うつつで何度も聞いた同じ台詞を思い出す。時が巻き戻ってやり直したのだ、同じ一年を。
何が起こっているのか確かめたい。リーフライトは行動を起こした。
まず、リーフライトは一年女子寮の屋根裏で過ごした経験を生かした。リーフライトは耳で聞いて知った店、街の化粧品屋を閉店間際の薄暗くなった頃に訪れ、日焼け止めを手に入れた。あと、雑貨屋で色が薄く入った眼鏡を購入した。
日焼け止めをつけフードを被ると、割と生活には問題がなさそうだった。眼鏡がかなり日光を減衰してくれて、目の負担も減らせた。
次の日長い黒髪をまとめ、フードをかぶり、学園長室を訪れた。
リーフライトが眠っていた場所は学園の敷地であり、東屋も手入れがされていた。自分が100年平穏に眠れているということは、何らかの管理がされていたと考えられたからだ。
学園長室にノックをして回答を得て入り、フードを脱いだ。
学園長は自分を見て、目を見張った。そして、ソファーを薦めてきた。
「夜の人が目覚められたとは驚きました。森に眠っておられるとは先代から聞いていたのですが。」
「やはり、知っていたのか。」
「初代が『夜の人が目覚める時、呪いが解け救われる』と謎の言葉を残してましてな。貴方の肖像画と一緒に。歴代学園長には夜の人から何か希望があれば、必ず叶えるように申し送りをされているのです。」
そこにはちょっと驚いた。まぁ、学園に眠ることになったのは、100年前この国の王との友誼があっての事だ。しかし、仮にも人の血を飲み、人間に敵対しているような存在がこんな待遇を受けていいのだろうか?
「とりあえず、学園にいてもおかしくない身分が欲しい。今の状況がおかしいのは分かるが、状況を知りたいので」
「ふむ、とりあえず古語はわかりますか?」
「500年ほど生きているので、その時代のものなら」
「十分です。古い言葉で書かれた魔法書を解読できる人が欲しかったのです。身分が必要でしたら、古語の講師はいかがでしょうか?ほとんどは書庫にこもっていただいて結構ですし、たまに生徒に教えていただけると助かります。」
学園長は深く頭を下げてきた。リーフライトはこちらが頼んだのに、頭を下げられて困った。とりあえず、教師職を『わかった、ありがとう』と引き受けることになった。
リーフライトは昼間ほとんどを書庫ですごした。基本は依頼された古語の書を今の言葉に翻訳する仕事だ。この100年の流れを把握ついでに、今と同じような状況がないかを古い魔法書をあさって探していた。
エルザとは一度古語の質問に来て、話すことができた。また授業があれば、少しずつ話す機会もあるだろう。そう思っていたある日、事件が起こった。
「隠しキャラのリーフライトが、どうしてここにいるの?私はまだ他のルートを終わってないのよ!」
書庫から出てきたリーフライトに、桃色の髪のマリアンヌが廊下で、意味不明なことを叫んだのだ。ちなみに、今の講師の仕事ではリートと名乗っているため、リーフライトの名を知っているだけでも彼女が何か知っていることになる。
リーフライトは書庫にマリアンヌを連れ込んだ。
「君は何か知っているのか?今の状況を」
「リーフライトは私が目覚めさせるはずだったのに、どうしてここにいるの?」
「君は私の眠っていたところを、知っているのか?」
「森にある恋が叶う王子像の下にいるんでしょ?」
「恋が叶う?」
「夜中の一時に誰にも知られずに、彫像の王子に恋する人の話をすれば、恋が叶うらしいのよ。」
エルザが毎回夜中に一人で来るわけだ。そして、エリザは浮気な王太子に恋をしているということになる。
「リーフライトが目覚めたってことは、コンプリートが近いからかしら?」
「コンプリートとは何のことだ?」
「この世界は昔やった乙女ゲームの世界なのよ。攻略対象を個別に全部落として、逆ハーレムと自立ルートのエンディングまで行ければ貴方が目覚める予定だったのよ。」
何を言っているのか全然わからない。ゲーム?ボードゲームやチェス?それともスポーツのことか?エンディングは終わり?
「おかしいと思ってたのよね。エルザを前回殺したのは、やはり貴方よね?隠しキャラが出てきているはずもないのに、処刑前に血を吸われて死ぬなんて驚いたのよ。」
リーフライトは凍りついた。この少女には前回の記憶があるのだ。処刑を前の必死な懇願に応えて確かにリーフライトは、苦渋の決断でエルザを殺した。人が死ぬことをそれを気軽な話題のように言う、桃色の少女をリーフライトは許せなかった。彼はマリアンヌの細い首に手をかける。
「お前を殺せば、この連鎖は消えるかもしれないな。」
自分で何故ここまで怒っているのか、理由はわからなかった。永い時間の中、人は食料として生死もどこか希薄になっていたはずだった。実際手の中のマリアンヌの命は、リーフライトにとってとても軽い。
「私のせいじゃないわ!ゲームの強制力が働いたの!貴方を救えるのは『ひろいん』の私だけなのよ。私だけが貴方を人間に戻せるの。」
なんて本当かわからない事を必死で訴えてくる。自分を殺すべきじゃないと。
意味はわからないが、今の不思議な現状に対する答えがあるかもしれない。その思いが手の緩みになり、マリアンヌは隙を見つけて逃げ出した。そのまま書庫から全力で飛び出した。リーフライトが一瞬遅れて飛び出した時、目の前でマリアンヌがつまづいた。書庫の前は廊下を挟んで階段。マリアンヌは足が上になり、階段の上で回転するように宙を舞った。
『ひろいん』マリアンヌは勢い余って、踊り場の窓を突き破る。そのまま落下して、二階下の石畳に大きな赤い染みを作った。
そして、また世界はリセットされた。
読んでいただき、ありがとうございました!