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Wing Place   作者: 神木界人
8/9

決勝戦


清野悠生


「それでは早速決勝戦を始めさせていただきます。お二方に戦っていただくゲームは――」


『インファゲーム』


「このゲームではお二方に殺人事件を解決していただきます。それでは詳しい内容の説明に入らせていただきます」


 設定としては容疑者がA~Dの四人おり、被害者は40代男性。

 ゲームはまず初めにお二方に犯人カードという物を配らせていただきます。犯人カードには『犯人名(A~Dのどれか)』『年齢』『職業』『殺害動機』『殺害方法』の五点が記されております。

 そこに書かれていることに関しては変更することのできない事実だという事を覚えておいてください。

 カードを確認したところでお二方には五分間で殺人事件のシナリオを考えていただきます。まぁシナリオと言いましても『5W1H』程度がしっかりしていればある程度ゲームは成立しますので安心してください。

 それと並行して、犯人以外の容疑者の人物像も考えていただきます。のちにお話ししますがこのゲームで鍵を握るのはいかに相手をミスリードさせられるかにかかっておりますのでこの容疑者たちの人物像はとても大切なものになってきます。こちらに関しては基本的に自由に設定してもらって構いません。ただし、犯行と矛盾する場合(共犯になっているや本当は犯人カードの人物が犯人ではない。論理的に考えて犯人ではなく容疑者の方が悪い)はディーラーが適宜ゲームを中断し、確認させていただきます。

 また、犯人についても犯人カードに書かれていない内容。つまり『性格』や『家族構成』

などについては自由に決めていただいて構いません。ただし、こちらも矛盾が無いようによろしくお願いします。

設定が完成したところで、お二方には『先攻』『後攻』を決めていただきます。

そこまでが完了するといよいよゲームスタートです。

お二方には相手の考えた殺人事件の推理をしていただき犯人を見つけていただきます。つまり同時並行的に二つの事件の話をしていただくという事です。

例えば先攻が浜井まゆみ様、後攻が清野悠生様となった場合、初めに浜井まゆみ様の方が清野悠生様の事件について質問をしていただきます(例:犯人は何の武器を持っていましたか)。

次に後攻である清野悠生様にはその質問に対する答えを言っていただきます。

(例:Aさんはナイフ・Bさんもナイフ・Cさんはロープ・Dさんは何も持っていません)。

この一問答が終了したところで攻守交代です。今度は後攻である清野悠生様が先攻の浜井まゆみ様に質問していただく番になります。

やり方に関しては先ほど先攻の時に説明した通りです。

この問答も終了したところで一ターンが終了となります。

質問する内容に関しては基本的に自由ですが質問する側はあくまで刑事役ですので「犯人は誰ですか」「犯人はAさんですか」などといった質問は禁止とさせていただきます。また、一ターン目を除き、2ターン目以降に先攻の人がした質問と同一の質問を後攻の人がするというのも禁止いたします。

また、このゲーム中にかわされた会話についてメモを取るのは自由です。話が入り乱れることがよくあるのでメモは取っておいた方がよろしいかと思われます。

もしどちらかの方が相手の犯人について見当がついたなら、自分の質問をするところで『ジャッジメント――犯人は〇さん』という風に答えてください。

もし、その犯人が正解ならば、回答した人の勝利。不正解ならばもう一方の方の勝利とさせていただき、犯人判定(ジャッジメント)された時点でどのような結果になろうとゲームは終了するという事です。

以上で大まかなゲーム説明は終了させていただきますが質問は何かありますか?


それに対して俺も、浜井まゆみも何も言わなかったためすぐにゲームは開始された。



 それぞれに裏面が真っ黒に塗られたカードが渡される。犯人カードだ。俺のカードには、

「犯人A(男性・21歳・大学生)殺害動機は、教授(被害者)に単位をやらないと言われ就職にも響くと判断したために殺害。殺害方法は、ナイフで腹部三発、胸部五発を食らわせる」

 って随分設定細かいな。これ、そこまで俺のシナリオに自由は無いじゃん。

 それでも俺は五分という時間を使ってストーリーを考え出す。


 帝東(ていとう)大学(だいがく)にとある、生物や科学、医学について研究するゼミがあった。

基本的にそのゼミ生同士は仲がよく、全員が全員を信頼し合えるような関係にあった。

 だけど、大学の夏休み。ゼミ合宿を行ったときに事件は起きた。このゼミ合宿の参加者は、


A(犯人)21歳。大学三年生、男性。

B、   21歳。大学三年生、女性。

C、   22歳。大学三年生、男性。

D、   19歳。大学二年生、女性。

と教授の五人だった。

 いつものように仲のいい雰囲気に包まれながらゼミ合宿は進んでいたのだが、その合宿三日目の朝に教授が何者かによって殺されてしまったのだ。遺体には腹部に三つ、胸部に五つの刺し傷が見つかりナイフで殺された模様。


 まぁただのシスコン高校生によくここまでかけたなと思う。本当はもうちょっとだけ細かい設定もあるのだがそれはゲームをしながら話していけばいいだろう。


「それでは準備はよろしいですか。先ほどのジャンケンにより、浜井まゆみ様が先攻、清野悠生様が後攻でゲームを始めていただきます。」

 そこまでゲームマスターが話すと話を引き継ぐかのようにディーラーが「それでは浜井まゆみ様。最初の質問をどうぞ」とゲームスタートを促した。


「では、容疑者それぞれの性別・年齢・人間関係を教えてください」


 まぁ当然最初は身元について聞いてくだろうな。


「A:男性、21歳。B:女性、21歳。C:男性、22歳。D:女性、19歳。全員同じゼミ生です」

 

このゲームはいかに上手に質問をし、また聞かれた質問に対してはいかに必要以上の話をしないかが鍵になる。だから、今の浜井まゆみの質問には少しだけ穴がある。人間関係はもう一歩踏み込んで聞かなければならないのだ。


「同じ質問を。殺された人の身分も含めて教えてください」


 そう、殺された人と容疑者たちの関係はハッキリしていないとなぜ殺されたのかがはっきりしない。


「A:男性38歳。医師。B:女性21歳。看護婦。C:男性74歳。元院長。D:女性17歳。Cの孫。殺されたのはこの病院の現院長」


 相手は容疑者の年齢をばらして来たようだ。これはこれで推測していくのが難しい。


「事件が起きたときそれぞれはどこで何をしていましたか?」


 すでにゲームは2ターン目に入り次の質問を浜井まゆみがしてくる。


「A:部屋で単位を取るために頑張っていた。B:台所で料理。C:外で課外活動。D論文のために頑張っていた」


 もちろん嘘は言っていない。それっぽくはぐらかしているだけである。


「なぜ、この事件が起きたのですか」


「被害者がとあることをしたためです」


 俺の質問に対しても浜井まゆみははぐらかして来た。正直この質問はミスったとしか思えない。


「それぞれが事件発生時にもっていたものは何ですか?」


「A:ナイフ。B:包丁。C:かま。D:薬品」


 それを聞いたところで浜井まゆみが軽く表情をゆがめたのが分かった。まだ、今のところどちらが優勢というのは無さそうだが、少なくとも俺の事件に対して浜井まゆみは足がついていないようだ。


「先ほどあることとおっしゃいましたが具体的には?」


「病院の評判を落としました」


 なるほど、被害者があることをした結果病院の評判が落ち、結果的に殺されたというわけだ。

 となるとパターンは二パターンである。その病院の評判が落ちたことでA(医師)やB(看護婦)の仕事が無くなったのならそちら側から殺されるだろうし、その病院を築いたのがCで『Cさん病院』みたいな小さな病院(クリニック的な)ならばCさんやその孫のDさんに殺されたという事になるのだろう。


「それぞれが持っていたものについて詳しく教えてください」


 四ターン目の浜井まゆみの質問だ。恐らく『なぜそのような凶器になる物を持っていたのですか』という事が聞きたいのだろうが、その質問では不十分である。


A:ペティナイフ。刃渡りは100mm無く、日常の料理では野菜を向くときや果物を切るときに使う物。

B:(さん)(とく)包丁(ぼうちょう)。肉や魚から野菜まで幅広く切ることのできる一般的な包丁。

 C:三日月鎌。草刈りなどでよく見る歯が三日月のように細長いもの。

D:ボツリヌストキシン。分子量が15万ほどのタンパク質で、ボツリヌス菌が産生する複合体毒素。


「ってそんなの聞いたんじゃないんだけど! てか意味わからないし。ボツリヌなんちゃらって何なのよ。私の知らないことを出すのは卑怯じゃない!」


さすがにこれに浜井まゆみもご立腹の様子だった。

「でもディーラー。俺の回答としては間違ってないよな? 俺はちゃんとそれぞれが持っていたものについて詳しく答えたぜ」

俺が推理小説や推理ドラマが好きなこともあり、武器に関してはある程度知識があってよかった。まぁミステリーではボツリヌストキシンなんかより青酸カリウムだったりするのかも知れないけれどそれでは本当に殺害用に持っていたか実験用にもっていたかの2択になってしまい下手したら矛盾と判断されるかもしれない。それに対してボツリヌストキシンは美肌だったり、歯の治療だったりにも使われるため一概に殺害が目的だったのが考えられないのだ。

もちろんディーラーからの回答も「問題ない」という事だった。


「病院の評判が落ちたことによって職を失った人はいますか?」


「いいえ」


となると殺したのはCの元院長かDのそのお孫さんという可能性が高くなる。当然個人的な恨みを持っていてAさんやBさんが殺したという線も考えられるからまだ断定はできないけれど。


「それぞれがなぜその道具を持っていたのか教えてください」


さすがにこう聞かれちゃうと逃げようは無い。


「Aさんは、不要なものを切る(斬る)ために最初ははさみを持っていたのですが、それでは力の関係上無理と判断しナイフに持ち替えました。Bさんは料理のため、Cさんが刈るため、Dさんは実験のためです」


「では、被害者はみなからどう思われていましたか」

五ターン目。後攻である俺の質問

当然この質問はAさんやBさんが他の殺す動機が無いことを確かめるためだ。自分で作った容疑者(つまり犯人以外の人)に勝手な恨みを持たさせられるとこの質問自体、意味の無かったことになってしまうのだが――。


A:院長の座を取られた。

B:好き。

C:評判下げられたし間違ったかな。

 D:なんでこいつが院長に。


 やっぱり無駄な質問だったようだ。と言うか結局容疑者が四人に戻ってしまった。Aは普通に逆恨みで殺しそうだし、Bも痴情のもつれというやつで殺害が起きてもおかしくない。

ってか40代男性と21歳の看護婦が付き合おうとしてるんだよ。多分この女金狙いだし、ろくでもないやつに違いない。


「被害者が殺されてみんなはどう思いましたか」


 A:ざまーみろ。

 B:あいつうざかったよね。

 C:やったー。あいつが消えた。

 D:次はもっとまともな人がいいな。


 最初の設定では仲のいいという事になっていたが、教授だけは嫌われていたのだ。という設定が今咄嗟になって降りてきた。前までの話とも特に矛盾はしておらずある意味ラッキーだった。


「では、遺体を最初に目にしたのは誰ですか?」


 質問の意図としては殺した瞬間に遺体を見ることになるのだから「≒犯人は誰ですか」と聞いたのだけれどもディーラーに止められてしまった。

犯人についての情報で嘘を言ってはならないというルールの裏をかいたいい作戦だと思ったのだが、結局「第一発見者は誰ですか」というありきたりな質問になってしまったのだ。


「Cです」


 で、この情報が役に立つのかどうかも分からない。ただ、大切なものがかかっているこの場においてあまりにもありきたり過ぎる第一発見者が犯人だなんてことをするだろうか。いまどきミステリー小説でも「第一発見者=犯人」というパターンは無くなってきている。

 そういう意味では有効な質問だったのかもしれない。


「先ほどまで話していた道具を使ったことによる成果を教えてください」


 A:不要なものをなくすことが出来た。

 B:おいしい料理ができた。

 C:この合宿での目的を果たした。

 D:役に立った。


 ここまでの話の中で浜井まゆみのストーリでの犯人がなんとなく分かって来た。

 まずさっきも言った通り、第一発見者のCが犯人ではミステリーとして今やひどすぎる。それに病院の評判を落とされたからって自分で継がせたやつを殺したりなどするだろうか。そして恋愛関係(もしくは一方的な恋心)から殺してしまうというのもなかなかミステリー作品ではありがちなものであり、上手く書かなければ駄作一直線だ。

 つまり、犯人はAかDのどちらかになる。もちろんDの孫ならおじいさんの名誉を傷つけられたとかで、殺してもおかしくないし、Aさんが実はDの兄で本当はその病院を継ぐはずだったのに被害者に取られたあげく、病院の評判を落とされたから殺したという可能性だって大いに出てくる。

 ならば、AかDのどっちが犯人かを探る質問をすればいいのだ。


「殺された日付、曜日、時間を教えてください」

 

 さすがに浜井まゆみも突拍子もない質問に不意を突かれたようだった。


「え、えっと……11月10日の水曜日、午後2時です」


 そこで俺はディーラーに視線を送った。ディーラーの反応は何もない。つまり今の浜井まゆみの発言に矛盾は無いという事になる。

 となると犯人はAさんになる。なぜならDさんには犯行が不可能という事になるからだ。

水曜日の午後2時。ましては夏休みや冬休みなどでも無く普通の11月だ。Dさんは17歳という設定だったから確実に高校生。この時間は学校に通っていなくてはならないからだ。

 だが、最悪の場合として、「Dさんがその日ずる休みをした」とか「Dさんは中卒で高校には進学していなかった」とかいうこじつけを言われて外すんではアホみたいだ。

 まだ、浜井まゆみは俺の犯人をちっとも絞れていないようだし、ダメ押しをするくらいの余裕はある。


「殺害された被害者の状況を教えてください」


「体から血が出ていました」


 俺は浜井まゆみからの質問を手掛かりが無いように解答し、自分の質問に移る。


「事件が起きたときの全員の健康状態を教えてください」


「全員健全でしっかりとした生活を送っていました」


 そこで、ディーラーが浜井まゆみに何か告げ口をするように寄って行った。

 正直この答えで完璧に絞れたはずだったが何か矛盾があったのだろうか。


「ただし、殺人が起きているので心の状態は除きます」


 だそうだ。まぁ確かにそりゃそうだ。矛盾ってそこまで見てるんだなとそっちの方に驚きが隠せないレベルだが。

 でも今の告げ口があってからあの発言をしたという事は別にDさんが引きこもりだったとかそういう事情もなさそうだ。

 そうなるとやはり犯人はAさんとなる。これで俺の勝利だ。


「体から出ていた血は具体的にどの部分からですか」


 答えに確信の無い段階でこの質問が来ていたら辛かったかも知れないがもう、そうではない。もう正直答えにつながるような答えをしても問題ないか


「腹と胸のあたりから血が染み渡り真っ赤になっていました」


 一瞬、浜井まゆみの顔がニヤッと笑ったように思えた。まぁ当然か。鎌で腹と胸を刺すのは論理的に考えにくいし、毒薬の場合そんなところから血は出てこない。となると犯人はAかBのどちらかになる。

 Bさんに関しては何回か前の『先ほどまで話していた道具を使ったことによる成果を教えてください』という質問で『おいしい料理ができた』と答えている以上その段階で容疑者から外されていることだろうからもう犯人はAだという風に絞れたのかもしれない。

 意外と危ない所だったんだな。


「ジャッジメント。犯人はAさん」





浜井まゆみ


 決勝戦もある程度はゲームが進んでいた。

 私の元に配られた犯人カードに書かれていた殺害動機は「病院を継いだ人が適当な診断をし、評判を下げたから」と書かれていた。ちなみに毒殺。だけれども私自身そんな毒物について詳しくないから毒殺と言われても細かい設定を考えることは出来なかった。

 そもそも私はそんなに推理小説や推理ドラマなんかを日々読んだり、見たりしていないせいで事件のシナリオを考えろと言われても無理な話しだった。それに対して、私の目の前に座る清野悠生はここまで第一ラウンド・第二ラウンドと知恵を生かして生きてきている。どっちかと言えば私は清野悠生にここまで生かされていると考えてもいいレベルだ。

 そんな清野悠生はどうせ今回も凝ったシナリオを考えているのだろう。

 ここまでに至る処でも、武器にまで詳しく設定を付け加えていたり、みんなが殺害可能な武器を持っていることが自然な状態になるように仕組んでいたりともう、私の頭では手に負えなくなってきている。

 それに対してここ2回の清野悠生の質問には理解に苦しんでいる。「第一発見者は誰ですか」と「殺された日付、曜日、時間を教えてください」だ。それらを聞いて一体何になるというのだ。確かに第一発見者は誰かって警察の人はよく聞くらしいけどそれはその人が一番事件の状況を理解していると判断して聞いているのだと思っていた。

 そしてもう一つ。「第一発見者は誰ですか」という質問の前に清野悠生は最初に遺体を目にしたのは誰ですか」という聞き方をした。それをディーラーに止められて「第一発見者は誰ですか」になったのだが、その二つの質問に果たして違いがあったのだろうか。いや、ディーラーに止められている以上違いはあったのだろうけど私にはやっぱり分からなかった。


「殺害された被害者の状況を教えてください」


 まぁ清野悠生の事はどうでもいい。それよりも私が何とかして犯人を突き止めなければ。私が犯人をさっさと見つけて清野悠生に突きつければ彼が何を考えていようが私の勝ちになるのだ。

 だが、ここまでで分かっていることはBさんが犯人ではないことだけだ。

 Bさんはどうやら包丁を使ったことでおいしい料理が出来たらしい。さすがに人間調理しておいしい料理が出来たと表現するほど清野悠生も狂っては無いだろうからBさんは犯人ではないと確信した。

 だが、他の三人が絞れていない。

 特にAさんとDさんに関しては『やれ頑張った』だの『やれ役に立った』だの『やれ不要なものをなくすことが出来た』など抽象的な言葉で濁されているせいでよく分からない。だからと言って「詳しく」と言ってもさっき武器について詳しく語られたことを考えるとホイホイと使えるワードでもない。


「事件が起きたときの健康状態について教えてください」


 だからそれいるか? その情報を聞いたら一体何になるんだよ。

 私はそう思いながら半分やけくそに、「全員健全でしっかりとした生活を送っていました」と答えた。ディーラーから「殺人が起きているのだから全員が健全な訳無いですよね」と言われ訂正文も混ぜ込んだが、本当に何でそんなことを知りたいのかよく分からない。それを聞いて一体何になるのだろうか。


「体から出ていた血は具体的にどの部分からですか?」


 それに対して清野悠生は「腹と胸あたりから血が染み渡り真っ赤になっていました」と答えた。その答えが来た瞬間私にも希望の光が見えた。

 私の常識から考えると鎌で殺すなら胸や腹を刺すより首を切った方がよっぽど殺せる確率が上がるし、ボツなんちゃらとかいう薬品の事はよく知らないけど毒薬を飲むことで胸や腹から血が出てくるなんてことも想像しにくい。

 もしかしたら犯人がひねくれもので鎌を使って腹や胸を刺したかもしれないからもう一つ質問して真偽を確かめた後に犯人はAさんだと言って――。


「ジャッジメント!」


 私はその瞬間に耳を疑った。ここまでのヒントで犯人が絞れたというのか。

 となるとヤバい。ここで当てられれば、一瞬で沖田総司は消える。そんな恐怖が一気に押し寄せてきた。ダメだ。聞きたくない。清野悠生の次の言葉に耳をふさぎたくなったがそういうわけにもいかない。現実とはひどいものだ。


「――Aさん」


 え? Aさん? 私はその瞬間にそばにあった犯人カードを裏返し、目をやった。

 そこに書かれているのは――Cさんなのだ。

(外した?)

 もうもはや心臓の鼓動が私の体中に伝わってくる。「あれ? この場合ってどうなるんだっけ?」

 そんな心の疑問に答えてくれるかのようにディーラーが話を始めた。

「清野悠生様。不正解でございます。よってこのゲームの勝者は浜井まゆみさまと致します」


 そう言ってくれたものの最初は状況がつかみきれなかった。私が勝ったという事実を受け入れきれなかった。

 もっと言えば何で清野悠生が外したのかもよく分からない。私の事件は清野悠生の事件に比べればとても簡潔明瞭であったに違いない。

「元院長が被害者に病院を継がせたところ、その被害者が適当な診断をして病院の評判を下げたから。逆上した元院長は殺すという決意をしたのだ」

 本当にたったこれだけである。特に他の容疑者にミスリードを誘うような仕掛けも無かったし、Aさんなんてどう推理したら犯人になりえたのだろうか。やっぱり私にはさっぱり分からない。



 清野悠生は狂気の目で私を見つめた。ただ、それは私に対する殺意というよりも妹を失うことに対する恐怖から来るものだろうという事はすぐにわかった。

「頼む。未来を、俺から未来を奪わないでくれ」

 そう聞くと私は凶悪犯みたいに聞こえるが未来は妹の事だろうから結局はシスコンってだけだ。でもまぁ確かに人一人の命を私のせいでと言われ続けるのはすごく不愉快だ。

 もっと言えば、人からネット環境を奪い、追い続けたアイドルを奪い、るみちゃんを奪い(で、結局るみちゃんって何者?)魔法少女を奪い、ペットを奪ったものとして生きていくというのは、それはそれで辛い。

 だから私はゲームマスターにこう交渉するようにしたのだ。


「ねぇゲームマスター。その優勝賞金三百万ってのはいらないからさ、その代わりに一つ願い事を叶えてくれないかな?」


「さて、どのような願いでしょうか。世界の王になりたいなどといった倫理的に不可能なものを叶えることは出来ませんが私たちにでも叶えられるものなら、ではその三百万をつかって願いをかなえてあげましょう」


 来た。それでいい。それで十分だ。私のたった一つの願い。恐らくここにたどり着いたときのようにリア充たちをただただ恨んでいるような私だったらこんな願い何て考えず、お金だけもらってさっさと帰ってたかもしれないけれど。今はそうじゃない。



「みんなの大切なものを返してあげて」



 それがたった一つの願いだ。

 私がそう言い放った瞬間会場が一瞬で静まり返った。


「それが、浜井まゆみ様の望む三百万をはたいてでも叶えたい願いなのですか?」

「そうね、私もつくづくバカよね。こんな昨日今日あったばかりのような奴らのために三百万もはたいて助けてあげようなんて考えるとは。でもさ、私はここに来て気付かされちゃったんだよね」

 一呼吸おいて私は言わなくてもいいことを話し始める。

「私さ、昔いじめられてたのよ。いるじゃんクラスの中に大抵ワイワイ騒いでクラスの覇権を握るような奴ら。そいつらに限って変な反乱を起こされることにビビっちゃって自分たちの権力を示すために弱そうなやつを見つけては「ほら、お前らもこうなりたくなかったら俺たちに従っておけ」って。じゃあその見せしめのターゲットにされたやつってどうなるのさ。あの子に関わったら多分自分もいじめられるかもってみんなビビっちゃって私を助けてくれる人なんて誰もいないし、ウェイウェイやってる覇権を握ったやつらはだんだん見せしめと合わしていじめてること自体が楽しくなっちゃって、どんどんエスカレートしていく。私なんてとっくに人間不信になってたんだよ。言っちゃえばそんなことが原因で私は二次元に逃げ込むことになっちゃったんだしさ。まぁ真っ当に生きている奴らかすれば確かに私は社会のクズよね。でも私は初めてそんな真っ当に生きている奴、たくさん友達もいて彼氏なんかも普通にいてリアル生活を充実させちゃってるやつにさ「私の事を信じてた」って目の前で泣き崩れちゃったんだよ。あんなの無理だよ。私の人間不信なんてどっかいっちゃった。だから私は少しでも人間ってのも信じて生きて行こうかなって考えるようになったわけ。もちろん全部は無理。まだまだ信じられない人間なんていくらでもいる。でもさ、ここにいる人ならきっとみんないい人たちなんだって信じてる。だから私はみんなの大切なものを三百万はたいてでも取り返してあげたいんだ。私って本当におかしいよね」

 最後は自嘲気味に、でも私の抱えていた全てを吐き出した。すごい、なんか色々語ったら今まで抱えてた悩みの半分以上はどっかに行ってしまった気がする。

「どうゲームマスター。私の願い叶えてくれるんだよね」

 ゲームマスターは何も言わずに固まったままだ。その時私の後ろ側にあった扉が一気に開かれた。

「え⁉」

 私もそうだが全員が唐突に現れた人間に対して驚きを隠せなかった。

「山梨県警のものだ。羽場(はば)正仁(まさひと)、お前を殺人未遂、監禁罪、誘拐罪、詐欺罪、名誉棄損罪、文書偽造等罪、また、人質等による強行行為等の処罰に関する法律により逮捕する」

 いや、いろいろ多すぎるだろ。と言うかそれよりも気になったところがある。犯人の名前『羽場正仁』だ。ただ、その違和感を他の全員も覚えていたらしく自然と羽場誠也の方に目線が向いていた。

 その視線を受けながら羽場誠也はポロリとこぼす。

「――俺のお父さんだ」

 それ以上の言葉が誰の口からも出てこなかった。特に羽場誠也を責めるわけでも無く、彼が弁解するのでもなく、ただただ静かな時が流れていくだけなのだ。

 結局それから私たちの目の前にゲームマスタもディーラーも姿を現すことは無かった。しばらく警察が捜査を進めたところで奥の部屋から一人の少女――清野未来が見つかり清野兄弟の感動の再開を見せつけられるのみだった。

 そして私たちは『Wing Place』から解放されたのだった。


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