1ラウンド
本格的に始まったので序章・一章よりも長いです。
誰もが抵抗を諦め、ゲームに臨むことを余儀なくされた。そうするだけの力があのゲームマスターにあることなんてもう既に分かり切っていたのだ。
「では、皆様にやっていただく最初のゲームは――」
そこまで言うとスクリーンに映っていたゲームマスターが消え、タイトルが表示された。
『しっぽ取りゲーム』
その昔遊んだことのあるような名前に一同が拍子抜けする。
「な~んだ。ここまで大々的な仕掛けまでしてくるから『LIAR GAME』みたいなことをさせられるかと思ったけどまさかのしっぽ取りゲームとはな」
その一同の言葉を代弁するように羽場誠也が言う。
「あなた達の知能であのようなレベルの高い騙し合いなどできないだろうという我々の配慮ですが何か意見でもございますか」
ただ、ゲームマスターにそんな風に言われるのは想定済みだと言わんばかりの皮肉を言われると羽場誠也としてもなにも言い返すことが出来なかった。
「とはいってもただただ、小学生の頃やったようなしっぽ取りゲームをしていただくわけではありません。それではディーラーの方からルール説明をしていただきましょうか」
ゲームマスターに振られるとディーラーは軽く頭を下げ、八人の方に向き直った。
「それでは、僭越ながらわたくしが当ゲームについて説明させていただきます。今回のバトルは四対四に分かれて戦っていただくチーム戦となっております。よって勝ったチーム四人が次のラウンドに進めるという事です。チーム分けに関してはこちらが厳正なる抽選をした結果、すでに決定しておりますので後程、左手に見えるBOXの中で自分がどちらのチームなのかは確認してください」
ディーラーが左腕を水平に上げて指し示す先に、真っ黒に塗りつぶした公衆電話のような箱がいつの間にか用意されていた。
「なお、箱の中では八人分のしっぽ(ハチマキ)と、この館専用のスマートフォンを受け取り、皆様に用意した部屋の番号をご確認ください」
そこまで説明すると徐に清野悠生が手を上げた。
「受け取りって、あの箱の中に誰かいるのか?」
「はい、私と同様ディーラーの者が一人、中で待機しております」
「ふ~ん」
清野悠生はこの八人の中でも一番落ち着いた様子でゲームの理解を進めていた。
「では、話を戻して。ゲーム終了はどちらかのチームが全滅、もしくは三日が経過した時点となります。もし、三日の間に決着がつかなかった場合はドローとし皆様の人(物)質をこの世から消させていただきます」
「つまり制限時間付きってことね」
ディーラーの言葉を浜井まゆみが要約する。
「なお、今回のゲームは本来のしっぽ取りゲームとは異なり同じチームでの仲間討ちもありとなっておりますのでむやみやたらに人を襲わないようご注意下さい。ご質問は?」
そこまで話すとディーラーは質問を受け付けたが誰も聞くことは無かった。正直聞いておいた方がいいのかもしれないが、ゲームをやってみないことには質問も無いも出てこない。
「かしこまりました。ゲーム中でもゲームのやり方に関してはスマートフォンで質問をすることが出来ますので気軽にお尋ねください。では、ゲームをスタートします。お好きな方から一人ずつBOXへどうぞ」
そう促され、いよいよゲームが始まったのだった。
浜井まゆみ
ディーラーの説明が終わるや否や一番早くこの状況を受け入れルールも冷静に聞いていた清野悠生がBOXへと向かって行った。中で何が起こっているのかは外からは全く分からなかったが、すぐに清野悠生はBOXから顔を出し、奥の部屋へと進んで行った。
それを確認すると、他の人たちも順番にBOXの中に入って行きしっぽを受け取って奥へと向かって行った。
私がBOXに入ったのは四番目。中は占い館のようにランプが一つ机の上に置いてあるだけの空間で、ディーラーの言っていた通り一人の占い師のような人が座っていた。彼女は一言も言葉を発することなく机の上にハチマキとスマートフォンをならべる。
「ハチマキは皆さま共通でズボンに挟んでいただくこと、もし手で守るような動作をした場合は失格になりますのでご注意ください。浜井まゆみ様は赤チームで、お部屋は104号室になります」
やっと話始めたかと思うと、全く抑揚のない口調で淡々と、話さなくてはならないことだけを伝えてきた。恐らく八人全員に同じように対応しているのだろう。
私はそれらのグッツだけを受け取りBOXから出た。私も前の三人がそうしたように奥に進んで行く。赤い絨毯の引かれた廊下を進み104号室を目指した。
一人で歩くとまるで肝試しをしているような、そんな恐怖を少し感じながら進んではいたが、あの二人(沖田総司と斎藤一)が死ぬことを考えるとこんなの全く恐怖なんかじゃないと思い直す。負けるわけには行かない。純子と二人で勝ち残って守らなくては。
部屋は両隣が103号室と105号室、向かいに108号室があった。向かい合うようにして左側に101~105号室、右側が106~110号室があり、さらに階段で三階まであるのは確認しているから恐らく部屋の数は101~310の全30室だろう。そのうちの八部屋に人がいる。
取りあえず部屋に入り込み一応持ってきた服などを部屋に吊る。そしてスマートフォンで早速ディーラーに連絡を入れてみた。
『質問です。お風呂などに入る時間はあるのですか? さすがにお風呂入っている間にしっぽが盗まれるというのは嫌なのですが』
するとすかさずディーラーから全体メールで指示が帰って来た。
『就寝中及び入浴中にしっぽを盗むという行為を防ぐために23時以降の奪い合いは禁止とさせていただきます。ゲーム再開は翌日の朝8時からとさせていただきます』
割とあっさりルールが付け加えられたのだった。
その連絡から数十分が経った15時45分に参加者のみの名前が入っているグループチャットにメッセージが入った。送り主は重山北斗だ。
『いきなりで悪いんだが聞いてほしい。このゲームで最悪なのは決着がつかないでゲームオーバーになることだと思うんだ。だからチーム分けだけはハッキリさせた方がいいと思う。白チームの人は午後6時に一階にある多目的室に集まってほしい。どうかな?』
確かに正論だった。これで時間切れになり全員が大切なもの奪われたならそれはあのゲームマスターの思うつぼという事だ。少なくとも誰か一人はこの中で生き残らなくてはならない。
ただ、そう思うのは重山北斗や私だけではなく、スタンプを返していた石戸谷健太や純子も同じ考えだったようだ。
そして他のみんながスタンプを返しているのを確認していると、今度は個人チャットの方に連絡が来る。純子からだ。
『ねぇ一回二人で会わない? せめてどっちか一人は生き残りたいじゃん。あとで305号室に来て』
とのことだった。
正直こんな最初の段階から305号室とか自分の部屋を教えちゃダメなのでは無いかと思うがさすがに自分の部屋では無いか。
特に時間の指定はされていなかったから4時過ぎに305号室に顔を出した。そこには無造作に荷物が広げられており完全なプライベート空間が広がっていた。
「(間違いない。純子の部屋だ)」
「おぉ来た。いらっしゃい」
「どうも」
軽い挨拶を交わし、彼女の指示する通りに座る。
「まぁ6時集合ってことだからそんなに急ぐことも無いかなって思うけどさ、実際のところまゆみはどっちのチームだった」
そう尋ねる彼女には一応不安があることを感じることが出来た。別にこの状況に本当に能天気なわけでは無く、そう自分に言い聞かせて演じているのかもしれない。
「赤チーム」
「…………」
沈黙があった。それだけで結果はどうなのかすぐにわかる。もし同じチームであったのなら真っ先に抱き付くなりなんなりのアクションを起こしていただろう。彼女は私の経験からすればそういうタイプだ。ただの腐女子にくくれる部類じゃない。どちらかと言えば三次元でも何だかんだ上手くやっていて、ちょっとかじる程度にしか『無双×夢想』もやってないんだろう。
だから『はじ×そう』なんて頭のおかしいカップリングを思いつく。
「まぁ仕方ないよね。こうなればどっちかが残るしかないってことか」
うつむき気味に純子が漏らす。
「ねぇさ。私たちで協力しない?」
「は? チーム違うって分かったばっかなのに」
「だって、これで何の策も無しに解散したら私たちはお互いに大事なことを教え合っただけで終わっちゃうじゃん。だったらさここは協力して、せめてどっちかが残るようにしようよ」
当然私は速攻で純子の提案を断ろうとした。こうなっては真剣勝負でどちらが生き残るかというゲームをするしかないと思っていたからだ。けどその刹那、私の脳裏にとある考えが思いついた。
もし、ここで協力することを装って共に行動して、上手いこと白チームを騙せれば、一気に私の勝利は近くなる。確かにそうすれば斎藤一は死んでしまう。けれども、沖田総司は何だかんだ言っても他の奴とだっていい感じになれる。正直、斎藤一は沖田総司にくっつく一人の候補でしかない。『そう×はじ』がいなくなるのは辛くないと言えば嘘になるが、最悪沖田総司さえ残ってくれればまだ何とでも救済は出来る。
そして二人のうちどちらかだけ生き残ろうとしている彼女のことだから、私の事を裏切ることは無いだろう。
こういう状況になってしまった以上これ以外の最善手は無い。
「うん。確かにそうだね。じゃあお互いにチームは隠しながらやっていこっか。せっかく白チームの集合がかかってるわけだから私が白チームだったとしてそこに一緒に潜り込むなんてどう?」
最高の笑顔で相手に悟られないように演じて見せる。これから何日これを続けなければならないのか分からないが、そんくらい沖田総司のためにやってやろうじゃないか。
「でも、やっぱり二人一緒にその部屋に行くっていうのは不自然だからバラバラでいい? そこでお互いに白チームとして初めはあまり親しくし過ぎず、でもピンチになったらそれとなく守る。これでいい?」
その言葉に純子は疑うことなく同意した。なんてカモだ。こんなに使い勝手のいい女が私の目の前にいるとは。いい仲間を手に入れたもんだ。
18時00分。一階多目的室。
そこに集合したのは、重山北斗、羽場誠也、石戸谷健太、クロエ・アングレに純子と私。
「どういう事だ。何で四人チームのはずなのに六人も集まってるんだよ」
そう切り出したのは白チームにグループチャットで集合を呼びかけた重山北斗だった。
ただある程度こうなることは予想していたのだろうかその口調はキレてるというよりも問いかけてるの方に近いものだった。
「今すぐに赤チームのやつは出て行ってくれ。――な~んて言っても誰も出て行くわけが無いんだもんな」
重山北斗の言う通りここで出て行く赤チームのやつはいないだろう。正直その赤チームのうち一人は私だが、もう一人この中にいる。
これでそのもう一人が純子ならとんだペテン師と言うかバカだ。もし純子が赤チームならあそこで私を騙す意味が無さすぎる。同じチームならお互いに欺き合う必要が無いからだ。
となると純子は白だとして、残り四人のうち一人が赤チーム。ただ、それ以上の手掛かりがないし、正直私以上に情報を持っていない他の人たちはただただ疑心暗鬼に陥るだけだった。
「はぁこれは埒が明かないな」
その重たい空気を払拭したのは羽場誠也だった。
「だったらさ、この場にいない清野と何だっけ、あの幸薄くて影も薄い女の子、あの二人は確実に赤チームってことだろ。あいつらから襲うのはどうだ」
それはこの議論が全く進まない中で名案と呼ぶ以外何と呼べばいいか分からないほどの提案だった。
「確カニ。ソレガ一番デス」
「まぁ確かにねそうするのがいいかも」
羽場誠也の提案に対してクロエ・アングレと純子も乗っかった。
「じゃあそういう事でいいか? となるとどっちを襲うかだが……」
重山北斗が再び言葉に詰まったところで今度は石戸谷健太が手を挙げた。
「だったら清野の方にしないか? さっき偶然だけどトイレからあいつが部屋に戻るところを見つけちゃったんだ。203号室があいつの部屋だ」
ホントここにいるのは馬鹿しかいないのだろうか。その発言は石戸谷健太自身も二階のどこかにいるよと言っているようなものだ。もし石戸谷健太の部屋が二階にないのならトイレから出てきて部屋に入ったなんて目撃情報言えるわけが無いのだから。
「それはグッジョブだ。なら、今夜の7時半ごろに襲いに行くか。一回この部屋で7時半くらいに集合してそれから全員で襲いに行くって感じでいいか?」
重山北斗の意見に対して反対意見を述べるものは一人もいなかった。
「んじゃ決まりだな。時間まで各自で奇襲の準備しとけよ」
その言葉をもって一度私たちは解散した。奇襲の準備とは言ったもののそこまで時間があるわけでは無い。せいぜい一時間ちょっとあるくらいだから私は部屋でただゆっくりすることにした。
*
「よし、揃ったな」
相変わらず19時半に多目的室に集合したのは六人だったが、もはやそんな事誰も気にしてはいなかった。とにかく赤チームを倒すために倒せるところから倒していく、そんな決意が感じられた。
可能ならこの隙に誰か一人のしっぽでも取ってしまいたいが、この中にもう一人赤チームがいるとなると行動するのが難しい。ここにいるもう一人の赤チームのやつが何の動きも示さなかったあの二人よりかは有能というわけだ。ここで下手に取りに行って赤チームのしっぽを抜いてしまっては自分で自分の首を絞めることにしかならない。確率四分の一とは雖も自分自身すらバレるリスクを起こしてまで行動するべきではない。
「じゃあ行くぞ」
時計をチラッと確認する。19時34分。
六人は清野悠生の部屋の前にたどり着く。前衛として羽場誠也と石戸谷健太。その後ろから女子三人と指示を出す重山北斗。そういう陣形で突入した。
ドアを開けると真っ先に目に入るのは布団が膨らんだベッド。頭も足も出ていないから本当にあの中にくるまって寝ているのか、違う何かを入れてどこかに隠れているのかは分からない。
「どうすんだ北斗。あれ開けんのか」
羽場誠也が重山北斗に意見を仰ぐ。
「――まぁ待っててもどうしようもないからな取りあえず近づこう。女子と俺は後ろから見てるからもし奇襲が来ればすぐに清野を捕まえる。安心して行ってこい」
「ったく俺たちをおとりみたい使いやがって」
愚痴こそ吐きながらだったが羽場誠也は一歩一歩布団の方に近づいて行った。それを見ると仕方なくという様子で石戸谷健太も少しずつ羽場誠也に付いて行く。
「いいか開けるぞ」
という合図を体で表現し、取りあえず私も清野悠生を襲える状態を作る(本当に襲う気はないけれど)。
そして羽場誠也は一瞬で布団を掴み宙に舞わせた。その瞬間視界が真っ白になり呼吸が苦しくなる。
私だけではない。周りの奴らもむせている様子を見ると全員同じ状態なのだろう。
「下がれ! いいから下がれ‼ とにかく部屋から出ろ。撤収だ撤収‼」
いち早く判断して外に出たのだろう。私の背後から重山北斗の指示する声が聞こえてくる。
それに合わせてその場を去ろうとした所で、
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぁ」
えげつない声が部屋中に響き渡った。恐らく羽場誠也の声だろう。
「とにかく早く出てこい」
その声には「羽場誠也の事は諦めて出てこい。そこに居たら全員巻き添えを喰らう」という意味が含まれていることはすぐにわかった。
だから私は無我夢中で部屋から出、そのまま全力で一階にある多目的室まで走って来たのだった。
「ふぅ。犠牲になったのは羽場誠也だけか」
何とか羽場誠也以外の五人は無事に多目的室まで帰ってくることが出来た。
「でも、あれって完全に俺たちの奇襲がバレてたよな。あいつ消火器抱えて待ってやがった」
それを目撃することが出来たもう一人の人物――石戸谷健太が言及する。
ならばここは私が白チームだと思わせるためにも教えてあげるか。
「つまり、この中の誰かが清野に連絡を入れてたってことだろうね」
そう言うと一瞬でこいつらは沈黙した。まぁそれも当然だろう。密告者がいる限りいくら清野やあの影の薄い女を狙おうとしたところで計画が筒抜けになってバレるという話だ。まぁわたし的にはそうやって白チームがつぶれてくれた方が全然いいわけだが、さすがに「よし、今回は仕方なかった。次がんばろ次」なんて言ったら真っ先に私が赤チームだろうと疑われそうだからここは白チームとして演じるしかないのだ。
その時ふと気づいた。この中で唯一私が赤チームだと知る純子がこちらに鋭い視線を送っていることに。そしてスマートフォンが振動する。
『あんたが密告したの?』
正直私ではない。もう一人の裏切り者が密告したのは明らかだがそれが誰かは私にも分からなかった。
『いいや、ここにいるもう一人の人物』
さて、この言葉で私の人形は黙ってくれるだろうか。まぁそんなことはどうでもいいや。今は他の人間から私に疑いの目を向けさせないことが最重要だ。
「となると一番怪しいのは石戸谷君じゃない?」
そう言うと一気に純子に視線が集まった。
純子曰く、そもそも清野悠生の居場所を私たちに教えたのは石戸谷健太である。
つまり、清野悠生と石戸谷健太が結託してあの部屋を清野悠生の部屋に見せかけるセッティングをした(一度解散したあの時間を使って)。だから前衛をやることにも襲われる心配が無いのだから躊躇いは無かった。下手したら羽場誠也を襲ったの自体、石戸谷健太だったのかもしれない。そういう仮説だった。
「いや待てふざけたことを言うな! 俺は善意で、いや白チームのためを思ってあの情報を提供したんだ‼ 何でそれが原因で俺が疑われなきゃならないんだよ。そんな事なら誰も情報提供しなくなるぞ!」
「確かに証拠はないけれど筋は通ってるんだよな」
そんな石戸谷健太の怒りを前にして、重山北斗は冷静な口調で言う。
「お! お前まで俺を疑ってるってのかよ。重山!」
「いや、ただ筋は通ってるって――」
「そうかい、そうかい。ったく人が善意で情報提供してやったてのにそれで疑われるなんて信じられねぇーな。お前ら本当の意味で死んじまえ。――まぁいいや。もう俺はお前らと一緒に行動したくもないし、お前らだってどうせ裏切り者とは一緒に居たくないんだろ。だったらこんなところから出て行ってやる。せいぜい赤チームの裏切りもんに騙されないよう頑張るんだな。仮に誠也が白チームだとしたら白チームだと集まりながら半分が赤チームというカオスな状態だけどな‼」
そう言うとそのまま石戸谷健太は多目的室から出て行ってしまったのだ。
そして不穏な空気を残したまま私たちも今日のところは解散となった。
でも、これは私にとって好機である。
私のお人形さんが白チームを内部分裂させてくれた。だけど、これ以上野放しにしているといつ私のことを赤チームだと言われてもおかしくはない。証拠はと言われたら私の音声を録音していたデータを出してくるかもしれない(そこまで賢いとも思えないが、純子の部屋で話をしたのは間違いだった)。
だからここで純子とは決着をつける。ここで黙って死んでもらう(ゲーム的に)。
そして石戸谷健太を殺した後、いい具合に重山北斗とクロエ・アングレを呼び出して皆殺しにしてしまえばいい。清野悠生とあの影の薄い女が生きててさえいてくれれば赤チームが負けることは無いのだから、策士さんに消えてもらってももう何の問題もない。それどころか策士さん的にも赤チームが勝てば二ラウンドに進めるんだから寧ろ万々歳だろう。
白チームが分裂した今こそ畳み掛けるチャンスなのだ。
「ねぇ純子ちゃん」
多目的室で全員が帰った後ちょっと話したいことがあると純子の部屋にけしかけた。彼女を殺した後この部屋にカメラや録音機が無いか調べるためだ。
「何?」
「さっきのメールどういう事? あれ私が密告者だって疑っているわけ」
口実は何でもよかったがあのメールがあってよかった。あれさえなければ私の事を口にせず石戸谷健太を容疑者に仕立て上げた彼女を責める言葉が無かったからだ。
「いや、あれは確認だよ。まゆみが密告者じゃないなら石戸谷君かなって思ってただけで」
「ふ~ん。でも、もし石戸谷君が取り乱さずにあのまま違うって証拠を出して来てたらどうしてたの。下手に人を疑ったって事は、その潔白が証明されると、誰よりも純子が疑われる。そしたら私との会話なりなんなりを突きつけようとでも考えていたんじゃないの」
「い、いや……」
彼女は頭が回らず言葉に詰まっていた。多分本当にそんなことまで考えてなかったのだろう。
「まさか、自分が疑われるかもしれないって考えてなかった、なんて事、あり得ないよね?」
「あ、あるわけ無いじゃんそんなこと」
それでいて見栄っ張り。ホント三次元楽しんでいる系女子の典型例。日曜とかはどうせ化粧でもして「あれかわいい、これかわいい」って人に合わせながら、下手したらこいつの場合その中心でみんなに合わせてもらいながら生活してるんだろうな。
何でコイツの一番大切なものが斎藤一なんだろうか。その合わせてくれるお友達とかでよかったじゃん。こんな奴のせいで『そう×はじ』が犠牲になるなんて……。
「あっそ。じゃあやっぱり考えてたんじゃん。私を裏切ろうって」
「ど、どうしたの。まゆみ怖いよ?」
「死ねばいいじゃん。私の事裏切ろうとして。勝ち残って。失ってもそこまで損害の無いものを守るとか言ってお友達振り回してるような奴、死んじまえばいい」
「ま、待ってよ。意味が分からないよまゆみ」
そんな「待った」聞く気なんて毛頭なかった。
私は彼女のお尻付近に垂れ下がるしっぽ目がけてとびかかる。が、それはさすがに避けられてしまった。
「ねぇホントにまゆみ何を勘違いしてるの? 私がまゆみの事を裏切るわけ無いじゃん」
「そう? あんたって私の事どれくらい知ってるの? 少なくとも私は出会って一日も経ってない人の事なんて全く信用するべきじゃ無いと思ってるんだけど」
「た、確かに会ったばかりだけど、私は、まゆみって私と同じようなタイプかなって思ってるよ」
そりゃよかった。出来るだけこのゲーム中は、素の私を出さないようにして、こいつみたいな明るく可愛くて、それなりに女友達がいながら男とも仲良くしてるよキャラを演じてきたつもりだったから上手くできていたんだな。まぁこういう心理戦で普段の私のような(あの影の薄い女の子のような)雰囲気醸し出しててもいつか負けるだけだしね。
「そりゃどうも。とんだ誤解をしてくれてたようだね。私は三次元で楽しくしている女なんて消し飛べばいいと思ってる憎悪にまみれたような人でね。だから、私の手で純子を殺してあげる。――あ、でもこのこと皆には内緒だからね♪」
そして私は襲い掛かった。まるで純粋な嫁とよく分からない憎悪に飲み込まれた姑の醜い争いのような。
『そして私はこの女に負けたのだった』
「ま、まゆみ。もう、あなたの事がよく分からない。同じゲームが好きで、出会ったばかりの人でもあまり人見知りしないですぐ仲良くなれて。私、まゆみと一緒にいる時間。それこそ少ししかなかったけれど楽しかった。でも、まゆみはそうじゃなかったんだね。私と話しているのは嫌だった? まゆみの憎んでいるような女に合わせるのは辛かった? ねぇ、私これから誰を信じて生きて行けばいいんだろうね。もしかしたら私の友達もみんなまゆみみたいなこと考えてるかもしれないんでしょ。そんな恐怖心を持ったら私生きていけないよ」
彼女は泣き崩れた。私のそばで。
この時私は思い知らされたのだ。三次元で生き生きしてるやつってみんな私にひどいことしてきたやつだって勝手に勘違いしていただけなんだって。こんな風に私をいじめても「ウェーイウェーイまゆみが泣いた」「ふ、こんなことで泣くなんてね」「あんた弱いわね。そんな泣き虫もう私に近づかないで、泣き虫うつるから」って蔑むような奴らばかりじゃないんだって。本気で私が裏切ったことに対して涙してくれる人がいるんだって。
心から私の事を信じて大事にしようとしてくれてた人がいたなんて。
彼女は私の事を最後まで『まゆみ』と呼び続けた。私が豹変して純子の事を「奴」とか「あんた」とかいう言い方をしていてもそれを変えることは無かった。多分本当に真っ直ぐな、馬鹿正直な女の子だったのかもしれない。
「確かにあんたは私の嫌いなタイプの人間だよ。でも、そんなに卑下になることは無いんじゃない? 私みたいにこじらせてるやつの方がごく少数なんだし、私よりももっと長い時間一緒にいるあんたの友達はきっとあんたと上手くいってると思う。だってあんたといるのが嫌な奴はとっくのとうに私みたいに豹変してるでしょ」
私はそれだけを言い残しこの部屋から連れ去られた。本当に殺されていたなら伝えることさえ出来なかった言葉。私の事は嫌ってくれてもいいけど、どうかこの一件だけで世界を憎まないで欲しい。って私が願うのは傲慢か……。
石戸谷健太
「ふざけんじゃない!」 そんな勢いそのままに俺は204号室に帰ってきて軽く二時間ぐらいが経過していた。
あいつらは思考回路が腐ってやがる。あんなやつらと協力して一緒に勝利なんて目指せるものか。あんな場所に居たら勝てる試合も負けるってものだ。
だから、決めた。――この戦い一人で勝ち抜いてやろうって。
実際それ自体そこまで難しくない。少なくとも清野悠生の部屋が隣の部屋であることは間違いない。布団の中から出てきたのは確かにあいつだった。だから今度は一人で奇襲を行う。一人で行く分には情報がダダ漏れることも無いだろうから、確実に奇襲を仕掛けられる。
そして清野悠生を仕留めた後はあの脳無し達だ。あいつらを皆殺しにすれば当然白チームの二人も殺してしまうことになるがそれと同時に赤チームも二人殺すことが出来る。そうなればあとは、あの影の薄い女を突き止めて一対一で殺り合えばいいだけのこと。さすがにあんな貧弱そうなやつと一対一で殺り合っても負ける気はしない。
これこそ完璧な勝利の方程式ではないか。
追加ルールで23時以降の奪い合いは禁止になってしまったが、現在21時15分だから清野悠生を殺すくらいの時間は十分にある。あいつも一回敵を退けて安心しているころだろう。狙うなら今しかない。
この世には『思い立ったが吉日』という言葉があるくらいなんだ。清野悠生殺害の案件は確実に今日中に終わらせたほうがいいと心の中の俺も言っているようだった。
俺はすぐに携帯と部屋の鍵だけ拾い上げ、隣の部屋に行こうとしたがそのときに携帯が震えた。
「?」
画面を見るとチャットでメッセージが届いたようだった。
相手はクロエ・アングレ、個人チャットで送ってきている。
『夜遅くごめんなさい。一人でいるの怖いからそばにいてほしい』
あの金髪少女と出会ってからずっと思っていたことだが、イントネーションこそ特徴があるものの日本語自体は普通に上手なんだよな。メール文で見ると外国人とは思えない。
俺はそれに対してすぐに返事を送った。
『僕はかまわないけどもし、僕が裏切り者だったらどうする?』
クロエ・アングレだってあの場にいた人物の一人だ。俺があれだけ疑われて出て行ったのだから普通に考えたらそばにいてほしいなんて俺には言ってこないはずだ。
女の子同士がよければ浜井まゆみや小掘純子だっているし、頼りになる男が良いなら俺よりも重山北斗に頼むほうが正解だ。それなのになぜ俺に頼ってきたのかが気になった。
『私が今日の様子を見て大丈夫と判断したのです。だから信じています』
・・・なるほど。
あれだけキレていながら、誰のハチマキも取らずに出て行ったのを見てそう判断したってことか。仮に俺が赤チームならあの場で一暴れでもして何人か白チームの戦力を削ったほうが合理的だな。
そんな解釈を勝手に自分の中で作り出してしまったのは何よりも最後の『信じています』という言葉がうれしかったからだろう。
今すぐにでもクロエ・アングレのところへ行こうと思ったがふと気になることが頭の中をよぎった。
『じゃあ君が裏切り者である可能性は?』
自分で言うのもあれだが、彼女が赤チームなら冷静な判断のできていなかった俺は死んでいただろう。甘い言葉に誘われて完全に油断した中で彼女の部屋に行き、一瞬で殺されていたかもしれない。
すると、彼女からひとつのボイスメッセージが送られてきた。
『クロエ・アングレ様は白チームでお――』
そのデータ自体は少し編集されているようで「お部屋は」の部分は切り取られていたがあの声は間違いなくBOXの中にいた人の声だった。仮にたった一日でこの偽装データを作り上げたのなら天才としか言いようが無いけれどおそらくそれが出来るとしたらパソコン中毒の羽場誠也だけだろう。少なくともクロエ・アングレに出来るとは思えなかった。
だから俺は彼女を信じることにした。
『分かった。どこの部屋に行けばいい?』
それに対する返事は少し時間がかかり焦らされているような気分になったが、その理由は文面を見ればすぐに分かった。
『ごめんなさい。先ほどは信じるといっておきながら一方的にこちらの部屋の情報だけを教えるのはやっぱり怖いです。ホントに悪いんですがそっちのを先に教えてほしいです。その後必ず教えますから』
要はいくら信じるといったところで、この状況下では疑心暗鬼にならずにはいられないってことだ。
正直俺もこの文面を見て、最初は適当な部屋の番号を書いて送ろうかと思った。でも、クロエ・アングレは白チームであり、俺のことも信じようとしてくれている。そう考えると、下手に嘘をついてバレたときに信用を失うよりかは、ちゃんと本当のことを伝えたほうがいい気がしたから、俺はしっかりと自分の部屋の番号を教えることにした。
『僕の部屋は204だ』
『じゃあ303に来てほしいです』
ほら見ろ。彼女は嘘をつくような子ではない。俺は初めて自分が白チームでよかったなと思った。彼女と協力して最終ラウンドまで残りそして二人で勝ち残る。あのゲームマスターだって小掘純子が「ちょっと、それじゃ私が生き残っても沖田総司は死ぬってこと?」と問いただしたとき、
「いえ。必ずそうなるとは限りません。決勝戦前にそこまで残ったお二人には二人とも生き残る救済処置も用意しておりますので二人が生き残る可能性は十分にございます」
と答えた。だから決勝まで勝ち残れば二人が救われる道はあるということだ。
だったら俺とクロエ・アングレがその二人になってやろうじゃないか。
俺はクロエ・アングレに対して『了解』とだけ送り、清野悠生を殺しに行くことをやめクロエ・アングレの部屋に行くことを決めた。仲間が出来たのなら作戦変更だ。もっと簡単に白チームを勝たせることが出来る。
俺の中にはすでに新たなプランが生まれていた。
そんな俺の希望が絶望に変わったのはそれから間もないこと、303号室でだった。
俺が扉を開けて中に入ると誰も見当たらずクロエ・アングレを探すために奥へと入っていったところで何かがお尻に当たった感覚がした。
「アングレちゃん?」
そう呼びかけたが返事は無く代わりにドアからディーラーなどと同じように真っ黒な洋服に身を包んだ人間が三人やってきた。
「石戸谷健太様。あなたが当ゲームにおいて死亡したことを確認したためお迎えにあがりました」
その中の一人が俺に事実を伝えてくれたようだったが全くもって意味が分からなかった。俺はクロエ・アングレに裏切られたのだ。じゃああのボイスメッセージは一体? 彼女の優しさは?
俺はわけがわからないまま最初のホールまで連れて行かれたのだった。
小掘純子
二日目の朝。
私達の元に一通のメールが届いた。例の白チームで作ったグループチャットには石戸谷健太が送信主の名で入っている。
『昨日は俺が悪かった。やっぱ一人ではどうしようも出来ない。俺は間違いなく白チームだから協力して赤チームを倒そう。こんなんで許してもらおうなんて虫が良すぎるのも分かっているけど白チームがこんなにバラバラの状態だったら負けちゃうよ』
そんな文章だった。加えて、
『場所は昨日と同じ多目的室、9時集合で』
とあった。
一体いつからあいつがリーダーになったのか。でも、みんなはそれを受け入れるらしく、朝9時、多目的室には三人が集まった。
私と重山北斗とクロエ・アングレだ。
「呼び出した本人がいないってどういうことだよ」
重山北斗が胡坐に貧乏ゆすりという今にもキレだしそうな状態で石戸谷健太のことを待っていたため必然的にその場の空気も重くなっていた。
その空気から逃げるためか重山北斗は携帯を取り出し、何かを見ている。ネット環境のつながっていないこの携帯で見ることといったら今までの会話履歴とかだろうか? クロエ・アングレも携帯ではないが何かを眺めながら時間をつぶしているから、私もとりあえず携帯を取り出し、特に何かを考えるわけではないがグループチャットだったり個人チャットだったりを切り替えながら時間をやり過ごしていた。
すると白チームグループチャットに一通の連絡が入った。石戸谷健太からだ。
『ゴメン、ちょっと用事で今行けそうに無い。先に話し合いはじめてて! ホントゴメン』
「は!? あいつふざけんな! 先に話し合いはじめててって一体何を話し合えばいいってんだよ」
重山北斗は半ギレになりながらその怒りを私達にぶつけてきた。
「ジャア、ちょっと聞きたいのデスが、まゆみはドコ行ったデスか?」
そう、この場にはもう一人、浜井まゆみもいないのだ。もちろん彼女がどこにいるのか知ってるのは私しかいないから報告するしかないか。
「実はね、まゆみちゃんが赤チームの一人だっていきなり言い出して、襲ってきたから返り討ちにしちゃった」
正直まゆみを悪者扱いしたくは無かったけれど、こればっかりは仕方ない。証拠として昨日、危機感を感じたときからボイスレコーダー長まわしで撮ったまゆみの豹変した声を二人に聞かせた。
「お、おぅ。お前もなかなか大変だったな」
「ホントデス。よく生きててくれマシた」
二人からは賞賛されたがやっぱりそんなにうれしいものではない。
「で、これを証拠として私が白チームだと信じてくれる?」
少し不安げになりながらも確かめてみると二人ともうなずいてくれた。
「ナラ、私も証拠ありマス」
少し顔を輝かせガサゴソとなぜここに持ってきたかも分からない自分の荷物が全部入ったかばんの中をあさり始めた。
「実はコンナコトモあろうかと、私もボイスレコーダーに撮っておいたんデスよ」
だが、アングレの顔は次第に雲がかっていった。
「アレ? おかしいデスね。確かにあると思ったんデスけど、ドコカニ落としたんでしょうか」
「あいにく俺も自分が白チームだって証明する方法は無いな。まさかこの携帯にボイスレコーダー機能があったなんてな」
そこで、我ながらいい案を思いついてしまった。ポイントは携帯だ。昨日、清野悠生に情報が筒抜けになったのは誰かが携帯を使って清野悠生にメールをしたからだ。だったら携帯を全員分預かってしまえば誰も報告することなんて出来ない。
「ねぇちょっと提案なんだけど・・・」
私は今思いついた完璧な理論を二人に話した。
「確かにそれなら密告はできねぇから情報が筒抜けることはねぇーな」
「名案デス」
正直最高の案だとは思いながらも二人がどんな反応をするのか心配だったが賛成してくれたみたいでよかった。
「じゃあ俺の携帯を小堀に預ければ良いのか」
そういいながら重山北斗はポケットの中から携帯電話を取り出した。
「私はドウスレバいいデスか?」
「アングレちゃんは私がちょっとだけ身体検査するからね。本当に今携帯をもってないならそれでいいわけだし。あ、あんたはあっち向いてろよ」
「分かってるよ。部屋から出てるから終わったら呼べよ」
「はいはい」
私は重山北斗が部屋を出た後、彼女のポケットやかばんなどありとあらゆる隠せそうな場所を探したが、結局携帯が出てくることは無かった。
そして再び全員が集合し今度は影の薄い女の子(奥村理沙)を殺しに行くことを提案した。場所は私の隣の部屋304号室、昨日そこで何かしらの物音がしていたからそこに人間がいることは間違いない。そしてここにいる二人はその部屋ではなく、清野悠生もその部屋で無いとなれば、そこにいるのは奥村理沙か石戸谷健太の二人だけだ。後で石戸谷健太には確認を取って彼の部屋でもないのなら襲いに行こう。
*
部屋に戻った後、私は石戸谷健太にメールを送った。
『石戸谷君、石戸谷君の部屋番号って304?』
『え? 何でそんなこといきなり聞いてくるの?』
忙しいとか言っていたわりにはすぐに返事が来た。
『もしかしたらそこが奥村さんの部屋かなって思って……』
『あ~で、そこの部屋を今度は襲いに行こうとしてるとか?』
『うん。そういうこと。どう? その部屋って石戸谷君の部屋じゃない?』
『うん、そこは僕の部屋じゃないよ』
『そっかよかった。じゃあさ11時頃にその部屋を襲いに行くからさ、10時55分ぐらいに例の多目的室に集まって』
『報告ありがとう。だったらいいこと思いついたんだけどさ、僕はみんなより少し遅れていってさらに敵が増えるって状況にするよ。そのほうが赤チームも絶望感があると思わない?』
『確かに! それいいかも。じゃあそれでよろしく』
『了解』
話は終わりかけたように思えたが私はひとつ大事なことを忘れていた。
『そういやさ、石戸谷君って自分が白チームだって証明できるものある?』
『えっと……悪いけど無いかな。白チームではあるんだけど証明するものっていったらないや』
『だったらさ携帯を私に預けてくれない? 誰も密告できないようにそういう風にすることにしたから』
『なるほど……。じゃあ今すぐ三階の階段のところに取りに来て、今すぐならさすがに僕も密告なんてしてる暇無いだろうし、仮にしてたとしたらすぐに送信履歴を見ればいいわけでしょ? それで証明するってのはダメかな。ちなみにこれには返信しなくていいよ。後で携帯がなくなってるのを確認したら純子ちゃんが俺を信じてくれたってことにするから』
それから私は一目散で三階の階段のところまで行くと、確かにそこには黒い携帯がひとつおかれていた。中を開いて確認すると確かに私とのトークが一番上に来ておりこの短時間で密告した様子も無かった。
時計は11時を指し、いよいよ奇襲を開始する。
扉をぶち開けて中に入ると、そこには予想通り奥村理沙がいた。
「な、な、な、な、何!?」
彼女は声を震わせながら近くにあった布団の中に隠れる。
「残念だったなお前の命はここまでだ」
「堪忍するデス」
「アングレちゃんそこは観念ね」
「日本語は難しいからドッチデモいいデス」
「や、やめて。無理、無理、来ないで、こっちこないで!」
彼女は迫り来る私達目掛けて布団を投げてきたかと思うと、その他もろもろ部屋にあるありとあらゆるものを出鱈目に投げ始めた。これではいつ本当に死んでもおかしくない。
だが、投げるものもいよいよなくなると彼女は隅っこにしゃがみこんだ。
「はぁはぁ手こずらせてくれたもんだな。これでお前も終わりだな」
だがその瞬間私の斜め後ろにいたクロエ・アングレが悲鳴を上げた。
「?」
その声には、私や重山北斗だけでなく奥村理沙も驚く。
「あんまり、気弱な女の子をよってたかっていじめないでほしいよね」
クロエ・アングレのさらに後ろに立っていたのは清野悠生だった。
「お、お前なぜここに?」
「え? 小さな女の子が襲われそうになったら、それを救ってやるのは男の子の仕事だろ」
「小堀! お前が密告したのか」
すごい形相で重山北斗は私をにらみつけてきた。
「そうデス。今回密告が出来たのは純子しかいなかったデス」
そう、今回は密告なんて起こるはずが無かった。私が全員分の携帯を預かってそれを防いだのだから。でも、結局この計画も清野悠生にはバレており、密告が成功していた」
「どういうことか説明してもらおうか小堀」
「いや、違う。私は密告なんてしてない。私は……」
「じゃあどうやって清野に今回の計画がバレたってんだよ! そっちのほうをじゃあ説明してみろよ」
「…………」
私は言い返す言葉が見つからなかった。正直どうして今回の計画が筒抜けになっていたのかさっぱり理解が出来ていなかったからだ。
そんな私と重山北斗の間に入ってきたのは清野悠生だった。
「ったく、それは意地悪って言うんじゃないの。重山」
「え?」
今、なんて言った? なんで清野悠生からそんな言葉が出てくるの。
「お前は面白くないな、もうちょっとくらい俺に遊ばせろよ」
「時間の無駄。さっさと終わらせて」
「はいはい、分かりましたよ」
なぜか、この二人で会話が成立してしまっている。いや、なぜかなんてことは無いか。さすがに私でも気が付いた。この白チームに混じっていたもう一人の赤チームは重山北斗だったんだ。
「まぁさすがに気付いたとは思うけど、どうだった? 俺の演技力」
そりゃもうほめるしかないよ。だって私は、いや、おそらく私達全員が騙されてたんだから。
「――でも、どうして今回の件が筒抜けになってたわけ? 私が重山君の携帯を持っていることに間違いは無いんだよ」
「まぁそれも含めて、この二日間に起こった事を全部話してやるから聞いとけって」
まず、俺が集合をかけたときに誰が集まるかは俺にも全く想像が付かなかった。正直このときは全員が集まっても俺は白のリーダーを装って全員を殺していこうと思ってたくらいだったからな。
だが、集まったのは六人。正直ラッキーだったよ。これで、清野悠生と奥村理沙は確実に仲間だって分かったのだから、そしてもう一人が白チームに隠れてくれたおかげで、あのグループ自体が疑心暗鬼になった。もちろん俺一人でも疑心暗鬼にさせる気ではいたけど、赤チームの人が二人もいるとなるとその警戒心はさらに強くなる。
そして、一回目に清野を襲いに行こうとしたときに密告したのは俺だ。このあたりは浜井まゆみが推理していたとおりだ。一度解散した時間を使って清野に連絡を入れた。まぁ対策はしろっていったけど消火器を持ち出すとは思ってなかったがな。
「ふふっん。あれはなかなかいい案だったろ」
で、まぁ計画通りそこで人間を一人殺した。正直、誠也が白チームなのか赤チームなのかは分かってなかったけどここにいる五人は皆殺しするつもりだったからどうでもよかった。
そして、作戦会議のために多目的室に帰ってきたら、計画通り赤チームの探り合いがはじまった。そこで、お前が石戸谷を疑ってたみたいだったけどあれ超ファインプレーだ。
アレのおかげであのチームはもはやボロボロ。正直石戸谷のやつも相当傷ついてはいただろうな。だから、俺はそのとき、クロエの携帯をこっそり盗み、クロエのふりをして、あいつに「信じてる」って言葉を投げかけてあげた。あの場で一番石戸谷に疑いの目を向けていなかったのはクロエだったからな。石戸谷のほうもすぐにクロエ(俺)のことを信じてくれたよ。
まぁその信じる材料にクロエが事前に録音していたあのボイスレコーダーもすごく役に立ったんだけど。まさか、あのBOXにいた女の言葉を録音してるとは思わなかったよ。あれがあれば自分の証明には最高の武器だからな。
まぁそんな小道具を使いつつあいつに俺がクロエだと思い込ませて、俺の部屋に呼び出し殺した。あいつの死んだときの顔やばかったよ。俺が一瞬であいつのハチマキとってすぐに隠れたからあいつはいまだにクロエに裏切られたと思ってるぜ。クロエも気をつけろよ。
そして、そのショックからかあいつは俺の部屋にまんまと手に持っていた携帯を落としていなくなりやがった。だから俺がそいつを使って今日の朝お前らを呼び出した。
そりゃ石戸谷は俺達の前に姿を現すわけ無いよな。すでに死んだ扱いになってどっかに運ばれちまったんだから。
そして、俺はあたかも石戸谷がこのゲームにまだ存在するかのように装って演技を続けた。
正直あそこでバレたらいろいろ終わりだったが全然そんな心配する必要も無かったな。
そして今度は小堀が携帯を集めて襲おうって言い出したんだっけ? あ、いやその前にクロエの携帯の件か。アレは本当にクロエの携帯を奪っておいて正解だったな。あそこであんなボイスレコーダー流されたんじゃ確実に俺が疑われちまう。存在しない石戸谷が赤チームだと言い切るのも難しい話だから、あそこはマジで運がよかったと思ってるよ。
で、携帯を回収されたわけだけど、俺の携帯が奪われたところでクロエの携帯と石戸谷の携帯がある以上、何にも怖くないんだよね。
で、今度は石戸谷の携帯を使って清野に連絡を入れる。まぁ密告をしたってわけだ。
その後でお前が石戸谷に連絡をくれたわけだけどあそこで俺が提案したことって覚えてるか?
不意に質問されて少し戸惑いながらも私は答えた。
「後から行ってさらに絶望感を与えようって話?」
そう、それに対してお前も少しは疑いを持たなきゃいけなかったんだな。例えば別にそれでもいいけど集合するだけはしてねとか。
そうすればすぐに石戸谷はこのゲームにすでに存在しないことくらい気付けたのだから。
まぁ携帯を持っていかれたところで勘がいいなら気付いたのかもしれないけどそれも全くなかったな。
一応メールのやり取りをしながらあの端末から清野を消去してはおいたけど、ちょっと調べれば余裕で調べられたはずだったんだけどね。
まぁ結局何一つ俺の計画はバレることなくここまで迎えることが出来たとさ。おしまい。
重山北斗は誇らしげにこの二日間に起こった出来事の全てを語りつくした。
確かに無理やりなところもあるが私が疎かだったところもたくさんあった。これは重山北斗の一人勝ちとしか言えないのだろう。
かくして第一ラウンド「しっぽ取りゲーム」は赤チームが勝利を収めゲームも私の守るべきものも終わったのだった。