一章
バスで一番前に座っていた清野悠生が下車したことをきっかけに乗っていた他の全員が降りてきた。そして目の前の光景に誰もが感嘆する。
「うわ~何ここすごーい」
二番目に降りた浜井まゆみは目を輝かせながらその洋館を見つめ、その次に羽場誠也と重山北斗が驚くというよりは冷静な感じで下車した。
それに続いて奥村理沙、小堀純子、石戸谷謙太と順番に下車し、最後にクロエ・アングレが洋館の前に姿を現した。
これが今回この屋敷に招待された八名だ。
「マスター全員が到着いたしました」
ショートカットで耳にピアスを付け真っ黒の服に身を包んだ女性がテレビ画面を見つめたままの男に話しかける。
「いよいよだ。奴ら八人には存分に楽しませてもらうとするか。取りあえずあいつらを例の部屋まで連れてこい」
マスターと呼ばれる人物が指示するとその女性は頭を下げ「かしこまりました」とだけ伝えて部屋を後にする。
ただただ呆気に取られていた八人の前にさっきの女性が姿を現したのは彼らが下車して間もなくのことだ。
「ようこそはるばるお越しくださいました。本日のゲーム進行のサポートをさせていただくものです。ディーラーとでもお呼びください」
軽く頭を下げた後全員に中へ入るように促す。
それに従って八人は取りあえず中へと入って行くのだった。
「なぁディーラーさん。ここは一体どこで、俺たちに何をさせようってんだよ」
ディーラーのすぐ後ろを歩いていた清野悠生が問い詰める。
「ここがどこかは説明できませんがこれから何をするかは招待状で知らせたとおりです。皆様にはこれから三百万円をかけてゲームをして頂く。ただそれだけです」
「じゃあそれをすることで一体どんな利益があると?」
さらにその斜め後ろを歩く小堀純子が聞いた。
「あなた達は三百万を得ることが出来る。私たちは私たちでもちろん利益はございますがそれは後々わかるでしょう」
はぐらかすように純子の質問をかわして、とある部屋の扉を開いた。
「ここがホールになります」
歩いてきた道もそうだったが廊下、ホールと赤い絨毯が敷かれ、廊下のところどころでは洋館照明、ホールにはシャンデリアがつるされていた。
「すごー私一回はこんなところに来てみたかったんだよね~」
危機感を全く感じさせない声音で浜井まゆみは感動する。ただ、他の女子もまんざらではないようで、今は恐怖よりも感動が勝っているようだった。
そしてホールの階段近くにスクリーンが用意され、そこに一人の道化師のような恰好をした人物が映し出された。
「『Wing Place』へようこそ。皆様がここまで来てくださったことに感謝いたします」
一瞬でその画面に八人全員の視線が集まった。
「今回皆様に集まっていただいたのは他でもありません。それはここで開催されるゲームを通じて皆様に社会人として生きて行けるように更生していただくことです」
「は⁉ 更生ってどういう事だよそんな話聞いてねぇーぞ」
羽場誠也が画面に向かって文句を言う。
「まぁそりゃそうでしょう。言って無かったですから」
それに答えているのを見るとこれは録画とかではなくライブで映されていることが分かった。
「ドウイウ事デスカ」
若干つたない日本語でクロエ・アングレがさらに追及する。
「皆様はそれぞれに社会で生きていくには不便となる欠陥を抱えた人間ばかりです。そんなあなた達がちゃんと社会で生きて行けるように更生させてあげようというプログラムが本ゲーム大会の目的なのです」
「欠陥って何よ! こいつらは知らないけど一体私のどこに欠陥があるっていうのよ」
小堀純子が聞くとそれに答えるように男は話を続けた。
「では、一人ずつちゃんと説明いたしましょう。あなた方のどこに欠陥があるのかを。一番に自分のどこに欠陥があるか知りたい人はいますか? ゲームマスターは優しいですからあなた達の望む順番で答えてあげますよ」
「じゃあ教えてもらおうか。私の欠陥とやらを」
さっきの勢いそのままに小堀純子が一番に手を上げた。
「小堀純子様は他の人間に隠しながら密かに楽しんでいらっしゃるご趣味がございますね」
「な、何よ。密かに楽しんでる趣味って」
「お分かりになられませんかね。もとはゲーム、少し前にはテレビアニメも放映された『無双×夢想』という作品ですよ」
「な!」
ゲームマスターの言葉を聞くなり小堀純子は一瞬言葉を失った。
「何で! 何であんたがそれを知ってるのよ‼ 親も含めて誰一人そのことを教えた相手なんていないのに」
「それだけではありません。あなたはその中でも斎藤一と沖田総司のカップリングがお好きなようで」
小堀純子はすでに開いた口が戻らないまま、ただゲームマスターを見つめていた。
「ですので、今回はそのゲームキャラクター斎藤一を人質に取らせていただきました。もし小堀純子様がこのゲームで敗北なされた暁にはこの世から斎藤一という存在が消えます」
「ちょ、ちょっと待て。消えるってどういう事だよ」
ゲームマスターの言葉に違和感を覚えた羽場誠也が聞き返す。
「そのままの意味です。これから説明いたしますが八名全員から大切なもの(狂わせるもの)を人質として預からせていただきました。その全てにおいて、アニメ制作会社や原作者、事務所等々に巨額のお金と国家権力を使ったことによっていつでもこの世からいなくなる筋書きを作ってもらっています。今回の小堀純子様の場合、ストーリー上で斎藤一は死ぬことになりその後ゲームでもアニメの二期でも一切の登場することは無くなるという事です」
「ま、待って。じゃあ私の大切なものって」
「さすが浜井まゆみ様は勘がよろしいようで、あなたも同じ『無双×夢想』という作品がお好きなようで、特にその中のカップリング『そう×はじ』はお気に入りだと情報があります」
だが、そこで声を上げたのは浜井まゆみではなく、小堀純子の方だった。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。浜井さんって言いましたよね。『そう×はじ』ってどういう事よそこはどう考えても『はじ×そう』でしょ。どうして、沖田総司が攻めなのよ」
「は? 小堀さんの方こそまさかの逆カプじゃない。あり得ないでしょ、その組み合わせはどう考えても『そう×はじ』よ」
すでに他の六人はこの二人の会話についていけないというか意味の分からない状態になっていた。そもそも『無双×夢想』なんて知らない人が四人、羽場誠也と石戸谷謙太だけは名前こそ知っていたものの、その作品がどういう物か知らないし興味も無かった。
その二人のいつまでも終わらなそうな会話をゲームマスターが話し始めることで強引に終わらせた。
「で、浜井まゆみ様には沖田総司を人質に取らせていただきます」
「ちょっと、それじゃ私が生き残っても沖田総司は死ぬってこと?」
小堀純子がゲームマスターに問う。
「いえ。必ずそうなるとは限りません。決勝戦前にそこまで残ったお二人には二人とも生き残る救済処置も用意しておりますので二人が生き残る可能性は十分にございます」
それを聞くなり浜井まゆみと小堀純子は互いに目を合わせる。
「ならば」
「二人で協力して生き残るしかないってことね」
この二人にとっては名前が前にきているキャラクターはあくまで攻めというだけであって沖田総司、斎藤一どちらか一方に死なれるだけでも大問題なのだ。
二人はともに握手をし、これからともに戦っていくことを誓い合った。
「んじゃ次は俺の欠陥とやらを教えてもらおうと思うが……まぁどうせメルちゃんなんだろ」
石戸谷謙太はため息交じりに聞く。
「その通り。石戸谷謙太様には現在日曜朝に絶賛放送中の『魔法少女メル・マル』の主人公の一人、メルの方を人質にしていただきます」
「ふん。お前たちはメルの強さを知らないんだな。あの二人はピュアな心と信じる心さえあれば永久不滅に死ぬことなんてないんだよ。そんなことも知らなかったか!」
何か開き直ったように石戸谷健太は高らかに宣言した。
「いえ、すでに、魔法少女メルマルの監督及び脚本家の方にそれぞれ五百万円ずつお渡ししたところ、メルとマルによって世界征服を阻まれていたイージスたち御一行が二人を崖の奥まで追い込み、そこから一歩後ずさりしようとしたメルがバナナの皮に転んで崖から落ちて行ったところ頭を打って即死になるというシナリオでオッケーが出たため、もし石戸谷健太様が敗北なされましたら次の日曜日にはそのような放送が全国にされるはずです」
「ふ、ふざけるな! なんじゃその死に方は‼ せめてマルを守ってとかそんな風にならないのかよ。それにメルは空を飛べるはずだ。崖に追い込まれて落ちたからって死ぬわけが……」
「えぇその辺の伏線もばっちりだそうでメルは間違いなく崖でバナナに足を滑らせ頭から真っ逆さまに落ちることが決まりました」
ゲームマスターの自信満々な声を聞くと石戸谷健太は膝から崩れ落ち頭を抱えてしまった。
「な、なら俺のはどうなるんだよ」
今度は重山北斗が恐る恐る聞く。
「重山北斗様にはアイドル『Fine,Peace』の石川キララ様に死んでもらいます」
すると重山北斗は少し半笑いしながら反論した。
「二次元のイケメンや魔法少女はまだしもまさかリアルに存在する三次元まで殺すとはな、それでも国のすることなのか。あ⁉」
最後の「あ⁉」は誰もがビビるほど大きな声で脅しかけた。
「えぇですから石川キララ様にはアイドルとして死んでもらうという事です。彼女にはアルファンとの隠し交際が事実としてあります。あなたをがっかりさせるために言えば毎週金曜日ホテルに行ってるそうですよ。全くアイドルってのも暇なものですよね。で、我々はそれをスキャンダルの種にして全国に放送するつもりです。もちろん重山北斗様が敗北された場合においてですけど」
それを聞くと重山北斗の顔が一瞬で白くなっていくのが他の誰からでも分かった。
「う、ウソだろ。あいつが、あいつに限ってそんなこと。ひ――キララちゃんだけが俺の生きる希望だったてのに」
「って言うかそのキララちゃんとやらに失望したなら戦わなくていいじゃん。よっぽど私の斎藤一やまゆみの沖田総司の方が大事なんだけど。あ、あとそのアイドルを自分の彼女のように『あいつ』って呼ぶのマジできもい」
浜井まゆみもそれに同意する。
「違う! そんな、そんなネタは勝手にこいつらがでっち上げただけのものだ‼ あい――キララちゃんは、キララちゃんは絶対にそんなことしない。て言うかキララちゃんにそんなことをするやつを俺は許さない。そいつこそこのゲームに参加してキララちゃんを失えばいいんだ。だから俺はキララちゃんのために勝ち残る‼」
「で、結局お前はキララちゃんが男とやってるってことを信じてんのか信じてないのかどっちだよ。今の発言だとごっちゃごちゃだぞ」
そんな清野悠生の突っ込みになんて目もくれず重山北斗はキララちゃんの事だけを考え続けていた。
「まぁいいや、で? 俺は? 俺の欠陥って何?」
無視をされ若干自分の立ち位置に困った清野悠生が今度はゲームマスターに問うた。
「清野悠生様の場合はあなたがとんでもないシスコンだという事で妹の清野未来様を人質に取らせていただきました」
それにはさすがに清野悠生も驚いた。もちろん自分でもシスコンであることは自覚していたから初めはその覚悟もあったが……。
「さっきお前、三次元は殺さないって言ったじゃないか」
「それは、石川キララ様は社会を真っ当に生きていらっしゃるため何の問題もございませんが清野未来様はあなたに過保護にされ過ぎた結果、何でもわがままを言えば叶うと考える、自己中わがままクイーンに育ってしまったため、この世から消し去っても全く問題ないという事です」
「ちょっと待てゲームマスター。毎週金曜日にホテルに行ってるようなアイドルのどこが真っ当に社会を生きてるって言うんだ」
「石川キララ様は子孫を残して人類を繁栄しようとする準備をなさっておられるのです。仮にも重山北斗様が敗北なされてアイドルを辞めたのち風俗嬢にでもなって、たくさんの子どもを作れば人類は見事に繁栄する。とても素晴らしい事ではありませんか。それに比べてあなたの妹には社会貢献が出来るとは到底考えられないのです。ならば死んだとしても何一つ問題は無いでしょう」
「み、未来だって真っ当に生きてるじゃねぇーか。容姿端麗、才色兼備の天才少女。どこに問題があるってんだよ」
「テストの平均点は30点前後、彼氏いない歴=年齢どころか男友達すら一人もいない。もっと言えば女友達だって一人もいない。あなたが毎日毎日学校まで迎えに行き、一番友達とお話が出来る下校時間を奪ってきたせいであなたの妹は今そんな人生を送っているのです。休み時間は机に座ったままかトイレに行っては空想の友達と話をし、掃除の時間は彼女だけ汚れ作業を任される。まぁ唯一彼女の素晴らしい所と言えば、あなたの事だけは心配させまいと笑顔でい続けたことでしょうね。たとえ学校でどんなことがあろうと清野未来様はあなたの前だけでは元気で明るい女の子を演じ続けた」
「ちょ、ちょっと待て。本気で今の話を言ってるのか。未来は学校でそんなことになっているのか?」
「えぇ。私たちの調査に間違いは一切ございません」
清野悠生はそれ以上言葉が出なかった。愛する妹の全く知らなかった現実はあまりにも残酷過ぎたのだ。
「ならそろそろ私の欠陥も聞かせてクダサイ」
「クロエ・アングレ様の人質はフランソワです」
「フランソワ?」
別に有名人の名前とかでは無かったため浜井まゆみは聞き返した。ただ、クロエ・アングレ自体は全く冷静では無かったのだ。
「ドウイウ事デスカ! フランソワは私のペットのワンちゃんデス。フランソワの何が悪いって言うんデスカ」
「それはあなたがペットにとらわれ過ぎているからです。日本に来る前も別れたくないと駄々をこね日本に来るのが一か月遅れたうえに、日本に来てからも全く吹っ切れることなく毎日のようにフランソワの写真を見続けて電車に乗り遅れ、学校に遅刻する。授業中だってフランソワの写真ばかりを見つめて集中しない。ならばフランソワに消えてもらう事で吹っ切ってもらえれば改善するかと考えたまでです」
「そ、ソンナコトしたって吹っ切れませんヨ」
だが、ゲームマスターは笑みを浮かべながら続けた。
「いいえ吹っ切れますよ。なぜなら消えるのはフランソワという存在そのものが消えるのですから」
けれどクロエ・アングレにはゲームマスターの言っている意味が分からない。
「つまり、フランソワという犬はこの世に存在しなかったという事になります。だから写真もあなたの頭の中からも消えていくのです。そうすればあなたはもう、あの犬にとらわれることは無くなる」
「ソンナ事出来るわけないデス」
「それが我々には出来るのです。嘘だと思うならわざと負けてみてください。それと同時にフランソワは消える」
「まぁそしたら最後は俺だな。もしも俺が負けたらどうなるんだ」
クロエ・アングレすらも沈没したのを確認すると今度は羽場誠也が聞いた。
「羽場誠也様が敗北なされた場合はあなたからパソコンが消えます」
「ちょっと待て、何でこの男だけはパソコンなんだ。俺らとは比重が違いすぎるだろ」
清野悠生の言葉を筆頭に他の人たちも口々に文句を言い始めた。
「待て、俺からパソコンを取ったらどれだけ大変なことが起こることか」
「んなもん買い直せば何の問題も無いだろ。俺の妹は金で買う事なんて出来ないんだぞ」
「えぇそれは我々も十分承知の上です。ですので羽場誠也様には半径五m以内のネット環境が消えるという特殊能力を付けさせていただきます」
「おい、特殊能力なんて羨ましすぎるだろ」
石戸谷謙太が本当に羨ましそうに言う。
「んな能力全く嬉しくねぇーよ。それってパソコンどころかスマホとかも一切使えなくなるってことなんだろ」
「その通りでございます」
「おい、石戸谷とか言ったな。これのどこが羨ましいんだ。このご時世ネット環境無しでどうやって生きてけってんだよ」
「なら、田舎にでも隠居すればいいんじゃね」
今度は笑いながら小堀純子が言う。
「今や田舎ですら生きてけねぇーよ」
実際今や田舎でもネット無しでは生きていけないところは増えてきているのだ。
「そして、最後に残った奥村理沙様には、るみちゃんを人質に取らせていただきます。よろしいですね」
ここまで、一言たりとも発せずただただ部屋の隅っこで全員の姿を眺めていた少女が、まるでそう言われることを覚悟してたかのようにこっくりうなずき、全員がこのゲームの恐ろしさを知ることになったのだった。
「それでは、皆様の同意もあったという事でいよいよゲームを始めましょう」
そしてホールにゲームマスターの声だけが高らかに響いた。