銃声は近く、春の訪れは遠く
遥彼方様主催、『ほころび、解ける春』企画への参加作品です。
多民族国家アフガニスタン、その首都カブールから北へ60kmほど離れた場所にある小さな町バグラムを目指し、車列を組んで幹線道路を走行する4台の車があった。このバグラムという町には同国に駐留するアメリカ軍の最大拠点バグラム空軍基地があり、そこが彼らの目的地でもある。
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロに対する報復として実施された多国籍軍によるアフガン侵攻と、それに伴うタリバン政権崩壊から今に至るまで続く内戦に等しい混乱状態を脱し、復興への足掛かりとなる何度目かの和平会談に出席するためだ。
もっとも、より正確には本日行われるのは和平会談の実施に向けた実務者会談で、仲介役であるアメリカと一方の当事者が話し合う事になっていた。すると、そんな会議の参加者を乗せた車列の進行方向に軍の設置した検問が姿を現す。
それはトラックを始めとした数台の車両と武装した兵士がいるだけの簡素なものだったが、この国では別段珍しくもなんともない代物だったので、ごく自然に車列は順番待ちをしている長距離バスや地元民が運転する車の後ろに付けて停車した。
「エンジンを切って身分証の提示を。それと、トランクも開けるように」
「分かった」
やがて彼らの順番が来ると、車列の先頭を走る警護車両の運転席側に『AKM』アサルトライフルを持った兵士が近付き、身振りで窓を開けるよう促してからお決まりの台詞を口にする。
それに対し、運転手は指示通りにエンジンを切り、順番待ちをしている間に取り出しておいた身分証とアフガン政府発行の許可証を提示した。実は、彼らは反政府武装勢力となったタリバンの一派なのだが、和平会談の間だけ拘束されないよう許可証が発行されていたのだ。
しかも、警護に必要な銃火器も事前に申請すれば携帯を許可されるので、こうして検問に遭遇しても本来なら身分証と許可証を提示すれば最低限のチェックだけで何事もなく通過できる筈だった。
「少々、お待ちを」
ところが、身分証と許可証を確認していた兵士は運転手に短く一言だけ告げると少しだけ距離を取り、急に険しい表情になって周囲を一瞥してから小さく頷く。
そして、身分証と許可証から手を放し、それまではスリングで保持していた『AKM』アサルトライフルに素早く持ち替えると、何の躊躇いもなく開けっ放しの窓から運転手を狙ってトリガーを引いた。
次の瞬間、銃口から7.62mm×39弾が600発/毎分という発射速度で吐き出され、無防備だった運転手の上半身を車のシートごと穴だらけにして命を奪った。
「きさ……、がっ……!」
それでも助手席に座っていた男が驚愕しつつもパキスタン製の『トカレフTT-33』ハンドガンをホルスターより取り出し、応戦しようとしたが、助手席側のサイドウィンドウやドアを貫通してきた『AKM』アサルトライフルの7.62mm×39弾の連射によって射殺されてしまう。
なぜなら、助手席側にも『AKM』アサルトライフルを持ったアフガン軍兵士が立っており、最初に発砲した男の動きに合わせて行動を起こしていたからだ。
警護車両と言っても所詮は市販車(10年以上昔に製造されたセダン型の日本車)に過ぎず、窓にも車体にも防弾処理が一切施されていない車両では高速ライフル弾は防げない。この2人は、その現実を自らの命で証明する事となった。
だが、車列に対する攻撃は始まったばかりである。外で検問を行っていた者達に加え、路肩に停めてあったトラックの荷台からも10人以上の武装した男達が姿を現し、車列の方へ駆け寄ってくると一斉に銃撃を浴びせてきたのだ。
この新たに姿を現した男達の中には明らかにアフガン軍兵士とは違う格好をした者も混じっており、これが正規の検問では無かった事を示している。それもあってか、『56-3式』自動歩槍(『AKM』の中国製コピー)を持つ者までいた。
おそらく、アフガンの治安を悪化させている要因でもある軍や警察内部に反政府武装勢力やテロ組織の戦闘員が紛れ込んでいる事と、治安機関の腐敗や装備品の横流しの横行が招いた結果だが、それを嘆いたところで状況は変わらない。
事実、車列を構成していた4台の車は無数の銃弾を浴びて瞬く間に弾痕だらけとなり、窓もことごとく砕け散って死傷者が増加していく。一応、2人ほど反撃を試みた者もいたが、2~3発撃っただけで複数の方向から集中射撃を浴び、顔の判別も出来ないぐらいの無残な射殺体に変えられてしまった。
ただ、重要人物の乗る先頭から3台目の車両だけは鉄板か何かで車体を補強してあるらしく、他の車両よりも貫通する銃弾が少なかった。
「おい、早く逃げろ!」
「分かってる!」
その為、咄嗟に身を屈めて補強した個所の陰に隠れ、特徴的な割れ方をする車のガラスの破片を浴びるだけで済んだ者達が車内で叫びあっていた。しかし、前後を車両そのものの破損に加えて運転手を含む乗員全員の死亡によって動けなくなっている警護車両に挟まれ、未だに脱出できずにいる。
銃撃から身を護ろうとして不自然な姿勢になった運転手がギアを何度も入れ替えてアクセルを踏み、前後を塞ぐ車両に体当たりをして脱出を試みていたのだが、時間ばかりが過ぎていた。そして、この時間のロスが致命的な結末をもたらす。
銃撃だけでは効果が無いと判断したのか、襲撃犯の内の2人がトラックの荷台に積んであった『RPG-7』ロケット弾発射機を持ち出し、それぞれが100m以内にまで接近してから脱出しようと足掻く車両を狙って発射したのだ。
燃焼ガスが弾頭の斜め後方へ放射状に噴射されるという特徴的な推進機構を持つが、発射と同時に展開される安定翼の助けと充分に接近してからの発射という事もあり、弾頭は2発とも狙った車両に先端部が直撃して信管が起爆、それが炸薬へと伝わって設計通りの破壊力を生み出した。
◆
バグラム空軍基地へと向かっていた車列が襲撃を受けてから5分程が経過した頃、その情報は同基地に駐留するアメリカ軍司令部の知るところとなった。ゆえに、同基地で待機中だったQRF(即応部隊)に救援を目的とした出撃命令が下される。
だが、QRFが基地のゲートを潜るよりも先に、基地へと続く一本道の途中に設けられたアフガン軍の検問所で事件が発生した。
「おい、止まれ! 止まるんだ!」
アフガン軍兵士が切羽詰まった表情で大声を張り上げ、高く上げた両腕を大きく左右に振って検問所へと接近してくる薄汚れた中型トラックに停止を呼び掛けていたのだ。
この必死の呼び掛けにも関わらず、その中型トラックは減速するどころか車体後方の排気管から真っ黒な排気ガスを盛大に吐き出すと、ディーゼルエンジン特有のエンジン音を唸らせて加速し始めた。なので、それを目撃した兵士の表情が一変する。
「突っ込んでくるぞ! 撃て、撃て!」
ここまでくると検問所のアフガン軍も意味を理解したのか、指揮を執るアフガン軍士官が大声で叫びながら『AKM』アサルトライフルを構え、部下達に先んじて射撃を開始した。
そして、僅かに遅れて部下の兵士達もそれぞれの持つ銃火器で狙いを定めると射撃に次々と加わり、現時点で投入可能な全ての火力を突っ込んできた中型トラックに叩き込む。
この時、アフガン軍兵士が使った銃火器の中には『RPK』LMG(軽機関銃)や、より威力のある弾薬を使う『PKM』GPMG(汎用機関銃)も含まれていたが、運転席やエンジン周りを鉄板などで補強した中型トラックの突入を阻止するには威力不足だった。
結果、中型トラックは速度を落とす事なく複数のコンクリート製の重りが両端に付いたロードブロックへと真っ直ぐに突入し、自らの運動エネルギーで手繰り寄せたコンクリートの塊によって強制的に減速、その衝撃に耐えられなかった車体を半壊させながら急停止したかに見えた。
しかし、完全に停止するよりも先に大爆発を起こし、その際に生じる強烈な爆風と高速で飛び散る無数の破片によって周囲に甚大な被害を与える。いわゆるVBIED(自動車爆弾)の一種で、その中でも爆発物を満載した車両で目標に突っ込んで自爆するタイプの攻撃だ。
「くそっ、性懲りもなく、自爆攻撃ばかり繰り返しやがって!」
「ちくしょう、耳がいてぇ!」
もっとも、こういった自爆攻撃を想定したロードブロックを配備していた事もあり、検問所のアフガン軍兵士に重症者や死者は出ず、まだ悪態を吐く余裕すらあった。だが、そんなものは1人の兵士が叫んだ一言で消え去ってしまう。
「まだ、来るぞ!」
それを裏付けるように、道路上を砂埃にまみれているが建築重機特有の黄色と黒に車体を塗られた大型ホイールローダーが同じように排気管から黒煙を噴き上げ、検問所に向かって来ていた。
この大型ホイールローダーも自爆攻撃を狙っている事は明らかだったが、それを阻止するのに有効なロードブロックは先程の自爆攻撃によって機能を失っている。つまり、接近される前に破壊するしか自爆攻撃を阻止する方法は無いのだが、それを実現できる火器を彼らは持ち合わせていない。
「う、うわあああっ!」
「おい、逃げるんじゃない!」
結果、武器を捨てて逃げようとする者が現れる。それを見た下士官の1人が慌てて止めようとしたが、この状況では意味の無い行為だった。元から練度や士気に問題を抱えていたアフガン軍だけに、すぐに他の者にも伝染して逃亡を試みようとする者が続出した。
ただ、それでも一部の兵士は果敢にも大型ホイールローダーに向かって銃撃を続けていたが、車体の各所を鉄板で補強した上に車体前面のバケットを盾代わりに使われては、いくら撃っても空しい金属音を響かせるだけだった。
そして、銃撃などものともせずに散乱する残骸や瓦礫をバケットで蹴散らしながら検問所へと突入した大型ホイールローダーは、警備兵達の詰所として使われているコンクリート製の建物に激突したところで自爆する。
この自爆攻撃によって詰所の建物は半壊し、先程よりも遥かに近い距離で爆風と無数の破片がアフガン軍兵士達を襲った。
「ぎゃああああっ!」
「う、腕が……、腕が……!」
発生した爆風による圧力は皮膚を裂き、骨を砕き、内臓を破壊して人を死に至らしめる。また、高速で飛び散る破片は身体を切り裂くか、突き刺さって死に至らしめた。さらに、飛散した燃料に引火して火災も発生し、爆心地付近では人も地面に転がる残骸も等しく松明のように燃えていた。
もっとも、この状況下では苦しまないぶん即死した方がマシで、腕や脚が千切れ飛び、傷口から大量の血を流しながらも意識はあって激痛にのたうち回るのは地獄以外の何物でもない。
そんな惨状を横目に、武装勢力の本隊を構成する車列はバグラム空軍基地へと急いでいた。彼らにとっての本命はアフガニスタンに駐留する外国人で、検問所に対する攻撃は下準備みたいなものなのだから。
ところが、そんな武装勢力の車列の先頭を走行していた大型トラック(VBIED仕様)が目標に到達していないのに突然、大爆発を起こして燃えながら5m以上も宙を舞い、道路上から弾き飛ばされて硬い砂の地面を何度も転がっていった。
「な、なんだ!?」
大型トラックの後方を走っていたテクニカル(市販車を現地改造した即席の戦闘車両)の運転手は、その光景を目撃すると反射的にブレーキを踏んで停車させ、慌てて辺りを見回して何が起きたのかを把握しようとした。だが、その行為が命取りとなる。
たった今、目の前で起きたのと同じ目に自分達が遭ったからだ。やはり、いきなり車両が爆発して火だるまになりながら宙を舞い、道路上から弾き飛ばされた。当然、運転手を含む乗っていた全員が爆発に伴う衝撃波と飛び散った破片で即死する。
そして、ますます混乱を加速させる武装勢力の戦闘員の生き残りの前に、今の攻撃を行った物が独特の重低音を周囲に響かせながら姿を現した。バグラム空軍基地に駐留するアメリカ軍が持ち込んだ兵器、『AH-64E』攻撃ヘリである。
「Execute」
「I sir」
タンデム複座のコクピットの後席に座る機長が攻撃を命令し、前席に座るCP/G(副操縦士兼射撃手)が搭載する火器で攻撃を実施する。攻撃ヘリの構造・運用方法としては最も一般的なものだが、その火力は先程までのアフガン軍とは桁違いだった。
なにせ、胴体側面にあるスタブ・ウイング(小翼)に『AGM-114L』ATGW(対戦車誘導兵器)と『ハイドラ70』用ロケット弾ポッドを搭載し、機首下には『M230E1』30mmチェーンガンを装備していたからだ。
ちなみに、武装勢力の車両を2両とも吹き飛ばしたのは『AGM-114L』ATGWによる攻撃で、同ミサイルは最大8kmの射程を持ち、強力な弾頭を機体の持つ優れたセンサーシステムによって極めて高い命中精度で捕捉した目標へ叩き込む事ができた。
その結果、すっかり動きの止まった車列の中で武装車両だと一目で分かるテクニカルが真っ先に標的となり、『AGM-114L』ATGWを使った攻撃によって3両がほぼ同時に破壊される。それでも武装勢力の戦闘員は怯まず、果敢に反撃してきた。
人員輸送用のトラックの荷台から地面に次から次へと飛び降りると、『AKM』アサルトライフルや『RPG-7』ロケット弾発射機を空に向けて構え、準備の出来た者から順に撃ち始める。
もっとも、『AH-64E』攻撃ヘリはアサルトライフルで撃墜できるほど薄い装甲ではないし、無誘導のロケット弾を容易く当てられるような鈍足の機体でもない。ゆえに、彼らの反撃はことごとく空振りに終わった。
それどころか、編隊を組んでいたもう1機の『AH-64E』攻撃ヘリから『M261』ロケット弾による制圧射撃を受けてトラックごと吹き飛ばされ、1人残らず死んだ。さすがに、ここまで一方的な殺戮を目の当たりにすると、戦意も消え去ったようで生き残った戦闘員達は逃走を開始する。
しかし、車両とヘリでは速度と機動性に雲泥の差があり、ほとんどの車両はロクに走りもしない内に捕捉されて『AGM-114L』ATGWや『M261』ロケット弾の餌食になった。
一応、VBIED仕様だった車両の2両が決死の覚悟で基地へ向かおうとしたのだが、それを見逃すほど『AH-64E』攻撃ヘリの乗員は甘くは無く、早々に『AGM-114L』ATGWを撃ち込まれて盛大な爆発を起こした後に焼け焦げた残骸を路上に晒していた。
また、逃走を開始した戦闘員の中には車両を捨ててバラバラに走って逃げようとした者もいたが、彼らは『M230E1』30mmチェーンガンの射撃を受け、身体の方を文字通りバラバラの肉塊に変えられて無残な死を遂げている。
この30mmチェーンガンの照準はCP/Gの被るヘルメットの向きと連動している為、CP/Gは顔を向けてトリガーを引くだけでよく、たとえ人間サイズの目標であっても難なく捕捉して軽装甲車両すら破壊可能な30mm弾を送り込む事が可能だった。
おまけに、途中からは『UH-60M』汎用ヘリも数機が攻撃に参加し、戦闘員の逃走経路を塞ぐような形で空挺部隊所属のアメリカ陸軍兵を展開させている。
こちらの『UH-60M』汎用ヘリは『AH-64E』攻撃ヘリに比べると火力・防御力の両面で見劣りするが、攻撃力を大きく喪失した相手かつ対人戦闘であれば撃墜されるリスクは小さく、機体側面にドアガンとして装備された『M134』ガトリングガンで地上を掃射していた。
つまり、逃走する戦闘員を上空から見付けると射撃位置へと移動し、電動モーターによって高速回転する6本の銃身から3000発/毎分という発射速度で7.62mm×54NATO弾の雨を降らせ、人間を血塗れのひき肉へと変えていたのだ。
やがて、『M1126』装輪装甲車を中核とする地上部隊も現場に到着し、装輪装甲車より降車したアメリカ陸軍兵も加わっての掃討作戦へと移行したが、その時点で武装勢力は壊滅状態に陥っていて本格的な戦闘には発展しない。
ゆえに、散発的な銃撃戦こそあったものの掃討作戦は短時間で終わり、損害も無かったアメリカ軍は補給と報告のために基地へと帰投した。
◆
こうしてバグラム空軍基地への攻撃を阻止したアメリカ軍は、改めてQRFを組織して襲撃を受けた穏健派のタリバンの下へと急いだが、そこには破壊されて焼け焦げた車両と死体だけが残されていた。それが意味するのは、これまでに積み上げてきた和平プロセスに綻びが生じたという現実だった。
ある事件により、ようやく進みかけた和平プロセス(春の訪れ)に亀裂(ほころび)が生じる。
なんというか、かなり強引なテーマの解釈の仕方ですよね。おまけに、中身はいつも通りの現代戦だし……。
ちょっと言い訳がましいですが、期限に間に合わせようと無理矢理投稿してるので、やっつけ感が半端ないです。
それだけに、せっかくの企画に泥を塗ってないか心配です。
とは言え、最後までお付き合いありがとうございました。