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転がる石  作者: ゴスマ
第二幕:駆姫(かけひめ)
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第五話 別路

 下町の一角にて騒ぎがあった。


 サクの白い右手から黒い三本のクナイが放れると、その内の1本が灰汁色の着物に音を立てて突き刺さり、そこを起点とする赤い染みが見る見る間に大きく広がって行く。


 傍らで倒れている大蛇の首筋に矢を打ち込んでいるのはイチである。裾の短い蓮華色をした着物の下履きは太ももの半分まで奇麗に晒しで巻かれている。


 辺り一面に倒れているのはあの恐ろしい多頭の大蛇オロチと言っても首から下は人間そっくりなあやかし達であった。


 更に二人のその向こうでは汪閃が二つ首を押し倒すと馬乗りになり、その鋭い爪で今正に止めをさそうとしていた。


 「ふう、お前達もよくやった。」


 喉を掻き切られて尚もがく二つ首の胸部を方足で押さえながら2汪閃は人の若い娘達に労いの言葉をかけた。そして虫の息となった足下の二つ首を尋問した。


 「おい、喋れるなら他に潜んでいる奴らの事を白状しろ」


 しかし瀕死の二本首はシャアアアという威嚇声を上げるばかりであった。


 「ふんっ。話せない振りをしているのか本当に話せないのか?

 俺にはどっちでもいい。

 既にお前らの首領である若葉丸とその側近が逃げ出して久しい。

 この地に残された残党もお前らでほぼ最後の筈だ。」


 そう言って汪閃は刀を振りかぶると転がっている半妖達を足蹴にするとピクリとでも動いた大蛇の首を全て刎ねて行った。彼は返り血に塗れ凄惨な光景にも拘わらずケロッとした声でこう言った。


 「しかしもうそろそろ桜の季節だな。サクも袴石殿に早く会いたいであろう?」


 サクは返事をしなかった。ともすれば聞こえなかったかの様に佇んでいる。見かねたイチは父親に意見した。


 「そっとしておいてあげてよ、おっとう!」


 「あらイチちゃん。私は別に気にしていないわよ?」


 気にしていないと言いつつもサクの白く薄いこめかみには薄っすらとだがハッキリと青筋が見て取れる。あれから数か月経つと言うのに...そう考えイチは思わずため息を漏らした。


 しかしまあ、会えば自然と仲直りできるだろう。汪閃などは単純にそう考えていた。


 一方、その頃の袴石達は山を幾つも超えた北の地で荒波と磯の香りが荒れ狂う砂浜に立っていた。


 彼らが見つめる先には幾艘かの大型船。船はその胴体よりも高い大波の中を、ゴブゴブと音を立てながら海へ沈みゆく。これらは同心達の協力者である船頭らが洋上で火薬玉を用い破壊したのである。波間に浮かぶ小舟に乗るのはいち早く逃げ出した協力者達であろう。そして大蛇達は同心達が見守る中、高波に飲まれ海の藻屑と消えて行った。


 「これで任務完了ね?」


 じっと海を見つめる赤石の肩に皇・姉がそう言いながら、そっと手を置いた。


 その時である。遠くから浜辺を歩いて来る黒い人影があった。いち早く気づいた鎌石が皆に注意を呼び掛けた所、袴石が振りむいて確認すると、その男は遠目にも歩き方からを差しているとすぐに分かった。


 男は物凄い勢いで近づいてきた。色白の若い男である。


そいつは睨む様に鎌石を観察するが、一方の鎌石と言えばは身じろぎもせず刀に手をかけたままであった。しかし突然、波音をかき消す程の悲鳴が皇・妹の口から上がった。


 「きゃああぁぁ!」


 慟哭を同心らしくないと責めるのは酷である。何せ袴石や赤石達から「師匠は殺しても死なない。」と軽口を叩く程の豪傑である鎌石が突然切り伏せられ、血反吐を破棄ながら砂浜に頭から突き刺さったのだ。鎌石の剣は抜かれて右手にしっかりの握られているので男の攻撃に合わせようとしたのであろう。しかし男の剣速が上回ったという事に成る。


 どさりと倒れ込んだ壮年の剣士は砂浜にザクロ色をした大量の液体を吸わせるとやがてピクリとも動かなくなった。皇・妹が声を上げながら駆け寄った。


 だが鎌石を一太刀で切り倒した黒着物の男の怒りは未だ冷めなかった。


 「貴様ら...石の...石の分際で!よくもやってくれたな。」


 色白で涼し気な目をしたその色男は、衣服よりもどす黒い邪悪な顔つきで同心達を睨みつけた。


 「何者でござるか!?」


 誰何しながら袴石が駆け寄る。当然手には刀が抜いてある。


 一方、赤石は無言で男への前へ出るとこちらは問答無用で行き成り切りつけた。


 だが色男は目にも止まらぬ速さで二人の剣をカカ、カンと弾く。そして返す刀でと袴石の胴目がけて鋭く横殴りの剣を水平に振り切った。


 スパッ


 音もなく脇腹を斬られた袴石が男から逃れる様に転がった。同時に男も詰め寄るが、女が間に割って入った。皇・姉である。


 「ぐうっ、しくった!」


 男が顔を顰めた先では袴石を庇う様に背中を割られた女の姿が有った。


 動揺した男に背後から赤石が襲い掛かる。


 だが、その攻撃を軽々と躱す色白の男がやはり相当な手練れである事は皆の目に明らかであった。


 しかし、とうとう赤熱化した赤石が嵐の様に男を襲うと男はそれを間一髪で躱しながら大声で奥の手を使った。


 「超水、絹縛り!」

 

 すると男の背後から雨色をした不思議な細い糸が数十本も現れ、ワッと前方を広範囲に襲った。本能敵に危険を察知した赤石が逃げるどころか捨て身をうって怪我をした皇・妹と袴石の前に立った。


 着ていた着物を燃やし尽くし真っ赤に燃え上がる裸体の男は刀を握りしめたまま、両手を広げて糸の群の前にたちはざかっただ。


 一瞬男の放った糸が赤石を貫いたかと見えた。


 しかしその糸は赤熱した皮膚に当たるとボッと蒸発して辺り一面を湯気で包み込んだ。熱気が男の着物の袖や胸元から侵入して来る。濃い雲の中に迷い込んだ様に右も左も分からなくなった袴石も仲間を探して声をあげた。


 「赤石殿っ」


 視界を失った袴石の腕を取って無言で有無を言わさず蒸気の中から引きずり出したの手があった。赤石であった。


 ダッダッダッと走り出す赤石の手を振りほどいた袴石は並んで無言で駆け始めた。


 暫く駆けたであろう。彼らが口を開いたのは海辺の漁師町にたどり着いた頃だった。


 ◇


 「はあ、はあ、赤石殿助かったでござる。皇殿、今止血をするでござる。」


 「早くしろ、早く旅籠に行かなくては。」


 「そうでござるな。」


 袴石は自身の袴を剣で引き裂くと息も荒い皇・妹二人の傷口をきつく縛りまた走り出した。


 走る背中に追われた皇が袴石に囁いた。


 「ちょっと、徳さん。聞いておくれ。もし私が死んだら、玉はサクちゃんにあげて欲しいの。」


 「何を馬鹿な事を言ってござるか?気をしっかり持つでござる。」


 「良いから...お願い。サクちゃんが望んだら玉をあげて欲しいの。きっとサクちゃん、徳さんと一緒に生きたいと思っている。」


 「ダメで御座るよ。皇殿は死なぬし、もし玉が有ってもサクにはダメで御座る。」


 「何で...?子供が産めなくなるから?」


 「それも有るでござるが、寿命が無いと言うのは思う程羨ましい物では無い言っていたのは皇殿でござろう?」


 「そうね。好きな人が出来てもその人が老いて死んでいくのを見ているだけ。何時くらいからかしら?愛する事が心底怖くなってしまったのは。...それでもサクちゃんがこれを使えば好きな人と一緒にずうっと居れるわ..ね..お願いね...徳さん。」


 彼らが根城にしていた旅籠へと駆け込んだ時、皇・妹は既に手遅れで有った。


 赤石は女将を捜しに母屋へ行く。


 「女将はおるか!我々は追われておる。もし仲間が来たらこっそり案内してくれ。」


 そう怒鳴った赤石が裏口から向かった先は裏庭にある大きな納戸を改造した隠れ家であった。


 晩秋の時期にこの地にたどり着いて以来仲間と過ごした狭いながらも大切な場所である。


 当時拾った子犬が今は大きくなって番犬の様に座っていた。


 「弩牙れつが、よう見張っておれよ!」


 赤石は中から犬に命ずると袴石の後ろで木戸をガラリと閉めた。


 袴石は彼の背中で事切れた皇・妹の亡骸をそっと部屋に卸した。


 「持たなんだか...不老の身なれど、孔雀の様に斬られても平気な訳では無いからな。...残念だ。万劫まんごう流め。」


 「万劫まんごう?ここより遥か南の地でござるな?」 


 「あの術...あれは氷龍術ひょうりゅうじゅつに違いない。嘗て将軍が彼の地を平定した時に最後まで抵抗し悩ませたという厄介な術だ、見て見ろこの体を」


 胸元をはだけた赤石の胸板は棒で何度も突き刺されたかの様に深さ1cm程クレーターで凸凹になっていた。


 「儂の熱気が水を吹き飛ばしたから浅手で済んだが..袴石、お主が食らっておったら大変な所であったぞ?」


 かたじけないと袴石が首を垂れると外で 弩牙 がわんわんと吠え出した。それは警戒の鳴き声では無く喜びに満ちた声だった。


 ガラリと引き戸を開けて駆け込んで来たのは浜辺から難を逸れてきた皇姉だった。続いてリョウガが飛び込み最後にタイガの背に背負われた鎌石が入って来た。


 「師匠!無事だったのですか?」


 タイガの背中で鎌石はなんと既に意識を取り戻していた。


 「おおう、姉のお掛けじゃ。しかし...そうか妹がやられたか?」


 皇・姉は物言わぬ体になった妹に駆け寄り抱き付くと声を殺して啜り泣いていた。


 鎌石も神妙な面で低い声を上げる。


 「皆の者良く聞け。儂と赤石は一刻も早くこの事態を報告する為に海路を取る。

  残りの者は直ぐに此処を引き払って葉色はしょく公の元へ戻るんじゃ。」


 「この子の亡骸は?」


 そう問われた鎌石は辛そうに顔を顰めた。


 「ならん、ここで玉を取り出してやれ。」


 すると皇・姉が妹の胸に手を当てると何やら呟いた。


 次の瞬間、姉の手にはビー玉程の黄色く輝く光の玉が握られ、一方の妹の体は見る見るうちに干からびミイラの様になったかと思うと薄いガラス玉が壊れるような音と共に崩壊し、僅かばかりの灰になってしまった。


 「徳さん、花梨かりんが生前申していました。もし自分の身に何か有れば玉をサクちゃんに渡して欲しいと。」


 袴石はその時初めて皇妹の名前を知った。何度か任務を共にしたが、優秀な回復の手だった。

 

 差し出された小さな光球を袴石は拒絶しなかった。

 

 黙って両手を差し出すとひんやりと冷たく輝く珠をメダカでも掬うようにそおっと両手で支えている。

 

 そうこうする内に鎌石が次の指示を出し始める。


 「いいか大蛇退治は成功したがどうやら戦いは終わらん。

  裏にとんでもない奴らが居た様じゃが幸か不幸かその存在が分かった。

  赤石は知っておるな?奴は万劫国の手練れじゃ。

  まだあのような猛者が生き残っていたとは驚きじゃがこれで大蛇おろち共に肩入れしておった黒幕が分かったぞ。儂らはこの事実を我らは棟梁に知らせなくてはならん。さあ赤石付いて来い」


 「師匠、本当に某は一緒に連れて行っては下さらんのか?」


 じっと掌の光玉を見つめていた袴石がハッと我に返ると慌てて師匠を引き留めた。


 「お前は単独で陸路で中央を目指せ。いいかこれは保険じゃ、万が一我らが失敗した時にはお前がしかと伝えるんじゃぞ。」


 「何言ってるの鎌石さん、貴方達はもう普通の人と違って石なのよ?沈むの。船に何か有ったら死んでしまうわっ!」


 皇・姉の言葉にタイガと息子のリョウガは顔を見合わせた。初耳であるが同心達は戦いでそれぞれが適応した石に体を変化させる事で強化される事を見聞きし知っていたので成程と納得しただけだった。


 袴石は師匠の言葉に不満気な面もちであったが、実の所すこし違う事を考えて居た。


 『姉殿の名前は何というのだろう?拙者、大事な仲間の名前も知らかったでござる。』


 これに関しては袴石を攻めるのは酷である。なぜなら彼女達は仲間内で「皇・姉と妹」で通っていたからである。そして彼女達自身も決して名前や素性を明かそうとしなかったからである。


 結局、皇・姉の.引き留めも空しく「二手に分かれた方が確実に伝える事が出来るし作戦に協力してくれた船頭達を逃がす必要もある」という鎌石の言によって残された一同は、二人が船頭達のいる港近くの村へ出発する姿を心配そうに見送った。


(第二部完)

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