第二話 賊
「何じゃと?!小鬼の里が襲われ、イチが助けに一人で行ったじゃと?!」
お初から知らせを聞いた汪閃は立ち上がるなりヨロヨロとよろめいた。
「何でじゃ、何で危ない事ばかりする...」
「汪閃殿、その里は遠いでござるか?直ぐに我等も行くでござるよ。」
屋敷の表でタイガと合流した3人は脱兎の如く険しい山道を駆けた。
虎人の二人はともかく人間であるはずの袴石には厳しい山道であったがともかくセッセと駆けた。
このスピードなら小鬼の里へ着く前にイチに追いつける筈であった。
だが山の中腹で顔中髭だらけの山賊達に捕まったイチを発見した。
それを見た汪閃の心臓は悪魔に鷲掴みにされた様にキュウキュウと音を立てて痛んだ。山賊達はイチの腕を縛り縄を付けて歩かせている。イチは自分の足で歩いている所を見ると大きな怪我は無さそうだったが登山用の毛皮を剥がれ薄い短襦袢1枚で山賊に小突かれているイチの姿をあと1秒でも我慢して見ているなど汪閃には出来なかった。痛む心の臓を押さえながら彼は全身の毛を逆立てる。
「ぐおおおおっ!」
「うわっ今度は虎だっ!」「化け物だっ!」「こらっ手前ら逃げるなっ!ぐはっ」「ぐえええっ」
汪閃の突撃に十数人いた山賊共はバタバタと倒れた。ホウホウの体で逃げ出した奴らもタイガや袴石に捕まって縄を掛けられた。
イチの束縛を解いた袴石が振り返ると、逃げる最後の一人を汪閃が始末する所であった。
「てめえ!イチに何をしたっ!死ねっ死ねっ死ねっ‼」
「汪閃殿、それ以上は教育上宜しく無いでござるよ。」
振り返った汪閃はイチに駆け寄るとその細い肩を大きな手でがっしりと掴むと伏せがちな瞳を覗き込む。
「イチ、山賊共に何かされなかったか?」
「おっとう、痛いよ。何もされてないから..。それにこいつら山賊じゃなくて海賊だよ。山の反対側の海岸は絶壁だけど、小鬼達が昔漂着した小さな入り江があるんだ。そこに流れ着いた奴らが山を登って来たんだ。」
「そうか、入り江に繋がる道は封鎖する様にしよう。とにかく無事で良かった。」
「小鬼の里にも生き残りがいるかも知れないから手当してやっておくれよ。」
「分かった。お前は袴石殿と一緒に先に戻れ。」
「分かったよ...。」
帰り道、イチは袴石に聞かせる風でも無く独り言を言った。
「おっとう、強かったな...」
「ああ、汪閃殿は三国に名だたる戦士でござるよ。」
「おらも強くなったら、おっとうとずっと一緒に居られるのかなあ...。」
「イチ殿はそのままで良いでござるよ。」
すると突然イチの機嫌が悪くなった。
「お前に何が分かるんだこの石侍!おら知ってるんだぞ、お前怒ると石になるだろう。そんでもって滅茶苦茶おっかないだろう。腕っぷしの強い奴に弱い奴の気持なんか分かるもんか!」
「おっかないでござるか?それは悲しいでござる。」
「ふんっ。所であの姉ちゃんは石に成る事知ってるのか?」
「聞かぬから説明はした事が無いでござる。だがその姿を見せた事もある故知ってござるなあ。」
「ふんっ...............なあ、おら戻ったらどんな顔しておっとうに会えばいいと思う?」
「普通に、助けてくれて有難うと言うだけで良いでござるよ。」
◇
翌日、小鬼の里から戻った汪閃に呼ばれた袴石はサクと共に屋敷を訪れた。
部屋には既にタイガやその部下達猛者が詰めており、部屋の端には美しい着物姿のイチも居た。
汪閃の肩には真っ新な包帯がかけられており、珍しくも彼が敵に後れを取った事を物語っていた。
「袴石殿、これを見てくれ。」
ゴロリと投げ出されたのは小さく丸まった蛇の置物だった。
「これはっ!蛇教徒の紋!」
「そうだ、奴ら山の反対側のあちこちに船で辿り着いたらしい。」
「何故?」
「これだ。」
続いてゴロリと床に転がったのは反尺程の大きな白い卵であった。
「ヒイィ!」
それを見たイチが両腕で体を摩りながら慄いた。
「これは、大蛇の卵でござるな?これを生んだ大蛇は何処にいるか分かるでござるか?」
「おう、入り江に残っていた賊の一人を生きたまま連れ帰った。奴が言うには西国の北部に逃げ込んだ2つ首共が時間を掛けて村を襲い4つ首にまで成長したらしい。」
「何と...一体何人の民を食えば...」
「100や200じゃあ済まんだろうな。」
「では拙者達はまた西国へ向かうでござる。」
「まてまて、奴らは鉄砲を持っておった。どうやって手に入れたのかまでは分からんかったが無防備に飛び込んではこの様に怪我をする羽目になるぞ。」
「むう、ではどうせよと言うでござる?」
「知れた事、我等も同行するまでよ。我らの国に牙を向けた事を後悔させてくれよう。」
にっかり笑う汪閃に袴石は屁理屈を並べているが単に助力を申し入れているだけだと理解し頭を下げた。
その時部屋の片隅でイチが叫んだ。
「おらも行くっ!」
◇
「ならんっ‼たかが銃も持たん海賊風情に捕まるお前が付いてきてなんの助けになるというか?」
「ちょっ、汪閃殿...汪閃殿...ダメでござる、今はイチ殿の話を聞いてやるでござる。」
「袴石殿までっ!イチが怪我でもしたらどうするというのだっ!」
その時皆の衆に茶を持参した猫娘達の先頭を切ってお初が中央に進み出た。
そして汪閃の前に正座すると平伏しながら申し出た。
「殿、お初からのたっての頼みでございます。此度の旅にイチを連れて行ってやって下さい。」
そしてお初はイチの方を向き直って凛とした声で言った。
「イチ殿、その代わり旅が終わったら腹の中を包み隠さずお父上とお話なさい。これは乳母である初からの命です。」
「おっかあ、有難う!」
「うおおお、姫が行くならもっと護衛が必要じゃ、儂も行くぞ!」「儂も!」「儂もじゃあ!」
最後まで反対していた汪閃だったが、最終的にはイチに戦いで前に出ない事を約束させると渋々同行を認めたのであった。
◇
「うーん、旅なんて何時ぶりだろう!」
「これイチや、そんなに引っ付いて来たら歩きずらかろう。」
「歩きづらかったら、いっその事昔みたいにおぶってよ。」
「なんじゃと?おっと、こら。本当に背中に乗っかる奴がおるか、サク殿に笑われれとるぞ。」
「大丈夫、だいじょーぶ。サクが笑っているのは私の事じゃないからっ!」
後ろを歩くタイガが袴石に話しかけた。
「姫のご機嫌も治り申したな。やはり縁談をご破算にしたのが良かったのですな。」
そうなのだ。出立に当たって危険な任務故に一旦縁談を白紙にと汪閃は縁談先に詫びを入れにいったのだ。なぜそのような危険な先にか弱い姫を連れて行く?と聞かれたが、タイガが気を利かせて姫には特殊な力が有り、どうしても必要と誤魔化したらしい。大蛇の怖さを身をもってしっているこの地の者達はそれで納得し快く送り出してくれたという訳なのである。
タイガの隣には足軽姿のリョウガが居た。小さな王国の将軍でもあるタイガは息子にその使命を引き継がせようと実地訓練の為に連れて来たのだ。
「父上、イチの事ですが...」
「こらリョウガ、いくら幼馴染とは言え姫様と付けんか!」
「グう...イッイチひ...めさまの事ですが...アレは単に殿と一緒に居たかっただけだと思います!」
「なんと、姫がその様な小さな童みたいな...いや、実際童の様に笑っておられるのう...仕方がない、この様な時に前から敵が来ては叶わんから我等で守護するぞ、袴石殿は後ろをお頼み申す。」
「承知したでござる。おっとサク、なぜ急に腕を組むでござるか?」
「えーとね。私達は隠密旅の途中なの。だから前を行く虎ご一行様とは別って風を演じなきゃ。今から私達は夫婦旅行で南国を目指す若夫婦ね?」
「えっおぉー?何でござるとっ?!」
「くすくすくす。」
サクはしてやったりと口元を押さえながら笑うと袴石に聞こえない様に小声で呟いた。
「本当に武人と来たら揃いも揃って察しが悪いんだから、おかしいったらありゃしない。」
第2話「賊」おわり 第3話へつづく
読んで頂き有難うございます。