第四話 六つ首
この回で第一幕が終わりとなります。
宿場の様子を偵察に出ていたサクが里に駆け込んで来た。
「大変、大変だよ。立札に凄い事が書いてあるって!」
宿場に出て見ると背の高い木札の周りに人だかりが出来ており、宿場の多くは字が読めないので世話人が大声でそれを代読していたという。
「赤石って人が捕まったって。仲間が出て来なければ処刑するって。罠だよね、絶対行かないよね?」
サクが目を見開いて袴石に詰め寄るが、彼はツイっと目を逸らしてしまった。
「何だよっ!もう心配なんかしてやらないからバカっ」
ドタドタと出て行くサクを布団から汪閃が笑って見送った。
「よいせっと。サク殿の薬のお陰で随分良くなりました。袴石殿、よもや私を置いては行きますまいな?」
「いいや、汪閃殿の力は借りたいでござるよ。但し、死にに行く気なら連れては行けんでござるが。」
起き上がった汪閃はフッと笑うと照れくさそうにした。
「実は毒で死にそうな中、悔いておりましてな。自分でも意外で成らんのですが、もうイチと会えなくなるのか、イチが悲しむのかとそんな事ばかり頭に過りまして。」
「ほう?」
「こたびの戦いが終わればイチを養子に引き取っろうと思いました。勿論イチが大きくなって人里が恋しく成れば喜んで出してやる積りです。」
「ふむ。しっかりと頼んだでござる。」
「で..。どうやって赤石殿を助けますか?」
「うむ、奴は助けん。」
「えっ?」
「我等同心死ぬ覚悟は出来ておる筈、奴も助けに来る暇が有れば六つ首を討てと言う筈。」
「ですが...だが彼は強い。一緒に戦って貰えれば勝つ確率が上がります。」
「うむ、縄を斬る余裕があれば助けるとするでござるな。」
◇
「むう、」「ぐうっ」
城の門前にしつらえられた白洲を人影の裏から覗き込んだ袴石と汪閃の口から思わずうめき声が漏れた。後ろに控えるタイガと虎人達が思わず周囲を警戒する。
白洲の上には鉄の檻が一つ。中では傷だらけの赤石が胡坐をかきながら飯を寄越せと怒鳴っていた。
その手前ではふんどし姿の男達が土を掘っていた。大きな四角い穴の中には別の男達が掘りから桶で水を注ぎこんでいる。
「どうやら赤石殿の頑丈さに呆れて水に埋めて殺そうという算段でしょうか?」
「うむ、鉄牢に水攻めとはチト拙いのう。火攻め程度なら心頭滅却すれば何とかなるんじゃがのう?」
「「うわあっ」」
突然後ろから気配も無く話しかけられた二人は不覚にも驚いて飛び上がってしまう。
驚かせた当の本人は至って平静で腰の刀に手を駆けながら焦げ付いた袴の埃を払っていた。
「鎌石師匠!」「えっ?その人は死んだんじゃあ?」
汪閃が尋ねるのも無理はない。鎌石なる人物は宿場で火攻めに会って死んだと赤石が言っていたのだ。
「まあ儂くらい達人になると火攻めくらいでは行っても仮死状態くらいじゃな。所で袴石。お前なにか食うもんは持っておらんか?」
「師匠、丁度良かった。今から赤石殿を助けるので助太刀して下さい!」
「まあ、助太刀くらいしてやらんでも無いがお前何か食い...」
「じゃあ師匠は正面からあの鉄牢を斬ってこの刀を赤石殿に渡して下さい。」
「おお任せて於け、じゃが食...」
「じゃあお願いしますよ、おーい!その処刑待ったー‼」
袴石が大声を上げると民衆がサッと左右に分かれた。当の袴石は直ぐに城の裏手目指して駆け出したのでそこには腹をすかせた鎌石が一人残された。
袴石の脇を虎人達が駆ける。
「袴石殿、一人で任せて良かったのですか?」
「大丈夫大丈夫。師匠は剣豪でござるよ。」
その頃、残された鎌石は城から駆け出して来た武士の集団に取り囲まれていた。
「はてはて、袴石の奴め人間相手に剣を振るいたくないから儂を出しに使うたな?仕方がない、ちょっと付き合ってやるかのう?ほれそこの侍共、見事儂の剣を受けとめたら皆伝をやる、それっ」
鎌石の剣がしなりを打って侍共の手元に襲い掛かった。
バシイ ビシイ
斬られては居ない。しかし剣の横面で籠手を打たれた武士たちは次々と刀を落とすと下がって行った。
やがて鉄牢にたどり着いた鎌石が気負う訳でも無く牢の前で剣を振るうと、
ガシャン
鉄の刀で鉄の牢は切れぬはず。しかし民衆の真の前で鉄の牢は散り散りに切り分けられ、鎌石から剣を投げ渡された赤石が狂人な目つきでそれを構えた時、集まった民衆と武士たちはわっと蜘蛛の子を散らす様に去って行った。
しかし城からは鎧兜に身を固めた武将と槍を掲げた足軽の集団が駆け寄って来る。
「おい赤石。儂は右側をやる。お前は左側の敵を倒せ。」
「死んで尚且つ弟子が心配で化けて出るとはこの赤石!師匠の愛に感激しております!」
「いや、どう見ても生きとるじゃろう?のう?」
「うおおおおー!師匠の仇っ!」
「おいっ!赤石っ!ちっとは師匠の言葉に耳を貸さんか?!」
◇
その頃、城の裏門近くでは袴石達が隠れて様子を伺っていた。
「袴石殿、攻め込まんのか?刀はどうする気じゃ?」
袴石は刀を鎌石に託して来たので無手である。虎人のタイガがせっつくが袴石はそれを宥めると「もう少しだから待て」と言った。
すると突然裏門が空き、白装束に頭巾を被った集団が駆けだして行く。外から見ると如何にも頭巾が大きく異様な彼らは皆長刀を持って武装していた。
続いて馬に引かれた神輿が出て来た。荷車の様に大きな車輪を付けたそれは勢いよく駆けて行く。
「あれだっ!人気のない所まで追うでござる!」
神輿の後にも白装束の集団が続く。中には馬に乗って槍を持った者までいた。
一行は神輿を見失わない様に注意しながら集団を追い、人気が無くなった頃に袴石がスピードを上げた。
馬上の武者が気づいて槍で襲い掛かるが次の瞬間には馬の脚と胴体が切り離され、馬から転がり落ちた武者の頭巾が外れるとそこから3つの蛇が姿を現した。
「うりゃああっ!」
立ち上がろうとする三つ首の後ろから跳ねたのはタイガの爪だった。
白装束たちは次々と頭巾を取り、2つ首や3つ首の正体を現すと襲い掛かって来たが袴石の前に立った物は物の2秒もしない内に血を噴きながら倒れて行く。
神輿の扉が開いて真っ白な着物を着たこれまた真っ白な肌をした赤目の美少女が神々しい姿で叫んだ。
「アレを討て!」
先を走る蛇共が一斉に袴石に襲い掛かる。後ろから追いすがる集団は虎人達が袴石の後ろに付いて近寄らせない。その中で一人袴石に追いついた汪閃が隣に立って敵を迎え撃つが袴石の姿が異形に変わっている事に気が付いた。
顔は真っ黒な黒曜石の艶を持ち、手とうは研ぎ澄まされた黒い刀の様に鋭く変化した袴石。
「袴石殿、その姿は..。」
タイガが動揺した。化生である虎人でさえもこの様な変化は聞いた事も無かったからだ。
「うおおおおおおっー!」
袴石の慟哭が響き渡る。一匹、また一匹と蛇が倒されやがて彼は神輿に追いつくと馬車を繋ぐしめ縄を一刀両断した。
ざざざざざ
くるくると振り回され、音を立てて止まる神輿。
そこから這い出して来た白い美少女を袴石は一切の躊躇なく切り捨てた。
斬ッ!
少女は血を流して倒れると多頭の蛇人と化す。
「ひい、ふう、みい・・・足らない、5つしかないっ!」
袴石の叫びに虎人達が動揺した。この場の戦いは終わった。後は倒れている蛇共に確実に止めを刺すだけである。しかし、今頃城では?
◇
鎧武者と足軽共の武器を粉々に切り捨てて追い払った後、鎌石は異様な妖気を感じてその場から飛んだ。空中で見たの物は先ほど迄自分が立っていた地面が腐って行く恐ろしい様であった。
「赤石!拙い、出おったぞ。二人掛かりじゃ、必ず仕留めるんじゃっ!」
「応っ!」
しかし二人の前に白装束の目つきの鋭い武士が二人立ちはざかった。
白い武士たちは驚いた事に同心達の眼にも止まらぬ剣撃を弾いて更に打ち込んで来た。
「ぐっバカなっ六つ首は一人の筈。しかしこ奴らのこれ程の力...」
「赤石っ!奴らの剣をよく見ろ。あれは同心の太刀だ!」
赤石が目を凝らすと目の前の敵が持つ剣の柄は青色の糸で巻かれた独特な物だった。
「まさか?空石を食ったのか?!きっさまあああああー!」
赤石の体が赤熱した。衣を焼き、柄を焼くその体は熱が留まる事を知らず剣を百花の大輪の如く分裂させて敵に襲い掛かる。防戦一方の敵の口元からドンドン笑みが薄れその頬に一筋の血が流れた時、今度は敵の体が青く輝いた。これこそ敵に食われた空石が得意としていた技である。5寸釘程の鋭利な青い結晶。その硬さは鋼を穿つ鋭い針の攻撃が赤熱した赤石の体を蜂の巣にした。
「赤石っ!今助けにっ」
鎌石の前では茶色のゴツゴツとした岩肌に変化した5頭の蛇が最後の頭を落とされ地響きと共に倒れた。
しかし更に巨大な六首の大蛇が2人の間に割って入って来た。しかも大蛇からは後光が差していた。その光は盗まれた同心達の宝が発する物だ。
「うおおお、宝玉を吐き出せっ!」
しかし切りつけた剣が弾かれた。同心の力を得た5つ首をも切り裂いた剛剣であったがその体には通らなかった。
「ぐぬぬぬ、宝玉の力で守られておるか?しかし飲み込んだ首だけは無敵ではない筈。順番に斬っていけば分かる事!」
ひゅうううう
風切り音がした。
ズバンっ
赤石に止めを刺そうと刀を構えた白装束の侍が額を貫かれてもんどりを打って倒れた。
起き上がった侍は5つ首の大蛇に変化していたが、真ん中の頭は白い矢に打ち抜かれて垂れ下がっている。
「どうじゃ、破魔の矢は貴様ら妖にはよく聞くじゃろう?」
「お奉行様っ!」
現れたのは立派な紋付袴に十手を持った偉丈夫。彼の周りを白弓を持った男達が囲んでいた。
「鎌石!お主らの働きで黒幕に止めを刺せる、感謝するぞ。者共、撃てぃ!」
奉行の号令で白矢が六つ首に襲い掛かるが後光と共に高い金属音を立てて弓は弾かれてしまった。
「師匠っ!」
六つ首の毒が弓矢に気を取られて鎌石を襲おうとした時、ぬっと手が伸びて彼を後ろに引き込んだ。
「おお、袴石。いいか、奴の玉を持った首を狙え。他の首は加護で切れん。」
「私は奴の右から3番目の首が光るというのを見ました、袴石殿右から3番目です。」
汪閃の助言に袴石が頷く。袴石の脇をタイガ達が赤石救出に駆け抜けた。
「黒曜の責め、岩破断罪!」
叫びと共に袴石の体が空高く舞い、クルクルと回転しながら両手の黒光りする諸刃で空気を裂きさく。高く舞い上った袴石はそこから六つ首に向かって空を転がり落ち始めた。
ずばっ!
物凄い勢いで回転しながら急落下した袴石の手とうに、見事切断された右から3番目の首からは黄金の球が飛び出した。
それは倒れた赤石の体に落ちるとその穴だらけの体を一瞬で治癒する。
「師匠、今です!」
袴石がそう言った時、既に鎌石の神速の剣が残り5つの首を刎ねた後であった。
◇
「では師匠。宝玉をお願いします。赤石、師匠を頼むでござるよ。」
「どうしても行くのかのう?」
「はい、城下町の話では南に逃げた大蛇共がいる様です。また知恵を付ける前に退治して帰りたいでござる。」
「では皆さん、もし山に来る事が有ればお立ち寄りください。我等虎人、決して皆さんから頂いた大恩を忘れません。」
汪閃と虎人達はイチを連れて山脈の国に戻るそうだ。イチに関しては本人もトラに付いて行くと言って聞かないので良いだろう。
先日迄の争いが嘘の様に平和な青い空である。
じゃりっ
道行く某の後ろで砂利を踏みしだく音がしたので振り向く。
「ちょっと、私に断りなく何処に行く気よ?」
「サク、丁度迎えに行こうと思っておった。」
「えっそう?じゃあ待っててあげても良かったんだけど。」
「南へ行くでござる。大蛇の残党を狩るでござる。お奉行殿から路銀を頂いたので美味い物が食い放題でござるよ。」
「ねえ、ちょっと徳さん、旅行じゃ無いのよ?それに約束覚えている?」
「勿論でござる。六つ首を倒したらサクに仇打ちされる約束でござる。」
「その事なんだけど...」
「うむ、その事でござるが大蛇の残党を狩るまで少し待って欲しいでござるよ。」
「...まあ...良いけど...」
「助かるでござる。さあ、さっそく出発するでござるよ。残党を狩ったら南方の珍しい品を土産にイチを訪ねてやろうではござらんか?」
「アンタ、本当に私に討たれる気あるの?!」
「勿論でござる。ハハハハハ」
楽しそうな笑い声が青空の下に響きわたった。
第一幕「大蛇」終わり。(第二幕へつづく)
読んで頂いて有難うございます。
第二幕を準備しております。