ちりん『夜空に瞬く星の夢』
「詩を解さない男は嫌いかい?」
穏やかな優しい声に泣きながら、あたしは首をふる・ふ・る・と振った。
「でも、あたしは詩を吟じずにはいられないの」
記憶の中の彼はどこまでも正しかった。1つ1つ的確な言葉を積み上げてできた論理には隙がなくって。だから、あたしの入る余地もないの。
彼が紡ぐ言葉たちを1個でも否定してしまったら。彼の論理はガタガタと崩れて、星屑のように小さくなって、消えていってしまうような気がしていたから。
あの頃。あたしはそれをひどく恐れていた。だから、天の川の波にたゆたう心の振り子は全く無視することにした。
すると、遠くの方に光が見えた。人の想いは夜空を流れて輝く星に似ているの。それは絶え間なく降ってくるのに、儚げで脆くて痛ましいほどに愛しい。
いつもの簡単な朝がやってくると、あたしは瞳を閉じて星たちを探すの。その時間は彼の知る由のない、透き通る光の中にある朝なんだよ。
☆☆☆
あくる日。霧が深くたちこめる雨の中で、あたしたちは言い合いをした。きっかけはもう覚えていないような、くだらないことだった。
まるで2人でガラスの上を裸足で歩いていたみたい。薄くひび割れた鏡の1筋1筋が、後から後から血で赤く染まっていく。
あたしも彼も泣いていた。人を傷つけるための言葉を使って傷ついたのは他の誰でもない。自分だったから。
「ごめんね」と彼は言った。あたしをなぐさめるためだけに、彼はお姫さま抱っこをして、あたしの足からもうバリバリに割れてしまったガラスの破片を遠ざけてくれた。
でも、あたしの重みでさらに傷つく彼の足を想ったら、あたしは彼の中へ溶けて消えてなくなりたくなった。そんなことはできないから。諭ってしまう。「お別れの時間なんだね」
☆☆☆
足の裏に刺さったままの小さなガラス片は長い時間をかけて、あたしの1部になったみたいだった。忘却を繰り返しすぎたので、ガラス片が埋めこまれてしまったことも普段は思い出さない。
思い出すのは決まってひとりぽっちの夜。静かに流れる天の川で心の振り子が揺れる時。彼のなつかしい声が聞こえてくる。
「詩を解さない男は嫌いかい?」
あたしは答える。今度は彼の目を真っ直ぐに見て言うことができると思う。
「いいえ。例え、これを読んだ貴方があたしを嫌ったとしても、貴方のような人をあたしが嫌うことはありません」と。