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伊藤 葵『行きずりのヘビー・スモーカー』

 熱い夜だった。私は駅前で路駐して車内のクーラーをガンガンにかけていた。待ちくたびれていたので奴に電話をかけてみる。一向に電話に出る気配がない。


 現実はそううまくできていない。何1つ思い通りになりはしない。溜め息をついて目を閉じた。それから煙草に火を点けた。


 仕方がないので、部誌に載せるための小説を考えようとしたが無駄だった。3年程度まともな構想が浮かんだことはない。


 まぁいいや。どうせ部誌で小説らしい小説を書く奴は一握りしかいない。大半が小説っぽいものの羅列だ。テキトーに書いておけば何とでもなる。


 煙を6回吐き出す間、黙ってバックミラーを眺めながら考えていた。


 無記名応募制度をやめない限り、あの部誌は何も変わらない。小説の質。それは作者の自己批評能力による所が大きい。


「ぴろり」だの「ぽよぽよ」だの「ちりん」だの言っている内は駄目だ。本名で書くのとは訳が違う。無記名だと自己批評能力に欠けた作品が増える。


「とりあえず出しておけ」では部誌のレベルを下げるだけ。まぁ人のことは言えんが。


 煙草をもみ消した。気分は晴れない。だからもう1本、煙草を吸った。


 煙草の良い所は、煙が出る所だ。自分の内面のモヤっとした部分が煙になって出て行く。でも別に忘れる訳じゃない。残り香だけが内に沁みてゆく。


 誰かがコンコンと窓を叩いた。やっと来たかと思ったが違う。見知らぬ男が立っていた。窓を開けると、男は胸ポケットから煙草の箱を取り出して言う。


「一緒に吸わせてくれ」


 図々しい奴だと思ったが気持ちは痛いほど分かった。この駅周辺は、昨今の分煙事情で禁煙区域に指定されていた。歩き煙草なんか見つかった日には9000円の罰金である。


 世知辛い世の中だ。私は助手席のドアを内側から開けてやった。


 話してみると、見知らぬ男と思っていた奴は私を知っていた。どうも文芸サークルの幽霊部員らしい。私が彼を知らずに乗せたと知って、彼は煙草に火を点けながら笑った。


「俺たちは意志が強い。日本中の場所がほぼ禁煙区間になったとしても、吸うのを止めない」


 その通りだった。煙草を吸って何の得がある? そんなのは愚問だ。煙草を吸って癌になる奴よりストレス社会で生きたくないのに生きている奴の方が圧倒的に多い、この世の中では。


 煙草の箱をポケットに突っ込んでから、彼が聞いてきた。


「何故、小説を書く?」


「何故、煙草を吸う?」


 私はバックミラーを眺めたまま聞き返した。今日はもう奴は来ない気がした。完全に約束を忘れられていた。


「ストレス発散か?」


「いや、そうじゃない。何故って……孤独だからだよ」


「あぁ、そうかもな」


 煙草を吸い終わった後、私たちは気のないキスをした。孤独を埋める方法は見つかりそうにない。

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