ぼくの夢は
ある日、川島小学校で5年生の宿題に「『私の夢』というテーマで原稿用紙一枚ぶんの作文を書いてきなさい」というものがあった。
児童たちの夢は「プロ野球選手になりたい」「ケーキ屋さんになりたい」「ユーチューバーになりたい」など様々だったが、その中で一人だけ「特になし」と書いて提出した児童がいた。
不思議に思った担任の五十嵐はその児童と面談することにした。
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先生「それで、今日の作文はどうして『特になし』としか書いていなかったんだ?」
鈴木「夢が特に無かったからです」
先生「おいおい、まだ小学生なのにそんなドライなこと言うなよ」
鈴木「ん夢がぁあ特になかったのおおおぉっぉぉほほ」
先生「誰が言い方をねっとりさせろと言ったんだ」
鈴木「先生が」
先生「言ってないよ」
鈴木「でも本当に思いつきませんでした」
先生「いいかい? 鈴木くんはまだ11歳だ。今ならまだ何にでも成れるんだよ」
鈴木「じゃあ生活保護をもらって暮らしたいです」
先生「なんて夢の無い夢なんだ」
鈴木「でも働かずに暮らせるじゃないですか」
先生「いや、そうじゃなくてだなぁ。もっと大きな目標みたいなのが良いと思うんだ」
鈴木「例えばどんなものですか?」
先生「同じクラスの山田君がいるだろ? 彼はプロ野球選手になるのが夢だよ」
鈴木「野球ってジャンケンに負けたら服を脱ぐスポーツですよね」
先生「うん、名前は似てるけど完全に別物だね。野球っていうのは簡単に言うとピッチャーが投げたボールをバットで打ち返すスポーツだよ」
鈴木「ボールとバット……それって楽しいのかなぁ」
先生「楽しいよ。楽しいから山田君の夢なんだよ」
鈴木「でも野球選手って銃で撃たれたら死ぬじゃないですか」
先生「さらっと怖い事言うね君。人間なら死ぬよ当たり前だろ。むしろ銃で撃たれて死なない職業って何だよ」
鈴木「ぼくのお父さんとか」
先生「……ま、まあこの際お父さんは置いておこう。山田君の他にも菊池さんはケーキ屋さんになるのが夢なんだそうだよ」
鈴木「ケーキ屋さんってピッチャーが投げたボールをスルーして服を脱ぐスポーツですよね」
先生「それはただの露出魔だよ。そしてケーキのケの字も出てこなかったね。ケーキ屋さんっていうのは普通にケーキを売っているお店だよ」
鈴木「うーん、でもケーキ屋さんってバットで殴られたら死ぬじゃないですか」
先生「さっきからなんで全員殺そうとするの?」
鈴木「あ、ぼくの好きなモノありました。一つありました」
先生「おお、何だい?」
鈴木「お金です」
先生「いいねいいね、若さゆえのギラギラ感。先生好きだよそういうの。じゃあどうやってお金を稼ごうか?」
鈴木「うーん、闇金?」
先生「わー。そこで闇金に繋げるってスゴイ思考回路してるね鈴木くん」
鈴木「ダメですか?」
先生「もっと正当なお金稼ぎにしようよ」
鈴木「じゃあ小説家とか」
先生「いいじゃないか。どんな小説を書きたい?」
鈴木「ボールを打ち返しながらケーキを貪り食う男の話が書きたいです」
先生「さっきからどんどん混ざってるね。次はどんなキメラを生成するんだい?」
鈴木「うーん、どっかに楽して稼げる方法とかないのかなー」
先生「(思考が完全にニートだ)」
鈴木「こんな事ならウチで飼ってる犬に生まれたかったなー」
先生「ああ、犬を飼ってるんだね」
鈴木「もし犬だったら学校に行かなくても一日中寝ててもお父さんを飲み込んでも怒られないのになー」
先生「ちょっと待って。お父さん飲み込まれたことあるの?」
鈴木「消化されずに出て来たから大丈夫でしたよ」
先生「食物繊維か」
鈴木「逆に聞くんですけど、先生はどうして先生になろうと思ったんですか? ロリコンっていうのは置いといて」
先生「さも当然のように言うけど先生はロリコンじゃないからね? そうだなぁ。やっぱり僕が小学生の頃すごく勉強が出来なかったんだけど、その勉強のできない僕にすごく丁寧に教えてくれた先生がいたんだ。それから『その人みたいな優しい先生になるんだ』って決めたんだよ」
鈴木「へーそう」
先生「流すねぇ。ずいぶんサラッと流したねぇ」
鈴木「でもその話を聞いて、僕も少しだけ先生になりたいと思いました」
先生「そうか。それは良かった。さて、もう遅いからそろそろ帰りなさい。ちゃんともう一度作文を書いてくるんだよ」
鈴木「はーい。あっ、そろそろエサやる時間だ。早く帰らなきゃ」
先生「犬のエサやりかい?」
鈴木「いえ、お父さんの」
先生「わーお」
おわり
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