ことのはじまり六
訪ねてきた父親を喜多さんが出迎える。
父親「ごめん下さい。わしはお壺の父親です」
喜多「これはようこそ。まずはこちらへ」
父親「やれやれ、悲しいことをしてしまいました。わしは田舎もんだから、堅苦しく娘を追い出してしまったがこんな事になるとは思いませんでした。どれどれ、娘はどこにおります。ちょっと顔を見せてくれませんかね」
弥次「おめえ、もうちょっと早く来なされば良かったのに。もう棺桶に放り込んでしまいました。なあ、芋七」
芋七「しかし、父っさんの身になると、子が見たいのも道理だ。それなら、ご開帳いたそうか」
といって、棺桶を縛っていた縄を解き蓋を開ける。すると父親は眼鏡をかけて覗き込む。
父親「こりゃあ、違いますよ」
弥次「なに、違った?なにか違いました?」
父親「仏様(亡くなった人、ここではお壺さんの事)が違いますよ。この仏様には首がない。そして私の娘は女なのに、こりゃあ男の死人で胸毛が生えてますよ」
芋七「首がないとは。どれどれ、本当に首がない。弥次さん、おめえ一体どうした?」
弥次「なに、おいらが知るものか。そこらには落ちてはないか?」
父親「やれやれ、この人達はとんだ人達だ。さあ、私の娘をどうした。死んだのなんのと嘘をつく。さあ、うちの娘をここに出しなさい」
弥次「出せって言っても他にはないよ。途方もない親父だなぁ」
父親「こりゃあ、すまないすまない」
喜多「なるほどね、父っさんの言うことはもっともだ。何しろ首が無くちゃつまらない」
父親「いやいや、いくらおらが田舎もんって言ったって馬鹿にするのも大概にしてくれ。おらは百姓頭もつとめたんだ。大家に断って、ひどい目にあわせてくれるわ」
だんだんと父親は声高になり、やかましく騒ぎ立てる。見かねたそこにいる人たちが、いろいろ宥めるも一向に聞き入れない。そこにやっと、この騒ぎを聞きつけた大家が駆けつけた。
大家「さてさて、今聞きましたが大変なことでございますね。何にせよ、死んだ者の首が無いとは」
そう言って、棺桶の中を覗き込む。
大家「いやいや親父さん、ご心配なさるな。首はあります」
父親「あるとは、どこにあります?」
大家「こりゃあ、仏を逆さまに入れたのですよ。ははははっ」
父親「はあ、それで落ち着きました。こりゃどなたも大儀でございました」
このあと、夜になって葬礼をしお壺は懇ろに弔われた。
ところで喜多さんは折角勤めた親方のもとを追い出され、また弥次さんの所に居候となった。弥次さん、喜多さん互いにつまらない身の上に飽きて、いっそのこと運に任せて旅に出ないかということになる。その話がいつの間にやらまとまって、友達にお金を借りた。その年の正月をめでたく迎えたのち、二月に伊勢参りに行こうと東海道へ旅立った。