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ことのはじまり四

弥次さんが戸を叩く音に応えて、掛け金を外す。すると、慌てて入ってきたのは喜多さんだった。


弥次「やあ、喜多八か。こんな時間にどうして来た」


喜多「いやもうもう、家で落ち着いて待ってたり出せませんよ。この間お前さんに頼んだ十五両の金のこと、明日から店おろし(決算)だから、ぜひ明日の朝までわっちの使い込んだ穴を埋めないといけない。それができねぇと、百日の説法も屁の一つで吹き飛ぶようにわっちの苦労が無駄になる。お前さんがあてのあるようなことを言ったから待ってたが、全く持って連絡がない。心配で寝れなくて来てしまった。その金はできましたかね」


弥次「当然だ。明日の昼までにはきっと持っていこう。それについては男だ。どんなしみったれな暮らしをしても、十両や十五両のはした金は用意できるぞ。だから落ち着きなさい」


喜多「そいつはありがてえ。その代わりこの恩は百倍にして返します。この間から言うとおり、番頭は亡くなる、主人も今にめでたくなる。あと後家御を手に入れればわっちは旦那様だ、どこかの芝居の敵役が言うようなことだが、こいつは間違えねえ。今が大事のところ。しくじっては虻蜂取らずだから、十五両をどうぞお頼み申す」


弥次「てめえが上手くいけば俺も得をする。互いのためだ。明日の昼には、十五両耳を揃えて間に合わせてやるぞ」


こうした話をしていると、隠れていた長持ちをウチカラ開けてお壺が顔を出した。


お壺「もしもし、なんとかしてくださいませ。腹が痛くてどうやら子どもを産みそうになりました。ああ、苦しい苦しい」


といって無性に呻き始める。弥次さん突然のことに狼狽えて


弥次「ああ、そいつは困ったものだ。これこれ、喜多八てめえは女の産むのを手伝ったことはねえか」


喜多「なーに、とんだことを言ってる。いや、かみさんがいつの間に孕んだのだ。全く知らなかった。隣のかみさんでも起こしてきて頼むがいい」


弥次「いやいや、ちょっと訳があって隣に知らせずこっそりやりたい。まあ、そこで湯でも沸かしてくれ」


喜多「それは分かったが、なぜまたあんな窮屈なところへ、かみさんを入れておいたのだ」


といって、喜多さんは長持ちのなかから、女の手を引っ張って引き出そうとする。すると、お壺が喜多さんの顔を見て何かに気がついた様子。


お壺「やあ、お前さんか。嬉しいですね。私の出産が心配でここまで尋ねてきて下さりましたか」


といって、抱きついた。喜多さんはびっくりした顔をし、弥次不思議そうに聞く。


弥次「こりゃ喜多八、てめえこの女と知り合いか」


お壺「はい、私はこの喜多八様の勤め先で女中をしていたものです。嫌だと言うのを喜多八様に口説かれて、つい関係を持って身籠ってしまいました。そのため、お暇をもらったものの、厳格な親でしたので家にも帰れず、このままでは喜多八様のためにもよくありません。そこで主人に見つかる前にと泣く泣く身を引き、心へそまぬここへ嫁入りしてきたのです」


と、苦しそうにしながら涙ながらに、とんでもないことを語る。弥次さんはこの話に肝を潰す。


弥次「やあやあ、そんなら使い込んだ十五両ってのは、使い込みじゃなくてこの女の嫁入り費用か」


喜多「そうだ、そうだ」


弥次「ええ、ふざけるな、この馬鹿野郎。良くも俺をとんだ目にあわせやがった」


喜多「なーに、とんだめにあうものか。金さえ借りないからいいじゃねえか」


弥次「いいとはなんのことだ。この金のために俺は女房を追い出してしまって、今夜から一人寝をしないといけねえや」


喜多「その代わり、また若い女房を譲ったから文句はあるめえ」


弥次「ふざけるなことを言って。もう二度とあの女の面は見たくない。忌々しい野郎だ」


と喜多さんが腹を立てて一つ二つ言うと弥次さんも我慢できずに言い返す。すると喜多さんも躍起になって一歩も引かない。お壺は産気づいたのか、ウンウン唸って苦しがるが、弥次さん喜多さんはそれに構わずつかみ合いの喧嘩をしている。そのうち夜が明けて、仲人の芋七がそこを通りかかった。なにやら、ドタバタと激しい音がして、そこに女の呻き声も聞こえるので芋七はどうしたのかとびっくりする。慌てて中に入ろうとするも、戸があかない。裏に回って、庭から入ると弥次さんがそれを見つける。


弥次「やあ、芋七か。お前もグルで俺を嵌めたんだろ。ゆるさねえ、ただではすまねえぞ」


と、突っかかってくる。


芋七「なに?嵌めたとはなんのことだ」


弥次「なんのこととは、呆れたことだ。しらを切るとは太いやつだ」


といって、また弥次さんが芋七に掴みかかるのを、芋七が腹を立てて力があるのに任せて弥次さんをねじ伏せる。喜多さんが宥めようとするのも聞ない。煙草盆を踏み砕くやら、土瓶の茶をぶちまけるやら、三人がやたらめったら暴れまわる。これを聞きつけた近所の人がかけつけて、三人を取り押さえる。そうしている間も、お壺はのたうち回り苦しんでいるがついに目を回して倒れてしまった。



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