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ことのはじまり三

おふつが出ていくと、兵五左衛門は刀を放り出す。


兵五「やれやれ、重荷をおろした。わしの演技もうまいもんだろ」


弥次「駿河者の言葉は恐れ入った。その田舎侍の格好はどんな後家の質屋(用心深く安く値踏みする者の代名詞)でも、百石とりの大名と見える男を物売りの芋七にしておくのは惜しいもの。それにまた矢場のお蛸も、田舎娘の振りが上手い。みんな俺の自作の狂言で、二人に頼んで女房にいっぱい食わせて追い出したのだが、あの陰気ものの女房に飽きたのさ。それから十五両の金がいると芋七に話したら、それならいい事がある。さる所の隠居が女中に手を付け孕ましたが、婿や娘の手前表向きに暇を出したのを腹の子を含めて誰か十五両で引き取ってもらえないかという。その仲介をを芋七が頼まれたと。俺も十五両は欲しいし年増女房に飽きたから、一つ狂言をやったのだ。その持参金はもうそろそろ来るのか、どうだどうだ」


芋七「いや、もう来るはずだ。おめえは金が急いで欲しい、向こうも子どもが今にも生まれそうだから一刻も早い方がいいと言うから、今夜更けてからそっと籠でここに来る手筈にしておいた。ちょっぴり酒も要るだろうが、ありますかい」


弥次「やあやあ、今夜来るのか。ええ、それはまた早急だな。そう知っていたら髪ぐらい剃り直したものを。どれ、髭ばかりちょっと剃ってこよう」


芋七「これこれ、今頃何処の髪結い処がやっている。それより酒の支度をするが良い。おめえなにまごまごしている」


弥次「いや、なにもしてねぇが。それではちょっと爪でも」


芋七「なにも埒もないな、そんなことしないでも良いじゃねえか」


弥次「いやそれでも。十本全部でなくても二本だけでも」


芋七「ははははっ、やめてくれ。大笑いだ」


そう言いながら、急いでそこらを片付けるやら、火鉢に火をおこすやらして、戸棚から五合徳利を取り出す。そうして、素面で待つのはおかしいと三人が鼻を突き合わせ飲み始める。そうしているうちに、表口から音がした。


芋七「いや、もう来たようだ」


というと、そっと戸を開けて飛んで出て行く。


「おっと、ここだここだ。籠の衆よ、大儀だ。これで一杯飲んでくだされ」


そう言って有り合わせの小銭を渡して、籠を担いで来た人を早速追い返す。乗ってきた女の手を取って家に連れて入った。


芋七「さあ、嫁御のお出でだ。盃はどこだ」


弥次「それは、大きなお世話だ」


芋七「さあ、お壺さん。そこにお座りなさい。そこでおめえから盃を飲んでご亭主に渡しなさい。お蛸はお酌だ。こりゃ四海波静かに……(祝賀の時に謡う謡)と言いたいが歌を知らない。明日来てやりましょう」


そのうちだんだん盃も進んで夜も更ける。


お蛸「芋七さん、わっちらはもうお開きに致しましょう」


芋七「そうだそうだ、この狭い家に長居は悪い。これお壺さん、今夜はゆるりとお休み下さい。また明日お目にかかりましょう」


といって、暇乞いし、お蛸もともに出る。弥次さんは送るふりして一緒に出ていく。


弥次「これ、芋七。持参金はいつ貰えるのだ」


芋七「心配しないで下せえ。今さっき籠から出たときに聞いたら、明日の昼時分ご隠居の方から来るということだ。気にせず今夜はしっかり楽しみなされ」


そう言うと、弥次さんの背を叩いて出ていった。弥次さんは入り口を閉めて戻ってくる。


弥次「こりゃあ寒くなった。ところで、茶漬けでも食わないか」


お壺「いいえ、結構でございます」


弥次「そんならもう寝ようか」


お壺「お床の用意を致しましょう」


弥次「おいおい俺が出してやろう」


そう言って、弥次さんが戸棚から破れ布団を取り出す。すると、表の戸をトントントンと叩く音がする。


弥次「ええ、今頃に誰だ誰だ」


と弥次さんは言いつつも、さては今追い出した女房がことの次第を嗅ぎつけて戻ってきたのか、それとも大家が文句を言いに来たのかと考える。なんにせよ新しい女房がいるところを見つけられては面倒と、お壺に向かって小声で言う。


弥次「これ、知ってるか。この長屋の作法で新しい嫁が来ると、長屋中のものが来てその嫁の尻をさすってみるというものがある。そなたが来たのをどうして知ったのやらさすりに来たに違いない。そなたは身籠っている。まだ今宵は来てませんと言って、隠したいがどうであろう」


お壺「おやおや、私はいやだわ。特にお腹に子どもはいるし、知らないお人にお尻を撫でさせることはいやだねぇ」


弥次「それならどこかへ隠してぇものだが、この通り二階はない。おっと、あるぞあるぞ。窮屈だけどちょっとの間ここへ」


といって、売れ残りの長持ち(物入れ)のあるのを幸い、蓋を開けてお壺を入れ、もとのように蓋をした。



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