ことの始まり
あらすじにも書きましたが、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』から筋やネタはほとんど頂いてます。オリジナル作品ではないのでご注意下さいm(__)m
時は江戸。戦国の世がおわり、太平の世となると戦いにより失われた文化を取り戻し、繁栄を迎える。
特に江戸の地では一攫千金を夢見た若者が全国各地から集まり、猫の額のような狭い土地も飛ぶように売れた。江戸の地面は黄金だと言われ、漬物桶や空き俵、破れ傘を置く場所も地主はただでは貸さない。
おかげで狭い土地に、長屋が立ち並びそこで人々がところ狭しと生活している。弥次さんもそんな長屋暮らしの一人。
ところで、この弥次さん、今は落ちぶれその日暮らしの生活だが元々は駿府の豪商の息子だった。本名は栃面屋(あわて者)弥次郎兵衛しかし、衆道にいれこんで親の財を使い込んでを男を買う。駿府の近くに色町があるのがいけなかった。特にお気に入りは旅役者の華水多羅四郎のもとにいる鼻之丞。毎日通いつめ、あれだけあった親の財産を使い尽くしてしまった。
おかまから黄金を見つけるんでなく、おかまに金をつぎ込む孝行ものよ。と、噂される始末。
なんと言われようが構わないが、お金のないのには困った弥次さん。
借金は富士の山ほどあるゆえに そこで夜逃げをスル河もの
と一句読んで、ここにはもう居られないとお気に入り鼻之丞を連れて江戸へ駆け落ち。
江戸に行ったはいいが、弥次さん元来だらしない。小金のあるに任せ、働きもせずだらだら過ごしているうちに、手元のお金も使いきってしまう。
これではいけないと、連れてきた鼻之丞を成人させ喜多八と名乗らせ、奉公に出す。喜多さんは小才のきくものだから主人に気に入られる。弥次さんは駿府で覚えたあぶら絵をかいて、その日暮らしを続けてる。お金があるとあるに任せて納豆、あさりなどを買い込んで食べて使いきってしまう。江戸っ子は宵越しの金を持たないと言うが、駿河ものの弥次さんも宵越しの金を持たない。
そんなものだから、来ている服は洗濯されないし、破れ綿が出たって気にしない。見るに見かねた酒飲み仲間が弥次さんに女房を世話する。むかし、屋敷奉公していた中年増。美人じゃないがよく気がつく。
おかげで弥次さんも人並みの生活を送るようになった。弥次さんも美男では無いものだから、破れ鍋にも、ぴったり合わさる欠けた蓋がある、お似合いだと言われてる。女房に大事にされるものだから最初は弥次さんも頑張って夜遊びせず真面目に働いてたが、早いもので10年、弥次さんすぐにもとのだらしない様子に戻った。相変わらず貧乏で、弥次さん、いつもふざけた事ばかり言い、家は近所の怠け者たちの溜まり場となり騒がしい。三味線と下手な歌がいつも響いている。
弥次さんの所では味噌桶のふたを開ける暇もない。
(下手な歌を歌うと味噌が腐るという俗説がある)
隣「ねえ、おふつさん。お醤油貸してくれないかしら。きれちゃって」
長屋の隣の奥さんが顔を出した。おふつは弥次さんの女房である。
ふつ「ええ、いいわよ。どうぞ」
隣「いつも、悪いわね。昨日はほんとに賑やかでしたね。うちの人も酔っぱらってるわ。まだ当分戻ってきやしないね。この間の夜更け、大家さんが戸を割れるように叩いて、あの口でたいそうに小言を言いましたよ。あんまりじゃないかね。一年二年店賃を払わなかったからって、一生払わない訳じゃあるめぇし。そういうなら長屋の前の腐ったどぶ板も何とかしてほしいもんだね。自分の家の前だけきれいにして。ねぇ、おくんさん」
そうすると、向こうで子どもに乳をあげていたむこう隣のおくんが答える。
おくん「もし、そんなに大きな声で言いなさんな。奥の澄まし屋が手水に行ったよ。あのおしゃべりも、大家のおかみさんに陰口を言うからね。それに聞きなさいよ、しばらく前から大家のところにいる居候だけど、あのかみさんの妹ってことだがあれはひどい。お屋敷に奉公してたって言うけどねぇ…。一昨日もどこか下谷の屋敷にお目見えに行くって着飾ってたが、なぁに、その隠居さんのお妾に行くんだよ。支度金が七両来たって。あの顔で妾なんて厚かましい。私たちだって、額が禿げてなくって耳のそばのたん瘤がもうちょっと小さければ、妾にいって支度金をもらうのに。ハハハハハ…。ところで、お宅の弥次さんは?」
ふつ「出掛けてるわ。どうせあの人のことだから遊んでるわ」
そういったそばから入り口から声がする。
弥次「おおーい、帰ったぞ」
おくん「おやおや、噂をいえば影がさす」
弥次さんが戻ってきた。
弥次「ええ、畜生。この犬はいつもおらが家の裏口でねてやがる」
ふつ「おやあなた、今日はお酒ばかりで飯は食べてないのかえ?」
弥次「そうにきまってる。居酒屋へは行ったが、居飯屋へはいってない」
ふつ「そして、喜多さんからなんで、たびたび呼びに来るのかい?」
弥次「俺に金貸してくれってだろ?」
ふつ「あら、馬鹿らしい。どうしたのかい?」
弥次「あいつめが、遊郭に通いつめているとかで、店の金を使い込んだらしい。いまそれがばれると割りが悪い。番頭はこの間死んだそうだ。主人の方も年のくせに美しい若いかみさんを貰って腎虚で今日か明日の命だ。いまにめでたくなるさ。そうすると、喜多八めがその後家をうまく手にいれる。そうなったら、店はあいつのもの。おいらにも悪いことはない。どうかここでしくじらないようにしたいものだ。ところで、飯にしよう。何かおかずはないか」
ふつ「さっきの貝の剥き身とおからの汁さ」
弥次「なーに、抜き身が食われるか。しかし(豆腐の)からは切らずだから安心だ」