ただいま
奈美は、軽く自分のノートに目を通した。そこには、昔調べた色んな情報が入っている。
1517年12月14日。その日は、ミシェルの誕生日。
今から約500年前。彼は人生の岐路にいた。
この時のミシェルは来年の大学生活に不安と夢を抱いていたろう。
昔、ノストラダムスの怪しい情報にやられた。
ユダヤの秘術を知ってるとか、夕食の献立を当てたり、1999年に人類が滅亡するとか…
それが本当でも、伝説でも、奈美はそんな風にミシェルを書くつもりは無い。
確かに昔読んだお話は、それなりに楽しかったし、
こうして、ノストラダムスの無駄知識は物語を紡ぐ楽しみをくれた。ノストラダムス関連のおかしな本を、一部の人達はそれらを「トンデモ本」と、言ってるけれど、そんな話は沢山ある。
誰も読んだことのない、ほのぼのとしたノストラダムスを書いてみよう。
奈美は、忘年会の時のみんなの顔を思い出す。再びみんなで馬鹿騒ぎを出来る時を信じて頑張ろう。
昔の設定を読み返す。
“ノストラダムスは、母方のお祖父さんのうちに預けられ、裕福な名士の家のお坊ちゃんだ。少し、美少年にして、ジプシーの娘、エスメラルダと恋をするの。
誕生日からして、クリスマス前だしノストラダムスの屋敷には人が集まるわ。貴族や名士を呼びましょう。“
…そこではじめの混乱が来たのよ(; ̄ェ ̄)
奈美は深いため息を吐く。
屋敷の想像が出来なかったのだ。プロバンスは行ったことが無いが南仏なんて暖かくて、
きっと良いところに違い無い。ゴッホも晩年は住んでいて、「ひまわり」なんて暑苦しい作品を書いてるんだから。
お祖父さんは改宗ユダヤ人で医者。
きっと、孫のミシェルを愛していて、アビニヨンの大学に行く前に豪華なパーティーをしたはず。
屋敷だって、今でも残ってるお城みたいなところに違いない、が、肝心の屋敷が思い浮かばない。
ノストラダムスの物語にお城とイケメンは必要無いから、今まで屋敷の間取りなんて想像もして無かった。
はぁぁっ( ;´Д`)
書き始めの自分の事を思い出して奈美は泣きたくなる。
そう、webサイトの作品を読んでいるときは、「こんなもの、簡単だ。」なんて気楽に考える。
でも、友達に設定を話すのと、見ず知らずの第三者に絵空事を説明するのは違うのだ。
もしくは、よく知っているものをいきなり描くようなものだ。
自分の車を書けと言われて、大雑把な輪郭が描けても、窓やら色、メーターの位置などは案外忘れているものだ。
なんとなくルネッサンスでは、相手に伝わらないし、自分も混乱するのだ。
「剛、スマホ貸してくれない?」
奈美は無防備に剛のスマホを借りた。検索の画面に打ち込む『ノストラダムス』の文字が、これから自分を、時代小説の清水の舞台から突き落とすワードとは考えもせず。
嫌な事を思い出したわ( ;∀;)
奈美の胸に過去の失敗の痛みが蘇る。
実際、ウィキペディアを開いた奈美、自分の構成が一瞬にしてガラガラと崩れ、発狂したくなる事態に突き落とされる。
「ジイさんの資料が無いですって!!!」
画面を見ながら奈美はおもわず叫んだ。
20世紀末、数多のノストラダムス関連の漫画や本でが自慢げにミシェルのジイさんを持ち上げられていた記憶がある。
なんか、ユダヤ人で医者のお祖父さんは、ミシェルに天文学とかカッバーラとか、神秘の秘術を教えたって、みんな言ってた気がする。
本も、
漫画も、
テレビでも。
資料が無いとはどういうことなんだろう?
それなのに、ノーマークだったミシェルのお父さんの方がネットでは資料が残ってるのだそうだ。
ミシェルのとーさんは、アビニヨンで単身赴任だったのだ。
20世紀の奈美の読んだノストラダムス関連の作家は、みんなで口を揃えてミシェルが優秀だからアビニヨンの大学に行ったとか書いていた様に記憶していたけれど、これはどう見ても、大きくなったから親父の家業を継ぐために、親父と同居しながら勉強する少し裕福なところの坊ちゃんじゃないか!
調べると、アビニヨン、現在住んでいるジイさんの所から20キロくらいなんだそうだ。
例えるなら、埼玉や、千葉から東京の大学に行く様なものでは無いか。
「やられちゃったわ。コンチキショウ。」
奈美は、とても冷静に汚い煽り言葉をスマホに呟いた。確かに、勝手に勘違いしただけだが、なんだか文句が言いたくなるのは、子供の頃に読んだ本に印象操作された様な気持ちがするからだ。
そうよ、ここから、この物語が途切れたのよ。
奈美は頭を抱える。
始めて聞く時代背景やら、資料に混乱して、この物語はそこで止まったまま現在に至る。
こういう状態を、ネットでは「エタる」と呼ぶ。
中途半端で止まる話は、書いている側も気持ちのいいものでは無いが、読まされた方だってそうに違いない。
久し振りに開いたサイト、そして、作品。
評価もつけてもらったのに。
奈美の心が少し痛くなる。そして、評価の下のブックマークの欄をしばらく、見つめた。
一つ、いまだにブックマークを外していないようだった。
ただいま。
心の中で、奈美はブックマークに挨拶をした。