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ノストラダムスを知ってるかい?  作者: フリマジンA
改変前
14/16

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長く生きていると、なんとなく開けることなく、しまわれた何かを一つくらい持ってしまう。


日々の生活に関係なく、それでいて、捨てることのできない物がそこにある。

夕食を終えて、皿洗いなどの手伝いが終わると、奈美は2階にある自分の部屋へ戻っていった。


6畳ほどの続き部屋二つが現在、奈美の部屋にあてがわれているが、奥のひと部屋は、昔、若くして亡くなった、叔母の蘭子の部屋だった。

高校を卒業してから、都会へ就職した蘭子の荷物は少ないが、押し入れに入っている品物を20年を経過した現在でも処分出来ずにそこにある。


奈美は押し入れの前に立ち、切ない気持ちに囚われて、しばらくの間、開けることが出来ずに立ち尽くした。

蘭子は都会で亡くなっていて、骨すら家に戻らずにいた。それに激怒した父を見て、なんとなく理由を聞けずにいるが、献体をして全てを自分で始末したと言うのが、周りの人間の話を聞いて得た奈美の答えだった。


それは、叔母さんらしいと奈美は思うが、でも、両親や、彼女を密かに恋した健二の悲しみを考えると、文句の一つもいいたくなる。

文句を言ったところで、叔母の蘭子は、あっけらかんと笑って、

「ごめん、ごめん。次から気を付ける。」

なんて言うだけなのだ。死んでしまったら、次なんてないのだけれど。


奈美は蘭子を思い出し、苦笑して、息を吸い込んでから、一気に押し入れを開けた。

埃と蜘蛛の巣が少しあるだけで、段ボールを積み上げたまま、昔の姿を保っていた。


胸の痛みに封印されて、どうしても開く事の出来なかった押し入れ。しかし、あけてみると、その風景は無表情で、無感情に奈美を見据えていた。


肩透かしを食らった気分で、奈美は包み紙を貼って装飾された、上品な細身の段ボール箱を取り出すと埃をはらった。


コバルトブルーに金地で花が印刷されたゴージャスな包み紙が、バブルと呼ばれた時代の遺物のようで、懐かしさに少しだけ、焦燥感と言う名の苦味を加えている。奈美はしばらく中身を確認するのを惜しむように箱の(ふち)を指でなぞり、それから思いきって蓋を開けた。


途端に、CHANELの5番の甘い残り香と、蘭子の魂が奈美を優しく包んでくれた気がした。

中には、少女漫画の単行本がならんでいる。

少し日に焼けて、赤い文字が色あせていても、『プロバンスの赤いしずく』という題名を見ただけで、少女の頃のトキメキが鮮やかに心に広がって行く。

奈美は一巻を取り出した。懐かしい大きな瞳に星が輝く少女の表紙絵をしばらく眺める。


手描きの微妙なデッサンの狂いと、水彩画独特の色調を変えながら揺れ動く、ドレスのストライプの青い線がパソコン作画に慣れた目には新鮮にうつる。

奈美は、表紙の主人公を見つめながら、思い出に胸を突かれて目を閉じた。

正直、この漫画を開くことはほとんど無かった。

奈美にとって、『プロバンスの赤いしずく』は、寝る前に蘭子が話してくれるお伽噺で、本は蘭子の手にあるものだからだ。


だから、本を手にして瞳を閉じれば、懐かしい蘭子のけだるいハスキーな声が聞こえてくる。


「これは、プロバンスと言う西洋の美しい地域のお話なのよ。コバルトブルーの空に、大地にはラベンダーの紫の絨毯が広がっている、そんな場所。なっちゃんの枕にもラベンダーを少し入れたのよ。素敵な香りでしょ?」

蘭子の優しい声に、小さな奈美は頬を枕に押し付けて微笑んだ。

「うんっ。フランスの匂いがする。」

奈美は目を開いて蘭子に笑いかけ、蘭子の困り顔を誘った。

「ダメよ。目は閉じないと。もう、寝る時間なのだから。」


甘い蘭子の声を思い出して、たまらなくなって奈美は目頭を押さえた。

蘭子は、病気で余命が少ないと知ってから、全てを一人で決めて処理してしまった。

だから、葬式も何もない。ただ、捜索願いを出した警察からの説明だけで、大好きな家族が一人、この世から消えてしまった感じなのだ。


20年を経過しても、なんとなく、気持ちを整理できなかったが、これがいい機会の気がした。


思い出にカタをつけなきゃ。


奈美は決意を胸に一度、単行本をもどすと、押し入れで眠り続けたラジカセを取り出した。

それは、蘭子がバイトして初めて手に入れたもので、中にはご機嫌なナンバーが並ぶオリジナルのカセットが入っている。


埃を払い、少し心配しながらカセットの状態を観察し、それからラジカセに戻して電源を入れた。


80年代の懐かしい音楽が流れて、奈美は安心して単行本を再び手に取った。


何も変えてない部屋は、思いのエネルギーを吸収して、遥か過去へと奈美を誘うタイムマシーンに早変わりする。


「本当に最近の漫画って、大人びた内容で読ませられないんだから。」

戸惑う蘭子の口癖が、本当に耳元に聞こえてきた気がして、ほろ苦い気持ちで目を細めて、奈美はページをめくった。


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