剛をモデルに7
「ねえ、『プロバンスの赤いしずく』って漫画知らない?」
出し抜けに奈美に聞かれて、遥香は少し驚いてコーヒーをテーブルに戻した。
「ええ…昔の少女漫画でしょ?歴史物で長編の。」
遥香は不思議そうに、一般的な軽い説明をする。
「うん。私、あれ、好きだったのよ。」
奈美は何かを思い出すように寂しげに微笑んだ。
「あら?でも、あれはとても古い漫画で…私の先輩たちが好きだったのよ。よく、そんな漫画を知っていたわね。」
遥香は、不思議そうに奈美を見つめる。
「叔母さんが好きで…私にも貸してくれたのよ。でも、尻切れトンボで終わったでしょ?私、その後が気になってね。」
奈美は、『プロバンスの赤いしずく』(私の創作です)の終わりを思い出した。
「ええ?そうかしら?私はちゃんと終わったと思ったわ。確か、復讐を諦めて、幼馴染みのピエールと結ばれて、旅にいくのよね?」
遥香が不思議そうに尋ねるのを、奈美はムッとしながら返す。
「それ、ピエール推しだからでしょ?私はジャン派だもん。モヤモヤしたわ。」
奈美は、漫画の脇役の名前を不機嫌そうに呟いた。
『プロバンスの赤いしずく』という少女漫画は、昭和の初期の少女漫画の王道のような話で、主人公の少女に、幼馴染みの男が二人登場して、主人公と三角関係になる。(勿論、私の作り話ですよ。)
ピエールは、典型的なヒーロータイプで、明るくて行動的。主人公に何だかんだで好かれる役だ。
それに比べて、ジャンは、金持ちでなんでも手に入れられるが、母親が早くに亡くなり(昔の漫画って、これが当たり前だったよね)、主人公に恋をして、結構、大変な役割をさせられるのに、報われない男だ。
その上、へんな人気が出てしまったために、初恋を数年も拗らせて、読者が大人になるとドン引きしたくなるほど、主人公に執着し、挙げ句、主人公の為に異教徒との戦いの最前線に向かうのだ。
「納得出来ないわよ。ジャンが戦ってるのに、二人で復讐を忘れて旅立つなんて。信じられないわ。」
奈美は、昔を思い返して怒りだす。
遥香は、そんな奈美に同情しつつ、自分にはどうにも出来ないから話をそらした。
「で、突然どうしたの?昔の漫画の話なんて。」
「え?ああ。ごめん。私、さっきの剛の台詞で、この漫画の中盤に出てきた王子さまを思い出したのよ…。」
奈美は、慌てて取り繕う。確かに、いきなり少女漫画の話をされては混乱するはずだ。が、遥香はしばらく考えてから、ふいにその人物に心当たりを見つけて笑いだした。
「ああっ。」
「フランソワ!」
「フランソワ!」
思わず、声がハモって、遥香と奈美は、笑いだした。
フランソワ。金髪碧眼の絵に書いたような王子さまで、17才くらいの少し俺様仕様の美青年。
公爵家の跡取りで、当時、フランス王は、自分の領土の領主を回り、生活させてもらうことで、領主の力をそぐ…逆参勤交代みたいな制度だったのだが、そのため、この物語の領主の所に着たのがフランソワを含めた、王御一行様だ。
そのイケメンが、お約束の壁ドンをしたときの台詞を二人は思い出したのだ。
かたや、何万人の少女の憧れの美青年。
それに対して、ロールケーキにそれを発する剛。
「私、あのシーン、子供心にときめいて、いつか、大人になったとき、あんな場面に遭遇したら…と、胸を高ならせたものよ。まさか、この年で本当に言われるとは思わなかった。」
遠い目で話す奈美に、遥香はなんと言葉をかけようか少し迷った。
「うーん。あれは、ケーキに言ったのだから、無しでいいんじゃないかしら?」
「うん…。まあ、複雑だけど、なんだか、貴重な体験をした気がするわ。私、あの漫画から世界史を調べたの。アヴィニョンとか、ノストラダムスの話を作ろうと考えたのも…、その経験があるからだと思うわ。」
奈美はここで一度、言葉を区切り、何かを思い出すように天井を仰ぎ見た。
「20年前、おばちゃん病気で亡くなったんだけど、昔、良く遊んでもらってね、で、私があんまりジャンの話をするから、おばちゃん、色んな話を作ってくれたんだ。でも、あのときの謎解きはまだだったのよ。」
奈美は、込み上げる複雑な思いを冷めたコーヒーで飲み込んで、決意に満ちた目で、しっかりと見えない何かに語るように言った。
「私、家に帰ったらちゃんと話を考えてみるよ。昔の謎と剛と名古屋に行くために。」
そう宣言した奈美は、晴れやかで、素敵にみえたが、剛と名古屋のフレーズは、必要ないと遥香は思う。
当の剛はいきなり自分の名前が出てきて当惑して、まわりをキョロキョロと見渡して、
「俺?え?オレ?」
と、困惑しながらぼやいていた。
お陰様で、何とか話を軌道に乗せることが出来るようです。中々、歴史の話が出来ず、おかしな展開の話ですが、何とかエタる事なく一章の終わりを迎え、られたんだよな…
有難う御座います。
しかし、2章。うまく始まりますか…




