修行
白夜は月夜を膝枕して頭を優しく撫でていた。そんな小百合が話しかけた。
「それより、あんたは月夜が強くなると思ったから月夜を買ったの?」
小百合の質問に白夜は自分の膝の上で寝ている月夜の顔を見ながら無表情で話し始めた。
「別に強くなることは、そこまで期待してなかった。こいつは、俺に似ているのに何か違う。
奴隷としてのこいつを見た時、俺の本性に似たものを見たが、こいつの本性は俺とは真逆のものだってことも何となくわかった。」
「お前は、月夜に何を期待しているんだ?」
「人がどういうものなのかを教えてくれる気がしたんだ。
こいつの権能を見て気づかなかったか?」
「さっきの光がどうしたっていうの?」
「絶対の脅威を前にして、まだ生きることを諦めずに出せる力をすべてぶつけてきた。あの光は進む道を照らす希望を表しているんだろう。しかもそれを他者ではなく自分の力で照らすことを望んでいるんだろうな。でなければ権能が光になることはないだろう。」
「自分の進む道を照らしだす・・・か。」
「確かにお前とは違うな。お前は光なんて求めないからな。」
「そういうことだ。まあこいつが俺に何をくれるかはまるで分らないがな。」
「そうか。何か見つかるといいな。」
「ああ・・・。」
それから月夜はもう朝まで起きないだろうと考えて寝ることにして月夜を寝室に運んだのはいいが、寝室には大きなダブルベッドが一つあるだけで他の部屋にもそれ以外のベッドはなかった。
「おい、これはどういうことだ。」
「さあ、どうしたんだろうな。」
白夜は不知火にベッドが一つしかないことを睨みながら質問したが、不知火はとぼけるだけだった。小百合も苦笑いを浮かべるだけで何も答えなかった。
二人の反応に白夜はさらに鋭い目つきで睨みながら殺気を出して脅しながらもう一度質問した。
「どうしてベッドが一つしか置いてないんだ?」
その白夜の殺気に不知火はとぼけることを諦めて肩をすくめた後に話し始めた。
「王様の命令を受けた奴が勘違いしたんだよ。お前が月夜のことを家族って言ったから、嫁として迎えようとしているんじゃないかって勘違いされてベッドが一つになったわけだ。」
「・・・。」
「まあ、そういう訳で準備が間に合わなかったんだよ。だから、明日には新しいベッドを用意するから今日は大人しくそのベッドで二人仲良く一緒に寝てくれ。」
「・・・なんでだ?ベッドのことは分かったが、一緒に寝る意味はよく分らんのだが。」
「お前が月夜を家族って言うのは、月夜を妹や娘みたいに見ているからだろ。なら、お前が一緒に寝て安心して眠れるって思わせることも大切なんじゃないか。」
「そうなのか?」
「まあ、安心して眠れる場所があるって、だけでも結構気は楽になるわよ。」
「・・・。」
白夜は小百合の言葉にしばらく黙って考え始めた。それから少しして白夜は月夜をベッドに降ろして掛布団を軽くかけた。
「まあ、今日くらいは一緒に寝てもいいか。」
「そうだぞ。たまには一緒に寝てやれよ。」
「はあ~、でお前らはどこで寝るんだ?さっき家の中を見た感じだと他の布団もなさそうだったが。」
白夜は軽くため息をついた後、不知火と小百合の二人の方を向いて聞いた。
「俺たちはリビングのソファーで寝るよ。」
「もともと勝手に押しかけて来ただけだからね。」
「そうか。じゃあ、もう寝るから出て行ってくれ。」
「はいはい。」
「おやすみなさい。」
白夜の言葉に不知火は呆れながら白夜に背を向けて歩いてドアの方に向かい、小百合は挨拶をした後不知火の後をついて部屋の外に出た。
不知火達が部屋から出た後、白夜はベッドで眠っている月夜の頭を軽く撫でてやった。
「さっきは権能を確かめるためとはいえ、悪いことをしたからな今日くらいは一緒に寝てやってもいいだろう。」
白夜は自分に言い聞かせるかのように小さい声で呟いた。その声は寝ている月夜はもちろんのこと先ほど部屋を出たばかりの不知火達にも聞こえることはなかった。
白夜も月夜が寝ているベッドに入り、掛布団を自分にもかけて仰向けになってすぐに眠った。
寝室を出た不知火と小百合はリビングのソファーに座って話していた。
「それにしても、あの白夜が家族って言葉を自分から使うとわな。」
「確かに、自分に干渉してくる人を嫌う白夜が互いに干渉しあう家族を作ろうとするなんて。」
「あいつも成長しているってことなのか?」
「そうかもしれないわね。今の私たちに出来るのは白夜と月夜を支えてあげることくらいじゃない。」
「そうだな。あいつらの成長を見守ってやることくらいか。」
「ええ。」
白夜と月夜の話をする二人は、子供を思う親のように優しい顔をしていた。
その後、二人はソファーに横になって眠った。
その翌日、達成していないクエストを終わらせて冒険者ギルドに行き報告をして達成報酬をもらった。
初めてのクエストを達成した翌日から月夜の訓練が始まった。訓練の内容は、不知火が槍と刀の基本的な扱い方を教え、小百合が様々な魔法を教えて使える魔法の数を増やした。白夜は、月夜が武器と魔法をある程度扱えるようになるまでは文字の読み書きを教えた。そして月夜が武器と魔法をある程度扱えるようになると、武器と魔法を使った実践的な戦闘を教えた。白夜の修行はとても厳しくて辛いものばかりで月夜は最初のころはよく疲れで倒れることがあった。そして戦闘の訓練もある程度済んだところで権能の修行が始まった。現在は修行が始まって1、2週間がたった。そして、月夜の修行が始まってからすでに3年がたった。
現在は、月夜が権能の修行をしている。座禅を組んで手の平の上で権能である光を球状にして維持している。白夜が前に生きていた世界でその姿を見たものがいれば仏やお釈迦様と勘違いするような光景である。
「そこまでだ。」
白夜が、そういうと月夜の手の平の上にあった光の球は霧散して無くなった。
「ふー、それにして今日はいつもより短いけどなにかあるの?」
「いや、今日はこれで修行を終わりする。これから少し休憩した後、ギルドに行って魔物討伐しに行く。」
月夜の硬かった喋り方は、三年たって大分軽い喋り方になっていた。最初はあまり人と積極的に話すことはなかったが、最近は食料の買い物などで商店街に行った時には様々な人と長話をするくらいには積極的になった。
月夜と白夜は先ほどまで修行していた庭から家の中に入ってリビングにおいてあるソファーに座って先ほど言ったように休み始めた。
ソファーに座って休み始めて少したって月夜が白夜に話しかけた。
「そういえば、どうして今日は魔物を討伐に行くの?」
「念のためかな。」
「どういうこと?」
「俺も詳しくは知らないが、数日後の次の満月がスーパーブラッドムーンっていう赤い月と月が一回り大きく見える日が重なる日らしい。」
「それと魔物討伐になんの関係があるの?」
「満月の夜に魔物の力が増すのは知っているだろ。あれと同じで月が大きく見える日はさらに力が増す。記録によれば、普段の10倍近く力が増す個体もいるそうだ。そして赤い月も同じく魔物の力が増幅させる。それも一回り大きい満月より大幅に上がるそうだ。」
「・・・。」
月夜は白夜の説明にどう反応していいのか分からず何も返せないでいた。
「まあ、そんなわけで下位の魔物でも上位種と同等の脅威になる可能性がある。だから、今のうちに数を減らしておく必要があるそうだ。」
「けど、この国の中にいる限り白夜の結界があるから魔物は入って来られないから必要はないんじゃない。それに魔物の力が増すのは夜だけなら外に出なければ関係ないんじゃない。」
月夜の疑問に対して白夜は首を振ることで否定した。
「スーパーブラッドムーンは約100年に一度起こるそうだ。過去に起こった際には魔導士数百人がかりで張った結界がありながらも一夜にして国が滅ぼされたこともよくあるようだ。それに魔物中には人間が持つ権能と同じような個体によってさまざまな特殊能力を持つ魔物も存在している。だから、結界があるからといって安心出来るとは限らない。」
「そうなんだ。」
「まあ、月夜に狩ってもらうのは中位の魔物までだ。今の月夜なら上位種と真正面からやりあっても負けないだろうが、今回は大量に狩る必要があるから一体狩るのに時間も体力も使っている余裕はない。」
「わかったわ。私は中位以下の魔物をたくさん狩ればいいわけね。」
「まあ、狩れる限り狩ってくれ。本当に魔物が攻めてきた時下位や中位種みたいに数が多い奴らが力を増した状態で攻められたら他の冒険者はすぐにやられるからな。」
「そんなに危険なの?」
「当たり前だ。月夜は上位種と一回しか見たことないだろ。」
「ええ、最初に倒した一体だけしかないかな。」
「あの時は、相手の隙をついて一撃で瀕死の状態まで弱らせられただけだからな。瀕死の状態でも三年前の月夜じゃあ権能がなかったら何も出来ずに殺されていただろ。今でも一対一で何とか勝てるかってくらいだ。権能がもう少し使えるようになれば多少余裕もできるだろうが。」
「上位種ってそんなに強かったんだ。じゃあ、スーパーブラッドムーンって上位種もさらに強くなるってことよね。私勝てるの?」
「いや、勝てないけど。まあ、上位種までなら別に問題ないんだが、最上位種が出てくると流石に対処が面倒だな。」
「その言い方だと最上位種でも倒せるって聞こえるんだけど。」
上位種より強い最上位種を何でもないように倒せるという白夜に月夜は呆れた顔をして聞き返した。
「まあ、倒せないことはないからな。ただ、倒すまでに出る被害を抑えることが難しいって話だ。」
「そうなんだ。」
改めて何でもないように返してくる白夜に月夜は諦めてそれ以上何も聞かなかった。
「じゃあ、そろそろ魔物の討伐に行く?」
「俺はいつでもいいがお前は体力回復したのか?」
「ええ、今日はそこまで疲れてないから問題ないわ。」
「そうか。じゃあ行くか。」
白夜と月夜は座っていたソファーから立ち上がり、月夜が白夜の近くに歩いて近づいた。白夜に近づいた月夜は白夜の手を掴んだ。月夜が白夜の手を掴んですぐに白夜と月夜は家の中から姿を消し、冒険者ギルドの前に空間転移で移動した。
「じゃあ、さっさと魔物討伐のクエスト受けに行くぞ。」
「ん。」
月夜は白夜についてギルドの中に入った。ギルドの中は三年前と大して変わっていないが、普段に比べてギルドでお酒を飲んだり、食事をしている冒険者の数が少なかった。
「珍しいね、人がこんなに少ないなんて。」
「みんな魔物討伐に出かけているんだろう。」
「けど、みんなが受けたらクエストがなくなるんじゃないの?」
「それに関する答えはあれだ。」
白夜は、掲示板に張ってある紙を指さして返した。その紙には、魔物討伐クエストと書かれ参加人数は無制限とされていた。他には、魔物の強さ別に一体あたりの報酬が書かれている。
「なるほど、今頃全員が魔物討伐に出ているだろうぜ。」
「これって、もうこの辺の魔物全滅しているんじゃない?」
「それは無いだろう。ここは仮にも王都だから無駄に広い、町の外周近くにいる魔物を狩るだけでも冒険者総がかりで狩っても終わらないだろうぜ。」
「確かに、白夜の空間転移に頼っていたからあんまり気にならなかったけど、この町結構広かった。」
「だから、俺たちは周辺より少し離れたところにいる魔物を倒しに行く。」
「じゃあ、さっそくクエストの受付しに行きましょう。」
「ああ。」
そういった後、受付カウンターに向かって二人で歩き出した。二人が受付カウンターに着くといつもの受付嬢が受付をしていた。
「こんにちは、白夜さん、月夜さん。」
「ああ、魔物討伐の依頼を受けに来た。」
「わかりました。手続きをするので少しの間お待ちください。」
「わかりました。」
「早めにしてくれ。」
受付嬢は、カウンターの奥に行くと少し間を開けて帰ってきた。奥から帰ってきた受付嬢は一枚の紙を手に持っていた。
「その紙って何ですか?」
「討伐した魔物の数を数えてくれる魔法を込めた紙です。この紙に魔力を込めた人が討伐した魔物を強さ別に数えてくれるから便利なんですけど、あまり多く用意できないので今回のような緊急時に以外はあまり使わないんです。」
「そうなんだ。」
月夜は、受付嬢が持ってきた紙を興味深そうに見ていた。
「受付も終わったことだし、早く魔物討伐に行くぞ。」
「え、分かった。」
白夜に声をかけられたことで月夜は少し驚いたが白夜についてギルドから出ようとしたが、受付嬢が背を向けて扉の方に歩いていこうとしている白夜に声をかけて止めた。
「待ってください。白夜さんは、この王都に張った結界に体外に出る魔力をほぼ全て使い続けているせいで魔法をほとんど使えない状態にあるんですよね。」
「!?それって本当なの?」
「ああ、本当だが。それがどうしたっていうんだ?」
「いえ、あまり無茶はしないでくださいね。あなたが傷ついて悲しむ人がいることを少しは考えて行動してください。」
そういいながら、受付嬢は月夜の方に少し目線をやったがすぐに白夜に視線を戻した。
「そうか。」
白夜はそれだけ言うと、ギルドの扉に向かって歩き出し始めた。
「月夜さんも気を付けてくださいね。魔物を討伐することより、月夜さんたちが無事に帰って来ることの方が重要ですから。」
「心配してくれて、ありがとう。」
月夜もそれだけいうと走って白夜を追いかけた。
白夜と月夜はギルドの外に出ると、また白夜が空間転移を使用と月夜の手を掴もうと手を伸ばしたが、その前に月夜が白夜に話しかけた。
「ねえ、さっき魔法があまり使えないって言っていたけど、私を不死の魔法を使った時も魔力使えなかったんでしょ。どうやって魔法をかけたの?」
「お前らも魔法使う時に魔力を絞りだしているだろ。普通は魔法を使うと気は体の周りに魔力が光となって発生するだろ。けど、俺は常に結界を維持するために魔力を出し続けているから体内に満たす魔力以外は全部結界に使っている。だけど、体内には魔力があるわけだからそれを無理やり縛りだせば使えないわけじゃない。まあ、回復するまで普段より魔力の生成量を増やさないといけないから最後の手段なんだが。」
「そんな最後の手段を使ってまで不死の魔法を私に使う必要ってあったの?」
「まあ、あったんじゃないか。」
「相変わらずわかってないのね。」
「まあな。そろそろ行くぞ。」
「ん。」
そういって月夜は白夜に手を出して、その手を白夜が掴んだ後空間転移で移動した。