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人喰い遊園地

 


「……裏野ドリームランドが〈人喰い遊園地〉だということは、もののけを相手に商売をしている僕たちの間では、有名な話だよ」

「本当に食べるってことですか!? そもそも、もののけって、本当にいるんですか!?」



 静かな口調でそう切り出した涼に、勇也は少し身をのりだして尋ねる。



「中には、食べるものもいるけどね。でも実際は、玩具として扱われるのが殆どだよ」



(食べる……玩具……)



 同じ人でありながら、残酷な台詞を平然と言ってのける涼に、勇也は化け物を見るような目を向けた。のりだしていた体は、ソファーへと沈む。



「勇也君が引くのは分かるけどね。残念ながら、それが真実だよ」



 化物を見るような目で見られることは、これまで何度も体験していた。その度に、悲しく感じる自分がいる。慣れないものだと、涼は心の中で呟く。だが、声には出さない。涼は少し眉をひそめ、少し沈んだ声で肯定する。



 巽は勇也の気持ちも、悪友の気持ちも理解出来た。勇也の反応は、人として当たり前だ。巽自身も出会った当初はそうだった。勇也の疑問に生真面目に答え、傷付く悪友。見かけによらず、悪友は打たれ弱いのだ。だから、巽は涼に助け船を出す。



「涼、あの遊園地は実在しないはずだ。なのに、まるで実在するようにネットには書かれてるし、今も更新されている。何でだ?」



 その場の雰囲気を変えるように、巽は涼に質問した。



(また、気を使わせてしまったな)



 心の中で涼は思う。涼は巽の配慮に、内心嬉しかったが、顔には出さない。苦手なのだ。感情を表に出すことが。

 涼は軽くため息をつくと、ソファーの背にもたれ、天井に視線を向けながら話し始めた。



「……大昔から、人ともののけたちは共存して暮らしてきた。身近に、もののけは存在してたんだよ。よく言うだろ、物影や、暗闇が怖いとか……。彼らは確かにそこにいたんだ。でも、文明が、科学が発達し、夜は夜ではなくなった。次第に彼らは棲む場所を追われ、数も大幅に減少した。だから彼らは、この世界とは違う世界に居を移した」



「違う世界……?」

 勇也は呟く。



「そう、違う世界。この世界と同じ様で全く違う世界。この世界と重なり合っている、もう一つの世界。そこは人間ではなく、もののけが棲んでいるんだ。人はそのことを知らないけど、もののけたちは知っている。だから、時たま悪戯をするんだ。……勇也君、君は暗闇が怖いんだね。それはね、もののけが暗闇から、君のことを見ていたからだよ」



 急に名前を呼ばれ、勇也は驚く。



(暗闇が怖いなんて、誰にも言っていない。なのに、この人は……)



「…………もし、俺が不審に思いながら、暗闇に近付いていたら……?」



 勇也は確かめずにいられなかった。口の中が異様にカラカラだった。漏れでた声は、とても小さなものだったが、幸いにも涼の耳にははっきりと聞こえていた。



「拐われていたよ。間違いなく。裏野ドリームランドで行方不明になった人たちみたいにね」



「「ーーーー!!!!」」



 巽も、そして当事者になるかもしれなかった勇也の顔からも血の気が引き、真っ青になる。全身から血の気がサーと引いていくのを、二人ははっきりと感じていた。



「勇也様がこちらに来られた時も、監視されてましたし。その様子では、幼少の頃からのようで。もののけたちは、よほど勇也様にご執心のようですね」



 今までずっと黙って控えていた華が、勇也の顔を見詰め、淡々とした口調で、地獄に突き落とす発言をしてくれた。



「勇也が……」



 自分の身近にいる者が危険に晒されていたことに、巽はショックを隠せない。そして、知らなかったとはいえ、拐われる危険性が大いにある人間を、この案件の調査に携わせてしまったことを知った。巽は顔を歪ませ、下唇を噛み締める。



 最低最悪な人選ミスだ。



 所長として、先輩として、巽は自分自身が腹立たしくて仕方なかった。口に血の味が広がる。



「彼はもののけを感じることが出来る、数少ない人間だからね」

「昨今は珍しいですから。もののけたちは、案外寂しがり屋なんですよ、巽様」



 呆然としている勇也をネタに、表面上和やかな口調で話す涼と華。華は巽に止めを刺す。

 和やかに話しながらも、華は巽に対し怒りを感じていた。知らなかったとはいえ、身を守る術を知らない子供を、熊がいる檻に放り込む行為に等しいことを、巽はしたのだ。



 それが如何に危険なことかーー。



 こうして話している時点でも、勇也の身は危険に晒されているのだ。いくら暗闇が少なくなったとはいえ、暗闇はどこにでも存在するのだから。当事者である勇也は、呆然として、会話が耳に入ってこないだろうが……今は、それさえ許されない。



「…………勇也君……勇也君……君は、もののけが存在しないと、思っているのかな? 幽霊とかも?」



 名前を呼ばれ、ハッとする勇也に、涼は優しい声で尋ねる。



「…………見たことがないので、何とも言えません」

「即座に否定しないんだね」



 微笑みながら、涼は俯いた勇也の様子を観察する。



 勇也は即座に否定することが出来なかった。確かに、涼の言う通り、勇也は幼い頃から暗闇を異様に怖がっていた。その理由は、何か得体のしれないものがいるような気がしてならなかったからだ。



 何かが自分をみている。

 答えれば自分の身が危ない。

 本能的に勇也はそう感じていた。だから、勇也は徹底的に無視した。気付かれないように、そして出来る限り、部屋に暗闇を作らないよう工夫していた。結果として、それが正しかったんだと、勇也は知る。



 この事務所に巽に連れられて来てから、僅かな時間しか経ってないのに、もののけや幽霊などの、あやふやなものを信じ始めている自分に、勇也は驚く。同時に、混乱していた。



「勇也君、君の判断は正しいよ。対処の仕方を知らない者が関わることは、とても危険だからね」



 弾かれたように、勇也は顔を上げる。その目から、勇也の中で渦巻く、混乱と恐怖がありありと見てとれた。



「巽が言っていた君の直感力は、危険を回避する本能が鍛えられた結果の産物だね」

「と、いうことは?」



 巽が口を挟む。



「勇也君は、僕たちに近いってことかな。……だから、君は彼らに()()()()()()



 ーー()()()()()()



 その言葉が、勇也の頭の中で何度もリフレインされる。



「どうした!? 勇也!! 勇也!!」



 突然震え出す勇也に、隣に座っていた巽は驚き、その肩を強く揺すった。



 勇也は震える手で、持って来ていた鞄のファスナーを開け、封筒を取り出した。そして、テーブルの上に置く。薄い水色の封筒の表には、はっきりと〈神埼勇也様〉と書かれていた。勇也は震える手で封筒を開け、中身を皆に見せた。





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