同行者
「……俺が、この失踪事件が普通の案件じゃないって思った切っ掛けは、このネットに書かれた書き込みを見たことでした」
視線を手元の書類に向けたままなので、勇也の表情は巽には見えなかった。発せられる声も、いつもより力なく感じる。それでも、勇也の言葉ははっきりとした巽の耳に届いた。
勇也は一旦区切ってから、話を続けた。
「……普通、肝試しや都市伝説の類いは、一割程が真実で、後は噂が噂を呼び、過大になったフィクションです。でも、URANOドリームランドに関しては違ったんですよ、巽さん。見て下さい。これが、当時起きた失踪事件の概要です」
そう前置きをした上で、勇也はまとめたレポートを二部巽に渡した。渡されたレポートを巽はざっと目を通す。読み進めるごとに、巽の表情が険しくなっていく。
勇也はその様子を黙って見詰めていた。
「……八割方一緒だってことか。確かに奇妙だな」
「はい」
当然、巽は勇也に比べて遥かに経験値が高い。今まで色々な行方不明事件を解決してきた。そんな自分の経験からみても、勇也がこの案件に不信感を抱くのも頷ける。巽自身もそうだ。何かがおかしい。
(だが、このレポートだけで、ここまで勇也が拒否反応を見せるのはおかしくないか)
疑問は確信へと変わる。
「おい。これだけじゃないだろ?」
巽が訊くと、勇也は軽く頷く。
(やはりな)
「ネットで調べるのと並行して、行方不明になった人たちと同行していた人を探し出しました。勿論、会って来ましたよ。同行していた人に」
「それで?」
巽は促す。
「始めは、なかなか話してくれませんでしたが、粘りましたよ。根気よく。本当に根気よく。それで分かったことなんですが、話を聞いた全員、URANOドリームランドに行ったことを忘れてるんですよ」
「忘れてる?」
どういうことだ。勇也の意外な報告に、巽はますます眉をしかめる。
「その間の記憶が、完全に欠落してるんです。共通して、URANOドリームランドの入口をくぐったところまでは覚えてるんです、皆。だけど、それ以後の記憶は全くない。発見されるまでですよ。おかしいとは思いませんか? 全員ですよ」
「確かに……それはおかしいな」
余程のショック、付加が掛からない限り、簡単に人は記憶を失わない。それも、数日の記憶だけ失うなんて考えられない。それこそ、違法薬物を使わない限り無理だろう。それでも完全じゃない。そもそも、一般市民に使ってどうする。
(本当に、記憶を失ってるのか?)
疑ってしまう。
「勿論、医療関係者にも探りを入れたんだろうな?」
「勿論入れましたよ。間違いなく、彼らは記憶を失ってます。薬物反応もありませんでしたよ。それから、これは記憶を失った影響かもしれませんが、嗜好や性格が変わったって報告もあがってました」
「はぁ? 嗜好や性格が変わっただと。どんな風に?」
「例えば、幼少時期に鰯のつみれで全身蕁麻疹が出てから、どうしても光ものを食べれなかったのに、記憶を失ってからは、ばくばく食ってるとか。オタクが社交的になったとか。まるで、人が変わったようだと、噂がたってますね。あまりの変わりように、気味悪がられてる人もいましたよ」
(人格と嗜好の変化か……)
「全員か?」
「全員です。……それからもう一点、共通してたのは、発見された時、全員あるチケットを所持していたそうですよ」
確かに、おかしい。奇妙な不可解な案件だ。巽はそう思った。
勇也の報告が正しければ、短期間で同行者の記憶が削除されていることになる。それも、数日間だけ。そんなことが、果たして可能だろうか。それも、遊園地に行ったところまでだと。
だが現実に、起きている事だ。
ますます奇妙な方向へと進む失踪事件に、これ以上ないくらいに巽の眉間の皺が一層深くなる。
「確かに、奇妙だな。で、勿論、そのチケットは入手してるんだよな?」
勇也は頷くと、密封袋にいれたチケットの半券を、ズボンのポケットから取り出す。
「現物がこれです」
巽は受け取ると半券を確認する。確かに、半券には〈URANOドリームランド〉という名称と共に、〈プラチナチケット〉という文字が、可愛く丸文字で書かれている。それは、どこにでもあるような、変哲のないチケットだった。
「つまり、プラチナチケットを持っている者だけが、帰って来れたということか。記憶を弄られて」
巽はそう結論付けた。
自分で言ってて違和感半端ない。だが、そうとしか言えなかった。
ーー記憶を弄られて。
巽ははっきりとそう口にした。それは、勇也も考えていたことだった。そうでなければ、全員が同じ場所から、記憶を失うことはまずありえないのだから。
「思い出そうとすると、全身が震え、冷や汗や吐き気、頭痛がするそうですよ。完全な、拒絶反応ですよね。何らかの恐怖が植え付けられてるかも」
(確かに、その線もありえるな。人格が豹変するまでの恐怖か……。一体、遊園地で何が起きてる?)
「発見された時の着衣はどうだったんだ?」
「泥や埃で汚れていたそうですが、特に着衣の乱れはなかったそうですよ。これは、上村という大学生が発見された時の写真です。乱れがあれば、事件になっていたかもしれませんね」
被害者がずたぼろの姿で現れれば、ただの失踪事件で済まなかった筈だ。
「で、勇也。お前は正直、どう考えてる?」
巽は核心をつく。
「少なくとも、厳しいと、俺は思いますよ」
飄々とした態度で勇也は答える。その内容は全く違うものだが。
勇也が発した、厳しいという言葉の裏側の意図を、巽は正確に読みとる。
おそらく、全員、無事ではないだろう。最悪、死亡している可能性が高い。なんせ相手は、記憶を自由に操作出来るのだから。
巽も勇也と同意見だった。と同時に、勇也がこの案件から手を引けと進言したことも頷ける。死ぬかもしれないと脅したのも、あながち大袈裟ではないだろう。
「それから、巽さん」
勇也は考え込む巽の前に、一枚の写真を置いた。
その写真には何も建っていない、コンクリートで整備された空き地が写っていた。
「URANOドリームランドが建っていた場所ですよ、巽さん」
その事実に巽は言葉を失う。言い様のない恐怖が巽を襲った。
そして写真を見せた勇也自身も、じわりじわりと押し寄せてくる恐怖に押し潰されそうになっていた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m
大幅に加筆しました。