高坂巽
巽が勇也に仕事をふってから、一週間後だった。
勇也にしては珍しく険しい顔をして、巽のデスクに顔を出した。勿論、例の失踪事件の中間報告のためだ。
「全く……五日ぶりの出社だな。連絡一つぐらいいれろ」
呆れながらも、特に怒ることなく、巽は一応上司らしく注意する。
普通の会社とは違い、何日も事務所に顔を出さない事は然程珍しくはない。まぁそれでも、連絡は定期的にいれなければならないんだが。
だが、勇也はのめり込むと、連絡を忘れる事が多かった。だから、今回もそうだと巽は安易に考えていた。故に、気にも留めていなかったのだ。少しでも気に留めていれば、もう少し早く気付けれたのかもしれない。
大事な後輩で部下である勇也の身に、危険が差し迫っていることをーー。
いつもなら、注意を受けた後、特に悪びれることなく謝罪の言葉を口にする勇也が、今回は何も言わず黙っている。険しい顔のまま。
あまりにも、いつもの様子と違ったので、巽は別室に勇也を連れ込んで話を聞くことにした。
「どうした?」
巽は尋ねるが、勇也はなかなか口を開こうとはしない。その態度も勇也らしくない。
言い様のない不安が巽を襲う。
「勇也?」
再度、巽は呼び掛ける。その声は自然と低くなる。その間も、勇也は何か考え込んでいるようだった。いや、葛藤しているようだった。
暫くして、勇也は重い口を開いた。
「………………この案件、ヤバイっすよ。正直、手を引いた方がいいと思います」
初めてだった。勇也が一度受けた仕事を途中で投げ出すような事を言うのは。何かあったからだとは思うが、それが手を引くまでの事か、巽はいまいち判断し切れなかった。
「……一度受けた案件から手を引けと」
巽は煙草に火を点けると、軽くふかしてから、勇也に厳しい目を向ける。
「巽さんが、見た目に反して責任感が強いことも、この仕事に誇りを持っている事も知っています。それを知った上でお願いします。どうか、この案件から手を引いて下さい」
いつも茶化したもの言いをしている後輩が、敬語を使い、自分の目を見据えて進言している。怯むことなく。
(それだけ、この案件はヤバイってことか……。にしても、軽くディスってたな、俺の事。まぁ、今は別にいい)
巽は勇也の直感力を誰よりも認めていた。
この世界において、直感力と判断力は大きな武器になる。巽が後輩である勇也を、この世界に引きずり込んだのは、まさに彼が持っていた直感力が欲しかったからだ。
その勇也が、この案件から手を引けと言う。
少し謎があるが、それでも単純な行方不明事件だった筈だ。巽が勇也にこの案件を任したのは、勇也なら突破口を見つけ出せるかもしれないと思ったからだ。
「…………分かった。お前はこの案件から手を引け。代わりに、俺が受ける」
「待って下さい!!!!」
慌てた勇也が巽を止める。
「俺は、この案件から手を引いて下さいって言った筈です。それは巽さん、貴方もです」
「だから、代わりに俺が」
「分からない人ですね! 俺は手を引かないと、死ぬかもしれないって言ってるんですよ!! いや、間違いなく死にます!!」
上司である巽の言葉を遮るように、勇也は声を荒げた。普段から文句は言っても、声を荒げることなどなかった勇也に巽は驚く。だがそれよりも、勇也が放った言葉が引っ掛かった。
(こいつ、今何て言った……? 聞き間違えじゃないよな)
ーー間違いなく死ぬ。
勇也は断言した。それも二度も。
「死ぬだと。勇也、お前は何を知っている?」
ドスのきいた声で、巽は勇也に詰め寄った。中途半端な答えは許さない。
巽からの無意識のプレッシャーに負けたのか、何かを吐き出すように勇也は大きな溜め息を吐くと、漸く重い口を開いた。
「…………分かりました。今から全て話します。俺が調べた事を」
そう告げると、勇也は静かに語り始めた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m