番外編 因果応報
村山と松井は完全に方向感覚を見失っていた。
((ヤバイな……))
荒い息を整えながら、物陰に隠れ、周囲に気を張る村山と松井は、内心そう考えていた。
幾つも似たような部屋。薄暗い廊下。
自分たちが追い込まれていることに、村山と松井は気付いていた。それでも、冷静さを失うことはなかった。
斉藤里奈と山岸花梨が殺られた。おそらく、中川も殺られただろう。
だとしたら、必然的に次に狙われるのは、地下に入り込んだ自分たちだ。
現に、刃物を持った人形たちに襲われた。何とか撃退出来たが、いつまでも撃退出来るとは限らない。持久戦に持ち込まれたらアウトだ。その事を、二人は重々理解していた。
「今、自分たちがどこにいるのかを確認する方が先決だな」
周囲に人形の姿がないことを確認してから、村山は向かいにいる松井に小声で話し掛ける。
「ああ。だけど、無暗に飛び出すのは危険だぜ」
松井の意見は尤もだった。
「だけど、このままこの場所に居続ける方がまずいだろ」
村山の意見に、確かにそうだと松井は思う。
「一か八かの賭けにでるしかねーな」
腹を括るしかない。かなり危険だが。松井のセリフに、村山は「それしかないな」と、固い声で同意した。
松井と村山はお互いの手で合図を送りながら、その場を離れ、先を進んで行く。
『中々、賢い人間ですね』
モニターを見ながら、道化は率直な感想を述べる。
今まで、何度も同じ様な場面を見て来たが、ここまで自我を見失わずに、連携をとれてる人間は珍しかった。といっても、平気で友人を生贄に出すあたりは、鬼畜な行為なのだが。
『これから、もっと楽しくなるんですよね、麗さん。たから、勇也様を帰したんでしょ?』
レン(レン太)のセリフに、麗は僅かに眉をしかめる。勇也を帰した麗を、どこか責めてる感じを受けたからだ。とはいえ、麗にとって子供同然のレンに、一々目くじらをたてることはしない。
麗は気付いていた。
目の前にいる、アヤカシたちは思いの外、勇也を気に入っていることに。本人がそれに気付いているかは別だが。
まぁ、麗自身も勇也のことは気に入っていた。壊したくはない程には。
(あの方が気に掛けるのも頷ける)
麗は胸の中で呟く。
だが今は、モニターに映る人間たちの料理が先だ。
『レン。こういう人間たちを絶望の底に叩き落とすのが、何よりも楽しいと思わぬか? ……ほんに、久々に、楽しめそうだの』
モニターを見ながら、麗はニタリと笑う。その笑みのせいで、モニター室は極度の緊張感に包まれた。
息を飲みながらも、平常心を保っているのは道化とレンだけだ。後のスタッフたちは、失敗しないように、震えながらキーボードを操作していた。
次の段階に移る。
村山と松井は慎重に歩きながら、自分たちのいる場所を正確に割り出そうとしていた。
彼らはそこが、幻影の世界だとは思ってもいない。あくまで、ドリームキャッスルの地下だと思っている。
故に、自分たちの位置を把握することが、生き残るためにすべき事の第一歩だと信じていた。
「やっぱり、俺たちは閉じ込められたようだな」
村山はそう結論付けた。その声は非常に厳しい。
ここまで探索しても、非常階段は見付からない。とするなら、敢えて造っていないと考えた方が自然だ。
「なら、出口はあそこだけか」
その答えに、村山は頷く。
一番最初の犠牲者、山岸花梨が殺された場所。
そうーー自分たちが乗ってきたエレベーターだ。
「行くしかねーな」
「そうだな」
正直、罠の可能性が高い。
たからといって、このままこの場所にいる訳にはいかない。非常階段がない以上、罠の可能性が高くても、その場所に向かうしか助かる術はない。
松井と村山はエレベーターに向かおうと決めた。
その時だった。
電源を切っていた筈の、松井と村山のスマホが同時に鳴り出した。
恐怖に体を強張らせ、咄嗟に反応が出来ない、村山と松井。その間も、スマホは鳴り続ける。
その音が、不意に切れた。
代わりに聞こえてきたのは、二人がよく見知っている人間の声だった。
「無視はいけないよ、村山君、松井君」
「「…………中川」」
呆然としながら、村山と松井はその名を口にする。
「今から、第二ゲームの始まりだよ、村山君、松井君。勿論、拒否はしないよね。もししたら、待っているのは無惨な死だって、賢い君たちなら分かってるよね。ゴールはエレベーター。そこまで、松井君と村山君が辿り着けば、君たちの勝ち。自由にここから出ることが出来る。さぁ、始めよう。第二ゲーム、〈鬼ごっこ〉を。頑張って、鬼から逃げてね」
一方的にそう告げると、スマホは切れた。
村山と松井は気付く。
この茶番は、最初から仕組まれていたのだとーー。
本文、終章の前のお話です。
勇也が敢えて見なかった、男子大学生の復讐劇の最終章。
救いのない復讐をお楽しみに。




