知りたくないな……
松井がチッと舌打ちした時だった。
スマホが鳴った。里奈のような音楽ではない。普通の呼び出し音だ。松井も村山も、最新の音楽をダウンロードしていたから、鳴っているスマホは二人の持ち物じゃない。だったら、誰の持ち物か。
緊張が走る。
だが瞬時に、松井と村山は誰か分かった。それは二人が知る限り一人しかいない。ドリームキャッスルに逃げ込んだ、あの小太り野郎だ。
「あの野郎のせいで!!!!」
キレた松井が、呼び出し音がした方向へと走り出そうとした。それを村山は止める。
「落ち着け、松井。もしかしたら、罠かもしれない。おかしくないか、あいつの方が先にここに来たはずだ。だったら、あのドジが、最初にやられてるはずだろ!!」
村山の台詞に、松井はハッと我に返る。
「ーー!! 悪い。ちょっと、頭に血がのぼった」
確かに、村山の言う通りだ。あのドジ野郎が生き延びているはずない。真っ先にやられているはずだ。だとしたら、あのスマホは自分たちを引き寄せる罠。或いは、混乱させるためのもの。それとも、両方かーー
「念のために、スマホの電源切っといた方がいいな」
村山は松井にそう言うと、スマホの電源を消した。
敵は、あいつのスマホを所持している。だとしたら、自分たちの電話番号を知っていると考えた方がいい。
電源を切る前、画面に里奈からのラインが届いていたが、松井も村山も開かなかった。この時点で、彼らは気付いていた。里奈がやられたとーー。
『見ていて分かったと思うが、勇也、このモニターには、我が作り出した幻覚を映しだす。つまり、これから先の映像は、人としてかなりキツイものになるが、見る覚悟はあるか? ないなら、仲間と共にこの場を離れても構わん』
意外なセリフに、勇也は麗の顔を見下ろす。麗は勇也の顔を見上げ念を押した。『好きに選べ』と。
『『ーー!! 麗さん!!』』
ピエロとレン太が慌てる。彼らの中では、幻覚とはいえ、勇也たちに残酷な映像を見せるつもりだったようだ。麗は慌てる二人を一睨みで黙らせる。
「しないという、選択肢はないんだな?」
それは絶対にないな、と思いながらもあえて訊いてみる。
『ないな。それが、この者の願いじゃからの』
そう言いながら、麗は抱いている人形に視線を落とす。
ーー人形に魂が入り込む。
そんな話を聞いたことがある。
だとしたら、この人形に入り込んだ魂は……
(ミラーハウスで契約した、あの大学生か)
レン太とピエロが言っていた。
この頃、肉体を提供する代わりに、叶えて欲しい願いの大半が、〈復讐〉だと。
勇也自身、女子学生が味わった幻覚の映像は見ていない。自分たちがモニター室に到着した時は終わっていた。でも、意識を失った様を見れば、強烈だったことは想像出来る。
『幻覚での死が精神崩壊をまねく』
初めて麗と会った時、少女はそう言った。
事実、素人目から見ても、もう彼女たちは普通の生活はおくれないだろう。それどころか、元の世界に帰ることさえも出来ないと思う。その後は、想像するのも嫌になる。精神を壊してしまった彼女たちにとって、それは幸いなのかもしれないが……
つまり、人形を新しい体にした彼は、精神崩壊を招く程の恐怖を望んだということだ。
肉体を差し出した以上、その願いは叶えられなければならない。そう契約を交わしていた。ならば、あの男子学生たちは、女子学生よりも激しいものになるに違いない。
だからこそ、麗は勇也に選択権を与えた。
(でも、何故?)
ピエロとレン太の様子では、そんな選択権は用意されていなかったのに。
裏のドリームランドに行く前、勇也が会った記憶をなくした人間の中身は、もののけだ。
記憶をなくした振りをしなくても、記憶は裏野ドリームランドから始まる。嘘をつかないから、信憑性は増す。中身が変わっているなんて、最初から誰も思わない。人が変わっているのも当然だ。全て辻褄があう。
どうやって、もののけたちが願いを持つ人間を選別しているのかは分からない。想像だが、何かしらのレーダーみたいなものを持っているのだろう。
ましてや、何故、わざわざそんな、回りくどいことをしているのか。
もののけたちの意図は知らないが、自分の肉体を失ってでも叶えたい願いを持つ人間に近付き囁く。そして、人間の器を手に入れたもののけが仲介して、プラチナチケットを配布しているのは紛れもない事実。
なら、何故、勇也にチケットを送ってきたのか。不思議だ。
涼や華が言ったように、もののけに好かれているとしても納得いかない。何か理由があると考えた方が自然だ。
裏側を見せる〈プレミアムツアー〉だって、考えるとおかしい。
「一つ、訊いてもいいかな?」
勇也は麗に尋ねた。レン太とピエロでは誤魔化されそうな気がしたからだ。
『なんじゃ? あまり時間はとれんぞ』
「……どうして、俺にプレミアムチケットを送ったんだ?」
『知りたいか?』
麗は真っ直ぐ、勇也の目を見詰める。
「いや、知りたくないな」
その目を見詰めたまま、勇也はそう答えた。
『自分で訊いといて、おかしな奴じゃ』
カラカラとおかしそうに麗は笑った。