人形
エレベーター内に設置されている鏡の下に、日本人形とフランス人形が仲良く座っていた。
だが四人は、そこに人形が座っていることに気付かない。彼らの頭の中には、逃げ出した中川に対して、制裁という名のリンチを加えることで一杯だった。
エレベーターは地下二階で止まる。
音をたてずに扉が開いた。
その瞬間ーー。
塩素系の匂いと鉄分の強烈な匂いが、四人を襲った。四人は悪臭に顔を歪める。
ここに来て、四人は言い様のない恐怖を感じた。
それは、生物としての本能からくる恐怖だった。彼らの脳裏にある噂が頭を過る。
ドリームキャッスルのどこかに、隠された部屋があるという噂だ。その部屋は、拷問部屋だという。
遊園地の園長が自分の趣味のために作った、特別な部屋。
そして夜な夜な、園長は園を訪れた客を誘拐し、拷問にかけるという。嘗て、この遊園地で姿を消した二十三人は、園長の餌食になった犠牲者。
拷問を楽しんだ後の亡骸は、硫酸で溶かしたという。
女子学生の一人が冗談半分に話題にした時、宣伝だと一蹴した噂。
「…………あれって、噂だよね?」
さっき、一階で、噂を口にした女子学生が、小さな声で呟きながら、一歩鏡の方へと後ずさった時だった。
突然、女子学生の足の力が抜けた。体重を支えきれなくなり、その場に倒れ込む。
「「なっ!?」」
「キャ!!」
いきなり仲間の一人が倒れ込んだことに驚き、三人は短い悲鳴を上げる。後ろを振り返り、倒れた女子学生を見下ろした。
その瞬間ーー
男子学生の二人が声にならない悲鳴を上げ、弾かれたようにエレベーターから飛び出る。語尾を伸ばして喋っていた女子学生は、腰を抜かしながらも、腕の力でエレベーターの外へと出ようと必死でもがく。
「……里奈……里奈、どうかしたの……? 松井君も村山君も…………」
訳が分からない女子学生は、友人の名前を呼ぶ。
「「「足……足……足…………」」」
指差しながら同じ言葉を何回も繰り返す、友人たち。
一瞬何が起きているのか、理解出来ない。痛みもなかった。熱くなっただけだ。そして突然、体重を支えきれなくなった。
友人たちに促されるように、女子学生は両腕を床に付き、上半身を僅かに起こして後ろを向く。
薄暗いエレベーター内は、四隅に明かりが届いていない。真っ暗だった。それでも、自分の尻近くまで、真っ赤な水溜まりが広がっているのは、はっきりと見えた。水溜まりの中に、自分の足があった。
そう……
両足のアキレス腱を鋭利な刃物でスパッと切り裂かれた、自分の足が……
「キャアーーーーーー!!!!!!」
女子学生は弾かれたように、甲高い悲鳴を上げた。必死で、友人たちの元へ行こうと足掻く。
その時だ。
何か金属を引き摺るような音がした。真っ暗な四隅の一角から、何かが近付いて来る。始めは、足先が見えた。
小さな赤い靴。
そして、白い足袋と草履。
徐々に姿を現す小さな影。
影はやがて、完全に姿を現す。
それは人形だった。
フランス人形と日本人形。
二体の人形は、仲良く一本の鋸を持っていた。刃の両側が持ち手になっている鋸。その銀色の鋸の刃から、赤い滴がボタボタと数滴落ちた。
松井、村山、そして里奈は悲鳴を上げ、エレベーターから慌てて離れる。
「待って!!」
仲間の願いを無視して、薄暗い廊下を駆け出す三人。
「待って!!!! 置いてかないでーーーー!!!!!!」
自分を置いて逃げ出す仲間たちの背中に向かって、女子学生は必死で嘆願する。
誰も、その声に振り返らない。その声は虚しく響くだけだった。女子学生はもう一度、最後の望みを掛けようとした。だが、それは出来なかった。
倒れている女子学生の喉元に回った二体の人形が、鋸の刃を喉元に当てていたからだ。
フランス人形は思いっきり、刃を自分の方に引く。今度は、日本人形が自分の方に引く。鈍い音が地下室に響いた。
鮮血がエレベーター内全体に勢いよく飛び散る。
ピクピクと痙攣していた肉体が、完全に動かなくなった。
その脇に佇む人形たち。その一体の手には、女子学生のスマホが握られていた。




