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対価

 


「……約束って何だ?」



 さっきの大学生、中川が言った言葉が気に掛かる。その問いに答えたのが、ピエロだった。



『決定権が人にあると、先ほど言いましたが、その他に、肉体、器を提供して頂ける対価として、一つだけ願いを叶える契約を交わします』



(……願い? ……対価?)



『その人の存在、そのものを貰うんだから、当然だよ。勇也様』



 勇也の隣に立つレン太が、モニターに視線を向けたまま答える。



『願いは、人によって様々です。愛する者の病気を治してくれとか、お金が欲しいとか。後は、大切な人を守って欲しいという願いもありました。本当に、様々です。でもここ最近は、同じような願いが多いですね』



 どうやら、説明はピエロの役割のようだ。



 何色にも染まっていない、中川の姿がモニターに映る。



 何色にも染まらない。

 それは、もののけの魂が新たな肉体に宿った証。



 自分の存在そのものを対価として支払ってまで叶えたい、とても強い願い。



 モニター越しにでも分かるほど、若者の表情は明るいものではなかった。とても暗く、その瞳は勇也の目から見ても生気を完全に失っていた。

 だから、容易に想像出来る。



 おそらく、彼が願ったのはーー



『あの少年と同じ願いだよ。勇也様』


 

 スタッフに回収された肉体。まだ、中学生ぐらいの少年だった。



『彼らが願ったのは、〈復讐〉です。自分をここまで追いやった者たちに対する』



 レン太とピエロが勇也に視線を合わせ、告げた。もののけたちは、勇也に言っている。勇也だけを対象として。それ以外の存在は目に入っていない。

 勇也自身も、もののけと普通に会話をしている。

 その変化ともののけの態度に、巽や涼、華の胸に言い様のない不安が広がっていく。しかし、勇也は気付かない。



「復讐……」

 モニターを見ながら呟く勇也の声は小さかったが、驚いた様子はなかった。









 最後尾を歩いていた中川が書類にサインをしてからも、モニターは大学生グループを追い掛けていた。



「あいつ、遅くない?」



 内巻きにクルクルと髪を巻いた女子学生が、苛々しながら、他の三人に向かって話し掛ける。パンプスの靴底が床を打つ。その音がミラーハウスに響く。かなり、苛々している様子だ。



「逃げ出したんじゃねーのか?」

 黒髪短髪の男子学生が答える。



「それはないって、入口と出口が隣接してるし」

 茶髪の男子学生が否定した。



 埒があかないと思ったのか、肩まで髪を伸ばした女子学生が、近くにいたスタッフに尋ねた。

「今、ここを、百六十五センチぐらいの、小柄で小太りの若い男性が出て行きませんでした?」と。



『ああ。黒いズボンを履いたお客様でしたら、〈ドリームキャッスル〉の方角に走って行かれましたが』

 スタッフの言葉に憤る、四人の大学生たち。



「あの野郎、逃げたのか!!」

「マジ、許せねーー!!」

「はぁ~~。あたしたちを待たせるなんて、マジ、あり得ないんだけど~~」

「ほんと、最悪。中川のくせに」



 口々に文句を吐き続ける、四人。



(あり得ないのは、お前たちだ!!)



 勇也はモニターを見ながら、心の中で毒づく。



「ぶん殴ってやろうぜ!」

「ああ」

「それをSNSに上げようか」

「そんなことをしたら、こっちが色々言われちゃうよ。会員制のライングループ作って、そこに載せるのはどう?」



 肩まで髪を伸ばした女子学生が三人に提案する。



「面白そうだな。やろうぜ」



 四人は頷くと、急いで〈ドリームキャッスル〉に向かった。









 次に映ったのは、別のグループだった。高校生ぐらいだ。



『人間って、不思議だよね』



 勇也の隣に立つレン太が、モニターを見ながら話し掛けてくる。勇也はレン太に視線を移した。ウサギの着ぐるみだが。そろそろ、取らないか? それ。



『どうして、同族を蔑むのかな? 罪人じゃないのにさぁ』



 もののけにとって、人間の苛めは理解出来ないのかもしれない。

 勇也は思う。おそらく、もののけであるレン太の種族は、同族同士で蔑むようなことはしないのだろう。その何気ない疑問が、勇也の心に重くのし掛かる。それは、勇也だけではなかった。その場にいる人間全員が、レン太の疑問に答えられない。



 勇也はモニターに視線を戻す。



 そこには、遅れて来た少年を小突き、足蹴にしている男子高校生と、それを笑って見ている女子高生が映っていた。



 醜い一面。

 反吐へどが出るほど、醜い様だ。

 でも、特に珍しい光景じゃない。見慣れてはいないが……



 レン太の疑問に「人間は醜いから」と、答えれば楽だ。だけど、レン太が人間である勇也に尋ねているのは、もっと奥、根本的なことを尋ねているのだと、勇也は感じた。



「…………俺にも分からない」



 人間である勇也自身、分からないのだから答えようがない。素直に認める。誤魔化して答えても、隣に立つもののけは気付くだろう。



『そっかぁ、人間にも分かんないんだ』

「……人間は色んなものを捨ててしまったからな。だから、大事なことを捨てたことも分からなくなったんだ」



 あの大学生も。

 スタッフに連れていかれた、あの少年も。

 彼らをそこまで追い込んだ者たちも。

 周囲にいた人間たちも。



 皆、大事なものを忘れてしまった。



 昔と違って、物が溢れてるから。

 それとも、純粋でなくなったからか。

 理由は分からないが、ただ言えるのは、忘れたことにさえ気付いていないことだ。それはおそらく、この場にいる自分たちも同じだと思う。



(もしかして、もののけの方が、忘れてしまった何かを知っているかもしれない)



 ふと……勇也は思った。



『……すみませんが、そろそろ移動したいと思います。宜しいでしょうか?』

 ピエロが勇也たち声を掛ける。



『次の行き先は、〈ドリームキャッスル〉だよ!』



 ウサギのレン太がピョコンと跳びはねた。




 

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