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ウサギのレン太

 


『さぁ、皆様。さっそく、中に入りましょう!』

 陽気な声で、入ろうと促すピエロ。



 だが、誰も動けなかった。動けない。怖いのだ。



(もしかしたら、自分が自分でなくなるかもしれない。レン太は『大丈夫』と言ってたが……彼らが嘘をついていたら、騙していたら)



 最悪なことばかり考えてしまう。そう考えていたのは、勇也だけじゃなかった。他の三人の脳裏にも、同じ考えが過っていた。だからこそ、誰も動けなかった。



 賑やかな園内で、ここだけが、正反対の空気が漂っている。



 誰もが動けずに黙り込む。沈黙がどれぐらい流れただろう。実際の時間としては、ほんの少しだったが、この場にいる者たちの間には長く感じていた。



 もののけたちは、勇也たちが答えを出すのを静かに待っている。



「…………分かった」



 沈黙を破ったのは、涼や華でも、巽でもなかった。一番恐怖を感じていたはずの勇也だった。三人とも、驚いた顔で勇也を見詰める。勇也はその視線に気付かない振りをした。



「レン太、俺たちは大丈夫だって言ったよな?」

『言ったよ』

「その根拠は?」



『大丈夫』の言葉だけでは信じられない。だから勇也は、重ねて尋ねた。



『特別な御客様だからね。プラチナチケットを持っている御客様には、基本手を出さないよ』

「記憶を失うこともないのか?」

『それを選んだのは、御客様の方だよ。信じられないかもしれないけどね』



 ウサギのレン太はおどけたように答える。



「…………分かった。信じる」



 勇也の答えに、ピエロとレンは驚愕する。驚いたのは、もののけたちばかりだけじゃなかった。巽や涼、そしてあまり表情が変わらない華も驚愕し、唖然としている。



「正気か!? やつらは人間じゃないんだぞ!!」

 巽が勇也にくって掛かる。



「確かに人じゃない。でも、俺らと変わらない。……そう言ったよな、ピエロ?」

 前半は巽に、後半はピエロに向かって話し掛ける。



『確かに言いました』

 ピエロは認める。



「なら、俺はピエロ、お前たちを信じる。……裏切るなよ」



 最後の「裏切るなよ」は、力を込めて、低い声で言い放つ。



『畏まりました』

 ピエロは深々と頭を下げた。



『それでは御案内致しましょう。この遊園地の裏側に』



 顔を上げると、ピエロはニッコリと微笑む。その微笑みは、同じ笑みでも、『中に入りましょう』と言った時とは違い、全く怖くはなかった。ただ、くえないと思ったが。



 ピエロを先頭に、一列でミラーハウスの中を進んで行く。



 上下左右、鏡で張り巡らされた世界。



 全員、一列に歩いていると分かっていても、すぐ後ろを歩いているのが鏡に映った仲間の姿なのか、それとも本体なのか分からない。それでも、今はもののけを信じるしかなかった。

 自分が言い出した事とはいえ、とんでもない賭けに出たものだと、勇也は自分自身に苦笑する。



 勇也が四人の中で一番後ろを歩く。それを決めたのはレン太だった。勿論、巽たちは猛反対した。しかし、勇也自身が「構わない」と答えた事で、レン太の意見が通った。後ろをレン太がついて来る。



『勇也様、勇也様』

 すぐ後ろを歩くレン太が、勇也に話し掛けてきた。



「……何だ?」

 不審に思いながらも、勇也は律儀に答える。



『どうして、僕たちを信じることにしたの?』



 レン太にとって、勇也のセリフは信じられないものだった。



 人間がもののけを信じることなどありえない。



 内心、レン太もピエロも、あの場で勇也たちが、閉園時間までのらりくらりとやり過ごすものだと思っていた。それが、賢明な判断だ。現に、あの目障りな探偵たちは、そうしようとしていた。勇也の身を護るために、涼と華が同行しているのだと、ピエロもレン太も考えていたのだ。



 なのに、まさか、恐怖で顔を歪めていた勇也自身が一歩を踏みだして来ようとはーー



 予想もしていなかった行動をとられて、レン太は勇也に興味を持った。



「……何かしようと思ったら、いつでも出来たしな。ここ、お前たちのテリトリー内だし。人を一人殺しても裁かれたり、罪に問われることもないだろ。なのに、しなかった。それが理由かな」

『……甘いって言われない?』

「煩い!」



(やっばり、言われるんだ)



 レン太は笑みを浮かべる。



『ひっど~い』

「軽っ! それに、キャラ違うーー」



 ぞ、と言おうとした瞬間だった。勇也は何者かに腕を掴まれた。



「今度はこの体がいいな。これにしてよ」

 乱暴に勇也の腕を掴んだ少年は、どこかに向かって大声を上げる。



『いつから、君に決定権があるようになったのかな、犬。……で、いつまで、その手を掴んでいる。今すぐ、その手を放せ! 犬!!』



 レン太が低い声で恫喝する。



「やっぱり、キャラ違う。これが地声か?」



 自分の身が危険な状況だってことは分かっているのだが、不思議と怖くはなかった。レン太の声を聞いたからか。



(それにしても、あの高い声はどこから? どう聞いても、自分より声低いんですけど)



『勇也様。今、それを言いますか? ……犬、もう一度警告する。今すぐ、その手を放せ! 放さなければ、保管しているお前の肉体を滅する!』



 レン太は少年に最終通告を口にする。



「……何を言ってるんだ? こいつは人間だろ? 家畜だろ?」



 少年はレン太の言葉に動揺しながらも、掴んだ手は放さない。



 冗談だと、少年は思っているようだ。そう思いたいのか、はたから見ていても、レン太が冗談を言ってるようには見えないんだけど。勇也は腕を掴まれながら、冷静に少年の様子を観察していた。



(人間が家畜か……なるほど。ということは、この少年の中身はもののけか。犬のもののけかもしれない。まぁ、もののけが中身なら、人格が変わって当たり前か。中身、人さえないんだから。だったら、この体の持ち主は?)



 疑問が頭を過る。



『警告はしたぞ、犬。ーーやれ!!』

「ちょっーー」



 レン太がそう言い放った声と、少年の声が被さる。



 だが次の瞬間、少年の体が突然、ゼンマイが切れた人形のように前のめりに倒れ込む。勇也は倒れ込んできた体を、ギリギリ受け止める。力が完全に抜けた体は、意外と重い。



 その時だ。



 勇也は背後に何者かの気配を感じた。スタッフのロゴが入ったポロシャツを着たもののけたちが、少年の肉体を連れていこうとする。



「どうするつもりだ!!」



 少年の体をしっかりと抱き締めながら、勇也はレン太に詰め寄る。



『どうするって……決まってるじゃないですか? 再利用するんですよ』

「再利用?」


 

 勇也は眉をしかめる。



『この肉体はもう使えないから。餌にするんです。アクアの主の。今夜はご馳走ですね』



 何事もないように、レン太は淡々と告げた。




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