ブレミアムツアー
「さぁ、準備はいいかい? いよいよ開園だよ。二人とも」
ウサギのレン太に鋭い目を向けながら、涼が勇也と巽に声を掛けた瞬間、突風が四人を襲った。
予期せぬ突風に、勇也は思わず目を閉じ、顔を庇う。
すぐに風は止み、庇っていた腕を退け、目を開けると、そこはもう今まで自分が立っていた場所とは違っていた。コンクリートで整地された空き地じゃない。
そうここはーー
「…………遊園地」
勇也と巽、どちらの口から漏れでたのかは分からない。もしかして、両方からかもしれない。分からない程、その声は小さかった。
涼と華は、こうなることを予想出来ていたのか、驚くことなく、冷静に周囲を見回している。
ここが普通の遊園地なら、幻想的で、絶対カップルで来たら、彼女が喜ぶはずだ。
クリーム系一色の電灯の灯り、シンプルだが、どこかホッとするような温かな雰囲気がある。昔を思い出させるような、こじんまりとした演出だった。
もしここが、もののけの遊園地でなかったら、勇也はこの遊園地をお気に入りの場所にしていただろう。
纏ってる空気も、ほんわかとしていた。不思議なことに、夏真っ盛りなのに、暑くもなく、寧ろ涼しかった。
勇也は遊園地の雰囲気にのみ込まれそうになる。いや、完全にのみ込まれていた。それは、巽も同じだ。
一瞬ーー
ここが〈もののけ〉の棲む世界だと忘れてしまうほどに。
「「痛っ!!」」
同時に、勇也と巽の口から小さな悲鳴が上がる。涼が巽の頭をグーで叩き、華が勇也の足を思いっきり踏んだからだ。
「正気に戻ったか。二人とも」
涼の冷たい声が耳に届いた。
「悪い」
「すみません」
正気を取り戻した勇也と巽は素直に謝ると、周囲を見渡す。
広場に立っているのは、自分たちだけだった。そこだけ、明らかに空気が違う。大の大人が三人と少女が一人、厳しい顔で立っていた。その脇を、楽しそうに『キャ! キャ!』とはしゃぎながら、子供たちが通り過ぎて行った。
勇也はその姿を見送る。一見、見た感じは普通の子供だった。
お面を被ってる子共。
耳や尻尾が生えた子供もいた。
背中に、黒い翼が生えた子供もいる。
それが人工的なものじゃないことは、素人の勇也でも一目で分かった。
ーーもののけ。
勇也は初めて、彼らを見た。しかし不思議と、恐怖心は湧いて来なかった。あれほど、怖かったはずなのにだ。目撃したのが、子供だったからか……。勇也には分からない。
『……私共は、貴方たち人間と大差ありません。家族があり、子供もいる。時には、皆で遊園地に遊びに来たりもする。……ただ違うのは、容姿と寿命の長さ。そして、主食だけです』
背後から唐突に掛けられた声に、勇也と巽は驚き、反射的に間合いをとった。涼と華も間合いをとる。四人に緊張感が走った。
いつの間にか、四人の後ろに、ピエロとウサギのレン太が立っていた。
(さっき、俺に話し掛けていたのはピエロの方か)
ピエロの声に聞き覚えがあった。
ピエロとウサギのレン太は、真っ直ぐ勇也にだけ視線を向けた。勇也以外に関心はない。その様は、その場にいる全員感じとる。勇也自身も。勇也は厳しい表情を崩すことなく、ピエロとレン太の視線を受け止め、息を飲んだ。ピエロとレン太は勇也に向かって頭を下げたからだ。
『長い間、お待ちしておりました。神埼勇也様と、その御一行の方たちですね』
ピエロがそう歓迎の挨拶をすると、今度はウサギのレン太が陽気に挨拶してきた。
『裏野ドリームランドにようこそ!! 今日はお祭りだよ!! 一緒に楽しもうね!!』と。
可愛いポーズをとる、ピンクのウサギの着ぐるみ。
その横で、悠然と立っているピエロ。
呆気にとられている勇也と巽。
そんな二人を横目でみながら、涼が代わりに尋ねる。
「どうして、ここに?」
『勇也様は特別なお客様です。心からお楽しみ頂けるよう、特別なプログラムを御用意させて頂きました。案内は、私、道化とレン太が承ります』
『宜しくね!! 勇也様』
((((……特別なプログラム?))))
そこにいる全員が、その言葉に警戒心を持つ。
『『プレミアムツアーへようこそ!!』』
警戒心あらわな勇也たちに、道化とレン太は声を揃えて歓迎のポーズを決めながら言った。