序章
少しでも、背筋がゾッとして頂けたら、すごく嬉しいです。
夏休み直前の大学構内の食堂は、大勢の学生たちで賑わっていた。少し騒がしいくらいだ。
レポートの話。それとも、恋バナ。嫌いな教授の愚痴。バイトの愚痴。夏休みが近いから旅行の話もありか。普通、学生たちの会話に上がる話題はそんな内容が大半だろう。
だけど、この日はどことなく違っていた。
耳に入ってくる話題は、昨晩某テレビ番組の特番で放送された、心霊特集の話が多かった。夏だから珍しくもない。ありふれた特番。だけど、取り上げられた内容が学生たちを惹き付けたようだ。
放送されたのは、今、巷を賑わしている某遊園地の噂話。
他に話題にすることがあるだろうに、物好きというか……。耳をすませば、その話題で持ち切りだった。
特番で放送された内容が真実なのか。それとも、ただの噂話にすぎないのか。誰も知らないのに、確かめる術もないのに、さも、自分の知り合いが体験したと話し出す者もいる。SNS上に載っている話を参考にして。
(……まるで、ウイルスのようだな)
上村の目にはそんな風に映った。
音もなく、目にも見えない。だけど気付かないうちに、人から人へと感染し広がっている。人間って、本当に愚かで、弱くて面白い。
思わず、にんまりと笑いそうになった上村だが、何とか顔を引き締め耐えた。
学生たちが話題にしている某遊園地は、十年前に廃園になっている。
嘗ては、実在していた遊園地だった。しかし、昨今の不況と、辺鄙な場所にあるせいか、開園して三年ほどで廃園した。時代の波に乗れなかった箱物のようなものだ。
まぁそれは、あくまで表向きの話だが。
本当の理由は定かではない。
確かに辺鄙な場所にあったのは事実だ。それが理由の一つになった事は否定出来ない。ただ……その理由とは別に、ある噂が囁かれ始めた。その噂が、閉園に追い込んだと言っても過言ではない。
閉園に追い込んだ噂。
それは、「あの遊園地は人を喰らうぞ」という、一見ありもしない中傷だった。
この時代に考えられない中傷だが、その遊園地に遊びに行った客が、遊園地を最後に足取りが途絶え、行方不明になる事件が起きたのも事実。
その事件は一度だけでなく、八件起き、計二十三人の人間が忽然と姿を消した。行方不明になった客たちの年齢、性別、出身地、生活環境、全てがバラバラだった。
当時、大々的な捜査活動をしたにも関わらず、有力な証拠も得られぬまま、今も未解決事件として細々と捜査されている。
マスコミはその遊園地を〈人喰い遊園地〉と名付けた。その方がインパクトがあるからな。
そしてその人喰い園地は、今も人を喰らっているらしい。
心霊特集の内容はそんな内容だった。
実は、上村もその特集を見ていた。興味があったからだ。といっても、ここにいる学生たちとは明らかに違うのだが。
上村は賑わう食堂を見渡す。食事をしに来たわけじゃない。ある男子学生を探しに来たのだ。この時間、彼は大概食堂にいる。
「……いた」
視線の先には、食堂の自販機で何本もジュースやコーヒーを買っている、小太りの男子学生がいた。
男子学生は買い終えると、それをテラスに陣取るグループに手渡した。小太りの男子学生とは違い、全員華やかな容姿をしている。グループのリーダー格の男子学生が、あっちに行けとばかりに、手で彼を邪険に追いやる。逃げ出す彼を見て、一緒にいた他の学生たちは、可笑しそうに指差しながら嗤う。完全な下僕の扱いだった。
上村は逃げ出した男子学生の後を追った。
彼は人目のつかない、非常階段に隠れていた。
上村は彼に気付かれないように、その様子を物影から伺う。彼の手にはスマホが握られていた。上村は気配を消し、彼の背後に立つ。スマホの画面が見える。それを見て、上村はまたにんまりと笑った。
「その画面じゃ、君が見たい情報は見れないよ」
男子学生は突然の声に、弾かれるように振り返る。その顔には、戸惑いと、若干の恐怖が滲んでいる。
食欲をそそる良い表情だ。上村は黒い笑みを浮かべ、舌舐めずりをしそうになったが、ここで怖がられて逃げられては困る。出来る限り爽やかで人懐っこい笑みを浮かべた。
「驚かせてごめん」
素直に謝る。
「……いえ」
戸惑いながらも逃げ出さない男子学生に、上村は心の中でニヤッと笑った。
「ここに、#タグ。次に大文字のB、次にドット、そしてローマ字で上村っていれてみて。上村は大文字だよ。そしたら、君が見たがってた情報が見れるよ、中川君」
中川は自分を見下ろす上村から、何故か視線を外せないでいた。次第に頭の中が霞が掛かったかのように、中川の思考力を奪っていく。
中川は上村の目を見詰め、やがて人形のようにコクッと小さく頷いた。
(よし。ノルマ達成)
上村は中川を見下ろしながら、にんやりと笑った。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m