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異世界に飛ばされたらなんやかんやで世界救いました、という筋書き。

作者:鯨井あめ
『目が醒めたら、そこは異世界だった。』

というのが、俺が長年愛読してきた作品群によく見られる出だしだった。
すべてがこれから始まる、というわけではない。だが、多少の違いはあれど、結果的には同等の意味を持つ言葉が並べられる。
つまり、大抵は『ここは異世界だ』という事態を知らせる文章から始まる。
人間ではない生き物――しかも現実世界では存在すらしないそれら――に囲まれ、アハハキャッキャウフフしながら、なんやかんやの満喫ライフを送る。時々悲しいことや辛いことがありながらも、その世界のルールに従い、己を信じ、仲間と助け合い、笑われながら、新たな世で生きていく。
いわゆる異世界もの、と呼ばれるジャンルだ。
俺はそれを愛してやまなかった。
新刊が出たら即買うもんだから、本棚にはずらりとその類のジャンルが名を連ねている。有名なものから駄作まで、ありとあらゆる異世界ものを。
自分の世界のことじゃないから、妙なことが起こってもおかしくないし、それを笑いへ変えられる。悪事を働く輩を伸せば、少年漫画さながらの高揚感を味わえるし、なにより読んでいてすっきりする。どこか痛快で爽快なのだ。

まさか、自分が異世界に行くとは、思っても見なかったけどな。

「来ちまったんだね」

目の前で、とがった耳をした美女が笑った。

「ここは、あんたがいたところとは別の世界だよ」

エルフだ、とわかるのは、もちろん俺が異世界ものの愛読者だからだ。
美女は見た目30代前半くらいだが、エルフのようなので実年齢はわからない。
古代ギリシャかよ、と突っ込みたくなる薄着のワンピースのようなそれの上にローブをはおり、木でできた立派な杖がそばに立てかけられている。
部屋をぐるりと見回すと、天井に吊るされているのは小さな鳥かごで、中には光る石が入っていた。それがどうやら、明かりを生み出しているらしい。
俺が腰掛けているのはベッドで、正直硬い。体がバキバキだ。
どうやら推測するに、どこかの宿屋の一室、といったところか。かなり狭い。
変に頭が冴え渡っているので、今のうちに言っておく。

目が醒めたら、そこは異世界だった。
ガチで。

エルフの彼女は腰に手を当てて、俺の目を興味津々な顔つきで覗き込んだ。

「稀有なもんだね」
「人間が、ですか」
「ここにだって人間はいるさ。でも、アンタは住んでいた世界が違う」
「……」

認めるしかないようなので、「そうみたいですね」とうなずいた。

「世界と世界のズレからこぼれちまったやつがたどり着く――ってことがあるんだよ。アンタもその口だね」
「戻れますかね」
「さあねぇ。アタシは詳しくない。けど、きっと難しいだろうね」
「でしょうね」

よく知っている。
俺が今まで読んできた作品も、だいたいそうだった。
自分の理解の範疇なら、まだ混乱さえ出来た。しかしここまでぶっ飛ぶと、人間は一周回って冷静になるらしい。
エルフの彼女は、近くの木のイスに腰かけた。

「目の前に突然落ちてたもんだから、勢いそのまま拾っちまったが、目を醒ましもしないで2日。諦めようかと思ってたけど、粘ったかいがあったよ」

随分と世話になったらしい。
「ありがとうございます」と頭を下げると、エルフはカラカラと笑った。

「しかし、アタシが見つけたのは幸運だったね。もしアンタを見つけたんが時空管理局なら、ただじゃおかないから」
「どうなるんですか」
「アンタは異物さ。本来存在してはいけないだろ? どうなるか、想像つくよな?」
「……」

ガチだよ。
これ、本当に。
ここ異世界なのか。

頬をつねるが、やはり痛い。

――……へー。異世界か。

思いの外、冷めている自分に苦笑した。
あんなに好きだった物語の世界だったのに、実際に体験すると、呆気のないものだな。実感が湧いていないだけなのか?
エルフは「アタシはシャーフ」と自己紹介をした。

「見てのとおり、エルフでね、右岸の賢者と呼ばれている」
「右岸?」
「ああ。アタシが住んでたエルフの谷には、真ん中を清流が流れててね、その右側の岸辺に住んでたのさ。エルフの谷は聖大陸にある。聖大陸は地図の中心に書かれることが多い」

ああ、だから、世界から見ても右岸。

にやっと笑って、「結構すごい賢者なんだがね、これでも」と言いながら、俺の手を指差した。

「自分の手のひら、見たかい?」
「いや。……なんだ、これ」

妙な文様が浮かび上がっている。
魔法陣、というやつだろうか。

「選定の証さ」
「せんてい?」
「アンタは選ばれたんだよ」
「……」

シャーフさんを見る。
選ばれた?

「何に?」
「勇者様さ」

なるほどね、とは思えなかった。代わりに、覚えのある展開だな、と思った。
ちょっと待て、これは、俺の愛読書、『異世界に飛ばされたらなんやかんやで世界救いました』と同じ展開じゃないか!?

「嘘だろ」
「ホントだよ」

いや、違うんだ。俺は自分が勇者に選ばれたことに驚いているんじゃなくて、愛する作品と同じ状況であることに驚いてる。
まさか、人から勇者様と呼ばれる日が来るとは。エルフだけど。

「世界から飛んだ瞬間を覚えてないかい?」
「えーっと……」

目を閉じて記憶を巡らせる。
たしか……、夜中で、突然光に包まれて、衝撃が全身を襲って……。
けれど、その後が欠落している。いくら探しても見つからない。
シャーフさんは「まあ、無理に思い出さなくてもいいさ」と肩をすくめた。

「でも、アンタが勇者だってことは、あまりバレないほうがいい。時空管理局は、勇者を探してるんだ」

俺はひと呼吸おいて、「それは、なぜ?」と尋ねた。なんとなく答えは知っている気がした。
シャーフさんは深刻そうにうなずく。

「魔王が復活して3年。この世界は今、その手に堕ちようといている。多くの人が魔物によって殺され、家族を失い、悲しみに打ちひしがれた。聖大陸でさえ、端から侵食されていてね、手の施しようがない。……本来正義であるはずの時空管理局も、幹部はすべて、職員の半分以上が、人に扮した魔物によって管理されている。勇者を見つけ次第、殺すためにね」

「ここはまだ安全な街だがね」と、背もたれに体重をかけて笑うシャーフさんは、しかし無理に笑顔を浮かべているように見えた。

「皆が恐れているんだ。そして恐れの感情は、新たな魔物を生む。スパイラルさね。逃げられないんだよ」
「だから、勇者を」
「伝説だと思ってたんだがね。まさか、目の前に落ちてくるとは」

手のひらに刻まれた模様は、どうやら伝承によると勇者の証らしく、シャーフさんは「驚いたよ」と素直に俺に告げる。

「シャーフさんは、魔王を?」
「倒すつもりさ。皆を護らなくてはね」
「……」
「何か言いたげだね」
「シャーフさんこそ」

わかっている。
俺は勇者らしい。
そしてシャーフさんは、魔王を倒したい。

「会ってすぐに、こんなことを頼むのはおかしいと思ってる。理解はしているよ。でも、頼まれてほしい」

真っ直ぐな瞳が、俺を向いた。

「共に、魔王を倒してくれないか」

ああ。
久々に、誰かと正面から顔を合わせている気がした。
頼りにされることは、嫌じゃない。
むしろ、そう、嬉しいんだ。
思いの外浮足立つ心に、自分で驚き呆れながら、俺はうなずく。

「面倒見てもらったお礼にでも」

そう、これは、俺の愛読書のセリフそのままだ。
シャーフさんは泣きそうな顔で礼を述べて、

「順番が違ってしまったが、名前を訊いていなかったな」

本当だ。
俺は手を差し出した。握手のために。

「俺は洋文ひろふみ。よろしくお願いします、シャーフさん」

手がぐっと握り返された。

俺はどうやら、勇者として生きることになったらしい。

まあ、世界でも救ってみますか。

   ●

白い床と、白い壁と、白いベッドに横たわった体には、いくつもの管がつながっている。
40代後半だろう女性が、泣きながら、その体に縋っていた。
ドアが勢い良く開く。おそらく高校の制服を着た女の子が、長い髪が乱れるのも気にせず、飛び込んできた。

「お母さん!」

ベッド脇の女性が顔を上げ、腫れた目で彼女を見て、震える口元で「ゆかり」と言う。

「お兄ちゃん、なんで!」

ゆかり、と呼ばれた少女はベッドに駆け寄ると、「聞いてないよ!」と場違いな大声を上げた。

「一昨日には目が覚めるって言われたじゃん! だから修学旅行だって行ったのに! こんなことになるならわたし……!」
「起きて、こないのよ」

それだけ返答すると、再び女性は顔を突っ伏して泣き始める。

「なんで……」

ドアが開き、白衣を纏った中年の男性が入ってきて、「ああ、娘さん」と会釈する。

「先生、お兄ちゃん、なんで……!」

男性は首を振った。

「わかりません。事故で頭を打っていましたが、軽い脳震盪で後遺症も見られませんし、脚の方も手術は滞りなく終わりました。目覚めない理由が見つからないのです」
「麻酔が効きすぎたんでしょ!?」
「適切でした。……おそらく、本人が目覚めることを拒んでいるものと思われます」

少女は目を見開いた。
兄の部屋を思い出した。
本と物で溢れかえった足の踏み場もない空間。5年間、人の出入りもなく、兄が篭り続けた暗室。
読みたい本がネットで売り切れていて、嫌々ながらも、夜、ドアが開く音。窓から慌てて見下ろした時に見た、5年ぶりの姿。伸び放題の髪と、拙い足取り。
拒む理由は、むしろ、ある。

現実に、帰ってきたくないんだ。
ダンプに撥ねられたと聞いたとき、全身から血の気が引く思いだったのに。
家族のことも思い出したくないんだ。

「嫌だよ……」

やっと会えた、兄だったのに。
あの時の姿が最後だなんて、そんなの。

「洋文お兄ちゃん……どこに逃げてるの……?」

悲痛な声を受け止めるべき相手は、静かに目を閉じている。
病室に響くのは、無機質なピ、ピ、ピ、という音だけ。
彼が生きていることを唯一知らせる、機械音だけ。

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