邂逅
「……ここが」
俺はついにsword&skillの世界へとやって来た。
目の前に広がるのは中世を意識させる見た目の建築物達。
外へ通じている門の先にはどこまでも続いていそうな草原が垣間見える。
「…バリバリ初期装備だな。」
まずは弱い所でモンスターを狩ってレベルを上げなければどうにもならないだろう。
基本的にRPGというものは初期装備のままでもスライムくらいは倒せるように出来ている。
このままでも今までの経験がある俺になら十分スライムと戦えるだけの技量はあるはずだ。
「冒険者か。気をつけてな。」
門の前で警備をしていると思われる兵士のNPCが話しかけて来る。
適当な返事の後、俺は草原へと駆け出した。
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「…ってえ…。なんだよこいつら!スライムの癖に強すぎんだろ!」
現在進行形で俺はスライムとのバトルを繰り広げている。
「それになんだ?このゲームだと攻撃食らうと滅茶苦茶痛いじゃねえか!!」
そうなのだ。今まである程度の種類のゲームを遊んできた俺だったが、攻撃を受けた際に痛みを感じるような物は無かったのだ。
「ぐっ、くっそスライムなんざに負けてたまるか!」
青く光沢のあるゼリー状の物体はふにょんふにょんと跳ねて挑発しているかのようにも見える。
「ストレングス!」
俺は今しがた覚えたばかりの筋力を高める効果を持つ戦闘用補助スキルを唱えるとスライムへと向かって駆け出した。
「せやぁっ!」
俺の渾身の一撃となった右上段からの袈裟斬りはスライムの体を半分ほど斬り飛ばす事に成功した。
しかし、スライムはまだ生きているようで自らの斬り飛ばされた半身へと向かって触手を伸ばそうとしている。
「させるか!クイックスラッシュ!」
片手用直剣初期戦技クイックスラッシュが俺の身体の動き方をサポートし、自動的に触手を斬り飛ばした。
この戦技は威力こそ上がらないものの、通常の攻撃の数倍の速さで相手を攻撃する事が出来るものだ。
俺の放ったクイックスラッシュにより今度こそスライムは地にひれ伏した。
「…ハァ…ハァ。なんでスライムごときがこんなに強いんだよ…。」
ドロップアイテムに目を通し特に目立った物が無いことを確認すると、俺は街に戻るべく街道を歩き始めた。
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やがて街へと辿り着いた頃にはゲーム内において日が沈む時間帯となっていた。
「…確かログインした時って昼間くらいだったように思うんだが…。これだけやってスライム一匹って効率悪すぎだろ!」
普通のRPGならスライムくらい楽勝に倒せるくらいになっているくらいの時間は掛かっているのだ。あまりにも割に合わない。
「…何か裏があるはずだ。スライムを簡単に倒せるような方法とかが…。」
フォーン!フォーン!フォーン!
「!!?」
突然警告音のような物が鳴り響いた。
「…なんだってんだ?」
周囲にいる他のプレイヤー達と思われる者たちも同じような反応をしている所から俺だけが聞こえているというわけでも無いようだ。
「おい!?なんだよビービーうるせえなぁ!」
「さっさとこの音止めなさいよー!」
周囲のプレイヤー達の苛立ちが募る中それは唐突に姿を現した。
「mgwpdt!pdgj!!ag!」
「あ?何言ってんのか分かんねえよ!」
周囲のプレイヤー達は突如現れた人型のアバターに対して文句を叩きつけている。
「黙apmgd!こjpdgが!」
他のプレイヤー達の様子が変わることは無い。
若干意味のある単語が混ざって聞こえてきているのは俺だけなのか?
「dga'!pjgat?gdpw!(黙れ!聞こえないのか?この実験体どもが!」
「!?」
聞こえてしまった。
意味不明な音の裏に聞き捨てならない言葉が。
やがてその人型の喋っている内容を聞き取れるプレイヤーが増え始め、10分が経つ頃にはさらに人型に対する文句は苛烈さを増していた。
「実験ってなんだよ!?あぁ!?」
「さっさと説明しなさいよ!」
完全に激昂状態だ。
説明が行われなければいつ暴動に変わるか分かったものではない。
やがて人型のアバターは口を開いた。
「このゲームから自発的にログアウトをする事は出来ない。ログアウトを可能とするのはこのゲームに課せられた大いなる目的をプレイヤー諸君が達成した時のみである。あぁ、安心して欲しい。このゲーム内でHPが全損した所で死ぬような事はない。ただし、それなりのペナルティは受けてもらうがね。」
背筋を凶悪な悪寒が襲った。
奴は今「それなりのペナルティ」と言った。
奴の考えている「それなり」が如何程の物なのかを知る術は無いが、決して生温い物では無いだろう。
「ペナルティってなんだよ!?」
「そうよ!さっさと教えなさいよ!」
周囲から威勢の良い声が上がる。しかし…
「それはプレイヤー諸君が身をもって体験して欲しい事なのでね。現在の私から告げるわけにはいかないんだ。悪いね。」
この言葉を残し、人型のアバターは忽然と姿を消した。
ペナルティが何を意味するのか。
奴はペナルティが死につながる訳ではないと断言した。
つまり、このゲームの中で人が死ぬという事は普通起こり得ないはずだ。
それでも俺は、先程の悪寒を忘れられずにいた。
奇しくもそれは、数時間後にどのような意味だったのかを多くのプレイヤーが知る事となる。