表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンサクリファイス  作者: 花果 唯
後日談・呪寮院編
30/32

第五話 夫婦喧嘩

 怒りに震えるリトヴァが放つ殺気で空気が揺れ、建物が崩れ始めた。

 パラパラとはげた塗装が降り注ぎ、天井を這っていた配線や配管も外れだした。


「ひいい!」


 おっさんは頭を守るように蹲まっている。


「リトヴァ、落ち着けって!」

「落ち着いていられるか!」


 怒気を孕んだ叫び声が響き、更に建物が揺れた。

 とうとう塗装だけではなく、所々天井が落ちて来た。

 当たれば怪我では済まないような塊が降り注いでいる。


「危ない!」


 大きな塊が聖女の上に落ちそうになり、慌てて彼女を片腕に抱きかかえて結界を張った。


「そこの騎士もこっちに来い!」


 結界の中に入るよう騎士を呼び寄せた。

 おっさんは呼ぶつもりは無かったのだが、這い寄っていつの間にか足元で震えていた。

 蹴りてえ……。

 一瞬足が出そうになったがグッと堪え、抱きかかえていた聖女を騎士に渡した。


「ちゃんと守ってやってくれよ」

「はい!」

「ああ……神が……ユリウス様がこんな近くに……」


 再び目をキラキラさせている騎士と、同じく瞳を潤ませて恍惚とした表情の残念な方だった聖女はとりあえずおいておく。

 全く、こんな時に暢気なものだ。

 お前ら結構良い神経しているよな、おっさんが一番まともなんじゃないかと思えてきた。


 今はそんなことより、リトヴァをなんとかしなければ!


「リトヴァ! 一旦落ち着こうって! こんなことしても何にもならない! このままじゃ逆鱗起こしちゃうよ!」

「うるさい! こんな場所、この愚かな研究ごと消し去ってやる! 月竜教も消してやる! 逆鱗のことなど知ったことか!」


 駄目だ、完全に我を忘れている。

 もう逆鱗は始まっているのかもしれない。

 そうでなければ、逆鱗を起こしたらどうなるか分かっているはずのリトヴァがこんなことを言うはずが無い!

 止めるのが俺の役割だ。

 どうやって止める!?

 言葉はもう届きそうにない。

 力ずくで止めるしかないのか。


 リトヴァに近づこうとするが、リトヴァから溢れ出す殺気に押されて中々近づけない。

 見えないバリアでもあるようだ。


「ああ、もう! 俺の嫁は、なんでこんなに強いんだっ! お前らはここにいろ!」


 結界の中に三人を残し、押し負けないように全力で暴風の中を進むようにリトヴァに向かって歩みを進める。

 一歩進むのにも肩で息をしそうなぐらい体力が削られる。

 だが放っておくわけにはいかない。

 ゆっくりゆっくり、確実にリトヴァとの距離をつめて行く。

 その間も建物の崩壊は進んで行く。

 聖女たちには建物が潰れても大丈夫な強度の結界をかけてあるが、このまま逆鱗を完全に起こしてしまったら建物の心配どころでは無くなってしまう。


 リトヴァまであともう少し……あと一歩で手が届くという、その時だった。


 虹色の魔方陣の輪がリトヴァの周りを包み、回り始めた。


「あ、やばい」


 瞬時に聖女達を回収して、建物から離れた場所に飛んだ。




※※※




「はあ……」


 呪寮院が拳と同じ大きさに見える程度離れた崖の上に、聖女達を降ろし溜息をついた。


「あーあ……完全にアウトー……」


 目の前には真っ白な光の柱。

 それは雲を貫き、空高く昇っている。

 辺りに雷雲が広がり、雷が落ちた先からは森を焼き尽くす勢いで火柱が上がった。

 俺が以前ヘルミの村で起こした逆鱗の時も、このような光景が広がっていたのを思い出した。


「こ、これは……」

「嫁殿の逆鱗だな。逆鱗起こすぞって脅し、本気で言っていたわけじゃなかったんだけどなあ。現実になっちゃったな」

「あ……竜!」


 あまりにも壮絶な光景に息を呑んでいる聖女の隣で、騎士が目を輝かせていた。

彼の視線の先には、遠目でも尊い存在であることがはっきりと分かる、静かに輝く銀の竜が浮かんでいた。

 騎士の目は子供のようにキラキラと輝いている。

 好きなのだろうか。

 好きだとしても、今の状況を理解出来ていますか?


 聖女や騎士のせいで調子が狂うが、こんなにのんびりしている暇はない。

 竜の姿になり、本格的に逆鱗を起こしてしまった状態を止めるのは難しいが、やらなければならない。


「ここで大人しくしてろよ!」


 聖女達に言い残し、リトヴァの元へと向かった。




※※※




「リトヴァ!」


 小柄だが圧倒的な存在感を放つ銀の竜に呼びかけた。


「グアアアアアアアアアッ!!!」


 駄目だ、意思も通じない。

 どうすればいいのだ。

 俺の時はどうだった?

 確かユリウスの声が精神に直接届いて、それからヘルミやマリアの声も聞こえて……。

 やっぱり地道に呼びかけるしかないのだろうか。


「グウウウッ!!」


 考えている間にリトヴァが動き始めてしまった。

 力を溜めているのが分かる。

 何かやらかすつもりだ!?


「やめてくれよ。そういうこと!」


 阻止するため、兎に角捕まえようと手を伸ばしたが逃げられた。

 何度も追いかけるが……クソッ、スピードでは敵わない。

 何をしても避けられるし、それどころかカウンターのブレスをくらいそうになった。


「あぶなっ! 熱っ! くっそ、家庭内暴力反対!」


 だめだ、人の姿では太刀打ちできそうにない。


「仕方ない。竜の姿に戻るしかないか」


 本当は気が進まないが、やるしかない。

 自分の意思でやるのが慣れないせいか凄く抵抗があるのだが、そうも言ってはいられない。


「変身! なんつってな!」


 誰かに聞かれていたら恥ずかしい台詞を吐きつつ、竜の姿へと変えていく。

 俺の周りにも虹色の光の輪が出来た後、白の光の柱が立った。


 リトヴァとは違う大きな身体を覆う、黄金の鱗が自分の目にも映った。

 ああ、やっぱり慣れないなあ、この感覚。

 なんてぼやいている暇は無い。


 力を溜めて何かをしようとしているリトヴァを妨害するべく、体当たりをした。


「グアアッ!」


 竜の姿の時の方が身体能力も格段に上がり、リトヴァにも避けられなかったようだ。

 何倍も大きい俺の巨体に体当たりされ、リトヴァの身体は吹っ飛んだ。

 だが空中で体制を建て直し、すぐに同じ体当たりの反撃にあった。

 食らった脇腹が泣きそうなくらい痛い。

 その動きは俺より何倍も早く、小さな身体での高速タックルはまるで弾丸が当たったような感覚だった。


「グオオオオオオオ!!!!」

――いい加減にしろー!


怒りで叫ぶと空気が揺れた。

リトヴァが降らせている炎や雷の雨に、俺が出したものも混じってしまった。

事態を悪化させてどうするのだと冷静に考える一方で、腹が立つから仕方ないと思ってしまっている。

危ない、俺まで逆鱗を起こしてしまったら大惨事なんて言葉ではすまされない事態になってしまう。

早く嫁を止めなければ!

 そもそもリトヴァは、猪突猛進過ぎる。

 それに思い込みが激しいというか、視野が狭い。


「グオオオオオオオアアアアアアア!!!!」

――そんなんだから、後悔するようなことばかりしちゃうんだろうが!!


 怒りと叫びを乗せてリトヴァに再度体当たりを食らわした。

 するとさっきよりも遠くへ吹っ飛んだが、やはり体制を立て直して同じように体当たりを返してきた。

 今度はやられてたまるか!


 速さが更に上がり、光のような速度で突っ込んできたリトヴァを受け止めた。

 衝撃を殺しきれず、リトヴァに押されながら後ろに下がって行くが、負けてばかりは入られない。

 腹に力を入れ、リトヴァをがっしりと掴み、そして……。


「グアアアアアアアア!!!!」

――ちょっと頭冷やして来い!!!


 視界の端に映っていた野球場くらいの大きさの湖に、思い切りリトヴァを投げつけた。

 ビュウウウッ!と風を切りながらリトヴァの身体は飛んでいき、マグマの噴火を髣髴とさせる水しぶきをあげながら湖の中に消えて行った。


「グオオオオア! グアアアアア! グオアアアアアアア! グオオオオアアアアアアアア!」

――同じ過ちを繰り返すなよ! 人間は死んだらそれで終わりなんだぞ! どんなクズの命でも取り返しがつかないんだよ! お前の怒りひとつで奪ってもいいのかよ! 神様ならそれが許されるのか!? それはお前が嫌ったリトヴァの考え方じゃないのかよ!』


 竜の私が叫ぶ度に、地鳴りがしている。

 遠目で聖女達が怯えているのが見えるが、今は構っていられない。


「グオオオオオオオオオ!!!!」

――ちょっと……いや、大分反省しろおおお!!


 力を溜め、湖めがけて渾身の光弾を吐きだしてやった。

 着水した光弾は湖の水を全て巻き上げ、辺り一帯に雨となって降り注いだ。

 自分の身体にも雨が落ちる。

 冷たくはないが、気持ち良い。


 はあ、すっきりした!


 一息ついて、周りの景色に意識が向いた。

 干上がったような湖。

 なぎ払われた木々、砕けた岩、抉られた大地。

 そして、火や煙が立ち込める森。

 再び目に映る、目を見開いて怯えている聖女達。


 ……ちょっとやりすぎたかもしれない。


 水の無い湖の中に、銀の光が見えた。


 リトヴァが立っていた。


 怒りは収まったのだろうか。

 話は通じるのだろうか。

 様子を見守る。


 リトヴァは動かない。

 ただ立っていた。

 まさか、死んだりしてないよね!?

 一瞬焦ったが、死ねないことを思い出して落ち着く。

 でもどうしたのだろう。

 全く動かない。

 暴れださないところをみると、逆鱗は収まったように見えるが……。


 少しするとリトヴァは、竜の姿から人の姿に変化した。

 やはり逆鱗は収まったとみていいのだろう。

 自分も人の姿に戻ってリトヴァのもとに急いだ。


 リトヴァは、無表情で立っていた。


「リトヴァ」


 名前を呼んでも無表情で、こちらを見ることさえしない。


「大丈夫か?」


 顔を覗き込むが返事も反応も無い。

 無視……ですか?


「おーい、しっかりしろ!」


 両頬を手でパチンと叩くように挟んで、無理やりこちらを向かせた。


 お、頬を挟まれたことで、唇がアヒルみたいに突き出ている。

 恐ろしく可愛い……じゃなくて!


「いい加減にして貰えませんかねえ」

「……すまない」


 やっと返事が返ってきた。

 頬を解放して、頭に本気チョップを入れた。


「ッ……痛い」

「痛くしたからな」

「……悪かった」

「『学習能力』って言葉知ってる?」

「……悪かった」

「ああ、脇腹痛いなあ。誰かさんがタックルしてきた脇腹凄い痛いなあ」

「だから……反省している。………………お前だってぶん投げただろうが」

「ああ!? 何か言った!?」


 反省しているのか拗ねているのか、凹んでいるのか分からない態度に余計に腹が立ってきた。


「逆鱗、しちゃ駄目だよね」

「……そうだな」

「したよね」

「……」


 ……反省が足りないようですね。

 リトヴァの両方のこめかみに、親指を握って中指の関節を立たせたを拳を沿える。

 そして、それを思い切り押し込みながら……ツイストオン!


「な……痛っ!? 痛いっ!」


 反省の足りない愚か者には、ぐりぐり攻撃だ!

 逃れるため手を外そうとしてくるが、絶対止めないぞ!


「リトヴァの気持ちも分かるけどさあ、口があるんだからさあ、会話が出来るんだからさあ」

「なんだこれはっ……痛いっ、異常に痛いっ」

「フラン達の情報も欲しいしさあ、反省して貰うことも大事なんだからさあ」

「やめろっ、分かったから! 私が悪かった!」

「殺しちゃったり消しちゃったら何も出来ないよねえ」

「だから私が悪かったって!」

「もっと反省しろー!!」

「痛い!!!」


 それから暫く、力の限りぐりぐり攻撃を続けてやった。

 竜の力も体力も素晴らしいから、たっぷりと堪能して頂きました。


「……っく。こんな仕打ちを受けるのは初めてだ」

「おめでとう、初めてのぐりぐり体験」


 手のひらでこめかみを揉み解しながらリトヴァがぼやいた。

 こんなことで済んで感謝して欲しいぐらいなのだが。

 フンッと鼻を鳴らして睨むと、気まずそうに顔を背けて呟いた。


「……エリーサのことを思い出した」


 リトヴァの顔を見ると、バツの悪そうな顔をしていた。

 言い訳を聞いて欲しいのかな。


「うん。それはなんとなく分かった。だからカッとしちゃったんだろう?」

「ああ……それに、上に立つ者が強いる理不尽も許せなかった」

「うん?」

「立場が弱い者を『人』として見ていない、フラン達を『物』のように実験台に使ったことが許せなかった。かつて騎士団長をしていた頃、部下達のことを俺を説得するための道具として扱ったり、無益な戦争を起こそうとした王や幹部達と重なった」

「ああ……そういうことか」


 それもあったから余計に怒りが振り切れてしまったんだな。


「でもさっきも言ったけど、反省してもらわなきゃいけないからね。やっぱり冷静にならなきゃ駄目だよ。神様的には一方的に排除っていうのはありなのかもしれないけど、私達は元人間なんだから。命の尊さを知っているんだから話し合うべきだよ」

「……そうだな。そう思う。本当にすまなかった。君がいてくれて良かった」

「まあ、前は俺が止めて貰ったからね。お互い様ってことで。でも、もう今回で終わりにしてくれよ!」

「ああ。肝に銘じておく」


 お互いに笑いあって頷いた。

 大変だったけど、これから支えあっていく上ではプラスになる出来事だったかもしれないな。

 ……自然破壊が半端無かったけど。


 さて、リトヴァが落ち着いたところでやらなければいけないことがある。

 崖の上で固まっている聖女達に目をやる。


「冷静になったところで聞くけど、彼女達をどうしようか」

「そうだな。聞きたいことを聞いてから、それなりの落とし前はつけて貰わなければならない」

「そうだね」


 リトヴァと彼女達のところまで移動した。

 私達を目の前にして、三人は更に硬直した。

 災害規模の夫婦喧嘩と言える光景を見せられて、流石に今まで場違いな雰囲気を醸し出していた二人も今は大人しく固まっている。


「さあ、お話しましょう」


  俺がにっこり微笑むと、三つの肩がビクッと跳ねた。

  そんなに怯えなくていいのに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ