第三話 呪い
呪寮院の中にはフランと同じ呪いにかかった者が四人いた。
内一人はフローラ達と同じ村に住んでいた人らしい。
もう一人村から連れてこられていたはずだが、いないということは亡くなってしまった可能性が高い。
助けてあげられなくて残念だ……もう少し早ければ。
だが失われてしまったものは取り戻せない。
これ以上失わないように今救える命を大事にしなければいけない。
一先ず騒ぎにならないよう、彼らを呪寮院からこっそりと連れ出した。
今私達はフローラが育った村、人がいなくなり荒れてしまった廃村にいる。
何処を避難先にするか迷ったが『人』に関わると色々と面倒が起きそうだし、彼らを『人』に任せても救ってくれるか信用できないので、まずは無人の場所で回復させることにしたのだ。
フローラが『帰りたい』と言ったのも理由の一つだ。
いなくなった彼らを探しに月竜教徒が現れるかもしれないが、そこはなんとかしよう。
あと、ここには死を帯びた魔力が多くあった。
あまり良いことではないが、解呪にはなくてはならないものだ。
村に着いた私達がまず行ったのは村の『浄化』だ。
村中に呪いの気配が蔓延していたのだ。
元を辿ると井戸があった。
どうやら井戸の水に呪いを混ぜていたようだ。
『井戸に毒を入れる』なんて古い話があったが、それの呪い版のようだ。
一般の人の目からだと見えないのだが、私の目には水が黒く濁っているように見える。
この水を飲んで、村の人たちは死んでいったのだろう。
『誰がこんなことをしたのか』は、もう明らかだ。
十中八九、月竜教だろう。
この村で呪いの実験をして、フローラ達を呪寮院にサンプルとして持ち帰ったと推測出来る。
それにしても、この呪いは月竜教が開発したものなのだろうか。
俺には解くことは出来なかったし、リトヴァも未だ苦戦している。
村に着いてからは集中して解呪を続けているが、全員まだ完全には解けていない。
なんとか体力は取り戻したので意思疎通が出来るくらいには回復したが、歩き回れるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
それに彼らは皆、やはり目が見えていなかった。
全員フランと同じ症状を起こし、目が向き出しになっていたからかもしれないし、直接呪いがそうさせているのかもしれない。
なんとか元通りの生活が出来るようにしてあげたいのだが、自分は何も出来なくて悔しい。
俺が出来ることは、リトヴァのサポートとフラン達の身の回りの世話くらいだ。
いや、あと一つ出来ることがあった。
村人の供養だ。
いたる所で村人が行き倒れ、亡くなっている姿を目にした。
いくつか墓はあったが、徐々に呪いで亡くなっていく人が増えていき、弔う人もいなくなったのだろう。
この地域の埋葬方法は土葬のようだったが、土に埋めると呪いが消えないので、フローラに断りを入れてから火葬させて貰った。
一つ一つ墓を立ててあげることは出来なかったので、村の中央の広場に供養として月桂樹の木を植えておいた。
『アポロンの聖樹』なんて言われているし、月という字も入っていて俺と関係のある木ともいえるので、この木を選んだ。
この木を軸に結界を張って、魔物は近づかないようにしておいた。
「黄色いお花がついてる、可愛い」
振り向くとフローラが立っていた。
リトヴァの側で待っているように伝えてきたのだが出てきたようだ。
知っている人達の無残な姿を見るのは辛いだろう。
もう一度戻るように諭したのだが『一緒に見送りたい』と言って動かなかった。
強い子だな。
「月桂樹っていう木だよ。この辺りには無い木だね。お墓の代わりに植えたんだ。皆が安らかに眠れるようにこの木に見守って貰うから。……一人ひとりにちゃんとお墓を作ってあげられなくてごめんね」
「ううん。いいの、ありがと」
亡くなった村人の中にはフローラの両親もいた。
両親は早くに亡くなっていたようで、墓はあったのだが呪いの気配があったので火葬させて貰った。
弔っていたものに手を加えるのだから、死者を冒涜するような行為だ。
とても申し訳なかったし、辛かった。
「私がここに来たいって、ここにいたいってわがままを言ったからしなきゃいけないことだったんでしょ? いいの。ごめんね、お兄ちゃん」
フローラはとても賢い子だった。
村に来てからは自分が出来ることを率先してやってくれているし、私達はとても助かっている。
色々と気を遣わせて申し訳ないくらいだ。
「フランにね、お兄ちゃんとお姉ちゃんは凄く綺麗なんだよって話したの。そしたらね、早く元気になって、目を治して二人の顔が見たいって言ってた! 私もあの子も、あの場所で死んじゃうかもしれないって思ってたから、そんなことを考えられるのが嬉しいの。お兄ちゃん、助けてくれてありがとう」
月桂樹の木を眺めながら話すフローラの表情は、その幼い顔に反してとても凜々しく、大人びていた。
弟を助けるために一人で戦った立派なお姉さんだ。
月竜教の奴らに見習わせたいくらいしっかりしている。
「どういたしまして。きっとフランも元気になる。大丈夫、お姉ちゃんは凄いんだから」
「うん!」
「さあ、お姉ちゃんのところに戻ろうか」
村人の弔いをすませ、治療を続けるリトヴァのところに戻った。
「ただいま、戻ったよ」
リトヴァの背中に声を掛けたが返事は無かった。
フランの手を握って必死に解呪を続けている。
焦っているのか、上手くいかなくて苛々しているのか、美しい顔に深く刻まれた眉間の皺が機嫌の悪さを物語っている。
「どう?」
「……見ての通りだ。どうやっても取り切れない」
返事をするのも煩わしそうだ。
何か手伝いを出来ればいいのだが……あ。
そうだ、呪寮院にはこの呪いについての資料か何かがあるかもしれない。
この呪いの詳細が分かれば解決の糸口になるかもしれない。
よし、思い立ったが吉日、すぐ行こう!
「リトヴァ、ちょっと出掛けてくる」
「こんな時に何処に行くんだ?」
「呪寮院にいけば何か分かるかなって」
解呪はリトヴァ以上のことが出来ないのだから役に立てない。
情報収集をして少しは役に立ちたいと意気込んだ俺だったが、こちらに向けられたリトヴァの顔は冷ややかだった。
「……そんなことはいい。呪いは私がなんとかする」
『そんなこと』と言われ、思わず顔を顰めた。
「でも、行き詰っているだろう? 何か突破口になるようなことがあるかもしれないし」
「なんとかすると言っている。君は大人しくしていろ」
苛立った声で念を押された。
顔に『余計なことをするな』と書いているようだ。
頑張っているときに余計なことをして苛立たせてしまうのは申し訳ないが、俺だってふざけているわけではない。
今の態度には腹が立ったぞ。
「それは何の根拠があって言っているんだ? 理由があるなら納得するけど、意固地になって言っているだけだったら怒るぞ? 何より、少しでも早くこの子達が元気になるよう最善を尽くすべきじゃないのか? 俺が此処を離れることで不利益があるなら行かないけど、ないよね? だったらちょっとでも情報を得た方がいいんじゃないの?」
リトヴァとの付き合いはまだ深いわけではないが、一緒に過ごした間に分かった事が幾つかある。
その一つに、『独り善がり』がある。
人を頼ろうとしないというか、自分でなんでも解決しようとしてしまうところがある。
オールマイティにハイスペックで生きてきたから、人を頼るなんて発想が生まれないのは仕方がないことかもしれないが、一人ではどうしようもない時がある。
そういう時は、誰かに相談したり助けてもらったりすればいいのだ。
ずっと一人だったけど、今は俺がいるのに!
まあ、俺が頼りないというのもあるかもしれないが。
リトヴァは、黙々と解呪を続けてだんまりを決め込んでいる。
異議無し、ということでいいのだろうか。
「じゃあ、俺は行ってくるから」
こうなったら意地でも有益な情報を持ち帰ってやる!
俺もたまには役に立つんだ! ということを見せ付けてやる。
これまでに無く気合いを入れ、呪寮院へと一気に飛んだ。
はあ……頑張っているリトヴァに優しく出来なかった。
心が狭いな、俺。
頑張ろう。
『……気をつけろよ』
「!?」
呪寮院の前に到着し、どう動くか思案しているとリトヴァから念が飛んできてすぐに戻った。
「うん、気をつける!」
「わざわざもどってくるな!」
「だって心配してくれて嬉しかったから!」
少し喧嘩腰だったかもしれないと反省していたところだったから、心配してくれて嬉しかった。
それに、きっと面と向かっては気まずいから離れてから言ってくれたのだろう。
可愛い……胸がきゅんとした。
やっぱり俺の嫁はウルトラ可愛いです。
ほっぺにチューしてやる! と思って近づいたら、殺意の篭った視線を向けられた上に舌打ちされたので諦めた。
目が『さっさと行け』と言っている。
行きますよ、ええ。
でも、俄然やる気が湧いてきました!
フラン達の為にも頑張るし、嫁の役にも立ちたい。
頑張るぞ!
すぐに一瞬だけ来ていた院前に舞い戻った。
さて、どうしよう?
フローラに話を聞いてから来れば良かったと今更ながらに思ったが、あまり行ったり来たりしていると怒られそうだ。
兎に角姿を消して、何か情報は無いか探ることにした。
「一先ず、フランがいた部屋に行ってみるか」
あそこにあった装置のことも見てみたいし、出入りする人間がいればそいつを追いかけたら重要な場所に行きそうな気もする。
お、移動する前に部屋の中の様子を探ってみたら、早速人の気配があった。
もう一度姿を隠していることを確認し、その場所へ飛んだ。
ひどい状態のフランが横たわっていた、胸くその悪い部屋に再びやって来た。
フランは俺達が連れ出したのでいなくなったが、部屋の状態はそのままになっていた。
ベッドも何かの装置もそのままだ。
そして部屋の中には三人の人間がいた
一人は貫禄のある、恰幅の良い中年の男性。
もう一人は騎士と思われる若い男性。
最後の一人は黒髪の若い女性だ。
三人とも月竜教徒のようだが、服の作りが凝っている上に上品で一目で一般教徒ではないことが分かった。
「降臨されました」
黒髪の女性が呟いた。
そして、彼女の呟きをきっかけに、各々膝を折って祈るような体勢になった。
降臨って何?
もしかして……俺のことか?
姿隠しは失敗していないので見えていないはずだが……。
降臨というと後光を背負いながらお釈迦様のような井出達で空から降りてくるイメージしかないのだが、この人にはそう見えたのだろうか。
彼女達は跪いたまま動く気配がない。
俺の行動待ち、ということだろうか。
これ、どうすればいいのだ?
……知らんわ。
ということで、無視して呪いの情報を集めることにした。
フランの部屋にはベッドと何かの装置しかない。
装置は何かを計測し、記録するものだと思う。
データの方なら欲しいが、それは見当たらない。
ここで時間を食い過ぎるわけにもいかないし、目ぼしい物がないので他の部屋を当たることにした。
「あれ? あれ?」
「どうした?」
膝を折っていた女性は俺が部屋を出たのが分かったのか、首をかしげながらきょろきょろしているがスルーだ。
そのまま座っていなさい。
さあて、片っ端から部屋を見て回ろうか。
一直線の長い廊下には一般教徒、武装した教徒の姿がちらほらあった。
武装した方は警備かな。
フラン達がいなくなって警戒しているのだろう。
教徒達とすれ違いながらうろうろと散策する。
この当たりはフランがいた部屋と同じような部屋ばかりで目を引くものはない。
「病室っぽいところばかりだな。研究室みたいなのは何処だ? ……お?」
廊下の突き当たりまで辿り着くと、下に伸びている階段を見つけた。
「地下か。なんかありそうだな」
『地下』なんていかにも怪しい。
何か見つけられそうだと期待を膨らませながら階段を下ると、階段下に先程の上位層らしき三人組の姿をみつけた。
俺が動き回っている間にこちらも移動したようだが、何やらもめている様子だ。
「本当に月竜様はいらしているのかい?」
「はい、絶対いらっしゃいます! 『聖女』の名にかけて断言します。お姿は見えませんが、今も近くにいらっしゃるのを感じます」
若い女性が恰幅のいいおじさんに凜と言い放った。
ほう……この子は『聖女』なのか。
何を持って『聖女』とされているのかは知らないが、確かに聖女と言われても遜色ない容姿ではある。
艶のある黒髪に蒼玉の瞳。
西洋的な顔立ちではあるが、切りそろえられた前髪や腰まである真っ直ぐな黒髪から『大和撫子』のような印象を受ける。
歳は恐らく二十歳前後だろう。
聖女は中年の男性と話を続けている。
そして聖女の後ろには騎士がボーっと立っていた。
騎士も黒髪で、聖女と同じ蒼の目だ。
『ユリウス』程ではないが、中々整っている顔立ちで男前だ。
だがボーっとしているから少し残念な感じに見える。
戦うとそれなりに強そうな気配はしている。
呆けていて大丈夫かと騎士を見ていると、騎士はゆっくりと頭をこちらに向け、俺を見た。
いや、見えているかは分からないが、確実に俺が立っている辺りを気にしている。
面倒なことになったら嫌なので、彼らの前を通って地下に進むことにした。
前を通るとき、騎士の目は俺の動きを追っていた。
気配が分かるのだろう。
姿隠しを失敗していないのに気づかれるなんて、俺もまだまだだということか。
地下は上の階と雰囲気が違った。
上の階は白で統一された病棟のようだったが、地下は沢山の配線が通り壁は装置で埋め尽くされ、いたるところで何かのランプが光っている。
映画に出てくる宇宙船の中のようなハイテク施設に見える。
奥から急にエイリアンが飛び出してきそうでドキドキする。
恐る恐る足を進めていると、途中で研究室のようなデスクがある部屋を発見した。
中に進入して調べることにした。
すると開かれたままのノートや無造作に置かれた書類を見つけ、RPGでヒントを見つけた時みたいだなと不謹慎ながらテンションが上がった。
ふざけている場合じゃ無いと気を引き締め、書類に目を落とした。
書類には『フローラ』や『フラン』の名前がちらほら見て取れた。
当たりのようだ。




