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ドラゴンサクリファイス  作者: 花果 唯
後日談・呪寮院編
26/32

第一話 闇夜の逃亡

 深い森の中。

 灯りは仄かに紅く、妖しく輝く月の光のみ。

 道らしい道はない。

深い木々に遮られて、唯一の光源である月光も殆ど届かない暗い森を小さな足で必死に駆け抜ける。


「はあ、はあ」


 靴は履いておらず、足の裏はボロボロ。

鋭い草や木の枝に当たり、傷が全身に出来ている。

 それでも後ろを振り返ることなく我武者羅に突き進む。


「怖いよ……怖いよっ、はあ、神様……助けてっ」


 目からは溢れた涙が顔に出来た傷に沁みて痛いが、気にはしていられない。

 泥にもまみれ、千切れた草木が張り付き、おまけに傷から滲んだ血が広がっていて綺麗なところなどない。

 なんと自分は汚いのだろう。

 だが、考えてみれば普段から清潔な身なりなんてしていないのだから『今更』かもしれない。

 自嘲気味に少し口角を上げた。


 少しでも『あの場所』から早く、遠くへ行かなければならない。

 これに失敗したら次のチャンスはない。

 死んだ方がマシだと思うような地獄に戻らなければならない。

 それに何よりも、大切な人を救い出すことが出来ない。

 時間が無い。

 自分が逃げたことにより、きっと彼は酷い仕打ちを受けることになるだろう。

 少しでも早く助けたい、手遅れになる前に!


「オラアア!!! 追いついたぞ糞餓鬼!!!」

「ひっ」


 まだ距離があるが、はっきりと声が聞こえる距離で絶望を呼ぶ声が聞こえた。

 思わず短い悲鳴が出る。

 恐怖で震え、身体がいうことを聞かなくなる。

 まずい。

 自分は子供、相手は大人。

 早く逃げなければすぐに追いつかれてしまう。


 駄目だ、捕まるわけにはいかない。

 震えを抑えるため、自分の手を思いっきり噛んだ。

 歯形がくっきりとつき、血が出てきた。

 大声を出して泣き叫びたいほど痛いが必死に堪えた。

 震えもなんとか治まった。

 再び短い足を前に出し、闇夜を駆ける。


 夢中だ。

 もう意識があるのかどうか分からない。

 子供の足では無謀な距離を全力で走り続け、身体は疲労で限界を突破したような状態だった。

 意識が朦朧とする中、ただ本能で前に進んでいたが、とうとう立ち止まってしまう。

 前が見えていなかったため、木に激突してしまったのだ。


『ああ……だめ……走らなきゃ……』


 倒れながらも前に進むことしか考えられない。

 諦めるということは、あの子をを助けられないということなのだ。

 必死に身体を立ち上がらせる。


 しかし、気力だけではどうにもならず、よろけてしまったその時――。


「おっと」

「ひっ!?」


 誰かが自分を掴んだ。

 追いつかれたのだ、失敗したのだ!!


「いやああああああああああ!!!!」


 必死にもがいた。

 手や足をばたつかせ、喚き散らし、逃れようと試みる。

 まだ希望はあるかもしれない!


「あああああああああああああああ!!!!」

「落ち着いて、大丈夫だから。ね、君を傷つけたりしないから」

「う、あ?」


 聞こえてきた声はさっき聞こえたような、野太いしゃがれた声ではなく、凛とした清廉な声だった。

 それに気づけば優しく包み込むように抱きかかえられ、落ち着くようにと背中を擦られていた。


 恐る恐る目を開けると、そこには……見たことも無い美しい容姿の男の人がいた。

 月の光がほとんど届かない薄暗い中でも輝く黄金の髪と紫水晶の瞳。

 穏やかな微笑み。


「あ……」


 思わず息を呑んでしまう。


「ごめん、怖がらせた? こんな森にいるけど不審者じゃないからね? 安心して」


 見惚れている様子を怖がっていると勘違いしたのか、目線を合わせ穏やかに語りかけてくれる『優しそうな人』。


――あいつらじゃ……ない!


 そう分かった瞬間、言葉に出来ない様な衝動がこみ上げてきた。


「あ、ああ、あああ……!」


 これは歓喜だ、恐怖から逃れられたという歓喜の衝動だった。

 安堵の涙を流しながら、その『優しそうな人』にしがみついた。


「怖い思いをしたんだね。よしよし、おね、じゃなくてお兄さんがいるからもう大丈夫だよ」


 安心すると体中のあちらこちらが痛み出したが何とか顔を上げ、彼に向けて精一杯微笑んだ。

 努力が報われた。

 やっと、逃れられる。


「見つけた」


 背後から聞こえた声に、息が止まった。

 悪魔の声……あいつだ……!

 身体は岩のように固まり、身も心も恐怖に染まった。


「すいませんねえ、その子はうちの施設の子でね。素行が悪く脱走して探していたんですよ。保護してくださってありがとうございます」


 悪魔は気持ちの悪い笑顔を貼り付け、こちらに手を伸ばしてきた。


 嫌だ! 嫌だ嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!


「この子を返すわけにはいかないなあ」


 汚い手を、彼が跳ね返してくれた。

 彼にしがみついていた手に思わず力が入った。

 お願い、見捨てないで。助けて!


 彼に阻まれた悪魔は一瞬顔をしかめたが、再び気持ちの悪い笑みを取り戻すと私に話しかけてきた。


「さあ、帰ろう。君の弟も待っているよ。君がいないと、彼は『何も出来ない』からね」

「あ……」


 その言葉を聞き、恐怖から絶望へと変わった。

 それは、その言葉の意味は……。

大切な人、もう唯一の家族となってしまった『弟』を『何も出来ない状態にする』、つまり殺すと言っているのだと理解した。


 優しそうな人の手を離し、悪魔の元へと戻っていく。

 そうするしかない。

 今ここで彼に縋れば、自分は助かるかもしれない。

 だが……それは弟を見捨てるということだ。

 二人で一緒に助からないくらいなら……死んだほうがマシだ。


「ちょっと、君!」


 一瞬の安らぎを与えてくれた彼に軽く頭を下げ、無言のまま悪魔と共に去った。


 私を見る彼の瞳はとても美しかった。

 何かを察したのか、表情は険しかったが。

 私のことを案じてくれたのだとしたら嬉しい。

 もしかすると、自分も殺されてしまうのかもしれないが、最後にこんな綺麗な人に出会えたんだから、ツキがあったなあと思った。




※※※




 少女が男と共に姿を消し、取り残された一人の男。

 いつの間にか彼の隣には、輝く銀糸の髪の美女が立っている。


「リトヴァ、もうちょっと夜更かししていい?」

「無論、当然だ」


 美術品のような整った顔の男女は妖艶に微笑んだ。


「さあ、神罰タイムといこうか」


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