第二十四話 門出
「君には迷惑を掛けたな。本当に……」
「ほんとだよ。死んじゃったんだから、私。でもまあ、こんなイケメンになれたし、良しとするよ。あ、イケメンって分かる? 色んな要素で格好良い男子、大体は容姿が優れている人のことなんだけど」
「君の知識や記憶が混合していたから分かる。とても興味深かったよ」
「ほえ?」
今、何言いました?
……私の知識や記憶が見られたってこと!?
「うええええ!? 勝手に見るなあああ!!!」
何を見たのだろう。
聞きたいが怖くて聞けない。
最後の酒盛りも見られたら嫌だが性癖、いや、そんな特殊な性癖はないけどそっち関係は知られたら嫌だ。
激しく嫌だ!
それに興味深いって何が!?
恐怖と羞恥心で何も言えず『あがーうがー』と唸っているとユリウスは生暖かい目でこちらを見ていた。
くそ、ユリウスの過去と自分の過去の高低差激しすぎる!
エベレストと園児が作った砂場の小山くらいの標高差がありそうだ
もういい、考えないようにしよう。
自分の精神衛生上、そうしよう。
「そういえば……女性の君にその身体は申し訳なかったのだが、そうでもなかったようで良かったよ」
「よかない!」
そうか、ユリウスの身体に入ってからこれまでのことも見られていたのか。
ヘルミにガタブルしたり、マリアに食われそうになったりしたことも。
情けない……もうなんでもいいけどね!
でもやっぱり……。
「私、そっちの身体の方がいい! 代えてよ!」
リトヴァの身体の方がいいに決まっている。
女性だし、しかも絶世の美女!
男はもういい、女の子の扱い難しい!
女子と接することに物凄く疲れた!
「代わってやりたいところだが、君の魂は離れるとすぐに君の世界に向かうから俺の身体から離さない方がいいんだ。こちらの世界でしばらく暮らして、君の魂がこちらの世界に定着したら安全に代わることが出来ると思うが……」
「分かった。それまで我慢する。で、それってどれくらいかかるの?」
「分からないが、恐らく数百年は」
「すうひゃくねん!?」
そんなに長かったらもうユリウスの身体に慣れてもういいわ、ってなりそうなくらいなのですが!
まだまだ俺様イケメンでいなければならないのね……。
女子に戻りたいという気持ちと同じくらい、外見も内面も揃った完全体ユリウスを実物で見たかった。
「時間は無限にあるんだから、数百年なんてあっという間だ」
「まあ! ポジティブ! あんなに『死にたい、死にたい』言っていた人がねえ」
ユリウスは苦笑いだ。
自分でも信じられない気の変わりようだと驚いていた。
「で、ユリウスはこれからどうするの?」
聞いてみるときょとんとしている。
小首をかしげる姿は心臓がもげそうな程可愛くて美しい。
きゅん死にするわ。
「何が?」
「何がって、そのままの意味よ。どこかに帰るの? 家はあるの? あ、竜って仕事あるの?」
可愛い美貌が一転、眉間に皺をよせた氷の美貌に変わった。
前のリトヴァのようで怖い。
何か悪いこと言いました?
「仕事は特にない。……君はどうするつもりなんだ?」
「私は……どうしようかな」
「一人でいるつもりなのか?」
氷の美貌から放たれる氷の視線で凍えそうだ。
どうしたのだ急に。
「俺はこれからどうするのだ」
「は?」
何を言っているのだろう。
お前のことを私が分かるか!
「知るか」
「君がとりあえず生きてみろと言ったのだろう」
「言ったけど」
さらに眉間の皺が深くなった。
険しい顔も美しいけどそろそろ寒いのでやめて欲しい。
そんなに睨まれても……。
あ、もしかして。
「私と一緒にいるつもりだったの?」
「……」
凄く白けた視線を向けられた。
それは不正解なのか、正解だが問題有りのどっちなのだ。
「俺の身体があるとはいえ、君はこちらのことは詳しくないだろう。一人でやっていけるのか? やっていけるなら好きにするといい」
「! やっていけないです! お願いします、一緒にいてください!」
深々と頭を下げた。
そう言われればそうだ。
この世界のことはまださっぱりで、今まで女の子のお世話になってきた。
まあ、これからも身体は女性のリトヴァにお世話になるわけだが……。
やっぱりヒモです……ヒモです……ヒモです……。
ユリウスは溜息を漏らし、呆れたように微笑んだ。
「分かった。君の好きにするといい。行きたいところがあれば案内するし、やりたいことがあれば手伝う」
「ありがとうユリウス! 宜しくお願いします!」
「ああ。その、呼び方のことなのだが……」
ユリウスのことは、これからは『リトヴァ』と呼んで欲しいと言われた。
確かに中身ユリウスのリトヴァに、外見ユリウスの私がユリウスと呼ぶのは非常にややこしい状態ではあるが。
心情的には嫌じゃないか聞いたが、『それはそうだがいい』という答えが返ってきた。
否定はしないのかよというツッコミは置いておいて、その複雑な感情も含めてリトヴァを受け入れるつもりだということだ。
「じゃあ、私は何なの?」
ユリウスが以前の私は薄れてきていると言っていたが、その影響かどうか分からないが自分の以前の名前を思い出せない。
悲しいが、今は何故か心の整理が出来ているのでそれ程動揺はない。
「ユリウスでいいじゃないか。村の娘が君につけてくれた名前だ」
「……そうだね」
ヘルミがつけてくれた名前だ。
そしてこの身体の名前だ。
私には荷が重い気がするが、受け止めていかなければならないような気がした。
「ヘルミ……」
彼女の姿が頭に浮かんだ。
最後に見たあの泣き顔だ。
あれからどうなったのだろう。
ユリウスによると、人に被害は無かったらしいが……。
私の意識が途切れ、ユリウスの過去を見たりしている間に時は流れていたそうで、あれから一ヶ月は経っているそうだ。
「村に行くか?」
「……そうだね」
行くべきだと思うのだが、正直怖い。
私は我を忘れて皆を殺そうとしたのだ。
『ごめんなさい』では済まされない。
前の世界でいうと大事件だ。
今度は私が現れた途端石を投げられたりするんじゃないだろうか。
もしくは逃げるように家の中に入っていって誰もいなくなる。
改めていう。
私の心は折れやすいのだ。
想像しただけで泣きそうなのです!
「だ、大丈夫か?」
ユリ……じゃなかった、リトヴァが心配そうに見上げてくる。
え、可愛いんですけど!
そういえばユリウスとリトヴァって竜的にいうと番、人でいう夫婦みたいなもんだよね。
「大丈夫です。嫁が可愛くて幸せです」
ほろほろと心の涙を流しながらも、嫁の癒やし効果で心は折れずにすみました。
本当にありがとうございます。
「嫁……? 嫁!? まさか、俺のことか? かわっ!? おわあっ」
落ち着け、嫁よ。
一人であたふた暴れだして転んで尻餅つきました。
なにそれ、可愛さアピールですか?
「だって番なんでしょ? ってことは嫁でしょ? 違うの?」
単純に質問してみると、これでもかというくらいに目を見開いて固まった。
「確かに番竜ではあるが……だとすると間違いはないのか? 俺は、嫁なのか?」
「そうだ。お前は私の嫁だ! 私は亭主関白だ! 飯には熱燗を用意しろっぐふううううっ!?」
何故か殴られました。
飛びました。
見事な弧を描きながら十メートルくらい。
この身体になってから感じた感覚の中で断トツ一番のダメージですが!
「鬼嫁!」
「俺の顔で俺を嫁と呼ぶな!」
それからもう一発頂きまして、私の意識は無くなりました。
嫁よ、元自分の身体だが中身は一応女ってことを忘れていませんか?
そして意外と手が出るタイプだったのですね。
私の脳内の紳士ユリウスはデリートされ、鬼嫁リトヴァに上書きされました。
残念なことであります。
※※※
意識を取り戻した私は、膝枕されていなかったことに不服を申し立て、挨拶代わりの一打を貰った後ヘルミがいる村に向かった。
ヘルミの村へは一人で行くことにした。
我が麗しの嫁、リトヴァ様は待機だ。
多分竜の目でのぞき……見守ってくれているのだと思う。
鶏肉ハートな私は、悲しい想像が現実になるのが怖くて、とりあえず姿を見えないように魔法を使って村の様子を偵察することにした。
村の入り口には見慣れない姿が五つ程あった。
村人とは様子が違う。
恐らく兵士だ。
槍を持ち、検問をしているように見える。
何かあったのだろうか?
なんだか騒々しいような雰囲気がする。
前の村はひっそりとしていて、空気が済んでいるような感じだったのだが、今はなんだが落ち着かない印象を受けた。
検問の横を慎重に通り過ぎる。
兵士は暇そうにあくびをしていた。
立って居眠りをしている奴もいる。
器用だな。
物々しいと思ったがそうでもないのかもしれない。
足を進め、村の中に入る。
村の中も少し様子が違った。
人が多い。
さっきの検問にいた兵士と同じ格好の奴や、修道着っぽい服の人間をちらほら見かける。
見知った村の人も見かけたが、彼らは少し落ち着かないような状態だった。
どうしたのだ?
私が起こした竜の逆鱗と関係あるのだろうか?
まず、ヘルミの家に行こうと思っていたが、寄り道することにした。
子供達が無邪気に遊んでいたあの広場に。
広場には人がいなかった。
明るい日差しが照っているにも関わらず、なんだか寒いような気がした。
ふと、足元を見ると、以前子供達が摘んで持ってきてくれた白詰草が生えていた。
あれから結構経っているのに、まだ生えている。
私がいた世界の白詰草とは違うのだろうか。
視線を前に向けると白詰草が以前よりも増えていた。
あの時はヘルミにちゃんと花冠の作り方を教えてあげられなかった。
もう、教えてあげることは出来ないかな……。
白詰草を集め、花冠を作り始める。
作りながらヘルミと会って何を話そうか考えた。
まずは謝りたい。
命を奪おうとしたのに、許してくれるなんて思わないけど。
マリアとの誤解は、もういいかな……。
もう嫌われていて、ちゃんと話をしてくれないかもしれないけれど、ありがとうはいいたい。
そんなことを考えていると花冠は完成した。
中々の出来だ。
満足していると、ふと視線を感じた。
「おはなが……ういてる!」
村の女の子だった。
この子は確か私のハートを鷲掴みにした、あの時一番始めに花冠をあげた子だ。
姿を消して作っていたので、勝手に花冠が出来て浮かんでいるように見えたようだ。
相変わらずリアクションが可愛い。
目をキラキラさせながら浮かぶ花冠を見ている。
そうだ、ふと思いついた。
この子なら大丈夫だろうと姿を見せる。
「あ、おうじさま!」
「王子?」
予想通り大丈夫だったが、王子様とは?
どっちかというと皇帝じゃねえ?
まあ王子様と言われてわたくし、まんざらではありませんよ。
「小さなお姫様、また会ったね」
頭を撫でると以前のように両手で顔を包んで照れた。
はあああ、可愛い。
お持ち帰りしていいですか!
うちの子になりませんか!
だめだ、人攫いなんかしたら鬼嫁に殺される。
魔性の愛嬌から正気を取り戻し、この子を見て思いついたことを一つお願いした。
やっぱり私はヘタレだ。
直接ヘルミやライラさん、知り合いに会うのが怖い。
『私は竜なのだから、人とあまり関わらない方がいいんだ』と自分に言い訳をして立ち上がった。
お願いを快く引き受けてくれた小さなお姫様は元気に走っていった。
『この花冠をヘルミお姉ちゃんに届けてくれる? あと『ごめん、ありがとう』って言っておいてくれるかな』
あの子に、花冠と別れの言葉を託したのだ。
この村に来るのも最後にしよう。
これ以上迷惑を掛けたくないし。
この村は私がこちらの世界に来てからの始まりの場所だ。
私にとって、この世界での故郷だ。
ぐるっと一周して帰ることにした。
日本の田舎のような光景。
今は何故か少し騒々しいが、普段は長閑なこの村が私は大好きだ。
最後は嫌われて悲しい終わりになったけどやっぱり好きだな。
一通り周り終わり、入り口付近まで辿り着いた頃。
落ち着かない空気だった村が更に騒々しくなった。
いくつか大きな声が聞こえる。
その内の一つに聞き覚えがあるような気がした。
振り返り様子を伺っていると、村の方から兵士が一人、入り口の検問の方に叫びながら走ってきた。
「おい! 月竜様がいたそうだ! こっちには来てないか!」
見えていないはずなのに思わずびくっと肩が跳ねてしまった。
心臓に悪い!
ユリウスの過去を見てからは身体に定着してきたのか、少しずつ魔法も安定して使えるようになってきた。
まあ、それでも身体のスペックの二割位の力しか使えていないようだが。
それでもこうやって姿を隠すくらいは難なく出来る筈なのだが、失敗してしまっていないか不安だ。
兵士達がこちらを見ていないので大丈夫だとは思うが、ヘマをしそうで怖い。
早くリトヴァの所に帰ろう。
「来ていなかったらそのまま続けてくれ。あ、いや、月竜様と関わった村娘が月竜様を探して暴れているからこっちの応援に一人来てくれ!」
思わず足が止まった。
……村娘が暴れている?
ええっと……十中八九ヘルミですね。
マリアの気配は村にはないから確実にヘルミだ。
何をやっているのだ、ヘルミさん……。
心配になって様子を見に行った。
※※※
「ヘルミ、月竜様はもう帰ったんだって!」
「うるさいわね! まだいるわよ! 私には分かるの! 無駄口叩く暇あったらあんたもユリウス探してよ! あんたもユリウスに謝らなきゃ駄目でしょ! さっさと動け! 引き千切るわよ!」
引き千切り魔王は健在でした。
私はそっと内股にして息子保護体制をとった。
姿は見えないはずだが、木の後ろに隠れて様子を見ることにした。
ヘルミは相変わらずというか、むしろ拍車がかかっている状態で驚いたが、それよりも気になることがある。
怒鳴られている隣の男、リクハルトだ。
あいつ、なんで丸坊主なんだ!?
まるこめ! まるこめ!
似合うような、似合わないような……とりあえず面白い!
ぶふふふふ、光が反射してる!
今日も剃って磨いたんじゃないかってくらいに後光が差している、
ぶふっ、ぶふっ!
声を出して笑いたいが静かにしなければいけない。
苦しいいい面白いわあああ!
なんでそんなトゥルトゥルなの~!?
お地蔵様みたい、笠かぶせてやろうかなあ。
ぶふふふふっ!
おおっといけない。
ついつい笑いを堪えるのに夢中になっていると、修道着っぽい服の連中が数人、ヘルミに近づいた。
その中の一人、先頭を歩いてきた中年女性が話し掛けている。
太太しい態度で偉そうだ。
細身で、薄く鋭い目が爬虫類の様に見える。
蛇おばさんと命名しよう。
「小娘。月竜様を呼び捨てにするとは、いい加減にしなさい。鱗を頂いたからといって調子に乗って……。それに本当に月竜様がお見えになったの?」
「確かに来たわよ! これを貰ったもの!」
ヘルミが手にしていたのは、さっき小さなお姫様に託した花冠だった。
あの子、ちゃんと届けてくれたのか。
ヘルミも受け取ってくれたようで嬉しい。
「……なんなのこれは。こんな雑草。月竜様がこんな雑草を渡すはずがないでしょう」
「あっ」
蛇おばさんはヘルミの手を叩いた。
すると花冠はヘルミの手から離れ、地面に転がった。
周りには遠巻きに村人や兵士、修道着連中がいたが、場が一気に凍った。
あのおばさん、何をしてくれているんだ。
ぶん殴りたい。
「……っ」
ヘルミは落ちた花冠を慌てて拾い、大事に抱きかかえた。
「ヘルミちゃん……」
ライラおばさんが寄り添い、ヘルミの肩にそっと手を置いた。
ヘルミの目には涙が零れそうなほど溜まっていた。
そんな二人の様子を見ると蛇おばさんは舌打ちをし、無理やり花冠を奪い取り、振り上げた。
「あっ、返して!」
「あんた、何をするんだい! ヘルミちゃんに返しな!」
「こんな塵、捨ててあげるの。ありがたく思いなさい」
蛇おばさんが二人を一瞥し、意地の悪い笑みを浮かべながら花冠を捨てようとしたその時――。
「痛いっ! 誰よ! 離しなさ……あっ」
捨てようとする手を掴む者がいた。
私だ。
大分遠慮しているが、わざと少し力を入れているのでそりゃ痛いだろう。
ぶん殴ろうと持っていたがこの程度に我慢したのだ。
有難く思え。
私の顔は笑っているが目は笑っていないと思うぞ。
「私の力作なんだけどね。勝手に捨てられては困る」
私に気がついた蛇おばさんは硬直している。
周りも硬直している。
「返して貰う」
蛇おばさんの手で穢れてしまった花冠を軽く叩いて綺麗にした。
そして、私を見て更に目を潤ませているヘルミの頭に乗せてやった。
「ごめん」
何を言おうか迷った。
色々考えたが出てきた言葉がこれだった。
「うっうっうりうずうううあああああん」
何を言っているのか分からない、多分私の名前を呼びながら飛びついてくるヘルミを受け止めた。
良かった、避けられなかった。
こうやって飛びついてくれるということは、まだ嫌われていないのだろうか。
子供をあやす様に背中をぽんぽんと叩きながら安堵したのだが、周りの注目度に焦った。
物凄く見られます。
ここにいる全ての人の視線が私に集中しています。
皆目が零れ落ちそうなくらい見開いていて怖いです。
とても居辛い!
「ライラさん、ちょっとヘルミを借りてきますね」
「あ? ああ、分かったよ。それより、ユリウスさん……じゃなくて月竜様! 息子がとんでもないことをしでかしまして! どうお詫びしたら……」
硬直していたライラさんは私に話しかけられると再起動したようで、飛び出してくると地面に手をつき頭を下げた。
土下座という奴だ。
「やめてください。あなたには本当に世話になりました。それにそんな他人行儀になられたら寂しいというか……今まで通りに呼んでください」
ライラさんに膝をつかせるなんてとんでもない。
この村が故郷なら、ライラさんはお母さんだ。
「ユリウスさん……私も勘違いであんたのことを追い出しちまった。あの時のことも、馬鹿息子のことも、本当に申し訳なかったね」
肩に手を添えて立ち上がって貰うと、ライラさんは服の袖で顔を拭っていた。
どうやら泣いているようだ。
ライラさんに勘違いだと分かって貰えて私も泣きそうだ。
そしてあの閉じ込め犯はリクハルトだったのか。
まじ殺す。
バカハルト本当に救いようのない馬鹿だ。
母親に土下座をさせるようなことをしやがって、親不孝でもある。
愚か者が!
でも私も、村の人達に危害を及ぼそうとしたのだ。
……私も馬鹿でお相子だ。
「リクハルト! 早くユリウスさんに謝りな!」
「……月竜様、申し訳ありませんでした」
リクハルトがどこか納得しないといった様子で頭を下げてきた。
お前……まだちょっと拗ねているか、苛ついているだろう。
懲りない奴だ。
「頭を上げてくれ……ぶふっ」
「月竜様?」
バカハルトが怪訝な顔をしてこちらを見ている。
駄目だ、笑いを堪えられない!
頭を下げた時に角度が良かったのか、反射して光っているのだ。
眩しいくらいに。
LEDか!
硬直が解け始めた周りが、私の様子を見て不思議がっているようでざわついている。
「その角度だと……眩しいから……ぶっ」
「ぶっ」
私が言った意味をヘルミがいち早く理解し、噴出した。
「あははは! あんたの頭が光って眩しいって!」
ヘルミの言葉を聞いて周りも意味が分かったようだ。
一拍おいて、同時に皆が噴出した。
「なっ、なっ」
笑われている当の本人はどうしたらいいのか分からず挙動不審だ。
それが更に面白い。
駄目だ、ここにいては腹筋が壊れる。
「ヘルミ、場所を変えるよ」
「ほえ?」
間抜け顔が可愛いヘルミを連れて、少し離れた人がいない所に影を渡って移動した。
※※※
「お、おわあ……ユリウス、こんなこともできるんだね。本当に、月竜様なんだね。……思い出したんだよね?」
「まあね」
どこか寂しそうに笑うヘルミを見ると少しせつなくなった。
「私ね、ユリウスに話したいことがいっぱいあるの。……聞いてくれる?」
短く草が生えそろった柔らかそうな地面に腰を下ろし、ヘルミは話し始めた。
私もその隣に座り、耳を傾ける。
「私ね、ずるい女なの。ユリウスの優しさにつけこんで、ユリウスを独り占めしたくて嘘ついたの」
「嘘?」
嘘という言葉にどきりとする。
ヘルミのことは妹に欲しいくらい、素朴で可愛い子だと思っている。
そんな子に騙されていたと思うと怖い。
恐ろしくて聞きたくないが今は黙って大人しく聞こう。
「私ね、ユリウスのことが好きなの。『ふり』じゃなくて、ほんとに好きなの。でも、私じゃ釣り合わないことはすぐに分かった。けど、ユリウスは優しいから、恋人のふりなら……してくれるかなって。そうしたら、ユリウスを独り占め出来るって思ったの」
ユリウスの身体というハイスペックを持ってしても、中身が私という悪影響で脳の回転処理が遅く、理解が追いつきません。
それはええっと、つまり……告白されている?
「見え張りたいとかいうのは?」
「無いこともなかったけど、殆ど『体の良い理由』かな。リクハルトのことはもうどうでもよくなっていたし」
なんという策士。
驚きで告白されているということが吹っ飛びそうな衝撃です。
こんなに計算高い子だったの!?
「私、狡賢いでしょ?」
ヘルミは苦笑いしている。
そうですね、とも言えず黙って話を聞く。
「ユリウスが優しいから私、調子に乗っちゃった。ユリウスが誰を選んでも私には口を出す権利なんて無いのに、ユリウスのこと引っ叩いちゃった……。それで、あんなことになるし……ユリウスはいなくなるし……本当に後悔した。ごめんね。ユリウス、ごめんね……」
顔を隠すように俯いて泣いている。
ヘルミを泣かせてばかりで自分が嫌になる。
謝るのは私の方だ。
「ヘルミは悪くない。悪いのは私だ。ごめんな」
頭にぽんと手を置き、軽く撫でる。
声を殺して泣いているのが分かる。
抱きしめてあげたりした方がいいのだろうか。
でも、期待させるような態度はとらない方がいいと思い、留まった。
落ち着くまで、黙って隣にいることにした。
風で木が揺れる心地よい音が聞こえる。
この場所もヘルミも大好きだ。
この世界の最初に来たのがこの村で、出会ったのがヘルミで良かった。
「ヘルミに出会えて良かった」
風がそよぐ中でぽつりと漏らす。
呟きに反応して頭を上げ、こちらを向いたヘルミの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
泣きじゃくった子供のようでおかしく、くすりと笑いながら服の袖で拭いてやった。
「汚れるわよ」
「これくらいすぐ綺麗になるさ」
涙で濡れた袖を魔法で乾かし、見せてやった。
「神様って便利なのね」
「そうだな」
ヘルミらしい感想で思わず笑ってしまった。
「……もう一緒にいれないの?」
真っ直ぐこちらを見て問いかけてきた。
ヘルミのことは大好きだし、ここも良い所だ。
でも、中身が女な私は本当の意味でヘルミを受け入れてやることが出来ない。
それに、『実は私、異世界の女なんです』と本当のことを話すつもりはない。
言っても分からないだろうし、心のどこかでヘルミには格好の良いユリウスのままで見ていて欲しいと思っている。
そして私はリトヴァと世界を見て廻ると決めていた。
だからはっきりと言わなければならない。
「もう、一緒にいることは出来ない」
ヘルミの目を見て告げると、一瞬瞳が揺れたが、返事は分かっていたのが微笑みながら頷いた。
「そっか……でも、ユリウスは神様だから、いつでも私のことを見てくれているよね?」
「もちろん」
「何かあったら、助けにきてね」
「必ず」
大きく頷くと、それを見て安心したのか眩しい笑顔をみせてくれた。
あまり長くいると別れが辛くなる。
立ち上がり、ヘルミを見た。
「もう、行くの?」
「ああ」
ヘルミも立ち上がり、にこっと笑うと突然飛びついてきた。
その勢いで思わずよろけてしまった。
何事かとヘルミを見るが、凄い力で胸に顔を埋めてしがみついてくる。
平気だけど、ちょっと苦しい。
「ちょっとだけ、ぎゅっとして」
凄く可愛いじゃないか……。
思わずむぎゅーっと抱きしめたくなったがそれは駄目だ。
軽く腕を回し、抱きしめた。
しばらくするとヘルミが離れた。
顔は再び俯いていて見ることが出来ない。
「……行って」
「ヘルミ……」
「早く行って!」
最後にもう一度頭に触れようと手を伸ばしたが、それはやめた。
「見ているから……。本当に、ありがとう」
そう言い残し、ヘルミの前から姿を消した。
※※※
村から少し離れた所でリトヴァが待っていた。
何を考えているのか分からない、無表情だ。
「もう、いいのか」
「うん、ありがとう」
「ここに残ってもいいのだぞ?」
「ううん、リトヴァとこの世界を見て廻りたいから」
そうかと頷き、美しい顔で微笑んでくれた。
癒される。
抱きしめたい。
ああ、冗談です殴らないで、拳を下ろして!
『用が済んだのなら礼をしていこう』とリトヴァが言い出した。
礼というか、私からすれば後片付けとお詫びだ。
二人で高度を上げ、空に浮かび上がる。
そこから見えた景色は、私がアラクネ戦で暴れたり、竜の逆鱗で破壊したりで悲惨なものだった。
少し時間は経ったが、ほぼそのままの有様である。
この荒れ果てた状態を、魔法を使って二人で修復する。
有害なものを取り払い、緑を復元させる。
やっていることは派手だし難しいが、リトヴァが先導してやってくれているので私は案外楽だ。
魔方陣が次々と展開していく景色は綺麗だ。
さすが麗しの嫁。
ヘルミには独占場が無くなると怒られるかもしれないが、アラクネがいなくなった毒の森は普通の毒の無い森に浄化した。
緑が復活し、以前よりも綺麗な状態に戻ると村の方が騒がしくなっていた。
何かやっていると気がついたのだろう。
村人やらさっきの兵士や修道着連中がちらほら出てきた。
「さっさと退散するか」
「そうだね。彼らが下に来たらリトヴァのパンツ見られちゃうしね!」
今のリトヴァの服装は、以前のリトヴァが着ていたチャイナドレスのような服のままだ。
それで空に浮いているということは……そういうことである。
ぶん殴られるという気配を察知し、素早く移動した。
「逃げるが勝ちー!」
「ちっ! 何処へ行く!」
「さあて、寄り道してから何処へ行こうかなあ」
時間は無限にある。
この広い世界の隅々までゆっくり見て廻ろう。
美人で月の竜な嫁と共に。
私の第二の人生は始まったばかりである。
『寄り道』とは、マリアの所に顔を出すつもりで言っています。
その辺りは、不定期で後日談的な続編をぽつぽつと書いていこうと思ってたりするので、その時に。
ひとまず此処までで完結とさせて頂きました。
読んでくださり、ありがとうございました。