第十六話 怒り
入り口だった辺りに近づいてみたが、完全に土砂で埋まっていてここから出るのは不可能だった。
強引に魔法をぶっ放して力技でいけないか悩んだが、周りも崩れて生き埋めになったら怖いので、奥に進んで他の出口がないか探すことにした。
なんだか凄く嫌な予感だ。
ゲームだと引き返せないダンジョンに入るといるよね、必ずあいつが。
ボス的なやつがさ……出口の前にさ……。
というか……ヘルミは?
出口が無くなったのは自然現象?
それにしては不自然……だよな。
あれ、ひょっとして……嵌められた?
「……まじか」
犯人は……村の人くらいしか心当たりないのですが。
そこまで!?
そこまで嫌われているの!?
こんなことをされる程嫌われているの!?
凹む、人生最大の谷だ、奈落だ。
まあ……それだけヘルミが皆に愛されているということ、なのか?
首謀者は誰か分からないけど。
ルーカス?
まさか……ヘルミ?
違うよな?
ヘルミのことは信じたい、違っていて欲しい。
……ああ、眩暈がする。
兎に角ここを出なければならない。
一生出られなかったらどうしよう。
凄く怖いのですが。
毒蜘蛛の森だから、誰も助けに来てくれないだろうし。
いや、毒蜘蛛の森じゃなくても、嫌われ者の俺のことなんか誰も助けに来てくれないか、はははははは……はあーあ。
なんだかマリアが恋しいわ。
今ならマリアを抱ける気がする。
魔物が出たら怖いので、気配を消しながら恐る恐る足を進める。
暗いし息苦しいし、一歩進むのも怖い。
五分程歩いたが、やっぱり奥に進むのは止めようか迷う。
魔法でなんとか塞がった出口を開けるように挑戦した方がいいかもしれない。
闇雲に動き回って、出口から遠ざかるよりその方がいい気がしてきた。
引き返そう……。
ってうろうろと動き回って何をやっているのだ自分、落ち着け自分!
結局塞がれた入り口まで戻ってきた。
やはり土砂や岩に埋もれていて、出られる気配は全く無い。
入る前に見た外観からは自然に崩れる様な気配は無かったから、やはり故意に閉じ込められたのだろう。
入り口を爆破でもしたのだろうか。
掘って進んでも上から次々に土砂が落ちてきそうだから、一帯を凍らせて進もうか。
もしくはワープとか転移出来るような魔法や、闇の空間を通り抜けられるような魔法は出来ないか模索する。
出来なくはない気がするが、今までの経験で言うとコントロールが絶望的なので実際に挑戦するのが怖い。
転移とかは失敗すると怖いので、試しに近くの壁面を五メートルくらい凍らせてみる。
「凍結」
パキィンという音を響かせて、壁面が凍った。
……見える範囲全体が。
「寒い!」
もう本当に何がしたいんだ俺は!
氷の洞窟になってしまったが、元に戻すのも上手く出来そうに無く躊躇われる。
解凍しようとして、今度は炎と溶けた水で茹で上がりそうで怖い。
一度凍っていないところまで行こうと思い、足を進める。
だが……。
見えていないところも、しっかりと凍っていた。
そして再び、入り口に戻ってきた。
……何を右往左往しているんだ!
ああ、駄目だ。
どうしていのか分からない、助けて。
その後も無駄に近辺を徘徊し、時間だけが空しく過ぎていった。
少し疲れ、放心していると妙な違和感がした。
「あ……これは」
この違和感は…………まずい。
まずいまずいまずい!
非常にまずい!
魔物がいた時に感じる違和感だ。
奥の方から、気配が近寄ってきている気がする。
どうしよう。
今から逃げ道を探しても間に合うはずが無く、逃げ場が無い。
戦うしかないのか?
焦りと恐怖を感じながら、どうしようか考えているうち、にどんどん気配が近づいてきている。
そしてその気配は、今までで一番ぞわぞわするような、毛が逆立つような嫌な感じがする。
しかも数も多い。
半端なく多い、群れかもしれない。
どうしようっどうしよう!?
駄目だ、こういう時はまずは冷静になることが一番だ。
『深呼吸をして、酸素を取り込むと落ち着く』とテレビで見たのを思い出したので実践してみた。
吸って、吐いて……すーはーすーはー……ごっ。
吸い過ぎて咽たが、少し落ち着いた気がする。
よし、どうするか冷静になって考えよう。
って反応が直ぐそこまで来ている!!?
近づいてきて分かったが、これは昨日のアラクネと同じ気配だ。
同じ気配がうじゃうじゃ何十匹といる。
そして気配の種類は同じだが、一つだけ際だって気配が強い個体が殿にいる。
どう考えてもアラクネのボスじゃないか!
一匹だけでもあんなに苦労したのに、こんな数……それにボス!?
詰んだ。
終わったわ。
ひょっとしてここはアラクネの巣なのだろうか?
アラクネは夜行性と聞いていたが、巣に入ってきた邪魔者の俺に反応して動いたのだろうか。
生きて帰れる気が全くしない。
とうとう足音や振動が聞こえるようになってきた。
もう、目前だ。
冷静は旅立った。
完全にパニックだ。
ああもうどうしよう! どうしたらいい!?
挙動不審で何をしているかも分からない。
そしてついに奴等の姿が視界に入った。
やはりアラクネだった。
「うわああああああ!!!」
叫ぶしかなかった。
でかい蜘蛛の大群が突進してきている!
気持ち悪い怖い気持ち悪い怖い気持ち悪い怖い!
誰か助けて!
這いながら周りを見渡す。
分かっている。
助けなんて来ない。
助けてくれるわけがない。
誰かに故意にこんな目に遭わされているのだ。
誰に?
そもそもなんでこんな目に遭っているのだ?
私は普通のOLだった。
『俺』じゃない。
大体『俺』ってなんだよ。
私は私だ。
なんで私がこんな目に遭っているの?
なんでこんな怖い思いをしなきゃいけないの?
何か悪いことした?
イケメンぶって調子に乗ったから?
だからデカイ蜘蛛に殺されて死ななきゃいけないの!?
頭の中に浮かぶのは最悪のイメージばかりだ。
蜘蛛の胴体の所に放り込まれて溶かされている自分。
蜘蛛達にもみくちゃにされて、引きちぎられて食われている自分。
糸に巻かれて卵を植えつけられて、孵った蜘蛛に中から食い殺される自分。
悪趣味な惨い死に方ばかり考えてしまう。
そのどれかが自分に迫ってきている。
もう蜘蛛と目が合うところまで――。
――シニタクナイ
意識が飛んだ。
目の前が真っ白になった。
自分の中で何かがプツリと切れたような気がした。
※※※
あれ、私はどうなったのだろう。
途切れていた意識が戻ると、体が燃えるように熱くなった。
痛い。
全身が引き千切られるようだ。
もしかして、アラクネに食われているのだろうか。
痛みと共に、抑えきれないような怒りが湧き上がる。
ああ痛いなあ、痛い。
――ナンデ、コンナメニアワナケレバナラナイ?
皆いなくなればいいのだ。
誰もいなければ、恨みを買うこともない。
煩わしい人間関係もない。
そうだそうだ名案じゃ無いか、もう全部ぶっ壊そう。
洞窟が崩れたらどうしようなどと色々考えていたけど、もうどうでもいい。
全部壊せば何も問題ない。
これまで手加減しても凄い威力だったから、本気を出せば山くらいぶっ飛ばせるだろう。
村の方が近いとか、人がいるかもしれないとか、そういうのもどうでもいいや。
だって嫌われているし。
誰にだか知らないけど。こんな目に遭わされているし。
「私と同じように、皆痛くなればいい」
怒り任せに、中から……外から……ありったけの魔力をかき集め、破滅を誘う。
何故かその方法は自然と分かった。
体が知っていた。
私は完全にキレた。
怒りで、周りのものを殴り、蹴飛ばし、手当たり次第掴んで投げて暴れた。
力の限り、全力で燃やしてやった。
それでも怒りは収まらない。
ああ、まだ身体が痛い。
熱い。
怒りがどんどん増していく。
私は怒鳴った。
怒鳴り散らした。
何を言っているか分からないが、怒鳴りに怒鳴った。
そしていつの間にか、火を吐いていた。
火……口から?
本当に火だ。
真っ赤な業火だ。
毒蜘蛛の森が燃えている。
どうやら怒髪天をつきながら怒鳴ると人間、火が吐けるようになるらしい。
人間?
私、人間だったっけ?
そういえば、何時の間に森に出たんだ?
洞窟はどうなった?
森といえば、燃えている森が眼下に見える。
どうやら自分は上空を飛んでいるようだ。
そんなことも出来たのか。
まあいい。
ともかく怒りが収まらない。
火を、怒りを、吐き出さなければ気がすまない。
『全部ぶっ壊してやるからな!!!』
「グオオオオオオオオ!!!」
自分の怒鳴り声と重なって、何故か恐ろしい生き物の雄たけびが聞こえた。
何故だ?
まるで私が雄たけびをあげているようじゃないか。
辺りを見回すと村が見えた。
ヘルミのいる村だ。
そうだ、ヘルミにも一言文句を言ってやろう。
ヘルミは私を信じてくれなかったのだ。
少し流された自分も悪いが、一線までは越えていないし誤解だ。
話をさせてもくれなかったし、その後にこんな目に遭っている。
考えているうちに更に怒りが増してきた。
(……でも、ここまで怒ることなのだろうか?)
一瞬疑問が浮かんだ気がしたが、そんなことよりも壊したい、燃やしたい。
何故か怒らずにはいられない。
怒りを止められない。
抑えられない。
いや、抑える必要はないか。
あっという間に、村の上まで着いた。
大きな翼で飛んできたので一瞬だ。
翼?
あれ、私、翼生えた?
六枚の黄金の翼で……綺麗だ。
身体を覆う鱗も黄金で、虹色の光を放っている。
下を見ると、小さくて良く分からないが村人がわらわら動いていた。
蟻みたい。
ヘルミを探すが見つからない。
『ヘルミ!!!』
「グアアアアアアアアアアア!!!」
ああ、まただ。
何故か私が喋ると雄たけびが聞こえる。
だが、そんなことどうでもいい。
ヘルミを呼ぶが見当たらない。
と、いうかやはり小さくて良く分からない。
もう、いいか。
全部消しちゃえば。
この中にいるだろう。
此処ごとぶっ壊してやろう。
全てが嫌になった。
そう思い立ち、体制を整えた。
――……めろ……やめろ!
ん?
どこかで声が聞こえた。
それに聞いたことのある声だな。
――怒りに囚われるな! 後悔するぞ! 自分を思い出せ!
何を言っているの?
って、いうか何?
偉そうだし、煩いんだけど。
自分を思い出せって言われても、自分って何?
私は二十五歳のOLで独身で名前は……。
あれ、名前なんだっけ。
私の、私の名前……?
「ユリウス!」
下を見ると……ヘルミがいた。
ヘルミだ。
「ユリウス様!!!」
マリアだ。
マリアもいる。
良く見えないが、何故か二人とも……多分泣いている。
なんで?
二人の周りの人達も、泣いていたり、しゃがみこんだりしている。
ライラさんはリクハルトの頭を押さえつけて、土下座をさせているように見える。
村長も薄い頭をこすり付けて同じように土下座しているし……更に禿げるぞ。
皆こちらを見上げて……怯えている?
どうした皆。
何かあったの?
私が、怖いの?
どうして?
ん?
……あれ、今……私。
何、しようとした?
村を……壊そうとした?
ヘルミを、マリアを、村の人を……消そうと、殺そうとした?
ふと改めて辺りを見渡すと毒蜘蛛の森は火の海になり、さっき閉じ込められていた洞窟があったであろう場所は、土が抉れて吹き飛んだクレーターのようなものが出来ている。
見渡す一帯が大惨事だ。
やったのは……こんなことをしたのは……。
多分、私だ。
私がやったのだ。
吹っ飛ばして、火を吐いて、怒りに任せて暴れて……。
頭の中が真っ白になった。
『私……わた、し……』
「グオオオ…オオオオ…」
私、どうしたの?
なんで、こんなことを……。
とんでもないことをしてしまった……。
自分でも自分に何が起こっているのか分からない。
でも自分がやったことだけは分かる。
怖い。
どうしよう……どうしよう!!
また、何処からか声が聞こえる。
――……すまない。全て、俺の責任だ。君は俺の『被害者』だ。後で全て君に話す。だから……今は少し休むと良い。
頭の中だけじゃなく、視界も真っ白になってきた。
意識が遠のく。
ごめんね、ヘルミ。
ごめんね、マリア、村の人達。
遠のく意識の中、さっきの怯えた人達の表情を思い出して苦しくなった。
私が……怖いよね……。
ごめんなさい……本当にごめんなさい……。
私、どうしちゃったんだろう。




