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第十五話 誤解

 このほぼ生まれたてな姿のビッチをどう説明しよう。

 アラクネと戦っていたら脱げた。

……無理があるか。

 ビッチに襲われ、蜘蛛に襲われ……散々だ。

 思わず遠い目をしていると、リクハルトが突進してきて俺の胸倉を掴んだ。

 その目は血走り、狂ったように怒っていることが分かる。


「お前! マリアを無理やり追い掛け回して、こんな事を……!」

「は? 何の話?」

「お前、マリアを襲ったんだろう! だからこんなに荒れているんじゃないのか!」

「はあああ!?」


 アラクネと戦った跡を見て、マリアを襲うためにこんなに暴れまわったと思ったのか?

 お前、馬鹿だろう。

 バカハルト馬鹿過ぎだろう!


「そんな訳無いだろう! 頭を使って考えりゃ分かるだろう!」

「考えた結果だ! マリアは魔法を使えるし優秀な冒険者だ。マリアを抑えるにはこれくらい暴れないと無理だったんだろう!」

「馬鹿じゃねえの! そこにアラクネの死骸があるだろうが!」

「アラクネ!? ……こんなもん、焦げてて分かるかぁ!」

「リクハルト、その焦げた塊は確かにアラクネの死骸です! それに私、襲われてなどいません! 私達は愛し合っているところをアラクネに邪魔されたんですわ!」

「違あああう!!!」


 何を言っているんだこいつ、話をややこしくするな!

 確かにちょっとやばかったが!


「それに、ユリウス様に襲われるなんて本望ですわ。逃げるなんてありえません。あ、そうですわ……続きはそういう設定で可愛がって頂けません?」

「するわけ無いだろう!」


 恍惚とした表情のマリアに再び後ろから抱きつかれる。

 また例の山が当たるわけで……。

 早くぽろりを片付けなさい!


 リクハルトは下を向いて顔は見えないが、怒りを抑えきれず拳を握り締めてわなわなと震えていた。

 完全に誤解されている。

 してない、未遂だ!

 だが抵抗しきれず危険信号が点滅していたのは事実なわけで、どう説明すればいい!?

 ありのままを話すべきか、余計なことは話さないほうがいいのか。


 迷っていると、今まで黙って静観していたヘルミがすたすたと俺の前までやってきて、目の前で止まった。

 ヘルミにも誤解されてしまってはいけない。

 何か話さないと……。


 ――パンッ


 頬に衝撃があった。

 そんな痛くない、小さな痛みだがビリッと痺れが走った気がした。


 ヘルミに平手打ちされていた。


 マリアが騒いでいる声が聞こえたが、そんなことには意識はいかず、ヘルミしか見えなかった。

 ヘルミは無表情で、でも……目からは涙が溢れていた。

 しばらくお互い動かず見つめあったがヘルミが視線を逸らし、踵を返して立ち去ってしまった。

 俺はその様子を黙って見ていた。


 リクハルトが俺に何かを言っている。

 全然耳に入ってこないが、どうせ俺に対する侮蔑の言葉だろう。

 言い終わるとヘルミの後に続いて去っていった。


「……はあ」


 ヘルミの姿が視界から消えると、ビンタで硬直がしていた体が動き始め、溜息が出た。

 ……泣かせてしまった。

 勘違いさせてしまったのだろう。


 でも恋人っていうのは『ふり』だよな?

 ビンタまでしなくても……いや、フリといえど裏切られたことのショックからのビンタなのか?

 どうあれ、誤解を解こう。

 そして、抵抗し切れなかった不甲斐無さを詫びよう。


「ユリウス様、大丈夫ですか?」


 マリア、まだいたのかよ。

 リクハルトと帰れば良かったのに。

 っていうかあいつもなんで連れて帰らないんだよ。

 そしていい加減に……。


「服を着ろ」

「あら、残念。これからユリウス様を慰めて差し上げたかったのに」


 ……お前はブレないな。




※※※




 結局村に戻るのも気まずく、野宿をして過ごした。

 マリアはポロリを閉まった後は、寒いと言って俺にくっついきた。

 さっきまで、すっぽんぽんだった奴が何を言っているのだ。

 しばらく引き離すべく格闘した結果途中でマリアが諦め、少し離れたところで横になって寝た。

 勝った。

 俺は目が覚めて寝る気にはならなかったし、火の番と見張りを兼ねて起きていた。


 火を見ながら、この体になってからのことを考えていた。

 そして鬱になりそうになった。

 楽しいこともあったが、もう面倒なことばかりだ。

 投げ出したい。

 このハイスペックな体だったら何処ででも何かと生きていけそうだし、もう村を出てぶらぶら気ままに旅をしてもいいかも、なんて考えばかり浮かんできた。


 無責任だなあ、俺。

 自分でもそう思うが、なんだか疲れた。

 この急展開に、頭がついていけていないのかもしれない。

 休憩と称して村をしばらく離れ、現実逃避しようかな。


 でもなあ、ヘルミにはお世話になったしなあ。

 誤解されたまま、嫌われたままなのは悲しいし。

 やっぱりちゃんと話をしよう。


 ――でもなあ、現実逃避したいな。


 ――でもちゃんとヘルミと話を。


 ――でもでも、しんどいなあ……。


 この無限ループを朝日が昇るまで繰り返したのであった。




※※※




「おい、行くぞ」

「おはようございますユリウス様。ユリウス様と過ごした激しい夜のことは私、一生忘れませんわ」

「馬鹿なこと行ってないで早く支度をしろ」


 目が覚めて開口一番にこんな台詞が言えるなんて凄いと思う。

 一々誤解を招く台詞を吐くのは止めて欲しいが、わざとやっていそうなので止めないんだろうな。

 一日でマリアのことが大凡把握出来たよ。


 放って行くわけにもいかないのでマリアを起こし、野宿場所の後始末を始めたのだが明るくなってから見た、『俺が暴れた惨状』は結構凄かった。

 いたる所が焼け焦げ、木がなぎ倒され切断され、地面が抉れ……ごめんなさい。

 森林破壊もいいところである。

 森の神よお許しください。

 ここでいうと樹竜様かな。

 真に申し訳ありません、平にご容赦ください。


「さあ、行くか」


 足取り重く村へと出発、目指すはヘルミだ。

 ヘルミとリクハルトが帰って行った方向に進めばいいだろう。

 距離的にもあまり離れてはいないと思う。


「昨日からずっと、ユリウス様と一緒で幸せですわ」


 マリアは相変わらず俺のコバンザメのようにぴたっとくっ付いてきている。

 引き剥がしてもめげない。

 本当に凄いよ、マリアさん。


 でも、こういう肉食系女子は案外好きだったりする。

 異性として好きというのではなく、同姓の友人としてだが。


 そういえば同じ職場の友人に少し似ているかもしれない。

 『当たって砕けろ!』を体現したような、パワフルな子だった。

 女子のいやらしさを最大限に有効活用できる強かさもあったので何かと敵も多かったが、彼女の話はドラマなんかより生々しくて面白かった。

 驚かされたり唖然とさせられたり、笑わせて貰ったりはらはらさせられたり、いつも元気を貰っていた気がする。

 うん、やっぱり嫌いじゃないな。


 ……まさか自分がそういう子のターゲットになるなんて思っていなかったが。


 そんなことを考えながら歩いていると、村に着いた。

 やはり近くまで辿り着いていたようで時間はかからなかった。


 まだ朝食を食べているような時間帯だと思うのだが、もう農作業や家事をしている人の姿があった。

 子供達の姿もちらほら見える。

 花冠を作ってあげた見覚えある子供の姿もあったので手を振った。

 ぱあっと笑顔を見せ、こちらに駆け寄って暮れそうだったのだが、母親らしき人に止められていた。

 母親は俺を見て不愉快そうな顔をしていた。

 別に誘拐しようとしたりしていないぞ?

 少し悲しくなりながら、村長宅を目指して足を進めた。

 途中で、雑貨屋で会ったヘルミの友人二人を見つけた。


「おはよう」

「「……」」


 二人は俺を見ると嫌なものでも見たような露骨な態度で、無言のまま去っていった。

 ……なんなのだ!?

 凄く傷つくのですが!

 気がつけば、村の人皆が俺を冷やかな目で見ていた。

 一体どうしたというのだろう。

 今までは暖かく迎え入れてくれたというか、どちらかというとちやほやしてくれていたのに……この温度差何!?


「失礼な人達ですこと」


 マリアだけは、通常運転だった。

 まさかマリアに癒される日がくるとは。

 ああ、心が痛い。

 心臓がきゅーっとする。

 俺は打たれ弱いのだ。

 村長宅に着くとライラさんが出てきた。


「どの面さげて来たんだろうねえ」

「え?」


 なんということだ……。

 『村の良心』ことライラさんも、どうやら村人一派らしい。


「あの……俺、何かしましたか?」

「何言ってんだい! 自分の胸に手当てて聞いてみな! あんたなら大丈夫だと思ってヘルミちゃんを任せたのに、見損なったよ! もう騒ぎを持ち込まないで頂戴! あんたら二人ともこの村出て行きな!」


 ――バタンッ


 問答無用という感じで扉を閉められてしまった。

 色々聞きたかったし、ヘルミと話をしたかったのだが……。


「なんという失礼な人達ばかりなの! ユリウス様、もうここを出ましょう!」


 マリアが激昂している。

 俺はぼーっとしている。

 ああ、ライラさんにまで嫌われてしまっている。

 もう一度言う。

 俺は打たれ弱いのだ。

 心が折れそうだ。

 否、折れた。

それはもう、チョコレートでコーティングされた細い棒状のお菓子のようにポッキリと。

 泣いてもいいですか?


 どういうことだろう。

 さっきのライラさんの台詞から考えると、『ヘルミを裏切った』ということが、村に広まっているのだろうか。

 その『裏切った』とういうのは、マリアポロリ事件のことなのだろうか。

 村の伝達力と結束力が凄すぎて恐ろしい。

 アウェイ感が半端無いです。


 ……ああ、空が青いわ。


 得意技の現実逃避をしてると、マリアが俺の手を引いて歩き出した。

 逆らうのも面倒なので、そのまま流されて着いていく。

 冷やかな村人の視線を浴びながら村を進んでいくと、以前子供達が遊んでいた広場でリクハルトが佇んでいた。

 どうやら俺たちを待っていたようで、目が合うとこちらにトボトボと歩いてきた。


「マリア……」


 リクハルトは、悲壮な顔でマリアを見ていた。

 マリアに手を引かれている俺を見ると、眉間に皺を寄せて睨んできた。

 お前の顔は、それがデフォルトなのか。


「お前はとっとと出て行けよ」

「……」


 返事するのも面倒なのでスルーだ。

 お前の相手をしている程余裕が無い。

 そんな俺の様子に舌打ちをして、今度はマリアに話し掛けた。


「もう……オレの嫁になるつもりはないんだな?」

「微塵もありませんわ!」

「……出て、行くのか」

「こんな無礼な村に、ユリウス様をおいてはおけませんもの!」


 鼻息荒く言い放つと再び俺の手を引いてずんずん歩き始め、リクハルトの横を通り過ぎた。

 すれ違うとき、リクハルトを盗み見ると無表情で不気味だった。




※※※




「此処を離れるとなると長旅になりますから、色々身支度を致しましょう」


 旅支度をするため商店に寄って行くという。

 あそこか、再びヘルミの友達に会う可能性があるので嫌だな。

 まあどこに行っても誰に会っても同じだけど。


 ……というか本当に村を出ていいのだろうか。

 ヘルミの誤解を解かなくても。

 出て行くにしてもお礼を言ってからにしたい。

 もう一度村長宅に行ってこようか。

 それとも、手紙を書こうか。

 字は日本語では無かったが最初からなんとなく読めたし、次第に慣れたのかはっきり読めるし書けるようにもなった。

 でも言うならちゃんと面と向かって言いたいし……手紙は無しかな。


 雑貨屋に着くと、マリアが買い物をしてくるので、外で待っているように言われた。

 俺の分の日用品や食料も買ってきてくれるのだが、相変わらず俺はお金を持っていない。

 マリアに貸してくれと頼むと『身体で払って頂ければ(性的な意味で)』と言われた。

 『身体で返せばいいんだな(労働で)』と返事して、借金した。

 お互い言っていることが噛み合っていないことはスルーだ。

 労働とあわせて、お金もいつかは返すつもりだから問題ない。

 だからマリアよ、そんなにニヤニヤしても期待には答えられないぞ?


 いや待て、そもそも村を出ることもまだ考え中なのだが。

 マリアに流されている。

 危ない危ない。

 正直に言えばこんな状況では居辛いし、村の外の世界も見てみたいので良い機会かもしれないが、お世話になったヘルミとは話をしてからにしよう。

 買い物から戻ってきたマリアにそれを話した。


「もうよろしいのではありません? あの女はユリウス様をぶったのよ? 話す必要なんてないと思いますわ」

「いや、ヘルミには世話になったお礼をちゃんと言いたい。じゃないと村を出られない」

「……分かりました。でも、話が終わったら、私と一緒に村を出ましょうね?」

「それはまだ分からないけど」

「でしたら行かせません。全力で、このままユリウス様を村の外まで連れて行きます」


 再び俺の手を引いて村を出ようとするマリアを止めて説得するが、村を出ると明言するまで手を離してくれるつもりはないようだ。

 手を繋いで押し問答をしていると、近くにいた人達の冷やかの視線の温度が一層下がった気がした。

 どうやらいちゃついていると思われているようだ。

 違うんだ、誤解だ……誤解なんだって!

 心の中で嗚咽が止まらない。

 居た堪れなくなり、ひとまず退散することにした。

 ヘルミには、空が暗くなって人目を忍べるようになってからこっそりと会いに行くとしよう。


「おい、アンタ」


 呼び止められて振り返ると、レオの兄であるルーカスが立っていた。

 彼の表情もどこか冷やかである。

 こんな嫌われ者の俺に何の用なのだろう。

 ああ、嫌われていると自分で言って涙が出そうだ。


「……ヘルミから伝言がある」


 ヘルミの名前が出てきてどきりとした。

 伝言?

 『出て行け馬鹿!』とか、お得意の『あれを引きちぎるぞ!』とかだったらどうしよう。


 動悸を起こしながら聞いた伝言の内容は『話がしたい』ということだった。

 願ったり叶ったりである。

 二人で話したいから他の人が立ち入ることの出来ない、毒蜘蛛の森の奥にある祠で待っているということだった。

 ヘルミはもう向かっているそうなので、俺もすぐに向かった。

 マリアも来ると言ったが『待て』をさせておいた。




※※※




 毒蜘蛛の森は、相変わらず赤シソのように紫だった。

 だが俺も抗体が出来たのかチクチクもしなくなった。

 ただ視覚的に気持ちが良くないというだけである。


 ルーカスに言われた方角を目指し、奥へ進むと丘があった。

その麓に聞いた通りの祠があった。

 いや、祠と言うよりはただの洞窟のような……。


「ヘルミ?」


 ヘルミの姿は見当たらない。

 声を掛けたが反応もない。


 祠はまだ奥が深そうだ。

 中にいるのかもしれないと足を踏み入れた。

 祠の中は軽い下りになっていて、二車線のトンネル程度の空間がずっと奥まで続いていた。

 出口は見えず、どこまで続いているのかは分からない。

 三十メートル程中に進み、外の光が届かなくなってきたところで、流石にこれ以上奥で待っていることは無いかと引き返そうとした、その時――。


――ゴオオオオオオオオオオオッ!!!


 轟音と共に凄まじい土煙がこちらに向かってきた。

 粉塵に混じって大きな石も混じっていて痛い。

 このハイスペックな体だから『痛い』で済んでいるが、普通の人なら当たり所が悪いと死んでいそうなくらいのダメージだ。

 一気に視界が真っ暗になり、前が見えなくなった。

 何が起こっているのかさっぱり分からない。


 立ち込めていた土煙が引くのを待ち、魔法で明るく出来ないか模索した。

なんとか光の珠を作り出すことに成功し、周りを見ることが出来た。

 そして分かった現状に絶句した。


 入り口が塞がれていた。


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