第十三話 狩り
「狩りだ! 飯を取りに行くぞ!」
ライラさんの手伝いで、早朝の薪割りをしていたところに村長が現れた。
手にはゲームの初期装備のような剣が握られている。
なんてことない、ただの『ロングソード』だ。
今日はヘルミと毒蜘蛛の森に行こうと話していたので、最初は渋って断ろうとしたのだが……。
「倅が狩りに出れなくなったのはあんたのせいなんだからな! 代わりに働け!」
「ええ?」
怪我はさせてしまったが、動けない程なのか?
そう尋ねると、『拗ねて部屋から出てこねえんだよ!』という言葉が返ってきた。
子供か!
リクハルトに対してはただただ呆れるばかりだが、思った以上に強く殴ってしまった心苦しさはあるので、狩りの代わりくらいはすることにした。
俺は現状『ただ飯食らい』だし、肩身が狭いということもある。
ヘルミに話して狩りの方を手伝う許可を貰い、村長と支度を始めた。
『狩り』といっても、俺にはその能力も知識も無い。
だから荷物持ちや雑用をするだけで良い、ということだった。
それだけでも、危険が全く無いわけではない。
最低限自分の身は守れるよう、村長に庭先で特訓して貰うことになった。
「よし、色男。行くぞ! 受けてみろ!」
その呼び方を、まずやめて欲しいところだが……。
俺の実力を見たいということで、竹刀のような棒で打ち合いをすることになった。
最初は村長から打ってきたのだが……余裕で対処出来た。
というか、遊んでいるのか本気なのか分からなかった。
ふざけている様子には見えないが……。
「あれ? なんじゃい、お前さん。良い動きするじゃないか」
「はあ」
やはり真面目にやっているようだ……これで?
リクハルトもそうだったが、村長も弱い?
「ていやー!」
「?」
村長が声だけは勇ましく向かってくるが……。
どう対処すればいいのか迷いながらぬるい攻撃を避けていると、通りがかった村人が見学するようになった。
「村長! 若いもんに目にもの見せてやれ!」
「ユリウスさん、頑張ってー!」
男性陣は村長を、女性陣は俺を応援してくれるようだ。
一人、また一人と、ギャラリーが増えるに連れ、村長の声はどんどん張りをましていくが……声だけじゃないか。
「……はあ……はあ……お前さん、年長者に対する敬いがないぞ!」
どうやら最初から全力だったらしい。
肩で息をしながら、恨めしそうに俺を見ている。
そんなことを言われてもだな……。
祭りの夜店でよく見かける剣の形をしたバルーンでやってるんじゃないか、というくらい軽くて遅かった。
途中から、村長が必死になってきてるのが分かって可哀想だった。
どんどん髪も散らかっていく。
女性陣が黄色い声を上げる一方で、男性陣……特に村長と同年代と思しき人たちは涙ながらに応援していた。
『もうやめてくれ』、そんな声が聞こえた気がした。
俺もその方がいいと思ったが、村長が向かってくるので避けるしかないのだ。
というか、避けることしかしていないのだが……。
「ふっ……まあ、このへんで勘弁してやろう。次はお前さんが向かってこい!」
俺を打ち負かすのは諦めたのか、今度は打ってこいと言われた。
いや……もう止めようよ。
呼吸困難を起こしながら禿げ散らかしているおっさんに竹刀を向けるのは心苦しい。
これがリアルなオヤジ狩りか。
……なんて村長を甘く見ているが、実はかなりの手練れで、力は無くても俺の攻撃を優雅に受け流す、なんてことが起きるかもしれない。
何においても油断は大敵である。
気を引き締め、剣道の『面!』という感じで打ち込むと……。
「あっ」
村長の持っていた棒が折れた。
折れた先がくるくる回りながら飛んでいき、ちょうど村長の頭の上にクリーンヒット。
「くううううっ!」
痛みと戦いながら、蹲る村長。
痛そうだ、それで無くても人より髪の毛という防御層が薄いのだから……。
今ので更に毛根が死んだだろう。
心中お察しします。
ってかこいつ、駄目じゃん。
俺は笑いを堪えるのに必死だ。
周りの観客もそうだ。
一応村長だし、気を使っているのか声を出して笑うのを堪えている。
我慢しすぎて肩が震えている人もいる。
何を一人でコントしてるんだ……。
禿げネタで笑わせるなんてずるい。
「くっ」
しまった……堪えきれず笑いが少し漏れた。
すると、それを皮切りに……。
「あははは!」
「ぶははっ!」
我慢していた観客が、一斉に笑い始めてしまった。
しまったと思い、村長を見ると……。
蹲った体勢のまま、こちらを睨んでいた。
「もうお前一人で行ってこい!」
村長も拗ねた。
ずんずん歩き、バタンッと大きな音を立てて家の扉を閉め、消えて行った。
息子に続いてお前もか!
あんたら間違いなく親子だな……。
なんて大人げない大人なんだ……。
「ユリウスさん、素敵でした!」
見覚えのある少女が声を掛けてきた。
雑貨屋にいた子、ヘルミの友達で……カティ? レイラ? どっちだったかな……。
「あのこれ、私が焼いたクッキーなんです。よかったら……」
差し出された小さなカゴを受け取った。
掛かっていた布をめくると、言った通りの美味しそうなクッキーが入っていた。
お菓子だ!
久しぶりのお菓子だ!
「ありがとう!」
「! はわあ……」
嬉しくて、満面の笑みでお礼を言ってしまった。
どうやら俺様微笑み攻撃が決まってしまったようで、ヘルミの友人は顔を真っ赤にしながら去っていった。
いやあ、罪深いね。
……誑し込むなとヘルミに怒られそうだな。
「さて、どうするか」
村長に放置され狩りに行けと言われたが、どこで何をすればいいやら。
「ユリウス様、ここにいらしたのね!」
途方に暮れてると、マリアが現れた。
やはりまだ俺を追いかけるようで、リクハルトはチャンスを生かせなかったようだ。
「どうかされましたか?」
思案している様子の俺を見て、マリアが尋ねてきた。
マリアに聞いてもなあ、と思ったが一応聞いてみた。
「申し訳ありません。存じませんわ」
やっぱり狩り場は知らなかった。
ですよね。
だが、獲物がいそうなところは分かるらしい。
案内すると言ってくれたが、何かあっても守ってやれる自信がないので断わった。
一人で行くから場所だけ教えてくれとお願いしたのが、行かなければ分からないと言う。
冒険者旅をしていた経験もあるし、自分の身は自分で守れるから一緒に行くと返された。
更に治癒魔法が使えるから安全だと言い負けてしまい……結局、一緒に狩りに行くことになった。
まあ、マリアとは話をしたかったし、魔法も教えてくれるということなので良い機会か。
ヘルミに一声かけて行ってきていいか聞くと信頼してくれてるのか、笑顔で送り出してくれた。
マリアが腕に絡み付いてきたりしていたが、ヘルミは何食わぬ顔をしていた。
ヘルミさん、『妻の余裕』というやつですか?
※※※
準備を済ませ、マリアと並んで歩きながら狩りに向かう。
くっついてくるので、引き離す作業が鬱陶しい。
そんなことより、柔らかい山が腕に当たってますけど。
「……」
「どうかなさいました?」
「……いや」
わざとだな。
女子力が高いと解釈しておこう。
そんなことをしながら歩く道中、魔法についての話を聞いた。
魔法を使うには『体内の魔力を消費して使うもの』と、体外にあるもの、生物や植物など『魔力を宿しているあらゆるものから収集して消費する』二通りあるらしい。
単純に言うと自分の魔力を使うか、外から取ってくるか、だ。
一般的なのは体内の魔力を消費する方で、体外の魔力を使う方は竜や高位の魔物、極少数の優秀な魔法使い、貴重な道具を使用した場合しか無いらしい。
そして、マリアの知る『ユリウス』は両方使うことが出来たらしい。
どこまでハイスペックなんだ。
属性は六つ。
それぞれを竜が司っており光・闇・火・水・地・風がある。
属性は生まれ持つものであり、大体二つあることが多いそうだ。
「魔法の使い方でしたら、ユリウス様の場合は体が覚えていると思いますわ」
一般の人は魔力は持っているが、魔法を使うことは難しいそうだ。
魔法を使うという感覚を掴むまでが難しいらしい。
だが俺の場合は身体が覚えているだろうから大丈夫だろうと、実戦を踏まえながら覚えていくことになった。
早速魔法を使えるかどうか試してみる。
マリアが見本を見せると言う。
落ちていた木の葉を拾い、自分の手のひらに置いた。
すると木の葉はマリアの手を離れ浮かび上がり、くるくるとマリアの周りを回りだした。
「おお」
感嘆の声を上げると、マリアがクスリと笑った。
「さあ、まずはこのように、葉っぱを浮かべてみましょう」
マリアから葉っぱを受け取り、自分の手のひらに乗せた。
「体内の魔力を使って、この葉が浮かび上がるよう念じてみてくださいませ」
そう言われても……まず『体内の魔力を消費して』が分からないのですが。
とりあえず『葉っぱよ、浮かべ!』と気合を入れ、『それっぽいこと』をやってみた。
――パアンッ!!
「きゃあ!」
「うわ」
結果、葉っぱが木っ端微塵になりました。
また加減が出来ていないパターンでしょうか……。
でも魔法を使った、ということは確かだよな?
ちょっと嬉しい……が。
「ごめん、失敗した」
「い、いえ……流石ですわ! ユリウス様の魔力量は本当に素晴らしい。ささ、もう一度試してくださいな」
マリアがもう一度葉っぱを拾って、手のひらに置いてくれた。
おおぅ、この子思ったより良い子かもしれない。
再度挑戦。
――パアンッ!!
「……」
「……」
駄目でした。
木っ端微塵ではなかったが、びりびりに破れて散った。
「だ、大丈夫ですわ! さっきよりは制御出来ていますもの! さあ、葉っぱはいくらでもありますわ!」
マリアの顔が、若干引きつっていた。
俺の中では少しだけマリアの高感度が上がったが、マリアの中で俺の高感度が下がったような気がする。
その後も、葉っぱを何十枚と粉々にした。
狩り場になりそうなところに到着しても上手く出来なかったのでしばらく留まり、落ち着きながら練習するとなんとか浮かび上がらせて、操ることが出来るようになった。
「ありがとう」
「どういたしまして。ふふっ、あのユリウス様にこんなことを教える日がくるなんて、思ってもいませんでしたわ」
楽しそうにコロコロと笑っている。
マリアの知る『ユリウス』を思い出しているのだろうか。
「なあ、以前の俺ってどういう奴だった?」
「そうですわね……。麗しくて、凛々しくて、お強くて、非の打ち所のない方でしたわ」
「はあ……へえぇ」
「ふふ! そういう……失礼ですけど、気の緩んだ表情もお持ちだったのですね」
「随分と腑抜けてしまったんだなあ、俺」
「いえ、親しみやすいユリウス様も素敵ですし、お美しさは変わりませんわ」
マリアの気遣いがなんだかとても心苦しい。
今の俺はとても残念な有様だと思う。
「では狩りを始めましょうか」
「そうだな」
今度こそ本当の実戦だ。
俺が先頭に立ち、後ろにはマリア。
装備はライラさんが貸してくれた、リクハルトが使っている胸当てとブーツ、銅の剣だ。
ゲームの初期装備、といった感じだ。
マリアは普段の私服のワンピースのまま、防具は見当たらないが杖を持っていた。
こぶし位の大きさの緑の石がついた短杖だ。
進む方向はマリアが指示をしてくれる。
「この辺りには猪鳥と羽兎がいます。猪鳥は太った鳥で飛びません。突進にさえ気をつければ問題ありませんわ。羽兎は危険性はありませんが逃げ素早く、飛んで逃げるので捕まえるのが難しいです。他にもこの辺りは、ゴブリンやスライムもいますが、もちろん食料にはならないので始末しましょう。大丈夫、ユリウス様なら目を瞑っていてでも出来ますわ。それに、私がお手伝いしますから」
「頼もしいよ。よろしく」
「お任せくださいませ!」
この身体になってから、女性に世話になってばかりだ。
せっかくハイスペックな身体能力を持っているのだから、体に慣れて恩を返せるようになりたい。
今はマリアという頼りになるフォロー役もいるので、特訓を兼ねながら狩りを頑張ろう。
少し緊張しながら進んで行くと、何かいるような気がして足を止めた。
「どうかされました?」
「先に何かいるような気がして」
「そうですか? 私には分かりませんが、ユリウス様がそう仰るのならそうなのでしょう。少し慎重に、いつ戦闘になってもいいように心構えをしながら進みましょう」
「分かった」
ゆっくり慎重に歩みを進めた。
すると百メートル程歩いたところで、猪のような胴体に鳥のような足を持ったアンバランスな姿の生き物が草を食べていた。
「さすがユリウス様! いましたわね。あれが猪鳥ですわ」
「草食なのか?」
「草でも、肉でもなんでも食べますわ」
雑食か。
猪に似ていると思ったが豚にも似ている。
突進するといっていたから、猪っぽさの方が上だが。
どちらでもいい、なんだか勝てそうだ。
生きている物の命を奪うなんて『私』の感覚で言うと恐ろしくて考えられないが、今はなぜだか出来そうな気がする。
これもこの身体のせい?
それとも知らない間にこの世界に馴染んだのか?
でも……それって凄く怖いことだな。
知らない間に自分の価値観が変えられているということなのだから。
くそ、嫌な事に気がついてしまった。
今日は眠れないような気がする。
「ユリウス様、どうかされました?」
「あ、いや……なんでもない」
駄目だ。
今は目の前のことに集中だ。
まず初めてだし、あまり獲物の状態は考えずに倒すことに集中だ。
猪鳥はまだこちらに気づかず草を咀嚼している。
背後から気配を消しながら近づき、一刀両断した。
猪鳥は斬られるまでこちらに気がつかなかったようだ。
ほぼ真ん中で真っ二つに割れて血が飛び散り、内臓も散らばり、実にグロテスクな光景が広がった。
うわあ……。
それでも思った程ショックを受けていない自分が怖い。
まあ、普段見ていないだけで牛や豚を食べているのに、これを非人道的だなんて騒ぐのもおかしな気はするが。
「素晴らしい太刀捌きでしたわ! 処理もしやすいですわね」
マリアがとても逞しかった。
魔法で綺麗にして、四次元ポケット的な空間に手際よくしまってくれた。
正直触りたくはなかったから助かったが、ずっとマリアにお願いするわけにはいかないので一連の処理方法を教わっておいた。
内臓に触れたとき一瞬吐きそうになって、まだまともな感覚もあるんだなと少しほっとした。
その後は羽兎に遭遇した。
羽兎は羽のように大きな耳で飛んでいた。
木の枝にいる時は足で移動しており、動きが素早い上高いところにいるので、マリアが魔法で仕留めた。
風の矢で一撃必殺で見事だった。
格好良かったので教えてもらった。
再度羽兎と遭遇した時挑戦してみたがあえなく失敗、木を薙ぎ倒してしまった。
羽兎にも当たっていたが獲物としては破損が大きすぎて物にならなかった。
その後も何度か羽兎や猪鳥、ゴブリンにも遭遇したので風の矢で仕留めようとしたがマリアのように華麗に決まらなかった。
やりすぎたり、逆に足りなかったり、大きく外れたり……。
獲物もある程度数がいるだろうから途中で断念、魔法はマリアに任せ、比較的動けるようになってきた剣の方で始末していった。
夢中になって狩りを進めていると、いつの間にか日が傾き始めていた。
「結構時間が経ったな。そろそろ村に戻ろうか」
「そうですわね」
「かなり奥の方まで進んだから戻るにも時間がかかるだろうし。俺は道はさっぱりだ」
「私もですわ」
「だよな。って、……え?」
今、道が分からないと言うのに同意しましたか?
気のせいだよな?
素敵な微笑でこちらを見ているし。
「帰り道、分からないなんてことはないよな?」
「分かりませんわ」
「……は? ええええ!?」
『どうしましょ?』なんて可愛らしく首をかしげている場合じゃないぞ!
「道を案内してくれるんじゃなかったのか!?」
「『獲物のいそうな所にご案内する』と言っただけで道は知りませんわ。私は獲物のいそうな所を進んでいただけですから」
「……」
確かにそうだけど……そうだけどさあ!
まさか知らない所で獲物がいそうなところを闇雲に目指していたとは……。
知っているところを案内してくれているんだと思い込んでいたから、道なんて覚えていない。
というか、森の中の道なんてないところを進んできたわけだから分かるはずもなく。
仕方ない、大体の方角は分かるからその方向に進むしかない。
「とりあえず、それらしき方向に進むしかないな」
「そうですわね。ユリウス様と一緒なら森で彷徨っても幸せですわ」
「はいはい……」
こいつ、わざとじゃないだろうな。
溜息をつきながらも、仕方なく村があると思われる方向に足を進めた。