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第十二話 馬鹿息子

 村長宅に戻るとマリアの姿はなかった。

 まだ村で俺を探し回っているのだろうか。


 ヘルミは一旦自分の家に戻り、用事を済ませてくると出て行った。

 誰もいなし、部屋で休むため廊下を歩いているとリクハルトと出くわした。


「……」

「……」


 気まずい。

 無視するのもおかしいか、何か一言挨拶くらいするべきか迷う。

 『こんにちは』というのも違うし、『よお』なんていう仲でもない。

 混乱していると向こうから声を掛けてきた。


「お前、顔かしてくれよ」


 ……呼び出しですか。

 トイレですか?

 屋上ですか?

 頭の中にはヤンチャな若者達に囲まれ、一人正座している自分の姿が浮かんだ。

 いや、今は一対一だが『呼び出し』と言えばそういうイメージだ。

 何にしろ楽しい話ではないことは確かだ。

 内心ガタブルしながら、リクハルトの後を着いていった。


 辿り着いた先はトイレでも屋上でもなかった。

 リクハルトの私室だった。

 おお……この世界の若い男子の部屋だ。

 なんだか緊張する。

 リクハルトは美形ではないが、ライラさんと同じ多い濃い茶色の髪に茶色の瞳で、スポーツが出来そうな爽やか好青年だ。

 ……ずっと睨まれているので爽やかさはお留守中だが。


「単刀直入に言う。あんた、この村を出て行ってくれよ」


 本当に単刀直入だ。

 『今日は良い天気ですね』なんて雑談が始まるとは思っていなかったが、あまりにも直球だ。

 嫌われていることは分かっていたがストレート過ぎて傷つく。

 よっぽど俺が邪魔なのだろう。


「マリアは……」

「マリアはオレの嫁になるんだ。あんたには関係ない」


 『マリアは俺について来るつもりだが、それはどうするのか』と言おうとしたのだが遮られてしまった。

 お前はマリアの名前も口にするな、という威圧を感じる。


 そうは言っても『貴方の未来のお嫁さんは、今も俺を探し回っているようですよ?』と言いたい。

 口にすると煽ることになりそうなので言わないが。

 というかリクハルトは俺にあれこれ言う前に、まずマリアを説得するべきだろう。


「俺はマリアとどうこうなりたいわけじゃない。記憶が戻ったら分からないが……今の俺はヘルミと一緒にいたい。あんたの邪魔はしないさ」

「いるだけで邪魔なんだよ!」


 話を聞いていても時間の無駄だし、言いたい事を言って逃げようとしたが背中を見せた瞬間に怒鳴られてしまった。

 俺がいるとマリアの目は自分に向かない、だから消えてほしい。そういうことだろう。

 マリアの様子を見ていると、俺が目の前から消えたとしてもリクハルトに目が向くとは思えないが……。

 俺が生きていると分かっていれば、どこまでも追いかけてきそうだ。


 ……というかさあ。

 こいつはなんで、こんなに好き勝手言っているんだ?

 ヘルミという相手がいながらマリアに乗り換え、マリアが俺の元に来ようとすると俺に邪魔だと難癖つけてくる。

 なんというクソ男だ。

 うんこだ。

 水洗で流すべきだ。

 段々苛々してきた。

 なんでこんな男に、ヘルミが傷つけられなければならなかったのだろう。

 そもそもヘルミに謝ったのか?

 いや、もうヘルミに近づかないで欲しい。


「人にどうこう言う前に、自分の力で引き止めろよ。出来ないからって俺に当たるな」


 侮蔑を視線に込めて、そう吐き捨ててやった。

 今俺は便を見る目でお前を見ているぞ!

 便男め。


「な、なんだと……!」


 排便扱いしていることが伝わったのか顔を真っ赤にさせ、激高したリクハルトが俺を殴ろうとして構えたのが分かった。

 うわあ、殴られる!

 まずい……殴り合いなんて無い女の喧嘩の感覚で挑発してしまった。

 殴られる覚悟をしたが……条件反射で身体が動いた。


――あ、見える。


 リクハルトの突き出した拳を何なく捕まえた。

 あれ……こいつ、弱い?

 俺に拳を掴まれてしまったリクハルトは、『離せ!』と腕を必死に動かしたり、蹴りを入れてくるが……。

 二歳くらいの子供がじゃれてきているような感覚だ。

 不思議で……奇妙で……少し気持ち悪い。

 これもこの体のハイスペックがなせる技だというのか。

 

 リクハルトの拳を離すと、彼は余程全力で暴れていたのか肩で息をしていた。

 本当なのだろうか。

 俺にはコントとしか思えない。


「このクソ野郎ぉ!」

「いや、クソはお前だから」


 『水洗で流したい』と何度も思っているよ、俺は。


「出て行けよ! この村にあんたの居場所はねえ!」


 『呆れている』ということを全面に押し出している俺の態度が癇に障ったのか、子供のように地団駄を踏む始末。


『一回、いや百回くらいぶっ飛ばしてもいいわよ、あの阿呆は!』


 ふと頭に浮かんだのはライラさんの言葉。

 そういえば、許可を頂いていたじゃないか。

 ……よし、やってやろうじゃないか。


「歯ぁくいしばれ」


 一回言ってみたかったんだ、この台詞。

 思わず口角が上がってしまった。


「なっ、なんだ!」


 既に左手はリクハルトの胸倉を掴み、右手は殴る準備万端だ。

 リクハルトは小さな声で悲鳴を漏らし逃げようとしてるが、俺の手はびくともしない。


 ハイスペックな身体能力全快で殴ると大惨事になるかもしれない。

 力を程々に抑えながら、リクハルトの左頬を殴った。


――バキィィィッ


「ぶはああああああああああああっ!」


――ドオオオンッ


「え?」


 ……何が起こった?

 バキッ、ぶはっ、ドオンって聞こえたけど。


 リクハルトに目を向けると、彼は床の上で白目を剥いて転がっていた。

 青く腫れ上がった頬、凹んだ壁。

 さっきの音の正体は殴った音、からの悲鳴。

 そして吹っ飛んだリクハルトの体が壁に激突した音、だったようだ。


 焦った。

 大分加減しましたが!?

 そんな体が吹っ飛ぶ程力を込めていないはずだ。

 俺は悪くない、ハイスペック過ぎるこの体が悪いのだ!


 「どうしたの!?」

 

 バンッと荒々しく扉が開き、マリアが姿を見せた。

 戻って来ていたようで、物音を聞いて部屋の中に飛び込んできた。


 「「……」」


 俺とマリアの間にヒューッと寒い空気が流れた。

 お互い無言だ。

 横たわるリクハルトも無言だ。

 こいつ、死んでないよね!?


 目を凝らして見るとぴくぴく震えていて、微かに唸っている声も聞こえた。

 良かった、生きてる。

 無事そうだ。


 俺はマリアにリクハルトを任せ、自分の部屋に戻ることにした。

 立ち去ろうとしたのだが……何故かマリアまでついてくる。

 何か言いたそうな顔をしている。


「何?」

「リクハルトと私のことを争っていたのでしょう? ごめんなさい……」

「は?」


 なんと。

 マリアの中では『私を奪い合って争わないで!』に映っていたらしい。

 凄いな、この子。


「リクハルトと一緒にいてやれ」

「でも……」


 看病してやってくれ、俺はしないけど。

 リクハルトだってマリアにされた方が嬉しいだろう。

 それでも俺に着いて来ようとするマリアを目で制し、自分の部屋に足早に戻った。




※※※




 リクハルトを刺激しないよう、顔を合わせることになる夜の食事は遠慮した。

 すると、ライラさんが部屋まで食事を持って来てくれた。

 ありがとうございます、やはり貴方は女神です!


 ライラさんによるとリクハルトは顔の左側が青くなった上、腫れ上がっていたそうだ。

 うん、見たよ。

 ……すいません。


 ライラさんは『殴ってやれ』とは言っていたが、それは冗談だろう。

 息子さんに暴力を振るったことを謝罪すると、『どうせあの馬鹿が、録でもないこと言ったんだろ? 良い薬になりゃいいんだけどねぇ』と笑い飛ばしてくれた。

 ただ、『もうちょっと手加減してやってくれ』とも。

 そうですよね、自分でも引きました。

 深々と頭を下げておいた。

 その後、事情を聞いたヘルミが心配して俺の部屋まで来てくれた。


 あまりにも自分勝手で幼稚なことを言うから思わず手が出たのだか、案外力が入ったのか吹っ飛んで焦ったと言うと爆笑していた。

 見たかった、またやってくれと言われたがもう勘弁して欲しい。

 殺してしまいそうで、心臓に悪い。

 その後、ヘルミと他愛の無い会話をしてから早めに寝ることにした。


 マリアは尋ねてこなかったので、ずっとリクハルトについてあげているのだろう。

 怪我の功名じゃないか。

 チャンスをいかして頑張れと応援しながら微妙に疲れた一日を終えた。 


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