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第一話 目覚め

「……ん」


 ゆっくりと引き上げられていくように意識が浮き上がっていく。

 気を失っていたのか眠っていたのかも分からないが、霧が晴れていくように視界がクリアになる。

 頬を撫でる柔らかい風、木々のさざめき、降る注ぐ日差しが私を揺り起こしていく。


 まどろみも解け、疑問が次々と浮かび上がる程度に脳は起動した。


「あれ、私何をしていたっけ? ……ッ!」


 思考を巡らせると頭痛に襲われた。

 思い出せたのは『酔いつぶれて寝た』ということだけ。

 この痛みは二日酔いかもしれない。


 体を起こす気にはなれない。

 仰向けになり、空を見上げた。

 雲一つない心地よい天気、快晴である。


「……え?」


 『空』だ、見上げたのは天井ではなかった。

 私は自室で酔いつぶれたというのに。

 頭の中ではてなマークが無数に湧き上がった。

 ……意味分からないんですけど。

 考えられるのは泥酔して外に出てしまい、徘徊してしまった……とか。

 それであれば、ここは近所だと思うのだが。

 首を傾け辺りを見渡し、見覚えがあるか確認。


「え……森?」


 私が住んでいる地域は住宅街で近場に森はない。

当然見覚えは無かった……というか、なんだこれ。

森の『色も』おかしい。

 植物は、基本『緑』のはずだ。

 『緑豊かな』なんて言葉の使い方をされるくらいなのだから。

 なのに……。


「紫って……」


 私の周囲三百六十度広がる景色に映る植物は、全て毒々しい『紫』だった。

 『紫の植物』を自分の知識内で探したが、『赤シソ』くらいしか浮かばない。

 もしかして、赤シソが群生しすぎて周辺の樹木まで染まった、とか?


「そんな馬鹿な」


 一人突っ込みは程々にして、気だるい体を起こすことにした。

 いつまでも転がっているわけにはいかない。

 上半身を起こすと、当然だが自分の体が目に入り……そこで異変に気がついた。


 白いシャツに白いズボン、私……こんな服持っていたっけ?

 それに……全体的に『長い』。

 服のことではない、『体が』だ。

 

 何かいやな予感がする、恐ろしいことが起こっているような……。

 急加速しそうな心音を落ち着かせるため、深く呼吸をしながら自分の体の端々を確認した。

 健康面での異常は無い、怪我も無い。

 頗る順調だ。

 だが、別のところに大量の異常を見つけた。


「これ……誰?」


 私のプロフィールは『日本人・女性・商社勤務・二十五歳(未婚)』なはずなのだが、どう見てもこの身体は『長身の白人男性』だ。

 何とは言わないが『ナニ』がついていますが。

 しかもご立派です。

 煩悩の化身、魔神マーラ様のご加護がありそうです。

 いや、そんなことはどうでもいいんだ。


 もう少し『自分?』を観察してみる。

 腰まであった長い髪は金髪だった。

 乱れていてぼさぼさだが、洗って整えればかなり綺麗な黄金の髪になりそうだ。

 染めた金髪ではないと思う。

 やっぱり『私』ではない、誰?


 混乱と動揺で叫びたくなってきたが、冷静になって纏めてみよう。

 目が覚めると知らない場所で、ありえない光景で、今まで生きた自分とは違う姿になっていた。

 結論、これは『夢』だ。

 こんな夢を見るなんて、私は変身願望でもあったのだろうか。

 思い当たる節は……あるな。

 私は確かに『変わりたかった』。


「なんだかなあ……。 !?」


 目覚めてから、何気なく声を発してはいたが気づかなかった。

 声も男の声で、しかも中々好みだった。

 好きな声優の声に似ている気がする。


「あーたーらしーいーあさがきたー」


 歌ってみると、やはり好みの声でキュンとした。

 やばい、萌を自給自足出来る! エコだ!

 沈んでいた気持ちが上がってきた。


 次は顔、どうかイケメンであれ!

 顔を映せるようなものを探したが、周りにはなかった。

 ぺたぺた触って確認してみたが、全く分からない。

 鼻が高いのは分かるし、目は二重だということも触感で分かったが、全体像が見えてこない。

 パーツが良くてもバランスが悪ければ最悪だ。

 『ファンキーアメリカン』な感じだったらどうしよう。

 私は人見知りだし、内気だし根暗だし……。


 というか、この夢はいつまで続くのだろう。

 夢の中で目が覚めたけれど、そろそろ本当に覚醒してもいいと思うのだが……。


「……」


 何もせず暫く夢が覚めるのを待ってみたが、一向に覚める気配が無い。

 段々心細くなってきた。


「少し動いてみるか」


 ただ座っているのも落ち着かなくなってきたし、動いて気を紛らわそう。


「うがぁ!?」


 立ち上がり、一歩踏み出した瞬間に尖った石を踏んでしまった。

 足の裏が痛い……。

 膝がガクッと曲がり、その場に崩れた。

 もう嫌だ……。


「おお……神よ……」


 何故、私にこのような試練を与えられたのか。

 私が何をしたというのでしょうか。


 というか……これ、夢じゃないでしょ。

薄々分かっていたけれど。

 夢でこんな明確に痛みを感じるなんてないと思うし、夢にしては視界も嗅覚も聴覚も鮮明過ぎる。


「もう、なんなんだー!!」


 不安や怒りを込めて叫んだ。

 だが何も起こらず、私の雄たけびは紫の木々の中に吸い込まれて消えてった。

 人の気配はしないし、助けなんてないだろう。


 神様、助けてよ。

悔い改めますから。

 もうやる気のないダイエットをやると言ってみたりしません。

 本を買う時、一番上を取らず間から取ったりしません。

 部長からの電話を、転送を間違えたフリをして切ったりしません!

 拗ねて『禿げろ』や『メタボになれ』なんて言いません!

 

 思いつく限りの自らの悪事を懺悔したが……神の救いは無かった。

 なんという無慈悲な。


「……あのぅ」


 突如、背後から声が聞こえた。

 声……『人』だ!

 『助かった!』……と思ったが、小心者の私は不安に襲われた。

 本当に人? 振り返って大丈夫?

 警戒して動けない、私は硬直して岩となった。


「あの、どうされましたぁ?」


 こ、これは女の子の声だ!

 硬直を解き、光の速さで振り返った先には――。


――シュコーシュコー


 素敵なガスマスクをつけた女性がいました。


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