決着、そして…
もしかしたら勝てるかもしれない。
そんな風に高を括った僕がバカだった。
僕は自分が自信過剰だとは思ったことはないし、そのつもりもない。
でも今回ばかりはそう言われても返す言葉がないよ、ホント。
少し調子に乗り過ぎた。
無様に城の壁にめり込む僕を見上げながら、レオさんが歩いてくる。
そんな彼に若干恐怖を覚えながらも、僕はここで引くつもりはなかった。
負けたくない。
そう強く思った。
だけど、そんな僕の意思を折るような声が投げかけられた。
「レオ様、ルキトはどうやら戦闘不能のようです。訓練はここまでに…」
兵士二等組の部隊長、ボルドだ。
やばい、このままじゃ決着が…
「は?ボルド何言ってんだよ?」
レオさんがボルドを見て頭上に?マークを浮かべる。
「いや、ですからルキトは…」
「まだ、だ…」
ボルドの戸惑ったような声は、僕の小さくかすれたような呟きに割り込まれる。
「まだ、終わって…ない…ですよ」
僕が途切れ途切れにそう言うと、レオさんはまるで僕が諦めてないのを分かっていたかのような満足げな表情をしている。
「な?」
「いや、しかし!」
「ボルドさん、僕は大丈夫ですから。続けさせてください」
めり込んだ両肩を何とか引き抜き、両腕を自由にする。
左右の剣を逆手に持ち替え、壁に突き刺し、その反動で腰と尻も壁から抜け出す。
身体全てが抜け出た僕は芝生に着地し、少しフラつきながらもレオさんを視界の中央に見据える。
「さぁレオさん、第3ステージなんでしょ?早く、始めましょうよ」
「いいぜ、ルキト。その粋だ!」
レオさんが一瞬で眼前まで迫る。
でも僕の体は勝手に動いていた。
どんな原理かは自分でもよく分からないけれど、まるで一旦時が止まってまた動き出した時には後ろにいたような、そんなスピードとは最早無縁のような動きでレオさんの背後に回る。
右腰を狙った僕の切り払いがレオさんの右の剣によって弾かれる。
一拍も置かず、流れるような動きで逆腰を狙うもまた同じく防がれる。
そこで正対したレオさんが僕の左脇腹へ突きを入れるも、寸前で躱す。
レオさんはまるで僕が躱す時に移動する先を読んでいたかのように、的確に逃れた僕の右肩へと鋭い突きを置いていた。
炎を纏う突きが右肩に触れる直前、ギリギリで間に合った僕の体重移動が右肩をずらし、剣尖が掠る程度でなんとか致命傷を避ける。
が、突きにより擦り傷のみならず火傷も負った僕が一瞬その痛みに顔を歪めた時、レオさんがここぞとばかりに攻撃のスピードを上げてくる。
僕も必死に連続攻撃で対応するけれど、勢いは止まらずますます加速する。
尋常じゃない。
さっきまでの攻撃スピードの5倍近くの速度になってるぞ、たぶん。
くそ、捌ききれない…!
肩や腹、腕や脚に火傷付きの擦り傷が量産されて行く。
一方、未だレオさんはほとんど無傷に近い。
このままじゃ…負ける…⁉︎
「うぉぉおおおおおおおお!!!!」
盛大な咆哮を上げた僕がレオさんに合わせ、更に連続攻撃の速度を上げた時、あの黒い影がまた復活してきた。
うねるように僕の腕に巻きついて来たのち、今度は僕の剣にまで侵食を始めた。
「⁉︎」
「こいつは、俺のと同じ…⁉︎」
レオさんも目の前の現象に驚きの表情を隠せないみたいだ。
それもそうだろう。
僕だって何故こんな風になったか分からない。
なんせこの黒い影はまるでレオさんの技をそのまま模したように僕の双剣に纏わり付いているのだから。
そんな中でも僕らの高速攻撃は続いている。
周りの野次馬から見れば、今の僕らの光景は炎の黄色のような赤と闇を濾したような黒の4本の剣達が打ち合った時に放つ火花で、まさに芸術の一品の絵を現実化した風に見えるだろう。
速すぎて、最早普通の人間には剣の軌道など見えないと思う。
そんな速すぎる連続攻撃の応酬をしていた僕とレオさんだけど、やっぱり人間だから永遠にこんな事が出来るわけがない。
先に肉体の限界が来たのは、僕の方だった。
元々喰らってたダメージもあったんだろうけど、とうとう僕の腕がレオさんのスピードに着いて行けずに剣の軌道がブレた。
「くッ…⁉︎」
「お⁉︎」
その一瞬の隙を突かれてしまった。
レオさんは軌道がブレた左の剣を豪速で切り払い、更に右の剣をも弾き飛ばす。
その勢いにやられ、僕は芝生に尻餅をついてしまった。
普段の僕ならこんな簡単に武器を飛ばされることなどしない、しないしさせない。
でも、今は極限状態の集中力を保っていた精神と、限界以上の力で戦っていた肉体が同時に悲鳴を上げたことで、やすやすと武器を飛ばされてしまった。
さらに、先程の剣の軌道がブレた時、僕は確信してしまった。
あぁ…負けたな、と。
あれだけの高速で高度な剣戟の中では一瞬の隙が命取りになってしまう。それも攻撃に特化した双剣同士なら尚更だ。
そんな中で隙を生じさせてしまった僕は本能的に負けを悟ってしまった。
それが精神への揺らぎに拍車をかけ、集中力が途切れ簡単に武器を手離してしまうこととなった。
レオさんが僕の首筋に双剣を添える。
「俺の勝ちだ。ルキト」
勝ち誇ったように満面の笑みを向けてくるレオさんに、僕は苦笑いで返すしかなかった。
「ですね」
「ルキトの戦闘続行不可能状態により、この訓練、レオ様の勝利と致します!」
ボルドの終了の掛け声ののち、大歓声が僕らを呑み込んだ。
そんな中僕が立ち上がろうとすると、レオさんが手を差し伸べながらとんでもないことをサラッと言ってきた。
「ルキト、お前俺の弟になれ」
「はい?」
今の今まで訓練という名目があったとはいえ、ほとんど殺し合いになっていてもおかしくないような戦いをしていた相手にいきなり弟になれと言われるなんて、誰が予想出来ただろう。
いや、たぶん誰も予想出来ないって。
「たぶん初めてだ。加護の力を使ってまで、あそこまで本気の勝負が出来たのは、ルキトが初めてだ。今までそこまで対等に戦えるやつなんてほとんどいなかったし、いてもそこまでの戦いをすることはなかった。お前はまだ剣技に荒っぽいところがあるし、俺が兄になってお前を鍛えてやれれば、お前はもっと光ると思うんだ。それにお前の事ももっとしりたくなったしな!どうだ?ダメか?」
「いや、ダメではないですけど…」
「ならいいだろ?」
「いや、でも僕はこの国からしたら余所者ですし、旅の者をいきなり弟分にするなんていくら国主の命でもこの国の皆さんが認めてくれるとは思わないし…」
「それは、こいつらのこの反応を見てもそんなことが言えるか?」
「え…?」
周りを見渡すと、野次馬達が一斉にこっちに向かって拍手をしたり歓声を上げたり、ガッツポーズをしながらこちらに歩いて来るところだった。
城の窓から僕らの訓練を見ていた人達は皆窓から身を乗り出すようにして拍手したり、手を振ったりしている。
「坊主!やるじゃねぇか!」
「レオ様相手にあそこまでの善戦をするなんて見直したよ!」
「ちょっといい勝負したからって調子に乗るなよ⁉︎」
「すごいぞルキト!」
「ルキト様!結婚を前提に私とお付き合いして下さい!」
「フレイさまぁぁああああ!!愛しておりますぅぅううううううう!!!!」
皆いろんな言い方で僕を褒めてくれていた。認めてくれていた。
後半求婚が混ざっていたような気もするし、最後の奴に至ってはまた女神にラブコールを贈っていた。
「あたしもいいと思うわよ?」
女神は微笑みながら、レオさんの発言に賛同している。
「いいんじゃ、ないですか?私は気に入りませんけど!」
近くまで来ていたメイドのサラさんも、
「ルキト、レオ様の弟になるの⁉︎いいないいなぁ!!」
僕のことを羨ましそうに、でもそれでいて嬉しそうにしているルミナも。
皆僕を歓迎してくれているみたいだった。
「どうだ?」
「じゃあ、よろしくお願いします。レオ兄!」
「おうよ!」
僕はレオ兄の手を取った。
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その夜、僕はレオ兄とボルドさんとサラさんとルミナで食堂にて夕食をとっていた。
「何でルミナまでいるのよ!」
「いいじゃない!ルキトがいるからいるのー!サラこそ何で一緒にいるの⁉︎」
「私はレオ様専属のメイドなんだからレオ様と一緒にいるのは当たり前でしょう⁉︎」
「こらこらケンカすんなって」
ルミナとサラさんがまた口喧嘩を始めたので、レオ兄が仲裁に入っている。
ほんとこの2人よく喧嘩するなぁ…
「ルキト、この城に関しては昼間レオ様からいろいろ説明を受けたと思うが、どうだ。慣れられそうか?」
ボルドさんが気遣わし気に聞いてくる。
「あ、はい。たぶん大丈夫だと思います」
あの後、僕は昼間一杯使ってレオ兄にこの城の色んなところに案内された。
ここが新しい僕の家となるんだ。
早々にいろいろ見ておきたかった。
ちなみに美少女の女神は、
「あたし、力使って疲れちゃったし寝るわね〜」
と言ってレオ兄の中に溶け込んで行った。
また今度あの人とはゆっくり話がしてみたい。
あ、人じゃなくて神様か。
まぁ、そんなこんなで今に至る訳だ。
「ところでレオ様、ルキトの入る部隊ですが、どこに入れましょう?兵士二等組ですか?それとも一等組の方へ?」
「いや、ルキトは何処にも入らなくていいぜ。ルキトには俺の副官をやってもらう」
「なんと⁉︎副官をですか⁉︎それは些か優遇過ぎるのでは…」
「だってよぉ〜?二等組にも一等組にも特別組にも偵察組にもルキトに勝てる奴ぁいねぇだろ。なら、一番上の俺の副官でいいじゃねえか」
「しかし…」
「大丈夫だって!副官つっても戦闘の面でってだけだ。雑務や政治に関しては今迄通りソフィリアにやってもらうさ」
「……」
ボルドさんは少し不満がありそうだけど…
僕が国主の副官だって!
大出世じゃん!!
僕が内心でニヤニヤしていたら、食堂のドアが勢いよく開け放たれた。
「伝令です!レオ様がこちらに居られるとソフィリア様からお聞きしたのですが…」
「おー、ここだここだ」
レオ兄がヒラヒラと右手を振って応える。
「そちらでしたか…」
伝令は慌てた様子でこちらに走って来る。
何か嫌な予感が…
「失礼。レオ様、お耳をお貸し頂きたい…」
「おう…」
伝令の不穏な空気を感じ取ったのか、レオ兄の表情も少し険しくなっている。
「……」
「…何⁉︎本当か、それ⁉︎」
どうやらとんでもない報告だったみたいだ。
「それでは、失礼致します」
伝令が急いで戻って行く。
周りの兵たちも緊張した面持ちだ。
ボルドさんがみんなを代表してレオ兄に質問する。
「レオ様、一体伝令の内容は…」
「……落ち着いて聴けよ。国王が、俺の親父が暗殺されたらしい」
僕の嫌な予感は大当たりだった。
投稿は不定期ですが、これからもよろしくお願いします。