015;震える声
寒いところは嫌いです。
それも、風が寒いだけの雪が降らないところとか。
自分の家周りのことですね、ハイ。
……だからなんだという話〈笑〉
列車は心地よい音を発てながら、北の大国へと向かっていく。山沿いの線路を抜けると、銀世界とまではいかないが、ちらほら雪の見える景色が広がった。
体感温度が下がったのを感じ取ったのか、アスロは欠伸をすると身震いした。
「着込んでおかないと寒いな」
「もうすぐだね。……あ! そういやこの辺りって…!!」
「ん……?」
フィオナは何かに気づいたように目を見開くと、声の調子を下げ、そっと囁いた。
「この近くだよね?幻の……《冷土》があるのは」
「あぁ。だが冷土は別に幻じゃないぞ? 」
アスロは複雑な表情でフィオナを見つめた。彼なりに、何か思うことがあるのだ。
北の大国より遥か北に、世界地図にさえ表記されない地がある。
かつては南極と呼ばれていたその大地は、ほとんどを氷に覆われ、生活することは非常に困難とされていた。
「何で? あの極寒の地には、誰も知らない自立した街……国があるんでしょう? 」
「誰も知らないなら幻だが、俺は行ったことがある。だから確実に存在するんだ」
取り敢えず納得したように思われたが、フィオナは引き下がらない。よほど冷土が気になるみたいだ。アスロは押され負けたように語りだした。
「冷土の周囲は、今は強力な魔法で塞がれているんだ。内部からな。
俺は内部に入れる抜け道を知っていたから、昨年入ることができたんだ」
痛むかのように首筋の辺りを擦ったアスロに、フィオナが再び問いかける。
「大体わかったけど、じゃあ一体誰がそんな魔法かけてるの?」
その問いかけに、アスロは一瞬口を噤んだ。小さなため息をつくと、言った。その言い方は、まるでその名を口に出すのすら拒んでいるように見える。
「知ってるのかと思った。わからないか? ジェラルド・シンフォニアだよ」
再び出てきた名前、ジェラルド・シンフォニア。
別名:豹帝
その二つ名通り、氷雪系の魔法を彼に使わせれば、右に出るものはいない。
犯罪者集団《降魔の金槌》を率いる、若き闇の実力者でもある。
「極寒の地を統治し、自らの力で外部との接触を封じた……の?」
僅かに震えた口調でフィオナがそう言うと、それを晴らすように、アスロは笑っていった。
「あぁ。……だが俺達が会うことは無いだろう」
そして、窓に顔を向け、微かな声で付け加えた。
「………もう二度と、俺はやつに負けない」
アスロの声は、震えていた。
列車は、市街地へと差し掛かり、鍛冶の都レマーレへと停車した。冬の平均気温4℃のこの地域は、北の大陸でも比較的寒さは厳しくない。
多くの人が降りたのを待って二人は短い列車の旅を終えた。
静かなホームで、アスロはあることに気づいた。
「そんな首飾りしてたか?」
フィオナの首には、ダイヤ型のルビーが3つ飾られた首飾りがあった。その首飾りは、ルビーの控えめな光ですら、圧倒的な存在感を放つほど見事であった。
「あぁ、これね。 一族に受け継がれてきたものなんだ。盗賊とかに目をつけられると思って今まで隠してたんだ」
「確か、
『絢爛の七つ宝具』
とかだったような」
フィオナは笑顔で答えた。アスロはあまり興味がなさそうな表情をしていて、二人は市街地へ出ることにした。
「そういうのは詳しくない。……行こうぜ」
数十段はあろう階段を下っていくと、レマーレ市街地へと出る。レマーレは国中から様々な種類の商売人が集まる。ざっと見通すだけでも多くの商売人と客で賑わっていた。
レマーレの市街地には住居と商店がほとんど同じくらい並んでいた。各店の前には雪を避けるための屋根がある。屋根の先は向かいの店の屋根と繋がっているので、商店街のようにも見える。
「商売人が多いな。フィオナ、迷うから離れるなよ」
アスロの前では、多くの客がガヤガヤと音をたて賑わっている。いくつかの商店を通り過ぎると、ガキィンッ、ガキィンッ、と鉄をたたくような音が聞こえてくる。
音が聞こえるのは路地裏。店と店との隙間の奥から聞こえてくる。
「この角を曲がった先だ」
鉄をたたく音と、微かに立ち込める熱気は、まぎれもなく鍛冶屋の特徴であった。アスロは懐かしさを感じながら、路地裏へ入っていく。
フィオナは、わずかに疑いを持って、黙ってアスロについていく。
――――――ホントに路地裏に良い鍛冶師がいるの…? 確かに音はするけど……
鍛冶師の存在はともかく、その職人が凄腕なのかは、フィオナにとってかなり疑わしかった。OVER-DRIVEであるアスロはその力から狙われている。そして自らにも、狙われる理由があることも知っていた。姫だったからではなく、また別の理由、である。
狙ってくる敵を倒す剣ならば、それは上質でなければならない。勿論、使い手の技量があるから大した差異はないが、危機というものは可能性があってはならないのである。
路地裏には、予想していたように一つの加治屋が店を構えていた。目にゴーグルを掛け、鉄に熱意を込めている初老の男がいた。
「よう!!!! 来てやったぞ!!!!!」
アスロは音を被せるように、鍛冶の音にも負けないような大声を張り上げる。
男は一度の大声で気づいたらしく、こちらを振り向いた。
「ああん?……なんだ、おめぇかよ。赤髪坊主。生きてやがったのか」
振り返ったその初老の男は、見るからに胡散臭そうだった。