012;月の夜
温い風が吹くラヴェール王国の夜を、真円を描いた月光が照らす。王国の大都市アストラルに聳える城にも斜光が射し込み、深淵を振り払っている。
約30日に一度現れるその完璧な満月は、不気味な程に截然と輝く。
その鮮やかな月を城内から見上げ、男は呟いた。
「怖いくらい綺麗な月ですね。何か現れそうだ」
国防騎士隊長であるルーウェンは、隣に立つ騎士たちの訓練を担当する老剣士に話しかけた。時刻は午後八時半、場所は城のラウンジ。全ての仕事が終わり、珈琲を片手に息を抜いていたのだ。
「異常事態を求めるか、ルーウェンよ。……この間あんなことが起きたばかりではないか」
ルーウェンは唾を飲んだ。静かに息を吐くと、続けた。
「あれは私の責任です。必ずや奴を見つけます」
「王は追わなくていいと言っていた。この国は今はそれどころではない」
―――――――国の姫奪還より重要なことがあるのかよ。
ルーウェンは一瞬老剣士を睨んだが、彼が何か言おうとしているので、聞き入ることにした。老剣士は窓から見える真円を描く月にチラリと目をやると、語り始めた。
「お前には言っておかねば、隊長よ。………実はな、ここからは王国上層部の者しか知らんらしい。私にも一応伝えられた。………隣国のサジャスタ連邦である男たちが目撃された。《降魔の金槌》だ」
ルーウェンは焦りの表情を浮かべ、同時に微かに震えた。
「冷土の鬼共め…………今度は何のようだ……!!」
呟いた言葉に僅かな力がこもる。
大規模犯罪者集団 《降魔の金槌》
辺境の地《冷土》を根城とし、世界各国から危険視されている犯罪者集団。
その若き首領 ジェラルド・シンフォニアはOVER-DRIVEの一人であり、彼の司る氷の魔法の威力は凄まじく、自信の冷気と冷土の冷気をぶつけ合わせることで中和させ、気温をも調節させる。
これにより彼らは快適な住みかとして冷土を自分達の《国》としている。
「君の言う通り、奴等は再びこの王国を狙っているのだ」
ルーウェンは虚空を見つめ、憤る怒りを抑えるような表情をしていた。それを表現するかのように、腰に差している太刀の鞘を握りしめていた。
「去年と同じ狙いですか?」
昨年も、降魔の金槌はラヴェール王国を急襲していた。それはラヴェール王国が保有していた大型魔導兵器を狙った犯行だったが、他国からの協力や精鋭部隊の活躍により退けることができた。
それ以前にも何度かラヴェール王国と降魔の金槌はぶつかっており、たった一度だけジェラルドが出てきた際には大部隊が単独撃破されている。
「いや、奴等はもう魔導兵器など所有しているだろう。……それより、《豹帝》が出てくるほうが重要だ……!」
二人しかいないラウンジで、老剣士のカップが震えた。
その後、二人の口からは一言も発せられなかった。
†
何年も前から王政を貫いているこの国は、王城の聳える首都アストラルに全てが集中していると言っていい。
城下に広がる市街の昼間は、多くの人々で溢れかえり、様々な企業が集結し紛れもなく経済の中心である。
警備もアストラルに集中しており、王城を護るため街の周囲は壁に覆われていて、出入りは高々と聳える門を潜る以外大地を歩いて侵入することはできない。
そのような厳重な警備の整うアストラルの前に堂々と降り立つ男。
「あーあ、夜になっちゃったじゃないか。……まぁ、いいや」
男はゆっくりと門に近づいていく。
「誰だ貴様!!」
夜の闇から浮かび上がった男を見て、門番を任された二人の筋骨隆々とした男が声を荒げた。
「なんだい、キミたちは?」
男は歩みを辞めることなく二人の男の間まで歩みより、立ち止まった。
「お疲れ様」
にこりと微笑むと、そう呟いた。
「……は?こいつ何言って………」
次の瞬間、男が両手を門番にかざすと、二人の門番の動きがピタリと止まり、足から順に凍りついていく。
「!? 動けな………い」
やがて全身が凍り付き、何も動かなくなった。
深海の如き深さを象徴とした蒼色の髪、
美しく光る碧眼。
スラリとした身なりで、落ち着いていれば美青年と例えられるだろう。
だが、彼の浮かべる不気味な微笑みがそれらを台無しにしていた。
その男の名は、ジェラルド・シンフォニア。
「さぁ、始まりだ」
静かに門が開いていく。
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