011;真紅の悪魔
第一章完結です。
章のタイトルの日本語訳は
「二人の旅の始まり」です。
静かな部屋に、殺気が交錯する。一つは盗賊特有の軽い殺意。数多の人を殺してきた仕事の殺意である。対してもう一方は、別種の殺気であった。
―――――――落ち着け、アイツは武器を持ってない。冷静に戦えば大したことないはずだ。
ギブロアは心の中で呟き、一度深く深呼吸すると、作ったような笑みを浮かべた。
「…………アイツの攻撃を何としてでも防いでくれ。攻撃が途絶えた隙を狙って俺が仕留める」
そっとセウルドに耳打ちする。そしてギブロアは短刀の剣先をアスロに向け、勢いよく駆け出した。アスロとギブロアの距離は、たった4m。
アスロは血の色の炎を纏わせながら、ピクリとも動かずに迎え撃つ。右腕が僅かに動いたかのように見えると、ギブロアの足元で爆発が起こる。
「お前は本当に俺を見ているか!!」
ギブロアは爆発が起きた直後、消え失せた。そして直ぐ様アスロの左側から現れ、水平線を描くように横一閃を放つ。短刀が妖しく紫色に輝き炸裂する。
先程から、攻撃を放つ度にギブロアが消える現象、それは彼の魔法に因るものだった。
『消失の剣舞』
闇属性の剣撃を連続して放つ攻撃型固有魔法だが、攻め入った際に相手に幻覚を見せる特色も併せ持つ。幻覚を喰らった相手の視界には本来とは別方向から襲い掛かってくる姿が見える。
アスロは何も言わず、水平切りを恐るべき反射速度で頭を下げてかわす。その状態のまま左腕に剣を象った炎を装着し振るった。不気味な色合いの炎が、あらゆる闇を象徴するかの如く、暗い部屋に揺らめく。
「ふっ。……この程度の攻撃か?」
光のシールドを発現させたセウルドがギブロアの前に立ちはだかり、攻撃を受け止めた。そのまま剣と盾をぶつけ合い、両者譲らない。
しかし、次の瞬間、恐るべき攻撃が放たれた。
「な………がはっ!」
………アスロは光のシールドを右の拳で打ち破り、そのまま炎で切り裂くかと思われたが、………彼はピタリと連撃を止め、セウルドの右目に手刀を突き刺した。
「あああああぁぁぁ!!!」
叫び声を上げ目を押さえるセウルド。アスロはそれをなんとも思わず、残忍な心で鋭く見ると、左腕に纏った炎をヒュッと振るい、焼き払った。意識を失ったセウルドが、黒い石の床を転がっていく。
「俺らより残忍な殺し方しやがるぜ。同じ穴の狢じゃねぇか」
ギブロアの額に汗が滲む。彼は後方に倒れているセウルドを見向きもせず、アスロに視線を外さない。
「殺しはしない。見ろよ、微かに生きている。もっとも、右目はもう見えないがな」
笑みを浮かべるような言い回しだが、アスロは無表情で淡々と話している。
「もうアイツは盗賊ではいられないな。片目では魔法を上手く扱えない」
ゆっくりとアスロはギブロアに近づいていく。それを見て一瞬ギブロアは焦りの表情を浮かべた。先程から圧し殺していたような《恐怖》の感情が、無表情でセウルドを葬った(死んではいないが)アスロを間近で見て、遂に表情に現れたのである。
「もう時間がない」
アスロが咳き込むと、口を押さえた彼の掌には血がついていた。刹那、彼は僅かな間合いを埋め、もう戦意を消失しかけているギブロアに炎で威力をブーストさせた拳を放ち、倒れたギブロアに唱えた。
「血炎刀:咎人」
血の色の炎が、アスロが掲げた右腕に集束していき、一本の剣の形にまとまった。全長5m程の大剣を、これまた無表情で降り下ろした。
「くそおおぉぉぉぉ!!!」
断罪の炎は、焼き傷で噴き出す血飛沫を隠すようにギブロアを燃やし続け、その血の色で真紅に染めいった。
アスロは崩れ去ったギブロアを通りすぎ歩いていく。もういつものアスロに戻っており、顔にも表情が現れている。
―――――――思っていたより反動がキツいな。
ギブロアが座っていた玉座?の後ろに、一見壁のように見えるがよく見ると扉になっている部分がある。アスロが扉にそっと手を触れると、扉は音もなく開き、その先には村長のほか、三名の男が縛られ監禁されていた。
「大丈夫か、村長」
「私は町長だ!!ザフォニアは都市だ都市!!」
――――――――そういや勝手に村だと思ってたが《都市》だったな……。けど助けて貰っておいてかなり言うなこの村長
「ともかく、旅の人、助けてくれたことには感謝する。礼は街に戻った……」
村長(町長)が言おうとしたことをアスロは手で制する。
「礼はいい。あんまり長居はしたくないんだ。あえて言うなら、旅支度をさせてくれ」
「………貿易トンネルの前でやつらに待ち伏せされていたのだ。アジトにはあまり人数がいなかったであろう?残りの奴らはトンネルで商人を狙っているはずだ。国際騎士団に連絡しなければ」
捕まった時のことを訊いた時、村長(町長)はこう語った。ほとんど衰弱していないところを見ると、食事などは与えられていたらしい。ギブロア盗賊団の狙いは、貿易を終え金を積んだ商人を襲撃し利益を得ること。村長を捕え、村に身代金を要求する。OVER-DRIVEを捕え、無限に等しい魔力を手に入れること。の三つだった。彼らの敗因を強いて言うなら、戦力を分散してしまったことと、OVER-DRIVEの力を甘く見ていたことである。
村長はしばらくすれば戻る。と言ったので、アスロはフィオナのところへと戻るべく地上への階段を登っていく。途中で起き上がっていた下っ端たちを疲れた体で薙ぎ倒し、村長たちがまた捕まってもあれなので丁寧に縛りつけておく。
最上部の扉を開け、アスロは外へ出た。外では凍てつく風が、反動でガタガタのアスロの身体を襲う。前方に見える岩陰には、フィオナの姿があった。
†
十五分前
もう寒さにも慣れてきたところで、私はもう一度盗賊団のアジトのほうを見る。
私の魔法は、あまり詳細な距離は把握していないけど、一定の距離ならば様々な魔力の反応を《見る》事が出来る。それは近ければ近いほど鮮明に感じ取ることができ、この距離ならどのような魔法を放ったのかまでわかる。
先ほどからちょくちょく中の戦闘の様子を探っていたけど、それほど激しいバトルはなかった。なぜかセウルドの反応が出たときは驚いたけど、アスロが危機的な感じはなかった。
ところが少し目を離した後再び見ると、とても強い魔力に遮られ、中の様子を探ることができなくなっていた。最下層の部屋を覆い包むようにその空間だけ見えない。
「何この魔力…………今まで感じたことない……!!」
城から出られなかった私の唯一と言っていいほどの楽しみは、遠くの魔力を探ることだった。強い魔力を見つけた時は僅かながら感激したりしたものだ。今思えば、こうして外に出られたのも、あの時直観でアスロを信用してついていったおかげだ。あのときの判断は正しかったと思う。……多分。
何度見ても、不気味なオーラが邪魔して探れない。それは、狂気や、邪気と言ったたぐいの魔力と似ているけど、どこか違う感じも併せ持っていた。それは純粋な気持ち?
ただ欲望の為だけに魔法を発動している感じじゃない。純粋に負けない、勝ちたいために仕方なく邪気の魔法を発動している感じだった。ひょっとしてアスロかもしてない。
あとで訊いてみよう!……と思ったけど、なんだか訊いたら悪いような。こう、なんだろう? 禁じ手は聞いちゃいけないみたいな暗黙の了解があるような。
そんなことを考えていると、前方の扉が開き、アスロが出てきた。何処となくぐったりとしていて、私は急いで立ち上がり駆け寄った。
「大丈夫!?………終わったの?」
「姫……いや、フィオナ。セウルドは敵側だった。だが大丈夫、禁じ手を使ってしまったが二人とも倒した。村長……町長たちも無事だ」
私はそっと息を吐く。不安の気持ちが胸の中から抜けていくのを感じる。
よし、これで盗賊団討伐達成だね!!
そして現在、私たちは村へと帰還していた。手段は馬車。村長たちが出てくるのを待って、どうやって帰ったらいいか尋ねると、馬車を呼んでくれた。何やら無線機みたいなものを隠し持っていたらしい。よくとられなかったね。さっきこっそりアスロから聞いたけど、助け出したのは村長じゃなくて町長だったらしい。あまりにも街の感じが村っぽかったから、ずっと勘違いしてたんだね。
アスロはちょっと怒られたみたい。
「フィオナ、二、三日ここで疲れを癒したら、北にある正真正銘の都市に向かおう。戦いで刀が壊れてしまって、直さなければならない」
正真正銘の部分に私は少し笑った。
もともとここは、アスロの目的を聞くためだけによった村……じゃない街だ。だから、これからは目的に沿ったところに行かなくてはならない。勿論、アスロの「無色透明の都市要塞を破壊する」目的に私は協力したい。何てったって、言わば私を城から出してくれた恩人みたいなものだから。それに私には特に目的はない。まぁ、旅を通して何かしたいことを見つけたいかな。
私たちの次の目的地は北部に聳える五大国の一つ、ガラルシア共和国。
その中の正真正銘の都市 鍛冶の都レマーレ
―――――――――私はこの時、不穏な気配を感じ取ることができなかった。冷たくて、凍てつくような強力な魔力の気配を。
次回から第二章が始まります
これからもよろしくお願いします^^