010;血の炎
フィオナは、この頃リスを追いかけていました。
アスロは巨大な炎と化した太刀を振り下ろした。上段の構えから放たれたその一閃は、激しい閃光と炎の渦を周囲に放出しながら、ギブロアへ一直線に叩き落される。
しかし、アスロの持つ黒刀には、『刃』というものがついていない。各魔法にはデメリットが必ずあるが、アスロの場合はこれである。漆黒の刀身には、斬れる個所がない。だが、それはOVER-DRIVEのなせる業。彼は黒刀に炎の魔力を常に循環させ、摩擦で焼き切るという戦法で相手を斬っていく。この剣撃は致命傷にはなりにくいが、あとは灼熱の炎のダメージが補ってくれている。簡単に言えば、木刀と同じ感じであるといえよう。
アスロの耳に剣激と防御がぶつかり合う音が聞こえたと思うと、白い閃光が放たれアスロの黒刀は弾かれた。刀が手から離れることこそなかったが、これは“完全に防御された”と言っていい。周囲に白き煙が広がっていく。
「……な、なぜおまえが……!?」
アスロは煙のが消え、そこに立っている二人目を見て声を漏らす。そこには、巨大な盾を構え、ギブロアの前に立ちふさがるセウルドの姿があった。
─────これが、おかしな感じの正体か。
「悪いなディンク。《盗賊討伐》なんて、初めから存在しなかったんだ」
薄々気づいていたアスロは二人を睨み、思考をフル回転させる。まだわかっていないことがあった。
─────なんだ!あいつらは何を狙ってる!?
「俺らの目的は……お前をここまでおびき寄せること。それと……それだよ!」
ギブロアが楽しそうな笑みを浮かべながら、短剣の剣先をアスロの黒刀へと向ける。この変化には、アスロも気づいていなかった。───黒刀にヒビが入っていた。これでは剣技は使えない。炎をまとった瞬間、その力に耐えきれず、ヒビから砕けてしまう。
「武器破壊に最も威力を発揮する防御魔法、『突起した砕盾』」
二人の狙いに気づいた時、自然とアスロの口からセウルドの魔法の名が出ていた。戦闘中に稀に起こり得る『武器破壊』。セウルドの魔法はこれに特化した魔法であった。そのため、相手に警戒されやすく、武器での攻撃を加えるものは少ない。それがこの魔法の強みでもあるのだが。アスロも事前に知っていたなら、武器破壊特化の防御に、みすみす壊されに行くことはしなかった。
ギブロアとセウルドの二人はこれのために、わざわざアスロに剣技(威力のある武器斬撃)を放たせるように仕組んでいた。結果作戦は成功し、アスロの黒刀は使い物にならなくなった。
「よく知ってんじゃねぇか。そうだ、俺たちの狙いは《お前》だアスロ・ディンク!お前のその無限の魔力が欲しいんだよ!!」
ギブロアは欲望をむき出しにして声を荒げる。
この世には、OVER-DRIVE の無限に等しい魔力を狙っている者が存在する。アスロも度々狙われてきた。相手は国家権力から、たかが一個人までさまざまであり、みな今回のように欲望、感情剥き出しで襲い掛かってくる。盗賊団に狙われたのも今回が初めてではない。だから可能性があるとずっと考えていたのである。
「俺はギブロア盗賊団、頭領補佐、セウルドだ。……その刀じゃろくに戦えないだろう。おとなしく捕まってもらおうか」
セウルドは真の名を明かした。彼は移動商人として情報を集め、有益な獲物と判断したものを盗賊団のアジトまで誘き寄せる。おそらく街中で声をかけてきたのも偶然ではないであろう。大戦で活躍した戦士の一人が、今は盗賊の手助けをしているとは……。いや、もう一員か。
「……フィオナを連れてこなくてよかった……。」
小さなその呟きに、ギブロアが声をあげて笑った。いま、フィオナはこの状況を朱色の真眼で見ているだろうか。アスロは願わくばそこまでの詳細な探知能力を持っていないようにと心の中で願った。
「そうだよなぁ!あの女も獲物の一人だったんだぜ。なんでもこの王国の姫の一人だからなぁ」
「違う!!」
突如アスロが叫んだ。ギブロアの笑みは消え、辺りに一瞬静寂が訪れる。アスロは、ギブロアの言葉に反論したのではなかった。というより、ギブロアとセウルドは大きなミスをしていたというべきか。
「俺が言いたかったのは、フィオナに直接俺を見られなくて済んだということだ」
「は!?何をわけのわからんことを」
そうギブロアが異議を唱えた時、アスロが血の色に染まった。いや、正しくはアスロを包み込んだ炎の色が、今までの朱色(橙と赤)や剣技を放つときに稀に見られる黒炎ではなく、真紅の血の色をしていたのだ。
音もなく包み込んでいく真紅の炎を見て、二人に焦りと、まだ見ぬ悍ましき真紅の炎に、恐怖の感情が現れる。
「な、なんだよその色は!!」
アスロはその焦った問いかけに、静かに答えた。
「俺たちOVER-DRIVEが血液を魔力に変えるのは知っているだろう……?使いたくはなかったんだがな。自分の命を力に変える」
OVER-DRIVEが己の中に宿る魔法の力を、命を削る代償を払いながら極限まで引き出す禁忌の力。それを開放してしまうと、アスロは自分を抑えきれるかどうかが不安であった。もしこの場にフィオナがいれば、彼女にまで危害が及ぶかもしれない。
だが、アスロは灼熱の飛竜の力を極限まで解放した。
その妖しき形態の名は、『真紅の形態』。
「本気で来ないと、殺してしまうぞ」
もはや笑い声は存在しなかった。