身重の私を捨てた元恋人へ。もう、迎えに来なくて結構です
降りしきる雪が、音もなく世界を白く塗り染めていく。
凍てつく夜風が、ボロボロに擦り切れた鼠色の外套を容赦なく打ち据える。感覚をとうに失った足先を、ただ鉛のように重い体を引きずるためだけに、交互に前へと運ぶ。一歩踏み出すたびに、骨の軋むような激痛が腰から背中を突き抜けた。
「……お願い……あと、少し……」
セラフィーナ――かつて王都の社交界で公爵令嬢として名を馳せ、今はただの行き倒れ同然となった女は、凍えた唇を震わせて呟く。
外套の下、大きく膨らんだ自らの腹部を、両手で壊れ物を扱うように抱きしめる。
そこにあるのは、今にもこの世に産声を上げようとしている、愛しい我が子の温もりそのものだ。
その腹は、鹿のように細い体には不自然なほど大きく膨らんでいた。あと数日、いや、今夜にでも生まれてしまうかもしれない。
セラフィーナの手元には、産婆を呼ぶ金はおろか、今夜の寒さをしのぐ宿代すら、もう残されていなかった。
――『愛するセラ、君と生まれてくるあの子のために、僕は旅立つ決意をした。二人を何不自由なく養えるだけの力をつけてから、必ず迎えに戻ってくる。大商会を立ち上げるためのまとまった元手が必要だから、部屋にあったお金は僕が預かっていくよ。君なら公爵令嬢としての気品と知恵があるのだから、僕が戻るまで工夫してうまくやりくりできると信じている。僕の覚悟を理解してくれるね』
頭の奥で、かつて愛した男――商人見習いだったジュリアンが残した置き手紙の文面が蘇り、反吐が出るような苦い悔恨が喉を焼く。
身重の自分を安アパートに置き去りにし、有り金をすべて持ち逃げした男。それを「二人のための覚悟」と言い換えた卑劣な笑顔。
それからの日々は地獄だった。下町のパン屋の主人が恵んでくれた硬いパンの耳や、心優しき住民の施しを受けて糊口をしのぐ日々。だが、それも限界があった。
自分はどうなってもいい。しかし、この腹の中の罪のない命だけは、寒空の下で凍え死なせるわけにはいかなかった。
だからこそ、捨てたはずの実家へ戻るしかなかったのだ。
身勝手な恋に狂い、勘当同然で家を飛び出した恥知らずの娘だと罵られようと、門前で打ち据えられようと、我が子に温かい寝床を与えられるのなら。
視界の先に、雪煙に霞む巨大な鉄柵の門と、公爵別邸の豪奢な石造りの館が浮かび上がる。
門番の詰所には人影がない。あまりの酷寒に、番兵すらも屋敷の内側へと引っ込んでしまったらしい。
セラフィーナは重い鉄門の隙間に体をねじ込み、前庭の積もる雪を這うようにして、勝手口の頑丈なオーク材の扉へと辿り着く。
「誰か……! お願い、誰か開けて……! お父様……! どなたか……!」
霜焼けで赤黒く腫れ上がり、ひび割れて血のにじむ拳で、無我夢中に扉を叩く。
ドン、ドン、と鈍い音が吸い込まれるように雪の夜に消えていく。
だが、どれほど叫び、どれほど叩いても、扉の向こうからは足音ひとつ返ってこない。ただ雪が屋根から滑り落ちる重い音と、凍てつく風の唸り声が響くばかり。
「開けて……私を、殺してもいいから……この子だけは……!」
ついに膝の力が抜けた。
ずるずると扉を背にして滑り落ち、雪だまりの中へと倒れ込む。
全身の血が凍りついていく感覚。視界が急速に白み、手足の感覚が完全に消え失せていく。
それでもセラフィーナは、本能のままに背を丸め、雪の上に仰向けになるまいと腹の子供を覆い隠すように抱え込んだ。最後に残った体温のすべてを、腹の中の我が子へ注ぎ込むように。
(ごめんね……ごめんね……。愚かな母さんで……ごめんね……)
涙すら凍りつく寒さの中、セラフィーナの意識は暗い闇の底へと沈んでいくのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
パチ、と爆ぜる乾いた音が耳に届く。
冷たさはない。肌を撫でる空気は、むしろ柔らかな温もりを帯びている。
セラフィーナは重い瞼を震わせ、ゆっくりと目を開けた。
視界に映ったのは、煤けた石造りの天井と、壁際に設えられた小さな暖炉。赤々とした炎が薪を舐めている。
周囲を見渡せば、使い込まれた手動の機織り機、雑然と積み上げられた色とりどりの布の山、仕立て用の鋏や糸巻きが置かれた作業台。どこかの工房の物置小屋だろうか。自分は、毛足の荒い布を幾重にも重ねた即席の寝床の上で、仕立ての良い無地の外套を掛けられて横たわっていた。
「……あ……」
体を起こそうとした瞬間、息が止まる。
下腹部にそっと手を当てた。
膨らみこそ残っているが、そこにあったはずの確かな重みが、今はなくなっていた。
あれほど重く、愛おしく、自らの命よりも大切に守り続けていた命の気配が、跡形もなく消え失せている。
「嘘……嘘でしょう……?」
寝台をまさぐる。周囲を見回す。赤ん坊の泣き声など、どこからも聞こえてこない。
激痛の記憶はない。ただ、あの雪の夜にすべてが終わってしまったのだと、冷酷な現実が胸を刺し貫く。
「あああ……っ、ああ……っ!」
喉から引き裂かれたような悲鳴が漏れた。
恋愛結婚という甘い夢に浮かれ、公爵邸に出入りしていた口のうまい男の言葉に騙され、親を捨て、無計画に家を飛び出し――その結果、一番守らなければならなかった我が子を、自らの愚かさで死なせてしまったのだ。
「ごめんなさい……っ、ごめんなさい、私が……私があなたを殺したのね……!」
顔を両手で覆い、セラフィーナは号泣する。自らの胸を掻きむしり、張り裂けんばかりに泣き叫んだ。
どれほどの時間が過ぎただろう。涙も枯れ果て、ただ荒い呼吸を繰り返していた時、軋むような音を立てて木製の扉が開く。
現れたのは、木製の盆を手にした一人の青年だった。
セラフィーナは思わず息を呑む。
年の頃は十九歳ほどだろうか。二十六歳になった自分よりずっと若い。だが、その目鼻立ちは驚くほど端正だった。
夜空を溶かしたような深い紺青の髪に、氷のように澄んだ藍色の瞳。すっと通った鼻梁と引き締まった唇は、荒れた物置小屋にはあまりにも不釣り合いな気品に満ちている。
どこかで見たことがあるような気がしたが、混乱した頭では思い出せない。
青年はセラフィーナが起き上がっているのを見ると、微かに目を瞠り、静かな声で言った。
「気がついたか。……雪の夜、馬で公爵邸の前を通りかかった時、君が倒れているのを見つけたんだ」
その説明を聞きながら、セラフィーナはすがるように青年の外套の裾へと手を伸ばす。
「あの子は……っ! 私のお腹にいた、あの子はどこですか!? 無事なのですか……!?」
青年は数瞬、何かを言い淀むように視線を彷徨わせる。
その端正な顔に差す苦渋の影。そして、ゆっくりと、痛ましげに首を横に振った。
「……すまない」
その一言が、最後の一撃となる。
やはり、助からなかったのだ。
涙はもう出ない。代わりに、胸の奥底をすり潰すような、掠れた呻き声が漏れる。自分の魂がその場で砕け散っていくような絶望に、セラフィーナはただ項垂れるしかなかった。
青年はそんな彼女を見つめると、それ以上は何も言わず、枕元の木箱の上に盆を置いた。
そこには、素朴な黒パンと、湯気を立てる野菜と肉のスープがのせられていた。
「落ち着いたら飲むといい。できれば、温かいうちに」
低い、けれどどこか胸に染み入るような穏やかな声。
青年が部屋を出て行った後、セラフィーナは震える手で木のスプーンを取り、スープを口に運ぶ。
塩気の効いた温かい汁が喉を通り、冷え切っていた胃の腑へと落ちていく。一口、また一口とすするうちに、凍てついていた体が内側からじんわりと温もりに包まれていくのを感じる。
なぜ、我が子を殺してしまった自分が、こんな温かいものを口にしているのだろう。
激しい罪悪感に苛まれながらも、満たされた体は抗いがたい睡魔を呼び寄せ、セラフィーナは泥のような微睡みの中へと再び沈んでいった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二度目に目を覚ました時、暖炉には新しい薪がくべられていた。
そして寝床のすぐ傍ら、古びた木箱に腰を下ろし、静かに本を読んでいた青年が顔を上げる。
「……あ」
「目が覚めたか」
青年は本を閉じ、穏やかな眼差しを向けてくる。
セラフィーナは寝具を胸元まで引き上げながら、掠れた声で問いかけた。
「あの……あなたは、どなたなのですか? 命を救っていただいたのに、お名前も伺っていなくて……」
青年は少し考えるように視線を落とした後、短く答える。
「……フィンと呼んでくれ」
「フィン様……。ここは、一体?」
「王都の外れにある、古い織物工房だ。かつて親類が使っていたが、今は空き家になっている」
フィンは静かに視線を巡らせ、言葉を継いだ。
「あの夜、君を公爵邸の中へ運び込み、屋敷の医師と産婆の手で手当てを受けさせた。だが……容体が落ち着いたところで、公爵から『家を捨てた娘をこれ以上屋敷に置くことは許さない』と即座の退去を命じられたんだ。君にはまだ静養が必要だったから、暖炉があって人目を避けられるこの場所へ運んだ。誰も立ち入ることのない場所だから、気は使わなくていい」
立ち居振る舞いや言葉遣い、そしてこの工房を自由に使えるという点から、彼がそれなりの身分――上級貴族か、あるいは大豪商の家の者なのだろうと察せられる。
「ご恩は、決して忘れません……」
セラフィーナは身を起こし、床に足を下ろしてきちんとした礼を執ろうとした。しかし、数日間眠り続けていた体は思うように動かず、膝が崩れて大きくよろめいてしまう。
「あ――」
「無理をするな」
倒れかけた体を、フィンの腕がしっかりと抱きとめる。
鼻腔をくすぐる、清涼な白檀の香り。青年の整った顔が間近に迫り、自らの不躾さとみっともなさに、カッと顔が赤く染まった。
「も、申し訳ありません……!」
「謝る必要はない。まだ体力が戻っていないんだ」
フィンはセラフィーナを軽々と抱き上げると、元の寝床へと丁寧に座らせ直す。その手つきは、どこまでも慎重で優しい。
「君の気が済むまで、ここにいて構わない。君一人の面倒を見るくらいの余裕はあるから」
その言葉に、セラフィーナは強く首を横に振った。
「滅相もありません! 見ず知らずの行き倒れを助けていただいて、これ以上甘えるわけにはいきません。……何か、お返しをしなければ」
だが、身一つで転がり込んだ自分に何ができるというのか。
途方に暮れて工房の中を見回したセラフィーナの目に、埃をかぶった古い機織り機と、積まれた布の山が留まる。
「……あの、フィン様。私、母から仕立てと刺繍の手ほどきを受けておりました」
セラフィーナは祈るように手を握りしめ、青年の瞳を見つめた。
「もしよろしければ、この工房をお貸しいただけないでしょうか。私が衣服を仕立てて売り、助けていただいた分の薬代や生活費、そして場所代を、少しずつでもお返ししたいのです。都合の良すぎるお願いだとは分かっておりますが……ただ施しを受けるだけの存在には、なりたくないのです」
フィンは藍色の瞳を微かに見開き、それから静かに微笑む。
「君がそうしたいなら、好きに使うといい。……ただし、約束してほしい」
「約束、ですか?」
「完全に体が治るまで、絶対に働かないこと。いいな?」
有無を言わせぬ強い眼差しに、セラフィーナは小さく頷いた。
「……はい。約束いたします」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それからしばらくの間、セラフィーナはフィンが手配した初老の薬師による診察を受けながら、静養の日々を過ごす。
昼間は気丈に振る舞い、寝床を整えたり、工房の窓を開けて空気を入れ替えたりしていた。
だが、夜になり、暗闇が部屋を支配すると、どうしても心が崩れてしまうのだ。
目が覚めるたび、無意識に自らの腹へと手が伸びる。そこに触れるたび、平らになりつつある腹部の現実が、我が子を喪った喪失感を突きつけてくる。
声を殺して枕を濡らす夜が幾度もあった。
そんな夜、ふと気配を感じて顔を上げると、いつの間にかフィンが部屋の隅に立っていることがある。
彼は決して「なぜ泣いているのか」とは尋ねない。
ただ静かに歩み寄り、冷えた井戸水を注いだコップを手渡してくれたり、暖炉に新しい薪をくべて火を大きくしてくれたりする。
そして、セラフィーナの呼吸が落ち着くまで、少し離れた椅子に座って静かに寄り添ってくれるのだった。
「フィン様……夜分に申し訳ありません。貴方様にも、ご自身の暮らしや仕事がおありでしょうに」
「ここへ来るかどうかは僕が決めていることだ。君が気に病むことじゃない」
ぶっきらぼうにも聞こえるその静かな声に、どれほど救われたか知れない。
やがて薬師から完治の太鼓判を押されると、セラフィーナは腕まくりをして工房の掃除に取り掛かった。
積もった埃を払い、錆びた鋏を磨き、使える布と糸を選り分ける。
手始めに引き受けたのは、近隣の庶民たちの衣服の繕い物や、サイズが合わなくなった古着の仕立て直しだった。
公爵令嬢だった頃は、ドレス一枚の布地の値段など気にしたこともない。だが今は違う。庶民の暮らしに求められるのは、華美さよりも「丈夫さ」と「動きやすさ」だ。
擦り切れやすい肘や膝には、裏から当て布をして細かく刺し子を施す。ほつれやすい縫い代は二重に縫い留める。
フィンは王都の片隅にある手芸店や古着屋を紹介してくれ、針や上質な糸を揃えるための費用を立て替えてくれた。
「フィン様、本日の仕立て直しで銅貨十二枚をいただきました。立て替えていただいた道具代から、三枚をお返しします。帳簿に記帳いたしましたので、ご確認ください」
「……セラ、そんなに几帳面に返さなくてもいいんだが」
「いいえ、駄目です。これは私の誇りの問題ですから」
真剣な顔で帳簿を差し出すセラフィーナに、フィンは困ったように眉尻を下げ、「……分かったよ」と苦笑しながら銅貨を受け取る。
仕事を終え、丁寧に畳まれた衣服を眺める時、セラフィーナの胸はようやく「今日も一日を生き抜けた」という安堵で満たされるのだった。
やがて、彼女の確かな腕前は街で評判を呼び始める。
「あそこの工房の仕立て直しは、どこを直したのか継ぎ目が全く分からない」
「ただの麻の仕事着なのに、襟元に施された小さな野花の刺繍が、信じられないほど上品なんだ」
噂が噂を呼び、庶民の繕い物から、商家の娘の晴れ着、やがては豪商の婚礼衣装の注文まで舞い込むようになる。
セラフィーナは自らの素性を決して明かさず、常に落ち着いた立ち居振る舞いで客を迎えた。
その所作の美しさと確かな技術から、世間では「没落した名門の出ではないか」「王宮の針子だったのではないか」と、謎めいた職人としてその名が広まっていく。
月日は流れ、三年の歳月が過ぎた。
セラフィーナは二十九歳になっていた。
工房は手狭になり、セラフィーナは二人の若い見習い針子を雇うまでになっている。王都の外にある領主の館からも特注のドレスの注文が届くほどだ。
フィンへの借りもとっくに返し終え、工房の建物を正式に買い取る話まで進んでいた。
二十二歳になったフィンは、すっかり青年の逞しさを備え、時折漂わせる気品と風格を増している。それでも彼は変わらず工房へと顔を出した。
仕事に熱中して昼食を摂り忘れているセラフィーナの机の上に、昔と同じように黒パンと温かいスープの器をことりと置く。
「また食事を抜いていたな、セラ」
「あ……フィン様。すみません、袖のギャザーの寄せ具合がどうしても気になってしまって」
「職人を雇ったのだから、少しは仕事を割り振るといい。体を壊したら元も子もない」
「ふふ、そうですね。ありがとうございます」
笑い合える日々。
仕事に追われ、職人たちと語り合い、客の喜ぶ顔を見る生活には、確かな充実感がある。
だが――胸の奥の傷が消えたわけではなかった。
工房に、同じ年頃の幼子を連れた母親がやってくるたび、セラフィーナの心は鋭く痛む。
(あの子が生きていたら、今ごろこれくらいだったのだろうか……)
初めて子供用の防寒着の仕立てを頼まれた日、セラフィーナは広げたウールの布を前に、半日もの間、針を持つことができなかった。
涙が溢れて布を濡らしてしまいそうだったからだ。
それでも、震える手で針を取り、祈るように針を進めた。
この服を着る小さな命が、決してあの冬の自分のように寒い思いをしないように。風を通さないよう裏地には柔らかい毛織物を重ね、縫い代が赤ん坊の柔らかな肌に当たって痛まないよう、すべて手作業で折り伏せ縫いにして隠す。
どれほど忙しく笑って過ごしていても、あの日失った我が子のことを忘れた日は、一日としてない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
運命の歯車が狂い出したのは、初冬の冷たい風が吹き始めた、ある日の午後のことだった。
セラフィーナは新しいドレス用の絹糸を仕入れるため、王都の中央通りを歩いていた。
ふと、通りの向こうが物々しい空気に包まれる。
整然と列をなす騎士たち。その胸当てには、見慣れた――かつて自分が育った公爵家の紋章が誇らしげに刻まれていた。
「公爵家のお散歩か。豪勢なこったな」
通行人たちが道を譲る中、セラフィーナも何気なく足を止める。
護衛の円陣の中心に、上等な濃紺のウールマントを羽織った、三歳ほどの男の子の姿があった。
プラチナブロンドの柔らかな髪、抜けるように白い肌。何か珍しい露店を見つけたのか、付き添いの乳母の手を嬉しそうに引っ張り、無邪気に笑っている。
その顔を見た瞬間――。
セラフィーナの心臓が、激しく跳ね上がった。
似ている、とか、面影がある、とかではない。
魂が叫んでいた。全身の血が逆流するような衝撃が走り、呼吸が止まる。
(あの子だ)
理屈ではなかった。母としての本能が告げている。あれは死んだはずの、自分の腹を痛めて産んだ我が子なのだと。
「あ……っ、待っ……!」
喉が引き裂かれそうなほど強く叫ぼうとしても、声はかすれた呼気となって消える。
震える足を踏み出し、人混みを掻き分けようとした時には、乳母が幼子を抱き上げ、待機していた豪奢な馬車の扉の向こうへと消えてしまっていた。
バタン、と重い扉が閉まり、馬車は車輪の音を立てて走り去っていく。
呆然と立ち尽くすセラフィーナの耳に、冷たい木枯らしの音だけが虚しく響いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌朝を待つことなど、到底できなかった。
セラフィーナはその足ですぐさま工房へ戻り、自分が仕立てた最も端正な濃紺のウールの上着に着替えると、馬車を飛ばして公爵別邸へと向かった。
あの雪の夜、命乞いをしながら叩いた勝手口ではない。堂々と正面の車寄せに立ち、自らの名を告げて当主への面会を求めた。
応接室に通され、現れたのは、かつてと変わらぬ冷徹な光を瞳に宿した実の父――公爵だった。
「何の用だ、セラフィーナ。家を捨てた身で、いまさら金を無心しに来たわけではあるまいな」
値踏みするような視線に怯むことなく、セラフィーナは背筋を伸ばし、父の目を真っ直ぐに見据える。
「単刀直入にお伺いします、お父様。先ほど、街で見かけました。公爵家の紋章をつけた護衛に守られていた、あの男の子は……私の子供ですね?」
父は眉一つ動かさず、優雅に紅茶のカップに手を伸ばした。
「……そうだとしたら、どうする」
その一言が、疑念を確信へと変える。生きていたのだ。
あの子は、死んでなどいなかった!
「返してください!」
セラフィーナは思わず立ち上がり、テーブルに両手をついた。
「あの子は私の子供です! 今の私には、あの子を養うだけの十分な収入も、温かい家もあります! 工房を経営し、職人を雇えるほどになりました。誰の援助もなく、私の手で立派に育て上げられます!」
しかし、父は呆れたようにため息を吐き、、首を横に振る。
「金があれば済む問題ではない。お前は公爵家の責務を放り出し、卑しい男と駆け落ちした罪人だ。そんな傷物を再び公爵家の籍に戻すことなどできん。……だが、あの子には公爵家の血が半分流れている。外に出して野垂れ死にさせたり、将来の継承争いの火種にされたりしては困るのだ。ゆえに、我が家の傍系の孤児を引き取ったという名目で、私が不自由なく育てている。お前が心配する必要は微塵もない」
「心配するな、ですって……!? 母親から我が子を奪っておいて、よくそんなことが言えますわね!」
「母親だと? 家を捨て、雪の中で行き倒れかけた無責任な女が何を言うか。あの子は公爵家の子息として、最高の教育と贅沢な暮らしを与えられている。市井の薄汚い工房で針子の子として育てるのが、あの子のためだとでも言うつもりか?」
冷徹な言葉の刃が、容赦なく突き刺さる。
「せめて……せめて、会わせてください! 母親だと名乗らなくてもいい、一目だけでも……!」
「断る。子供の平穏な暮らしを乱すな。二度とこの屋敷の敷居を跨ぐでない」
父は鈴を鳴らし、控えていた衛兵を呼んだ。
抵抗する間もなく、セラフィーナは屋敷の外へと引きずり出され、重い鉄門が冷酷に閉ざされる。
門の前に立ち尽くし、冷たい雨混じりの風を浴びながら、セラフィーナは拳を血が滲むほど握りしめた。
あの冬の夜は、生きて我が子を産むために戻ってきた。
そして今度は、生きていた我が子を取り戻すために戻ってきたのだ。
けれど――この家は、いつだって冷酷に扉を閉ざす。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
工房へ戻ると、作業場の明かりがついていた。
暖炉の前で、フィンが待っている。彼の手には、いつものようにセラフィーナを気遣うための茶器が用意されていた。
その顔を見た瞬間、張り詰めていた感情の糸が、音を立てて千切れる。
「……フィン様」
セラフィーナの震える声に、フィンが振り返る。
その藍色の瞳を見た途端、激しい怒りと裏切られた絶望が胸を突き破った。
「なぜ……なぜ、私に嘘をついたのですか!?」
フィンは微かに息を呑み、言葉を失う。その反応こそ、彼もすべてを知っていた動かぬ証拠だった。
「あの子は生きていた! 公爵家で、元気に生きていたわ! それなのに……なぜあなたは、子供が亡くなったなんて残酷な嘘をついたの!? 知っていれば、私はすぐにでもあの子を捜しに行った! どんなことをしてでも会いに行ったわ! あの子のために、もっと早く何かできたはずなのに……!」
涙が次から次へと溢れ落ち、頬を濡らす。
自身が呑気に職人として名声を得る間に、あの子は親を持たない子として一人でいたのだ。
そう考えると、セラフィーナの胸は引き裂かれそうになった。
「あなたの言葉を信じたから……私はあの子を殺してしまったと自分を責め続けて、この三年間、毎晩毎晩地獄のような思いで泣いていたのよ! 抱きしめることも、名前を呼ぶことも許されずに……! どうして、そんな酷いことができたの!?」
命を救ってくれた恩人であり、三年もの間寄り添ってくれた彼を責めることに、心のどこかで痛みが走る。だが、それ以上に――我が子の生存を隠され、絶望の淵で泣き続けた日々の苦しみが、激しい憤りとなって溢れ出すのを止めることなどできなかった。
フィンは弁明を口にしなかった。
青ざめた顔で、ただ痛みに耐えるように瞳を伏せ、低く掠れた声で告げる。
「……すまない」
それだけを口にすると、彼は深く一礼し、夜の闇の中へと背を向けて去っていった。
一人残された工房で、セラフィーナは床に崩れ落ちる。
彼について自分は何一つ知らなかったのだという実感が、虚しく胸を締め付ける。謝るべきなのか、怒るべきなのかすら、セラフィーナには分からなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それから二日後のことだった。
工房の呼び鈴が、けたたましく鳴り響く。
針子たちを奥の部屋へ下がらせ、セラフィーナが警戒しながら応対に出ると、そこに立っていた男の姿に息を呑んだ。
仕立ての良さそうな茶色の外套。整えられた金髪に、薄い唇。
かつて甘い愛の言葉を囁き、そして自分からすべてを奪って逃げ去った男――ジュリアンだった。
ジュリアンはセラフィーナの顔を見るなり、かつてと何一つ変わらない、軽薄な笑みを浮かべて両手を広げる。
「やあ、セラ! やっと見つけたよ。迎えに来たよ、僕の愛しい人。約束しただろう? 力をつけたら必ず戻ってくるって」
虫酸の走るような鳥肌が全身を駆け巡る。
セラフィーナが声も出せずに立ち尽くしていると、ジュリアンは勝手知ったる様子で工房の中へ上がり込み、値踏みするように周囲を見回した。
「へえ、すごいじゃないか! こんな立派な工房を構えていたなんてね。聞けば、王都中の貴族や豪商が君のドレスを求めて行列を作っているそうじゃないか。さすがは僕のセラだ、よく頑張ったね! 僕もね、地方で手広く商売をやって、ようやく大きな足掛かりをつかんだところなんだ。これからは昔のように二人でやっていこう。僕が商いの采配を振るい、君が服を作る。君の技術と僕の商才があれば、王都で一番の商会だって夢じゃない!」
ペラペラと回る舌。厚顔無恥にも程がある態度に、セラフィーナの視線は氷のように冷え切っていく。
「……ジュリアン。私たちを置いて逃げたこと、忘れたの?」
セラフィーナの静かな問いに、ジュリアンは一瞬だけ気まずそうに目を泳がせたが、すぐに大仰な溜息をついて見せた。
「逃げた? 何を言うんだい。あれは君と、生まれてくるあの子を養うために仕方のない選択だったんだよ! あのまま二人で野垂れ死ぬより、僕が元手を持って商売を成功させる方が確実だっただろう? 僕だって身を切られるような思いで君の元を離れたんだ。その苦労を分かってくれないのかい?」
吐き気を覚えるほどの身勝手さ。
セラフィーナが冷たく「帰ってください」と告げようとしたその時、ジュリアンは勝ち誇ったような笑みを浮かべて爆弾を落とした。
「冷たいことを言わないでくれよ。……あの子も、迎えに行こう」
セラフィーナの動きが止まる。
「……なぜ、あなたが息子のことを知っているの?」
ジュリアンは得意げに鼻を鳴らした。
「昨日、公爵閣下に呼び出されたんだよ。君が突然屋敷に押し掛けて子供を返せと騒いだらしいじゃないか。閣下も困り果ててね、実の父親である僕を呼んで、今後の紛争の種を整理しようとしたのさ。……だがね、父親である僕が正式に申し立てれば、公爵家だって実の親から子供を引き離し続ける大義名分はないんだよ」
ジュリアンは歩み寄り、セラフィーナの肩に手を置こうとする。セラフィーナは身を引いてそれを冷たく拒絶した。
だが男は気にした風もなく、甘言を続ける。
「あの子のためにも、僕と今度こそ正式に結婚しよう。父親がいない子なんて可哀想だろう? 結婚したら、この工房の経営権はすべて僕に譲渡してくれ。子供を引き取った後まで、母親である君が朝から晩まで仕事に追われていてはあの子が寂しがるからね。君は奥で子供の面倒だけを見ていればいい。金の勘定や工房の運営は、すべて僕がうまくやってあげるから」
(この男は――)
セラフィーナの胸の奥で、カッと燃え盛る怒りと、それを急速に冷え込ませる冷徹な思考が交差する。
一瞬だけ、この男を頼れば公爵家から子供を取り戻せるのではないかという思いがかすめたが、拳を強く握りしめ、自分を戒めた。
かつてもそうだった。この男は、セラフィーナが実家から持ち出した持参金を元手にして、自分の身勝手な夢を語っていたのだ。
今度は、自分が血の滲むような思いで築き上げたこの工房と、生き延びていた息子を『商売の道具』として利用する気に違いない。
セラフィーナは感情を押し殺し、穏やかな声音を装って問いかける。
「……今は、私たちを養う力が本当についたのね?」
「もちろんだとも!」
ジュリアンは胸を張った。
「僕の類まれなる商才と、君のこの工房の看板があれば、百人力さ!」
(やはり、私の工房をアテにしているだけじゃないの)
呆れ果てて言葉もない。だが、ここで追い払うだけでは、この寄生虫は何度でも我が子をダシにして付きまとってくるだろう。
完全に息の根を止めなければならない。
「お父様は、あなたになら子供を引き渡すとおっしゃったの?」
「ああ、すでに内々で話はついている! 僕が交渉役として間に入れば、すぐにでもあの子を取り戻せるさ」
「そう……。でもジュリアン、私にも雇っている職人たちへの責任があります。口約束だけで工房の経営や子供の親権を動かすわけにはいきません。正式に書面を交わしましょう」
「書面?」
「ええ。あなたが公爵閣下から子供の引き渡しについて承諾を得ているという『保証書』です。それに、交渉にかかる費用も必要でしょう? 証書を作成し、公証人の立ち会いのもとで、手付金として交渉費用をお渡しします」
「金」という言葉に、ジュリアンの目が卑しく輝く。
「さすがは僕のセラだ、話が早い! いいとも、公証人でも何でも呼んでくれ!」
セラフィーナはすぐさま懇意にしている公証人を工房へ呼び寄せた。
ジュリアンは意気揚々と、「公爵家と子供の引き渡しについて合意を取り付けていること」「交渉費用としてセラフィーナから金貨三十枚を受け取ったこと」を記載した書面にサインと拇印を押す。セラフィーナは結婚や工房の譲渡については一切言及せず、ただの「交渉委託の手付金」として金貨を支払った。
ジュリアンがホクホク顔で金袋を抱えて去った後、セラフィーナは公証人に向き直る。
「先生。大至急、この書面を添えて、公爵家へ正式な事実確認の照会状を送ってください」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、公爵家の弁護士から、極めて迅速かつ冷酷な回答書が届けられた。
公爵は、かつて勘当した娘の嘆願には耳を貸さずとも、「自分の高貴な名を騙って勝手に金を巻き上げる詐欺師」を放置するほど甘くはなかったのだ。
回答書には、公爵直筆のサインが刻まれた『ある誓約書』の写しが添えられていた。
――ジュリアンは一昨日、公爵からすでに【手切れ金として金貨百枚】を受け取っていた。
その条件は、『公爵家による子供の養育を全面的に認め、実父としての親権および引き渡しの要求を永久に放棄すること』『二度と子供および公爵家に近づかないこと』。
「……っ!」
書面を握りしめるセラフィーナの手が、怒りで激しく震える。
ジュリアンは、公爵家から子供を売り飛ばす形で大金を受け取り、親権を放棄しておきながら、その翌日、セラフィーナの元へやってきて「公爵と話がついているから子供を取り戻せる」と嘘をつき、さらに金を騙し取ったのだ。
そして、あわよくばセラフィーナと結婚し、この工房の権利まで奪い取ろうとしていた。
我が子を、二度も金儲けの道具にした男。
一度目は雪の夜に路銀を持ち逃げして死の淵に追いやり、二度目は親権を二重に売り捌いて私腹を肥やそうとした。
「絶対に……絶対に許さない……!」
セラフィーナは冷たい炎を瞳に宿し、公証人を見上げた。
「先生。詐欺罪、および窃盗罪での告訴状の作成をお願いします。……それから、もう一つ」
セラフィーナは作業机の最も深い引き出しの奥から、色褪せた一通の手紙を取り出す。
三年もの間、自らの愚かさを戒めるために捨てずに取っておいた、あの冬の置き手紙を。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
告訴の手続きを進めようと覚悟を決めたその日の夕暮れ、工房の裏口を控えめにノックする音が響いた。
扉を開けると、そこにはフードを目深に被ったフィンが立っていた。
「……セラ」
立ち去ったあの日以来の再会だった。
謝罪するでもなく、言い訳を口にするでもなく、フィンは真剣な眼差しで部屋の中へと足を踏み入れた。
「公爵家からジュリアンに関する回答が届いたはずだ。君が彼を詐欺で告訴するつもりなら……彼一人を裁くだけで終わらせてはならない」
「え……? どういうことですか、フィン様」
戸惑いと警戒を隠せないセラフィーナに、フィンは驚くほど淀みなく、そして公爵家の内情に深く通じた言葉を紡ぎ出した。
「ジュリアンを罰したところで、あの子は君の元へは戻らない。公爵は『母親が無責任に家を出て行き倒れ、子の養育を放棄した』という建前を盾にして、あの子を囲い込んでいるんだ。公爵からあの子を正式に取り戻すには、あの雪の夜、君が自分の意志で子供を手放したのではないこと、そして療養中だった君を公爵が一方的に追い出した事実を法的に突きつける必要がある」
「そんなこと……今さらどうやって証明するというのですか」
「その証拠なら、すべて揃っている」
フィンはまっすぐにセラフィーナの瞳を見つめた。
「あの雪の夜、君の出産に立ち会った産婆と、屋敷の使用人たちを保護したんだ。全員が、公爵の脅迫と口止め料に縛られていたが、身の安全を約束し、公の場で真実を証言する確約を取り付けた。君が子供を手放すことに同意していないこと、公爵が強引に母子を引き離したことを立証する準備はできている」
「え……? あなたが、公爵邸の産婆と使用人たちを……?」
「ああ。そして、ジュリアンの詐欺の罪と、公爵による不当な子の引き離し――その双方を一挙に解決するために、王家の立ち会う非公開の調停の場を手配した。公爵とジュリアン、そして君の三者を王宮へ呼び出し、そこで子供の親権とジュリアンの罪を正式に裁く」
突然の言葉に、セラフィーナの思考が追いつかない。
それに、一介の町人や商人に、公爵家の使用人を秘密裏に保護し、ましてや王家を動かして調停の場を用意できるはずがない。
「フィン様……あなた、一体何者なのですか? なぜそこまで公爵家の内情を知っているの? どうして王家の調停なんて……」
「詳しいことは、調停の場ですべて話す。公爵とジュリアンに逃げ道を与えず、君が確実に子供を取り戻すために必要な場だ。……僕を信じて、調停の場に来てほしい」
藍色の瞳には、揺るぎない覚悟が宿っていた。
疑念は尽きない。けれど、我が子を取り戻すための道がここにあるのなら、退く理由などどこにもなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
数日後、セラフィーナは案内された王宮の一角にある重厚な調停室へと足を踏み入れた。
円卓には、すでに苦々しい顔をした公爵と、青ざめたジュリアンが着席している。
そして――上座に座る人物を見た瞬間、セラフィーナは息を呑んだ。
王家の紋章が誇らしげに刺繍された、黒と金の豪奢な礼服。
背後に近衛騎士を従え、威風堂々と座していたのは、見慣れた作業着姿ではなく、高貴な気品を放つ青年――フィンだった。
「な……なぜ……!?」
ジュリアンが椅子から転げ落ちそうになりながら、泡を食って震えている。
セラフィーナが呆然と立ち尽くす中、隣に座っていた法務尚書が重々しく口を開いた。
「これより、フィニアス第二王子殿下の主宰のもと、セラフィーナ女史より提出された告訴状、ならびに公爵家子息の親権を巡る調停を開始する」
「フィニアス……王子……?」
セラフィーナの唇から、かすれた呟きが漏れる。
公爵は苦々しく顔を歪め、上座の青年を忌々しそうに見据えて低く呟いた。
「……やはり、殿下が裏で糸を引いておられましたか。あの雪の夜、勝手に我が屋敷の扉を蹴破って現れた時から……貴方が娘に肩入れしていたのですね」
公爵のその言葉に、すべてのピースが一気に繋がった。
あの雪の夜、倒れていた自分を助け、公爵邸へ踏み込んで救命の手配をしてくれたのは、他ならぬこの国の第二王子だったのだ。
フィニアス王子は冷徹な眼差しで公爵を見据え、静かに告げた。
「公爵閣下。あの夜、貴方は『他家の内事に立ち入るな、もし娘に生存を知らせたり子供を奪おうとするなら、赤子を公爵領の奥地へ隔離して二度と会えなくする』と僕を脅した。故に僕は、子供が貴方の管理下で安全に育つ状況を見届けつつ、貴方が口止めしていた産婆や使用人を保護し、公爵家の専横を暴くための証拠を揃えるのに三年の時を要した。……すべては、この場のためだ」
堂々たる王子の宣言に、公爵は口を開きかけた。しかし、上座の王子へ目を向けると、静かに唇を引き結んだ。
そして王子は、鋭い視線を隣のジュリアンへと向けた。
「法務尚書。まずは、この詐欺師の罪から明らかにせよ」
「お、お待ちください! 殿下、何かの間違いです!」
ジュリアンは必死に愛想笑いを浮かべ、弁明をまくし立てる。
「僕はただ、実の父親として、母子を再び引き合わせ、温かい家庭を築こうと奔走していただけなんです! なあ、セラ! 僕たちの愛の証であるあの子のために、僕はすべてを投げ打って……!」
「ジュリアン」
セラフィーナの冷徹な声が、男の言葉を切り裂いた。
机の上に、二枚の羊皮紙を滑らせる。
「まず、この二つの書面について説明していただけるかしら?」
一枚は、ジュリアンが公爵家と交わした誓約書。
『金貨百枚を受け取る代わりに、父親としての親権および引き渡し要求を永久に放棄する』。
もう一枚は、公証人の前でセラフィーナと交わした保証書。
『公爵家から子供の引き渡しについて承諾を取り付けており、その交渉費用として金貨三十枚を受け取る』。
「どちらの約束が、あなたの『本当』だったのかしら?」
「ひっ……!」
ジュリアンは息を呑み、額から滝のような冷や汗を流す。
「そ、それは……! 閣下からいただいた金も、君から預かった金も、すべては三人で暮らす新生活の資金にするつもりだったんだ! 親権を放棄したというのは便宜上の嘘で、君と子供を取り戻すための策略だったんだよ!」
「では、なぜその策略とやらを私に隠し、父の名を騙って私からさらに金を騙し取ったのですか?」
セラフィーナは間髪容れずに問い詰める。ジュリアンは言葉に詰まり、「あ、あれは……手付金として……」と視線を彷徨わせるばかり。
公爵が心底忌々しそうにジュリアンを睨みつける。無意識か、腰の剣に右手が掛かる。
「貴様……私の名を使い、娘から金を巻き上げたのか。無責任に子を仕込むだけでなく……。どこまで卑しい男だ」
「ひ……っ! か、閣下! 違います、これは……!」
取り乱すジュリアンを置き去りにし、セラフィーナは胸元から最後の一枚――あの冬の置き手紙を取り出した。
「ジュリアン。あなたが三年前の冬、妊娠して臨月を控えていた私を置いて逃げた時の手紙よ。覚えていらっしゃる?」
セラフィーナは手紙を広げ、朗々と読み上げる。
「『愛するセラ、君と生まれてくるあの子のために、僕は旅立つ決意をした。大商会を立ち上げるための元手が必要だから、部屋にあったお金は僕が預かっていくよ。君なら公爵令嬢としての気品と知恵があるのだから、僕が戻るまで工夫してうまくやりくりできると信じている』……素晴らしい覚悟ですこと」
静まり返る部屋に、セラフィーナの静かな、けれど底冷えのするような声が響く。
「あなたが路銀のすべてを持ち逃げした後、私がどうやって生き延びたかご存知? 貴族のプライドをすべて捨てて、下町の裏路地でパンの切れ端を恵んでもらいながら、凍える手で針を握り続けたのよ。寒さと飢えで倒れ、死の淵を彷徨いながらね。それを……『二人を養う力をつけるための覚悟』ですって?」
ジュリアンは顔を真っ赤にして逆上した。
「な、何なんだよ! 今さらそんな昔の苦労話をして何になる! 現に君はこうして立派な工房を持ち、金も名声も手に入れたじゃないか! 結果オーライだろうが! 僕があの時出て行ったからこそ、君は自立できたんじゃないか!」
盗人猛々しいとはこのこと。同席している法務尚書すらも眉をひそめ、フィニアス王子の拳は白くなるほど強く握りしめられている。
だが、セラフィーナは取り乱さない。むしろ、哀れむような眼差しを向け、小さく首を横に振る。
「ええ。おっしゃる通りですわ、ジュリアン。……あなたがいなくても、私は立派に生きていけるようになりました」
ジュリアンが息を呑む。
「ですが、あなたは違ったようね。自力で商会を立ち上げる力もなく、公爵家にすがりついて子供を金で売り飛ばし、今度は私の工房に寄生しようと嘘を重ねた。……情けない人」
「なっ……! ふざけるな! 誰に向かって口を利いてるんだ!」
ジュリアンは机を叩いて立ち上がり、鬼のような形相でセラフィーナを指差した。
「子供が大きくなった時、父親を追い払った母親をどう思うか考えたことがあるのか!? あの子には父親が必要なんだ! 僕はあの子の実の父親なんだぞ!!」
セラフィーナは、公爵との誓約書に冷たい視線を落とす。
「――実の父親という立場に、最初に『金貨百枚』という値段をつけたのは、あなたでしょう」
ジュリアンは口をパクパクと動かしたが、喉からは掠れた息が漏れるばかり。反論の言葉など何一つ見つからず、その場に棒立ちになった。
法務尚書が重々しく木槌を鳴らした。
「静粛に。ジュリアン・バートレット。公爵閣下の名を騙った詐欺罪、ならびにセラフィーナ女史に対する路銀窃盗の容疑により、その身柄を拘束する。直ちに身辺調査および関係先への捜査を開始する」
「そ、そんな……! セラ! 頼む、助けてくれ! 君のためにやったんだ! 僕たちはやり直せる! 必ず全額返して戻ってくるから……!」
衛兵に両腕を拘束され、引きずられていくジュリアンに、セラフィーナは一度も振り返ることなく、冷たい声で言い放つ。
「もう二度と、戻ってこなくて結構です。……私とあの子が、あなたのような男に養っていただく日は、未来永劫訪れませんから」
――後日開かれた正式な裁判において、ジュリアンには詐欺罪および窃盗罪で有罪判決が下されることとなる。
騙し取った金貨と過去の路銀の全額返還、公爵家への違約金支払いが命じられたが、彼の手元に金など残っておらず、全財産を差し押さえられた末、残額の弁済のため鉱山での過酷な強制労働へと送られる結末を迎えた。
彼が公爵家の威光をチラつかせて進めていた商談はすべて破談となり、商売人としての信用も完全に地に墜ちたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
部屋に静寂が戻った後、セラフィーナは父へと向き直る。
産婆や使用人たちの証言、そしてフィンの証言により、セラフィーナが自らの意志で子供を手放したのではないことは完全に証明されていた。
「……セラフィーナ。貴様が母親としてあの子を想う気持ちは分かった。だが、前にも言ったはずだ。公爵家の血を引く男児を外に出せば、将来の継承争いの火種になる。こればかりは譲れん。第二王子殿下におかれましても――ここは剣を納めていただきたい」
公爵の頑なな態度に対し、セラフィーナは一歩も引かず、用意していた書類を机の上に提示した。
「お父様。私は、公爵家への復籍を一切求めません。そして、あの子を公爵家の後継者にすることも望みません」
公爵が怪訝そうに眉を上げる。
「何だと……?」
「王家の承認を得た正式な取り決めとして、現在の公爵家の後継者を、私の弟に確定させてください。そして、私の子供は公爵家の家籍から完全に除籍し、平民である私の戸籍へと移してください。あの子には公爵家の遺産も、爵位の継承権も一切求めないという誓約書に、王家の立会人のもとでサインいたします」
セラフィーナはさらに、自らの工房の帳簿を差し出す。
「これが私の工房の過去三年間の収支です。すでに工房とは別に、王都の一等地に店舗を構え、安定した利益を上げております。あの子に最高の教育を受けさせ、乳母や家庭教師を雇うだけの財力は、私一人の手で十分に用意できます」
公爵は帳簿の数字に目を落とし、驚愕に目を見張った。一介の針子の稼ぎではない。大商会のそれと同等の利益が、几帳面な文字で記録されている。
すかさず、上座からフィニアス王子が静かに、威厳に満ちた声を響かせた。
「公爵閣下。療養中だった娘に即座の退去を強い、本人の承諾なく赤子を取り上げたという事実が公になれば、公爵家の名声は失墜を免れない。だが、セラフィーナの提案を呑むならば、王家としてもこの件を不問に付し、将来の継承争いを完全に予防する調停案として承認しよう。……閣下にとって、決して悪い取引ではないはずだが?」
王子の介入。そして、完璧な自立を証明した娘の姿。
公爵は王子が語る間も、帳簿の中身を目に捉え続けていた。
そして、長い沈黙の後、重い溜息をついて背もたれに体を預けた。
「……分かった。条件を呑もう。あの子を引き渡す」
調停成立の木槌が鳴り響いた瞬間、セラフィーナの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
三年間の暗闇に、ついに光が差し込んだ瞬間だった。
手続きを終えた後、部屋を出ようとするセラフィーナの背中に、公爵がぽつりと声をかける。
「……セラフィーナ。今からでも、家に戻る道を作ってやることもできるのだぞ」
その声には、かつての冷酷さの奥に、ほんのわずかな不器用な後悔が滲んでいる。
セラフィーナは足を止め、かつて帰りたくてたまらなかった屋敷の主を振り返った。
けれど、その心には何の未練もない。今思い浮かぶのは、布の匂いに満ちたあの温かい工房と、共に笑い合える職人たちの顔ばかり。
「いいえ、お父様。……私はもう、あの子と暮らすための、温かい家を持っていますから」
深々と頭を下げ、セラフィーナは凛とした足取りで歩み去った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
調停が終わり、公爵も役人たちも立ち去った調停室の別室で、セラフィーナとフィンは二人きりになった。
王族の豪奢な礼服を身に纏った青年を前に、セラフィーナはおずおずと頭を下げようとする。
「フィニアス殿下……これまで、無礼な口を利いてしまい……」
「やめてくれ、セラ」
フィンは慌てて歩み寄り、彼女の肩を優しく押し留めた。
その藍色の瞳には、かつて工房でスープを差し入れてくれた時と同じ、柔らかな光が宿っている。
「頼むから、以前のようにフィンと呼んでほしい。……僕に君から畏まられる資格なんてないんだ」
「フィン様……」
セラフィーナは青年の端正な顔を見つめ、ずっと胸に渦巻いていた問いを投げかけた。
「なぜ……そこまでして、私を助けてくださったのですか? 行き倒れの元公爵令嬢に、一国の王子がそこまで手を尽くす理由が、どうしても分かりません」
フィンは苦笑し、少し照れくさそうに視線を落とした。
「……覚えているかい? 十三年前、僕が九歳で母上を亡くしたばかりの頃、王宮の温室の隅で一人で泣いていたことがあった」
「え……?」
「周囲の大人たちは皆、僕が王族らしくないと言って泣き止ませようと叱責した。そんな中、見知らぬ令嬢がふらりと現れて、僕の隣に座ってくれたんだ。『悲しい時に我慢するなんて体に毒よ。悲しい時くらい、思いっきり泣いていいの』と言って、ハンカチを握らせて、僕が泣き止むまでずっと隣で背中を撫でてくれた」
記憶の霧が、鮮やかに晴れていく。
まだ十六歳の少女だった頃、母の仕立てたドレスを着て参加した王宮の夜会。退屈して抜け出した温室で、酷く泣きじゃくっていた美しい少年。
泣き止んだ後も、セラフィーナのドレスの袖をぎゅっと握りしめて離さなかった、あの寂しげな瞳。
「……あの時の、男の子……?」
「ずっと、探していたんだ。君が困っていると知って、今度は僕が君を守る番だと思った」
フィンは表情を引き締め、深々と頭を下げた。
「……だが、あの日君に子供が亡くなったと嘘をつき、三年もの間、真実を隠し続けたことは僕の弱さであり、傲慢だった。公爵の脅迫から君と子供を守るためだったと言い訳をしても、君に選ばせず、君の苦しみを知りながら僕の判断を押しつけ続けた事実は変わらない。君に地獄の苦痛を味わわせてしまった。……本当に、すまなかった」
王子の身分を忘れ、一人の男として心から詫びる彼の姿に、セラフィーナの胸の奥にあったしこりが、すっと溶けていくのを感じた。
失われた三年間の悲しみが消えるわけではない。だが、この青年が注いでくれた無償の優しさと、子供を取り戻すために費やしてくれた歳月の重みまで、否定できるはずがなかった。
「……顔を上げてください、フィン」
セラフィーナは静かに微笑み、彼を見つめた。
「許す、許さないという言葉は、まだすぐには言えません。でも……あなたがあの子を守り、私のもとへ返してくれたことには、心から感謝しています。……これからは、何一つ隠さず、私に話してくださいね」
「ああ、約束する。二度と君に隠し事はしない」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
別邸の離れにある子供部屋で、セラフィーナはついに我が子と対面を果たす。
部屋の隅、乳母のドレスの裾をぎゅっと握りしめ、大きな瞳でこちらを警戒するように見つめる男の子。
プラチナブロンドの髪に、愛らしい頬。
胸が張り裂けそうになり、今すぐにでも駆け寄って抱きしめたい。だが、子供にとっては見知らぬ他人に過ぎないのだ。恐怖を与えてはならないと自分を戒め、少し離れた椅子に静かに腰を下ろす。
その時、セラフィーナの目が、男の子の着ている上着に留まった。
(あ……)
濃紺のウール地。風を通さないよう仕立てられた二重の前立て。
裏返さずとも分かる。あれは、自分が「見知らぬ誰かの子供が、寒い思いをしないように」と、祈るように針を進めた、あの一着だ。商人を介して公爵家へ納品されていたのだろう。
胸がいっぱいになり、セラフィーナは優しく微笑みかけながら、自らの襟元を指差す。
「そのお洋服……とても似合っているわね。裏地が柔らかくて、縫い目が痛くないでしょう?」
男の子は目を丸くし、おずおずと乳母の後ろから半歩だけ前に出てきた。
「……どうして、しってるの?」
「ふふ、私が作ったのよ。あなたが寒い思いをしないように、一針一針、心を込めて縫ったの」
男の子は自分の胸元を見下ろし、小さな手で上着の生地を撫でる。そして、はにかむように顔を綻ばせた。
「これ……ぼく、すき。あったかいの」
その一言に、視界が涙で滲んでいく。
抱きしめることも、名前を呼ぶこともできなかった三年間。
それでも――自分の手で仕立てた服が、ずっとこの子を寒さから守り、温めていてくれたのだ。
「よかった……っ。本当に、よかった……!」
セラフィーナはその日、無理に息子を連れ帰ることはしなかった。
乳母に協力を頼み、毎日工房から別邸へ通い詰める。
絵本を読み、お菓子を食べ、庭を散歩する日々。
帰り際に、小さな手で袖を引かれ、「また、くる?」と尋ねられるたび、「ええ。明日も必ず来るわ」と約束を交わした。
そして数週間が過ぎた頃、息子は自分から「お母さん」と呼び、小さな両手でセラフィーナの首にしがみついてきたのだった。
工房の二階を改装した新しい家へ息子を迎えた日。
慣れ親しんだ玩具や寝具と共に、乳母も住み込みで引き取る。
初めて、息子の寝顔を一晩中そばで見守ることができた夜。規則正しく上下する小さな胸の温もりに触れながら、セラフィーナは夜が明けるまで嬉し涙を流し続けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
息子を取り戻してから、フィンとの関係もゆっくりと、けれど確かに変わっていった。
フィンは王子としての公務に追われながらも、時間を見つけては工房へと顔を出した。
彼は「子供を取り戻したからといって、過去の自分の過ちが許されたわけではない」と頑なに自分を律している。決して見返りを求めず、セラフィーナの意思を最優先にし、息子――ルカと名付けられた男の子とも、誠実に時間をかけて絆を深めていった。
セラフィーナが過去の悲しみを思い出して塞ぎ込む日があっても、フィンは決して逃げずにそばにいてくれる。
仕事に追われる彼女のために食事を運び、ルカが知恵熱を出して夜中に泣いた時には、夜明けまで一緒に看病してくれた。
ルカはすっかりフィンに懐き、「フィン兄ちゃん、きょうもくる?」と毎日心待ちにするようになる。
セラフィーナの心にとっても、フィンはすでに「恩人」以上の、かけがえのない存在になっていた。
そして、ルカを引き取ってから一年が過ぎた、秋の終わりのこと。
工房の庭のベンチで、フィンはセラフィーナに向き合い、王家の紋章が刻まれた豪奢な小箱を差し出した。
中には、夜空の星を閉じ込めたような、深いサファイアの指輪。
「セラ。……王家との調整はすべて済ませた。君が工房の仕事を続け、ルカと共にこの街で暮らしていけるよう、僕が王位継承権を放棄して臣籍降下する許可も得た」
驚いて目を見張るセラフィーナの手を、フィンは優しく、けれど力強く包み込む。
「君の傷を、僕が完全に消し去ることはできないかもしれない。けれど……これからの君の人生の喜びも、哀しみも、すべて隣で分かち合いたい。君と、ルカと共に生きていきたいんだ。……僕と、結婚してくれないか?」
王族の地位すら投げ打って、自分たちのささやかな暮らしを守ろうとしてくれる彼の誠実さに、迷いなどあるはずもなかった。
セラフィーナは涙を浮かべながら、満面の笑みで頷く。
「はい、フィン様。……喜んで」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そして――再び、冬が巡ってきた。
窓の外では、あの日のように音もなく白い雪が降り積もっている。
だが、今のセラフィーナがいる部屋は、赤々と燃える暖炉の火に照らされ、春のように温かい。
コンロの上では、三人分の野菜と鶏肉のスープがコトコトと音を立てて煮込まれている。部屋中を満たす芳しい香りに、テーブルでお絵かきをしていたルカが鼻をくんくんと鳴らした。
ふと、外の通りから馬の蹄の音が聞こえ、工房の呼び鈴がカランと鳴り響く。
窓の外を見たルカが、パッと顔を輝かせて椅子から飛び降りた。
「あ! お母さん、フィンが来たよ!」
「ふふ、本当ね」
セラフィーナはエプロンで手を拭き、小走りで玄関へと向かう。
扉を開けると、冷たい冬の風と共に、外套にうっすらと雪を積もらせたフィンの姿があった。
青年の整った顔が、扉が開いた瞬間に驚いたように微かに緩む。
セラフィーナは心からの愛しさを込めて、満面の笑みで彼を迎えた。
「お帰りなさい、フィン」
フィンは数瞬、眩しいものを見るようにセラフィーナを見つめ、それから優しく目を細める。
「……ただいま、セラ」
セラフィーナは彼の肩に積もった冷たい雪を優しく払い、駆け寄ってきたルカを抱き上げるフィンの背中を押して、スープの湯気が揺れる、暖かな我が家の中へと迎え入れた。
長くてすみません。3話くらいに分けた方がよかったかな。
最後までお読みいただきありがとうございます。




