二、第一ラウンド
二、 第一ラウンド。
物心ついた時から、仇野 蒼にとっての世界は小さかった。それは彼に一人として友達がいなかったせいでもあり、また彼が家の外に出ることが皆無だったせいでもある。要するに、根っからの引きこもり体質なのだ。
そんな彼がこの全寮制などと云う面倒な学校に進学した理由はただ一つ。それが彼の生まれた家のしきたりだからだ。家の掟に逆らってまでしたいことなどないし、損得勘定の得意な蒼にしてみれば、誰かに反抗してまでする自己表現になんら魅力は感じなかった。それは入学から三ヶ月経とうとしている今も変わらない。
七歳年上でこの学校の卒業生である彼の兄を知っている教師陣は兄弟間のギャップに多少驚かされることにはなるが、全自身は自由気ままな今の生活をそれなりに楽しんでいる。名が体を示さない蒼い名前を持った紅い目の彼は愉快な取り巻きに囲まれて、安寧と休息からはほど遠い生活を送っていた。
「おい。起きろよ、馬鹿」
ごきっと音がして、蒼の頭が机とぶつかった。ついていた頬杖を隣の席の奴が思いっきり払ったのだ。大きな音に教師を含めた全員が振り返る。だが、寝起きの蒼の恐ろしい形相に皆が見なかった振りをした。
「……うぜぇ…」
折角の昼寝の時間を潰された恨みは大きい。色素異常の如き紅い両目が隣の席の生徒を睨みつけた。しかし、彼もまた一癖ある生徒だった。
「昼寝の時間じゃねえ。国語の時間だ、委員長」
声をひそめて言うのは全たちのクラスが誇る優等生 瀬戸崎 すこし。成績は優秀なくせに人徳が無いので、委員長になれなかった奴だ。それを根に持っているのかいないのか、蒼によく突っかかってくる。蒼にしてみれば、ただのいい迷惑だ。
「勝手に俺の心を読むな、変態め」
「読んでねえよ」
すこしは苦々しく悪態をつくと、授業の方へ意識を戻した。その横顔からは話しかけるなと云う雰囲気が感じられた。自分から話かけたくせに勝手な奴だと内心呆れながらも、蒼は気にすることを止め、再び意識を放棄した。元々、今日は体調が良くない。原因は自分が一番よく知っている。だから、解消手段も知っている。今夜までは辛抱しなくてはならないだろう。これくらいの我慢はいつものことだった。それよりもこの授業が終われば昼休みだ。今日は雨が降っているから外には出られないけど、八束はまたボールで遊びたがるかもしれない。十色はお決まりの迷路作りに没頭するだろうか。出来たら挑戦させてもらおう。鍵乃は部活の練習だろうか。…頭の片隅にあったのは、友達、というよりも愉快な仲間たちのことだった。それが幸せなのかはまた別の問題。
『…そう言えば奴はそんなことは考えねえのかなぁ』
先ほど喧嘩をふっかけてきた隣人のことを思い出し、行方不明の同級生のことを思い出そうとしたが、そこでゲームオーバー。意識が落ち、額から机に突っ込んだ。すごい音がしたが誰も振り向かない。眠っている時が一番幸せだ。吐き気のする空腹を忘れられるから。入学から三ヶ月経って、既に日常となったのかもしれない。
この世で一番恐ろしく、そして強いものは人間の慣れだろうと十色は思っていた。人間というものは自分を悲劇の主人公のように見立てたがるくせに案外自分が存在する場というモノに関しては無頓着だ。みんな信じているんだ。自分が存在するところだけは普通だと。そこがどんなところでも、良さも悪さも内側からでは気づかない。それがわかるのは外側からだけ。でも、その時はもしかしたら自分の世界が否定されて崩壊する時かもしれない。
そう考えていた十色もまた夢の中だった。
それもまた日常の光景だった。
「それじゃ、出発―!」
握り拳を空へと突き出しているのは鍵乃。蒼の予想に反して、昼休みになっても彼女は部活へも食堂へも行かなかった。ただその代わりに、持てるだけのお菓子を持って蒼や十色、八束を捕まえた。理由は言われなくとも大体想像できる。
「まず、美術室からね。犯人に近い人に話しを聞かないと!」
「…おい、鍵乃。いつの間に吉原が犯人になったんだ?俺らはあいつを探してるんだろ?」
鍵乃に貰った飴玉を舐めながら、蒼は聞いてみた。すると、鍵乃は得意げに笑ってみせた。
「だって、犯人って言った方が面白いもん」
面白いというだけで犯人呼ばわりされている同級生に同情しながら、蒼はぼんやりとする頭で吉原 智頭と云う生徒を思い出そうとした。
「…能力は確か、予知夢だったか…」
この学校においては比較的多い能力者ではある。おまけに彼女の能力自体もレベルはそこそこ。予知できても、明日の夕食ぐらいだったと蒼は記憶している。おまけに人柄もいたって問題は無いと思われ、いなくなる理由も皆目見当がつかない。その上、低血圧のせいではない何かが頭にぼんやりとした影を生み、それ以上は考えるのが苦痛だった。
「そりゃ、会ってたった三ヶ月の同級生の男子生徒に分かるような悩みだったら、間違いなくいなくなる前に誰か他の奴が気づいているさ」
「…勝手に人の心を読むな、十色。セクハラで訴えるぞ」
すると、やはり鍵乃から貰った飴を口の中で器用に転がしながら、十色はにいっと笑ってみせた。
「面白いこと言うじゃないか、蒼。一体全体どこに訴えるっていうんだ?誰も取り合ってなんかくれるもんか。ああ、それとも義兄さんに頼むか?あのひ…」
「一言多いよ、お前は」
ぐっと十色の口を手で塞ぐ。それでも、彼女の眼は相変わらず笑ったままだ。このまま美術室まで黙らせておくのもいいかもしれない。だが、蒼は噛み付かれるリスクを考え、手を離した。蒼の手から離れた十色は軽い足取りで階段を上る。だが、踊り場で一度後ろにいる蒼を振り返った。そして、手を差し出す。手を貸すわけではない。それは二人だけに通じる合図。
「ほら、早くしろ。もう鍵乃たちは先に行ってしまったじゃないか」
「……手」
「構わん。お前、腹が減っているんだろ?鍵乃たちと合流する前にさっさと済ませろ」
それが、私の役目だと言い終わる前に、蒼は階段を跳び越し、十色の手を握った。今夜まで我慢する必要がなくなった。そして、淀みない動作で口元へと運び、小さな人差し指に噛み付く。途端に後悔なのか躊躇なのか分からない感情に苛まれる。恐る恐る十色の顔を見上げると、珍しく苦笑いをしている彼女が目に入り、自分がどれ程情けない貌をしているのか容易に想像できた。それでも、口の中に血が広がった時、そんな考えは吹っ飛んだ。ごくりごくりとえげつなく喉を鳴らす自分に感じるのは吐き気だが、掴んだ彼女の手を離すことは出来ない。早くしなければ、鍵乃や八束が怪しんで見に来るかもしれない。それ以前にいくらみんな昼食を食べているだろうとはいえ、いつ誰が来てもおかしくない。でも、自分を止めることは難しい。
「っ…」
十色の微かな声を聞く。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ここで自分が手を離さなければ、十色は死んでしまうだろうか?そう考えると急に怖くなって、蒼は十色の手から口を離した。だが、最後に零れそうになった紅い雫を真っ赤な舌で舐めた。
「お粗末様でした」
蒼が舐め終わったのを見ると、十色はハンカチで手を拭った。そして、ぼんやりと酒に酔ったような顔をした蒼の真っ赤な口元もついでに拭ってやった。しっかりした委員長もこの時ばかりは手のかかる弟のように見える。まあ、末っ子の十色にとってはあくまでも想像に過ぎないのだが。
「…ごちそうさまでした」
「ん。じゃ、行くか」
十色は背を向けて、さっさと階段を上っていく。その背を見つめながら蒼は口の中の余韻を感じていた。自分が空腹で限界だったのに、あいつはいつ気づいたのだろう。なるべく顔には出さないように注意していた。耐えるのは得意だったはずだ。なのにバレた。それも今回で四度目だ。空腹になったら報告するとは確かに彼女と約束していた。でも、いつも十色は俺よりも先に気づいて自分の役目だと言う。何故と問えば、十色はこう言った。
「お前から血をくれなんて言い出すはずが無いんだ、蒼。放っておいたらお前が餓死してしまう」
そう言って、馬鹿にしたように笑った彼女の首筋からは血が絶え間なく流れていて、顔色は真っ青だった。
そんなことを考えていると上から名前を呼ぶ声がする。見上げれば、三人は既に最上階に着いていて、待ちきれないといわんばかりに蒼を呼んでいた。蒼は自分の制服を確認する。年中詰襟であるので、血が飛び散っていてもそれほどは目立たないだろう。
汚れがないのを確認して、蒼は急いで階段を上る。身体は先程と比べ物にならないくらいに軽かった。
この学校は美術室や音楽室などがある特別校舎と普通校舎の二つがある。その中で美術室は特別校舎の一番端にあり、日当たりが一番悪く、移動が面倒と生徒からは不評だった。だが、神経質な生徒を多く抱え、顧問自体も神経質である美術部は吹奏楽部や科学部の隣では生きていけなかったらしい。
恐らく昼休みで誰もいないだろうと鍵乃はノックもせずに堂々と美術室に入った。備品が一センチ動いただけでも騒ぐ担当教師にばれないように、と蒼が忠告するよりもかなり先だった。だが、先客がすでにいた。
「うるせえっつてんだろうっ、馬鹿がっ」
ばんっと大きな音を立てて、隣接する美術準備室の扉が開いた。まだ何も喋っていないのに短気な奴めと蒼が思っていると、それもそのはず。同級生の瀬戸崎 すこしだった。彼は部屋に侵入したメンバーを見ると何だと言って、小さく舌打ちをした。
「…また、倉山田の馬鹿が押しかけてきたのかと思った」
「早とちりかよ。びっくりした~」
人懐っこい八束の笑顔にもすこしはほとんど反応せず、いつも通り親の仇と言わんばかりに蒼を睨みつける。
「何の用だよ、委員長。俺は忙しいんだ。要件ならさっさと済ませてくれよ」
「…なら単刀直入に聞くが、吉原 智頭について聞かせてくれ」
「あ?委員長は人探しまで仕事に入ってるのか?ご苦労なことだ。いいぜ、俺の知る限り答えてやるよ。あいつは入部してからこの三ヶ月間、一切部活に来たことは無い。だから、部活内での交流は一切ない。勿論、同級生の俺も含めてな。参考になったか?」
「要はなんにも知らないってことじゃないか」
「言っただろう?一色。俺は知っていることを教えるって。あいつがこの部活内では交流関係がないってちゃんと情報提供してやっただろう」
「屁理屈はいい。鍵乃、気が済んだだろう。他を当たろう」
一応、提案者の鍵乃に了解を取ると蒼は踵を返した。部屋中に充満した絵の具の匂いが鼻につく。それは人一倍敏感な鍵乃も同じ、もしくはそれ以上なようで、蒼の問いに頷くと一目散に教室を飛び出した。それに比べ、比較的五感が鈍い八束はあまり入ることのない美術室の中をちょこちょこ動き回っていた。置いてあるキャンパスを覗き込んだり、石膏像に掛けてある布をめくろうとしたりしている八束に再びすこしが怒鳴り散らす。
「勝手にさわんじゃねえ!壊れたらどうすんだ!」
それには流石の八束も驚き、一目散に外へ飛び出した。続いて十色も特に思うこともないらしく、何も言わずにさっさと出て行った。全員が出たのを確認して蒼も扉に手をかけ、一度後ろを振り向いた。
「邪魔して悪かったな。別に悪気があったわけじゃないんだ」
「悪気があろうがなかろうが、邪魔は邪魔だ。それよりもお前、何か顔色が良くなってないか?」
蒼が一瞬停止する。その反応を見逃すようなすこしではない。
「つい十分くらい前まで真っ青な顔してた癖に何があった?おかしいといえば、一色は逆に顔色が悪くなっていた」
「…昼飯を食べてないからだろう」
返事を聞かずに扉を閉めた。油断していた。すこしの能力を甘く見ていた。
「…警戒度数を少し上げるか」
呟いた独り言は小さかったが、やはり聞き逃さない奴がいた。
「…瀬戸崎に何か言われたのか?」
十色は蒼の顔を覗き込む。恐らく、八束と鍵乃に話を聞かれないようにという彼女なりの配慮なのだろうが、それにしても顔が近い。そんな距離に耐えられるほど、まだ蒼は人間が出来ていない。真っ赤な顔で十色の額を押し返した。
「…人の好意を無駄にするな」
「それを好意と受け取るかどうかは俺の判断だ」
「で?ばれたのか?」
「…いや。ただ顔色が変わったと不思議がられただけだ」
すると、十色は溜息をつく。まるでばれてしまえばよかったのにというような彼女のその反応に蒼は眉を顰めた。そんな蒼を見て、十色は、
「ばれてしまっても、構わないんじゃないのか?」
「…お前、それ、本気で言ってるのか?」
鋭い蒼の目線にも十色は答えない。ひらりとかわしてしまう。そして言った。
「蒼。ここにいる連中はね、私も含めて皆お前が思っているよりもずっと頑丈さ。ま、箱入り息子のお前には庶民の感覚は分からないだろうけどね。とにかく、ここにいるのは今までお前が小説の中で会ってきたような繊細な人間じゃなく、もっと人から遠ざかってる人外ばかりさ。お前の好きな汗と涙と差別の溢れる青春小説の世界なんて此処には皆無なんだよ」
「…お前、俺のこと馬鹿にしてんだろ」
「とんでもない。私はお前のことを大切に思っているのさ。だから、老婆心から忠告したんだよ。お前は本の読みすぎだとね」
そう言って、十色は八束たちの方へ行ってしまった。いつも必要以上のことは喋らず、あくまでも自分で考えろという彼女の態度には慣れたつもりだった。だが、やはり分からない。そして、分からないのは怖い。自分の祖父は嫌がらせのために彼女をお目付け役にしたのではないかとさえ疑ってしまう。実際、半分くらい当たっているだろう。
遠い昔の話になる。人が力を手にする前。妖が人間を嫌う前。それこそ、まだ国という概念自体が曖昧だった頃。
妖と人間の間でお互いの存在は当然のものとして難なく受け入れられていた。お互いに恐れることもなく、利用することもなく、本当の意味でただの隣人であった。
それ故に、妖と人間の中間の存在、所謂混ざり者もまた何ら不思議のない存在だった。
混ざり者の定義は広範囲で、人間でありながら妖に近い存在、妖でありながら人間に近い存在、そして、妖でもあり人間でもある者、混血の者が含まれる。しかし、時代は変わり、両者の境界がはっきりすると、前者二つはほとんど絶滅してしまった。いたとしても、今更彼らを混ざり者と呼ぶことはないだろう。
そして、残った混血の混ざり者の立場も危うかった。
人外の力はある。しかし、寿命は人並み。にも関わらず、ちょっと刺されたり毒を盛られたくらいでが死なない生命力、そして、人間らしい欲があった。
彼らは孤立することを嫌った。子孫の繁栄を願った。しかし、妖にしては弱く、人間にしては強い彼らの居場所はなかった。
追い詰められた彼らは一つの解決方法を見つけ出した。
「自分達を受け入れてくれる場所がないのなら、自分達で作れば良い」
幸いにも、既に独立した一族と呼べる集団が幾つもあった。彼らだけの社会を作るのには充分過ぎる数だった。
そして更に幸運なことに、充分な指導力と明らかに秀でた能力を持った一族がいた。彼らを中心にまとまることは簡単だった。
そうして出来上がった一つの社会。そこは十色達が生まれた場所でもあった。
だが、未だ血縁関係が重視され、生まれた瞬間に全てが決定してしまうような社会の中で、明らかに十色は異質だった。
この社会の最高機関の長を初代から占領し続ける仇野や人間の社会に豊富な資金源を持つ鳥辺山、同じく人間の社会に深い繋がりを持つ化粧坂とは違い、彼女の出身はただの古い家だった。
歴史はあると聞いている。ただ典型的な中流の家だった。重要な官職を務める者も風変わりな能力者もいない。由緒正しい悟りの妖怪の血を引いているだけ。そして、そもそも致命的に出世欲がない。現在、一色家の長を務める十色の父は、この世界での出世願望などちり紙に包んで捨ててしまったかのような人で、現在は人間の大学で研究員をしている。母は同じような家から嫁にきた人で、これまたおっとりしていて、専業主婦をしている。他にしっかり者の姉もいるが、既に職を得て独立している。
そんな中に生まれた十色が仇野の現当主、蒼の祖父に見込まれた時、波紋は大きかった。十色も蒼もよく覚えている。ただ、蒼の祖父は頑として譲らなかった。他にも候補はいっぱい、それこそ腐るほどいたのに、彼は候補にも入っていなかった十色に蒼を預けた。理由は教えてくれなかった。
「自分で考えろ」
ただそう言っただけだった。そして、すぐに答えを見つけたらしい十色とは違い、蒼はまだ考えも及ばない状況だった。別に彼は将来仇野を継ぐからと言って、それを重圧に考えているわけではない。仇野の人間であるから他人より優れていなくてはならないと考えているわけでもない。ただ、彼はこの場所が好きだっただけだった。だから、守ろうと考えていただけだった。
擦れた性格の蒼が持つ唯一純粋な信念。それは危なっかしくて馬鹿げているとしか言い様が無かったが、擦り切れた性格の十色を惹きつけるには充分すぎた。血を吸われて貧血になろうと構わないと思えるほどに。
『放課後にまた智頭ちゃん探しをしようね』
丸っこい文字でそう書かれた血塗れのウサギ柄のメモが届いたのは授業中。そっと後ろに目をやると、鍵乃が小さく手を振っていた。それを挙手だと考えた数学の担当教師に問題を解くように指名され、あーうーと不可解な言語を喋りだした彼女と、通訳といって彼女の解けない問題を当てられるだろう八束に同情しながら、蒼は十色の方を見た。
十色は眠そうな顔をしていたが、蒼と同じメモを持っていた。
放課後も忙しくなりそうだった。苦笑とも微笑みともとれない笑いが蒼の顔に浮かんだ。
昼休みの調査で人間関係を調べるのは難しいと分かった鍵乃は新しい作戦を考えていた。
「校舎の外で隠れられそうな場所を探してみよう」
「…作戦でも何でもねえ」
確かに、校舎内は既に職員が総出で探したらしい。しかし安直過ぎる。ここは小中高一貫の全寮制の学校なのだ。
「調べる範囲も馬鹿にならんだろう」
新しい作戦があると言った鍵乃に少しでも期待した自分が恥ずかしいと蒼は溜息をついた。しかし、自信満々な鍵乃はめげない。
「確かにここは広いけど、死体を隠せるような場所は自然と限られてくるでしょ?そこに絞って捜査すればすぐだよ」
「……」
吉原 智頭は犯人から死体へと変わっていた。だが一々突っ込むのが面倒なので、十色は蒼を宥めながら言う。
「で?何処か当てはあるのか?」
「焼却炉」
「そこにいたとしても、それはもう俺たちの手におえねえよ。即警察だよ」
八束も苦笑する。だが他に当てがある訳でもないので、ここはひとまず鍵乃に従ってみることにした。
焼却炉は中等部の校庭の隅にあった。雨が降っているために足元はどろどろだった。昇降口においてあった傘を持って四人は焼却炉へ向かった。
だが、折角来たにも関わらず、焼却炉は使われた形跡すら無かった。がっくりと肩を落とす鍵乃を八束が慰める。
「ここに居なかったことは、喜ぶべきことだろ?」
「…そうだけど」
「他にあてはあるのか?」
「…ないけど」
「じゃ、今日はこれで解散か」
鍵乃は物足りなさそうだったが、八束の言うことの方が正論だった。いたずらに歩き回っても無駄なことは明白だ。
「…気にするな、鍵乃」
十色が笑ってみせる。
「そうだ。小等部でウサギの子供がうまれたらしい。見に行かないか?」
「…行く」
「だそうだ。お前らは?」
すぐに八束は行くと答えた。しかし、蒼は違った。
「悪い。俺は用事があるから」
そう言うと、返事も聞かずに背を向けて校舎の方へ歩いていった。
「?蒼君、珍しいね。一人でいることなんてあんまり無いのに」
「…まあ、深く詮索しても仕様が無い。あいつは言いたくないことは絶対に言わないから」
そう言うと十色たちも小等部の方へ向かった。
小等部に向かうには、中等部の校舎の間にある中庭を通らなくてはならない。園芸部がこまめに手入れしているその庭はなかなかのもので、十色のひそかなお気に入りだった。
右手には普通校舎、左手には美術室や音楽室などがある特別校舎があり、その間にある赤いレンガの道は小等部まで続いている。
その道に沿って三人が傘を差して歩いていると、八束が前を歩いている後姿を指差した。
「あ、すこしと遊だ」
十色が見ると、八束の言う通り、十メートルほど前をすこしと、同じく同級生の倉山田 遊が傘を差して歩いていた。八束が彼らに向かって手を振る。すると、向かって右側に立っていた細長く見える男子生徒の方が手を振り返した。
「遊!何やってんの?」
八束は二人の方へ駆け寄る。
「小等部でウサギの子供が生まれたって聞いたからさ、取材だよ、取材」
よく見ると、遊は首からカメラをぶら下げている。
「…そんなほのぼの系の記事を書くなんて、珍しいじゃないか」
八束に追いついた十色が驚いて見せた。新聞部の遊はつい最近まで鋏男の取材をしていたはずだ。新聞部の期待のエースだと言われ、入部早々、大きな仕事を与えられていたのに、今更何をしているのだろうと不思議に思った。すると、それを察したのか遊が苦笑する。
「皆、鋏男に皆興味なくなったみたいでな。先輩からもういいだろうってさ。まぁ、俺もそろそろ限界かなって思ってたし」
「そうだろうな。実際、軽い怪我しかなかったし…。それより何で此処にすこしがいる?美術室にいるんじゃなかったのか?」
すると、すこしは思いっきり嫌そうな顔をした。
「…倉山田の奴に誘われたんだ」
「引き篭もってばっかだと、身体に悪いからな」
からからと遊は笑った。しかし、身長百七十センチの遊と並ぶと百五十七センチのすこしは小さく見える。名が体を表わすとはこのことだ。
「で、一色たちは?」
「お前らと同じだ」
すると、怪訝そうな顔ですこしが辺りを見回す。
「委員長はどうしたんだ?いつも一緒のくせに…」
すると、十色は少しだけ考え、ふっと笑った。
「…ただの反抗期さ」
「?何だそれ…」
何か遊が言おうとした時、すこしが突然、あっと声をあげた。その場の四人の視線が小さな彼に集まる。彼は真っ青な顔で酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせた。
「おい、すこし…」
「ひ…人が…っ」
ごくりと息を呑む音が聞こえた。 直後に何かが砕け散るような音がした。パリンやバキッという音に混じって、ごきっという人の骨が砕けるような音が聞こえたような気がした。
「美術室から人が落ちた…っ」
すぐさま十色は傘を投げ捨て、特別校舎の美術室の窓の下へと走った。特別校舎には、どの教室にもベランダはなく、丁度四階の美術室の窓の下には不要になった実験器具や壊れた楽器、石膏像や失敗したキャンパスがまとめて置いてあった。
近づいた十色の足が止まる。石膏像やビーカーの欠片が半径一メートル程にわたって飛び散っている。こんなことは今までなかった。園芸部が業者が回収にくるまで、こうした粗大ごみは綺麗に片付けていたはずだ。
そんな滅茶苦茶になった粗大ごみの中心に彼女は転がっていた。
蒼の眼球を思い出させる緋色の液体を撒き散らせて、首や手足をありえない方向へ折り曲げて、吉原 智頭は発見された。
「なるほどね…」
意味の無い呟きをしてから、十色は上を見上げる。そして後悔した。眼を丸くして、眼下の光景を見ている奴がいた。
「…委員長…っ」
後から追いついたすこしの呟きの後、甲高い悲鳴が聞こえた。
音源は遊だった。
「…で?」
「で?じゃなくて、俺じゃないですよ。俺が美術室に入った途端、アイツが窓から飛び降りたんです。一瞬でした」
「正直に言えよ」
ふーっと煙を吐き出し、一色 色絵は端整な顔を歪めた。白衣に黒のシャツとズボン、口には煙管を咥えている彼女の担当は国語と生活指導。事件のことを聞いて、一番に美術室に乗り込み、蒼を確保して、この生徒指導室までつれてきたのだ。そして、開口一番、
「動機は何だ?」
もちろん彼女が庇ってくれるとは思っていなかった。彼女が自分のことを嫌う…というより憎悪しているのはよく分かっていたから。
「何回でも言いますけど、俺じゃないですって」
「じゃあ何で美術室にいた?まさか、突然芸術に目覚めて、美術部に入部しようと思ったなんて言うじゃないだろうな」
「ちがいますって。大体、今二年生が宿泊学習中でほとんどの部活が休みになってるじゃないですか」
すると、色絵はつまらなそうな顔をした。まるで、犯人だったら良かったのにといわんばかりだった。
「…瀬戸崎 すこしに用事があったんですよ」
「内容は?」
「男同士の秘密ってことで」
「言うねぇ、このくそ餓鬼が」
教員とは思えないほど凶悪な笑みで色絵が蒼を威嚇する。だが、蒼は慣れっこだった。十色との付き合いが始まると同時に、色絵との付き合いも始まったのだ。それに十色の摩訶不思議な言動に比べ、色絵の自分に対する態度は理由が手にとるように分かっているからマシだ。要は、ただのヤキモチなのだ。
「…まぁ今日は勘弁してやる。ただ、暫くは授業と食事の時以外は寮から出るな。これは命令だ。違反したらすぐに分かるように見張りをつける」
「はぁ…、分かりました」
そう言って、席を立とうとした時、蒼は思い出したように色絵に質問してみた。
「…義姉さんって俺のこと、嫌いですよね」
「よくわかったな。ばれないように気をつけていたんだが」
「殺気だしまくりでしたよ」
そうか、と色絵は本気で驚いたようだった。そして言う。
「人の妹を金で買った男にいい気はしないだろうな」
「…買ったのは俺ではありませんが」
「同じようなものさ。お前んとこのじじいがお前のために買ったんだろう?」
「否定はしませんけどね」
本当のことですからと言う蒼を色絵は睨みつけた。しかし、蒼は顔を逸らさない。理由が分かる行動は怖くない。
「…私は反対だったんだ。絶対、不幸になるに決まってる。なのに、仇野の連中、金にものいわせて妹を連れて行きやがった…っ。おまけにこんな…よりにもよって当主候補にやるなんて…」
「貴女の妹なら、幸せにやってますよ。貴女だっていつも見てるじゃないですか。人の事を悪者みたいに言わないでくださいよ」
蒼は扉の方へ向かって歩き出した。すると、色絵が小さく呟く。
「…十色は金で買えるようなものじゃない。あの子は誰のものでもない」
蒼はゆっくり振り返る。そして、にっこりと笑った。
「そうです。十色は誰のものでもありません。でも、俺のものではあります。そして、いくら積まれても売る気は毛頭ありません」
そう言って、蒼は生徒指導室を出て行った。
生徒指導室を出た後、蒼はまっすぐ寮の自分の部屋へ向かった。途中すれちがった生徒は蒼を見ると驚いたような顔をしたが、
特に何も言わなかった。
鍵の掛かっていない自室の扉を開けると、お世辞にも広いとは
言えない部屋に、十色、八束、鍵乃の三人が肩を寄せ合って蒼の帰りを待っていた。
「お帰り、蒼。遅かったじゃないか。、さては、また姉さんに殺されかけたな?」
「安心しろ。呪われそうになっただけだ」
蒼は溜息をつきながら室内へ入る。しかし狭い。標準的体型の中学一年生四人が膝を抱えて床に座るには苦しい。仕方が無いので八束と蒼がベッドの上に座った。一応、女性の十色と鍵乃にベッドの上に座るかと聞いたが、スカートが短いからと鍵乃が断った。確かに、私服のスカートは制服のそれに比べて更に短いようだった。
「じゃあ、蒼の土産話でも聞こうか」
土産話、この場合は事件の話だろう。
「俺はお前らと別れた後、美術室に行った。そんで、扉を開けると窓際の棚の上に座った吉原がゆっくりと落ちていった。それだけだ」
「落ちていったって頭からか?」
十色の質問に蒼か頷く。十色は少し考えるような仕草をした。そして、ゆっくりと顔を上げる。
「…おかしなことは三つ」
十色は指を三本立て、三人へ見せる。そして、一つと言って一本を折った。
「まず、今まで吉原 智頭はどこにいた?校舎内は教員が全て探した。そして、智頭には匿ってくれる友人もいないらしい。次に、死体の首にあった細い傷だ。傷は首をぐるりと囲むようなものだった。しかし、絞殺された跡にしては薄い。刃物の傷とも爪で引っ掻いた傷とも違う。最後に、今の蒼の話だ」
「俺の?」
「ああ。背中から飛び降りるのはあることだ。しかし、死体は頭から地面に突っ込んでいた。確かに頭は重い。でも、水泳の飛び込みじゃないんだ。頭から一直線、しかも座った状態からなんておかしい。吉原 智頭のことはよく知らないが、そんな恐ろしいことあえてする様な異常者には見えなかった」
なるほどと八束が腕を組む。すると、鍵乃が何か思いついたようだ。
「智頭ちゃんの死体、どうなったの?明日からの授業は?」
問題はない、と十色が答えた。
「智頭の遺体は、家族に引き渡されたよ。授業も普段通り。というより、事件自体無かったことになるらしい。智頭の親御さんも納得してるようだ。『こういうこともありますから。娘は運が無かったんでしょう』だってさ」
「えっ、そんなもんなのか?」
思わず、蒼が声を出す。彼の拙い知識では、こうした場合、親は学校側を責めたり、疑ったりするものだった。
しかし、十色は困ったように首をすくめた。
「蒼、何度も言うが本の読みすぎだ。どうにもお前は人間臭いなぁ。智頭の親御さんの反応はこちら側での世間一般のものだよ。あぁ、勘違いするなよ。別に親御さんと智頭の仲が悪かったなんて言ってるわけじゃないんだ。むしろ、仲は良かったんだろうな。でも、ここで同い年の子供の殺されてしまうような娘なら、遅かれ早かれ死んでいただろうから、この世に余計な未練を残す前に死んでしまう方が幸せだろうと考えでもしたんだろう。むしろ、もっと早くに死なせてやれなかったことを後悔しているかもな」
ここが、半端な十色たちが人間とも妖とも違うところかもしれない。決して、同族愛や家族愛がないわけではない。むしろ、昨今の社会と比較すれば虐待も育児放棄も格段に少ない。人間のように自分の子供を恨んだり憎んだりすることも皆無だが、動物のように強い子供だけを生き延びさせようとすることもない。
十色や蒼の社会は弱者に優しい。でも、自殺者は多い。それは弱者が自分で自分の幕を降ろすことを望み、社会がそれを止めず、優しく見守っているからに他ならない。両親から見て、智頭はいずれ自分で幕引きをするように思われたのだろう。だから、殺されたのだとしても同じことなのだ。彼らが娘に示してやれる愛情の形はただ一つ。彼女の死を責めないことだ。受け入れ、納得することで、娘の生き方を肯定しているのだ。
「…だから、邪魔をしてやるべきではないんだ」
そう言っても、蒼は首を傾げる。両親が忙しく、兄弟も年が離れているためか、本とテレビ以外から知識を仕入れることがなかったこの少年は良い意味でも悪い意味でも人間臭い。無駄に理屈っぽいうえに、十色たちの感覚からすれば通らない理屈ばかり並べる。そんな彼を十色の両親は親しみをこめて「世間知らずの箱入り息子」と呼ぶ。理由や理屈が理解出来ていれば、色絵にだって負けないのに、理由が見つからない時は子供のように駄々をこねるのだ。十色は昔、「なんで?」「どうして?」という蒼の口癖に何度も悩まされていた。応用が利かないのか融通が利かないのかはわからないが、それはそうあるべきもので、そうあるだけだと説明しても、そもそも半端者の理屈を知らない蒼は理解できないし、他の多くの半端者同様に理由付けに大した意味を見出せない十色には上手い説明自体が思いつかないのだ。物事の理由なんて一々考えることはなく、ただそうあるだけだった。何故そこにあるかよりも、どういう風にそこにあるのかの方がよっぽど重要なことだと思っていた十色はそれを一生懸命蒼に伝えようとはしたが、「理由が無い理由を説明しろ」と言われた時には、流石の十色も頭が痛くなった。この理屈っぽい世間知らずな少年とこれから先も過ごしていくのかと思うと自分が可哀想に思えたくらいだった。それを考えると、さっきの説明は我ながら傑作だったのではないかと十色は心の中で笑った。
「…とにかく、智頭の死に方がおかしいんだな?」
八束が腕を組んで、唸りながら十色に聞いた。
「まぁそうだな。…ただし、これは蒼の話が完全に信用できるという仮定に基づいた場合の話だ。そもそも、こんなもの、蒼が嘘をついていて、実際は智頭を突き落としたと考える方が何倍も自然な話なんだよ」
「えっ、じゃあ十色ちゃんは蒼君が犯人だと思ってるの?」
鍵乃が思わず十色の肩を掴んだ。だが、十色は優しく彼女の手を退ける。
「そういうわけじゃないんだよ、鍵乃。私はね、この甲斐性なしとは長い、お前の何倍も長い付き合いだけどね、親しくも無い同級生を殺すような奴だとは思わない。なんせ、理由がないからね。こいつはね、理由がなくちゃなんにもできなのさ」
「じゃあ、お前はどう思うんだ?智頭はどうして死んだんだ?蒼は何にもしてないのなら、何が起こったんだ?」
さあね、と十色は笑った。
「自殺かもしれない。もしくは殺人、事故の可能性だってあるだろう。私たちの体だって脆いんだ。簡単なことで死んでしまう。重要なことは、智頭がどうして堕ちて来たのか。そして、どうして蒼がその場にいたのかだ」
急に話をふられた蒼がびくりと反応する。彼の紅い眼が十色をじっと見つめた。その話題には触れてくれるなと言っているのは手にとるように分かったが、ここで甘やかしてはいけない。
「蒼。言わないとわからないじゃないか」
「嘘吐き。お前のは何でもお見通しじゃないか。悟りのお前には犯人だって何だってもう分かってるんだろう?」
「私のことじゃない。ここには八束や鍵乃もいるんだ。ここにいる以上、二人には聞く権利があると思うが」
「じゃあ、俺にも隠す権利がある」
すると、十色は溜息をついて、臆病者めと吐き捨てた。
「権利を振りかざしてまで守るような秘密か?小さな問題だろう?何を恥ずかしがる必要があるんだ。いいか、蒼。昔から言ってきたが、この世界では秘密を持つことが一番の無礼だ。自分の能力を隠すことは相手への警戒なんだ。お前はいつまで八束と鍵乃にまで威嚇を続ける気なんだ?」
「お前だって…っ」
蒼は悔しそうに言い返した。彼女の意図が分からない。何故今この話題に触れたのか。何故わざと自分を怒らせるようなことを言うのか。彼女のことは一番信用していただけに分からない。
「私は権利じゃない。義務だよ。勘違いするんじゃない」
それでも、蒼は言い返そうとする。すると、八束がぽつりと呟いた。
「蒼は…そんなに俺らのこと、信用してないのか?」
じっと丸い眼が蒼を捕らえて離さない。
「俺は、あんたのことを友達だって思ってたよ?蒼は全然自分のことなんて話さないし、いつもびくびくした眼してたけど、俺はそんなことどうだって良かった。でも…っ」
そこで八束の眼からぽろぽろと涙が零れた。
「そんなに、秘密ばっかで、聞いてほしくないことばっかなら…はっきり近づくなって言われた方がマシだったっ」
そう言って、八束は蒼の部屋を飛び出して言ってしまった。蒼は唖然としてそれを見送る。そして、いらついたように長い前髪をくしゃりとかきあげた。
「…っ、なんなんだよ、あいつは…っ」
すると、床に大人しく座っていた鍵乃が立ち上がり、蒼の前に立った。
そして、蒼の頭をこつんとげんこつで叩いた。
「…えと、多分蒼君には理由が分かんないと思うから、説明します。今回は八束君が正しいと思うのです。そして、私も秘密にされて、ちょっと悲しくて、それからちょっと怒りました。だから、今、ぐーであなたのことを叩きました。それでも分かんないことがあれば、十色ちゃんに気が済むまで説明してもらってください」
そう言って、彼女も部屋の扉へと歩いていった。だが、ドアノブに手を掛けた時、振り返らずに言った。
「私も蒼君のこと、友達だと思ってます。私は、十色ちゃんじゃないから難しいことは分かんないし、蒼君の考えてることも全然分かんないけど、八束君が出て行った時、蒼君がすごく悲しんでるのは聞こえたんです。だから、そんなに悲しむくらいなら、最初から秘密なんて作らない方が良かったと思います」
おやすみなさいと言って、鍵乃は扉を閉めた。
部屋には呆れ顔の十色と、ベッドの上で体育座りをした蒼だけが残った。
「これでもまだ懲りないのか?臆病者め」
そう言った十色の顔はどこか寂しそうだった。