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一、十人十色

 そこは学校だった。

 何の変哲もない、普通の学校。

 共学で全寮制で中高一貫校。


 ……だが、不思議なことにその学校は名門校であるにも関わらず、世間に知られるような人材を輩出することは全くないと言っても過言ではない。それどころか進学率も入試の出題傾向も一切外部には流出しない。故に存在は知られていても、普通の保護者なら我が子を入れようなどとは思わない。

 ……だが、それにも関わらす毎年百人程の入学者がいる。そして、卒業生の多くが人知れず、しかし着実に様々な分野で成績を残していた。

 一見すると矛盾しているかのようなこの学校。

 しかし、例えば音とも呼べないような空気の振動を感知できる茶髪の少女とか例えば丸い物なら何でも動かせるバスケ部の少年とか例えば触れるだけで相手の脳に働きかけることの出来るリストカッターの委員長とか例えば座っているだけで人の心の裏の裏まで見渡せる主席の少女とかにとって、この学校は自分の能力を伸ばし、更にそれで生活する手段まで与えてくれる場所だった。



 世の中に裏と表があるとしたら、これは間違いなく裏の話。

 普通の生活の中でこの学校の関係者に会うことはまず無いだろう。

 ……しかし、裏と表と云うのはこちらが勝手に引いた境界のことで、あの学校の生徒達にしてみれば、これは単なる日常の話。

 何の代わり映えもしない ただの夏休み前のある一週間に過ぎない。









一、十人十色


「俺さあ、やっぱ十色の眼球って好きだなあ~。飴玉みたいでさ、丸っこくて可愛いじゃん」

「…聞いたことないぞ、そんな口説き文句」

 朝の学生食堂は混雑している。さらに、人気のあるメニューは早い者勝ちだ。故に生徒が殺到する。

一年一組に在籍する一色 十色も今しがた人気メニューの争奪戦から無事に帰還した一人だった。朝はトマトサンドと野菜ジュースと決めている。これが売り切れた時は何も食べない。主義に近いものがある。

「並んでまで食いたいもんなのか?トマトサンドなんてどこで食ったって同じじゃねえの?」

「どこで食っても同じだから、どこでも安心して食えるだろう」

 そう言って十色はトマトサンドの中から丁寧にトマトを引きずり出し、皿の隅に寄せた。偏食家は食事の際にも一苦労する。

「…並んで手に入れたトマトサンドからトマトを取ったら一体何が残るんだよ。それなら違うもの頼んだほうが良くね?…って言うか、そっちの方が他の生徒のためになるじゃん」

「このレタスじゃないと嫌だ。他は食わん」

 それより、と十色は正面の少年を見る。

「…昨日の夜も言ったが、私の目の前でソレを食うのは止めろと言ったはずだぞ、八束」

 すると、八束はいたずらっぽくぺろっと真っ赤な舌を見せた。ただでさえとても梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばすほど可愛らしい顔をした同級生にそんな表情をされると十色でもきゅんとなる。中学一年になっても未だに可愛いと云う形容詞が似合う少年…鳥辺山 八束。そんな彼のスプーンの上にあるのは、マグロの目玉。十色が朝はトマトサンドしか食べないのと同様…と言ってしまって良いのかは分からないが、この八束は毎食必ず何かにマグロの目玉が入っている。食堂のおば様方もこの少年の下手くそな鼻歌が聞こえてくると、他の生徒からは見えないように八束専用の食事を用意する。下手にマグロの目玉なんて目撃すると皆が驚くので…と云う食堂の皆様の有難い心遣いによって彼の食生活は成り立っていた。

「美味いよ。十色も食ってみなって。やみつきになる味だから」

「やみつきと云うよりトラウマだ。偏食が酷くなる」

「…お前、その内死ぬぜ?」

 そう言ったのは八束ではない。

「よう、委員長」

「あ、おはよー。蒼」

「…おはよーさん」

 ぼそっと呟くように言うと、我らが一年一組の学級委員長の仇野 蒼は朝食ののったトレイを机に置き、十色の隣に座った。だが、食事に手をつける様子は全くない。頬杖をついてぼーっと八束のマグロの目玉を見つめている。

「…食べにくいんだけど。俺に何か用ある?」

「…………………………………………………………………あ?何か言ったか?五木?」

「それは俺の弟だって」

「やーめーとーけ。八束。今の蒼に何言っても無駄無駄。まだ脳みそ寝たままだぞ」

一年中きっちりと詰襟を着ているこの委員長はそういえば低血圧だったか。いつもつっこみ役なので失念していた。八束はマグロの目玉を口に運びながら思い返した。

「さてご馳走様」

 ぱちんと手を合わせた十色の皿にはトマトと食パンが綺麗に寄せてあった。本当にレタスだけ食べたらしい。つくづく不思議さんだった。

「牛乳貰ってくる」

 そう言って自由人・十色は席を立った。

「…………………………あれ?十色は?」

「牛乳貰ってくるって。起きた?蒼、また夜更かししたのか?」

あーだのうーだの唸りながら、蒼はようやく食事に手を伸ばした。冷めてしまっただろう味噌汁を何故か豆腐にかけ沢庵を煮物の中に放り込み緑茶の中に生卵を割って入れそれを白米にかけたところで再び停止した。

「…………ご馳走さんでした」

「一口も食ってねえじゃん。十色より前にお前が死ぬぜ、絶対に」

 自由人はここにも居た。

「げ、何これ」

 牛乳一パック持って帰ってきた十色。

「蒼、またやったのか。おいおい少年よ、食いもんを粗末にすると晒し首だぞ」

「………聞いたことねえよ、そんな罰則。…ってかお前も人のこと言えねえだろうが」

 ゆっくりと首を上げる蒼。真っ赤な眼球が茶色の前髪の奥で眠そうにしている。八束の眼は緑色だからもうすぐ信号機になれるかもねーと言ったのは確か十色だったか。

「お前だってそんな不規則な食生活ばっかしてっから、そんな棒切れみたいな体型してんだろうが…」

「十色ちゃんはこれで良いの!」

 がくっと蒼の首が曲がる。当然だった。頭の上に乗せられたトレイには恐ろしい量の食事が乗っていた。中学一年の文化部の少女が食べきれる量ではない。と云うか食べてよい量でもない。そんな量を毎日毎日食べても栄養が胸にしか届いてないんじゃないかと女子の間でまことしやかに噂されるこの化粧坂 鍵乃は自他ともに認める十色の妹分だった。当の十色本人は決して認めなかったが。

「今の発言はセクハラだよ、蒼君!部活で言いふらしてやるからね」

 膝上何センチなんだと云うくらい短いスカートの癖に足を組んで八束の隣に座る鍵乃は喋りながらもトレイの上の食べ物を片付けていく。

「…その前に人の頭殴ったことを謝れ、鍵乃」

「まあまあ。蒼、落ち着こうぜ?マグロの目玉でも食べてさあ」

「一人で食ってろ、八束」

「マグロの目玉って頭に良いんじゃなかったか?蒼、ざる一杯食っとけ。そうすれば夜遅くまで勉強しなくても済むぞ」

「黙れ。この電信柱」

「あーっ、また酷いこと言ったあ!気にしちゃ駄目だよ、十色ちゃん!」

「そう思うなら半分分けてくれ」

そう言った十色の顔はいたって真剣だった。…本気で気にしていたらしい。意外な事実に蒼も八束も一瞬停止した。そう言われるとこいついつも牛乳飲んでたな、このためか…なんて自分の中で納得した。

「…そういや、姉ちゃんもやたらと牛乳ばっか飲んでたっけ」

「…ってか、あれは迷信じゃないのか?それに、言った俺が言うのもあれだけど、そんなに気にしてんのか?俺はどっちかと言うとほどほどな方が…」

「そういう問題じゃないよっ!」

 ばんっと机をたたく鍵乃。トレイの上の皿は全て空になっていた。そっちのほうに蒼と八束が驚いているにも関わらず、鍵乃はぎゅっと十色の手を握った。

「大丈夫だよ!十色ちゃんにはちゃーんときっちり半分分けてあげるからね!」

「わー。何か敗北感すら感じるぞ。鍵乃って人間としての器もでかいんだな」

 胸だけじゃなくてと続けた十色。彼女も一応思春期の女子らしく黒と白の無個性なセーラー服のスカートを膝上を圧倒的に三センチ以上越えたところまで折ってみたりしている。ただ、そこから伸びる足は蒼の言う通り棒切れと云う表現が一番正しい。

「……ってか、何で俺らいつも一緒に朝飯食ってんだ?誰が言い出したんだ?」

「おいおい、蒼~。そんなこと言うなよ?友達なら飯も風呂も一緒が良いだろ?」

「いいわけねえだろうが。馬鹿言ってないで、お前はとっととソレを片せ。授業に遅れちまう」

八束が周囲を見ると、未だ食事の途中なのはどうやら自分だけのようだった。どの生徒も足早に教室へと向かっている。

「お、ホントだ。ちょっと待っててくれ」

 そう言って、八束は白米をマグロの目玉入りのスープに突っ込むと、そのままかきこんだ。見ている方が清々しくなるような食べっぷりだった。なんだかんだ言って、八束がいつもこの少年と一緒にいるのはもしかしたらこれも一つの理由かも知れない。

「…じゃ、八束が黙っている間に私が一つ話題を提供しよう」

「思いっきり面白いのをお願いね!」

 笑いのつぼがいまいちわからない鍵乃が言った。恐らく、スナッフビデオで笑える女子中学生は彼女くらいだろう。

「…昨日からうちのクラスの吉原 智頭が行方不明なんだとさ」

「あ?あの不思議娘がか?」

 最初に話題に食いついたのは、クラスの委員長を務める蒼。なんだかんだ言って責任感のある彼は十色に話しを続けるように促した。横で法一が物を呑み込む音がした。

「部屋に帰ってこないんだと。ほら、奴は私の隣の部屋だろ?昨晩の点呼の時に担任がいないのに気づいて、あちこちに聞いてまわったのさ」

「夜のお散歩とかじゃないの?」

いたって平和的な鍵乃。

「どうだろうね。その後の経過は私も知らんよ。なんせ最近はほら……」

 その先は言わなくとも皆知っていた。

 ここ二ヶ月程、校内でおかしなことが流行っていた。まず、二年生の女子生徒のスカートがズタズタにされて、次に三年生の男子生徒が机の奥に誰かが仕込んだカッターで手を切った。そして、つい一週間前、喉から股下まで刃物でさっぱりやられたアジの開きのごとき猫の開きが十色たちの教室の黒板に張り付けてあった。

 それも裁縫用の裁ち鋏でしっかりと。

 その猟奇的とも言える犯人は余程裁ち鋏が気に入っているのか、全ての現場に裁ち鋏を置いている。そんな誰かさんのお陰で生徒達は夜九時以降、部屋からの外出が出来なくなるという迷惑を被っていた。

「…だから女子から鋏男なんて間抜けな名前を付けられるんだ」

 蒼が呟いたところで予鈴が鳴った。八束を見ると、のんびり口を拭いていた。やっぱりこいつと食事をするんじゃなかったと後悔しながら蒼は空腹を抱えたまま席を立った。

 それがこの一週間の始まり。



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