毎年恒例のひまなつり
「ふふふんふふふふふんふふふ~」
堤防の上で小さな持ち運び椅子に座り、海を眺めながら鼻歌を楽しむ若い男性。その歌は誰もが知るこの時期に相応しいものだった。
「いっけね。つい歌っちまった。どこの店でも流れるから頭に残っちゃうんだよな。クリスマスとか正月とかもそう。ということでお姉さん一曲どうぞ」
「歌わねぇよ」
「え~お姉さんの美声聞きたかったのに」
「少年はあたしの歌聞いたことねぇだろ」
「聞かなくても普段の声を聴いていれば想像できますよ」
「そ、そうか?」
「はい。ぼえ~って」
「ジャイ〇ンじゃねぇか!」
「痛っ!」
男の後ろに背が高い若い女性が立った瞬間、知り合いだと分かっていたのか男は振り返らずに話しかけた。女もそのことに驚きもせずに受け答えし、失礼な男の頭に拳骨を落とした。
「まったく、相変わらずだな少年」
「お姉さんも元気そうで」
「たった今どっと疲れたよ」
「それは大変だ。これ、やります?」
「やらねーよ」
男は手に持ったあるものを女に見せたが、女は顔を顰めて即座に断った。
「じゃあ気分転換に一曲どうぞ」
「何故そうなる。というか少年はどんだけあたしに歌わせたいんだよ」
「だって今日はひなまつりじゃないですか」
「ひなまつりと歌に何の関係が?」
「楽器持って歌ってそうな奴らがいるでしょ。きっとお姉さん似合いますよ」
「男じゃねーか!」
「痛っ!」
楽器を持っているのは五人囃子。いずれも少年である。
「少年はあたしのことを何だと思ってるんだ」
「格好良いお姉さん?」
「…………そ、そうか」
「そして褒められると照れて可愛いお姉さん?」
「ふん!」
「痛っ!今の殴るのは違わない!?」
「うっさい」
理不尽ではあるが、揶揄い続けた罰と考えれば仕方なかろう。
「歌なら少年が歌ってろ。鼻歌じゃなくて真っ当なやつ」
「無理です」
「なんでだよ。歌詞覚えてないのか?」
「いえ、デスソングになってしまいますので」
「デスソング?」
「ぼんぼりに~、じゃなくて消えちゃったってやつ」
「小学生かよ」
「これ元ネタなんなんですかね。今の子供達も歌ってるらしいっすよ」
「それを言うなら、あたしの親も歌ってたらしいぜ」
「え?マジ?」
「大マジ」
大人が不謹慎な替え歌を子供に教える訳が無い。それなのに何故か永遠と子供達に引き継がれる名曲となっている。
「昔の方がひなまつり賑わってそうだからエグイ替え歌とかもっとありそうですね」
「あ~確かに最近はあんまりひなまつりって話題にならないな」
「ですよね。 ぽっと出の恵方巻の方がよっぽど人気あるし、やっぱりマスゴミや便通がプッシュしやすい食べ物が無いとダメなんですね」
「その意見は分からなくはないが、ナチュラルにディスるな。あたしも好きじゃないけどさ」
妙なところで気が合う二人だった。
「ケーキとかチョコとか恵方巻とかを考えると、美味しさが分かり易くて特別感があってそこそこの値段で購入しやすい食べ物ならヒットするんじゃないかな」
「中々良い分析だな。ならその条件にマッチする食べ物は?」
「お姉さ……」
「あ゛?」
「じゃなくて、焼き鳥とか」
「焼き鳥? どうしてそれがひなまつりの料理になるんだ。それに特別感があんまりないぞ」
「雛鳥を使うんですよ」
「サイコパスか。ひなまつりの意味が怖くなるから止めろ」
ひなまつりだから雛を使った料理を食べようなどと、お雛様を飾りながら雛を食べるのは確かに少し怖いかもしれない。
「じゃあフライドチキンとか」
「雛鳥に拘るの止めろ」
「高級卵焼きとか」
「若返れば良いって話じゃねーよ。それに高級卵焼きはもう山ほどある」
「否定ばかりするなんて、日本人の良くないところが出てますよ」
「そりゃああたしは日本人だもん」
「えっ!?」
「何だと思ってたんだよ」
「〇りん星人」
「ネタが古いわ!よくそんなの知ってるな。それにそのネタは本人が封印してるからやめてあげなさい」
「け〇だけ星人の方が良かった?」
「ふん!」
「痛っ!」
何度も殴られているが男は楽しそうだ。ドMではなく、女とのじゃれつきを楽しんでいるような雰囲気である。
「レディに向かってなんてことを」
「試しにやってもらえませんか?」
「痴女じゃねーか」
「俺の前だけ痴女になってください」
「全くときめかないし、なんなら少し離れたところに人がいるから少年の前だけじゃねーし」
「ああいえばこういう」
「ブーメランかな?」
むしろ『ああいった』時に『こういって』返してくれる優しさに感謝すべきだろう。
「はぁ……なんで毎年こんなことしてるんだろ」
「暇だからですよ」
「少年のことじゃない。あたしがどうしてここに来てるのかって話」
「そんなの俺のことが好きすぎるからに決まってるじゃないですか」
「逆のくせに」
「…………」
「そ、そこで黙るのは反則だろ!?」
逆というのは嫌いという意味では無く、立場が逆ということ。つまり男の方が女の方を好きすぎるということなのだが、男が無言になってしまったことで本当っぽく感じて女は顔を少し赤くして戸惑っていた。
「…………」
「…………」
冗談でしたと男が女を揶揄う流れにはならず、二人は沈黙する。
寄せては返す波の音と、鳥の鳴き声だけが周囲に響く。
やがて男が口を開いた。
「俺、高校生になりました」
「…………」
「約束覚えてくれてますよね」
「…………ああ」
男は手にしたものを地面に置き、海に落ちないように固定してから立ち上がった。
そして振り返りようやく女の顔を見た。
「お姉さん、好きです。俺と付き合ってください」
唐突な告白。
傍から見るとそう思えるかもしれないが、二人にとってはそうではなかった。むしろ今日こうなることは確定事項だった。
「四年前、まだ子供だから付き合えないって言われました。高校生になったら考えても良いって言われました。毎年この日にここに来てくれてるってことは、期待して良いんですよね?」
「…………」
「あの日、ここで暇な時間を潰していたらお姉さんが声をかけてくれました。相談に乗ってくれました。あの時の言葉がどれだけ助けになったか。感謝してます。そして大好きになりました」
「…………」
「それから毎年ここでお姉さんとお話をして、楽しくて楽しくて楽しくて、ますます好きになりました。もっとお姉さんと一緒に居たい、お姉さんと恋をしたい」
「…………」
「好きです」
男の脳裏に、女と初めて会った時の風景が蘇る。
『少年、こんなとこで何してるの?』
『別に』
ぶっきらぼうに答えたのに女は全く気にせず、続けて話しかけて来た。
『釣りしてるのか?釣れてる?』
『釣れるわけないだろ』
『どうして?』
『…………』
男は無言で糸を引き上げる。するとその先にはエサどころか針もついていなかった。
『え?釣りしたいんじゃないのか?』
『釣れなくて良い。釣れたら面倒なだけ』
『釣りたくないのに釣りしてるのか?』
『暇だから釣りしてるだけ』
『くくく、なんだよそれおもしれぇな!』
『別になんも面白くねーよ』
『面白いって。だってそれって『ひまなつり』だろ。『ひなまつり』の日にそんなことするなんて馬鹿馬鹿しくて最高に面白いぜ』
『…………!?』
どうしてその程度のことで爆笑するのかと女の様子が不思議で男は顔を動かし女を見た。
背が高くて凛々しく、それでいて優しげで楽しそうなお姉さん。
男の胸が少しだけ高鳴り、恋が芽生えた瞬間だった。
「…………あたしは四月から大学生になる。遠くで一人暮らしをするんだ」
女の声で男の意識が現在に引き戻された。
「それでも……」
「それでもです。一年に一度しか会わなくても、気持ちが変わることは無かったです。むしろお姉さんを好きな気持ちがどんどん強くなりました」
「っ!」
「だから会える時間が少なくても、俺はお姉さんを絶対に好きで居続ける自信があります。距離なんて障害にすらなりません」
「…………」
女は迷っている様子だった。
もっとアピールすべきだろうかと男は少し悩んだが、待つことに決めたようだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
海風がびゅうと一際強く吹いた。
その強さに目を瞑った女は、そのまま開けることなく呟いた。
「…………仕方ないか」
そして頬をより一層赤く染めてゆっくりと眼を開いた。
「いいよ、付き合ってあげる」
「やった!」
「でも条件がある」
「条件?」
喜んだのも束の間、条件があると言われて男の体は硬直する。
「『ひまなつり』はもう止めなさい」
「俺にとってはお姉さんとの大切な想い出なんですけど」
「分かってる。でもこれからはそんなことしなくても会えるだろ。お雛様を大事にしなさい、お内裏様」
「分かりました!」
「きゃ!ちょ、調子に乗るな!抱き着くなー!」
『雛祭り』に『暇な釣り』をしていたら恋人になった。
これはただそれだけのお話である。
少年呼びから名前呼びに変化するところを想像してニマニマしちゃう。




