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薔薇の人  作者: 角田秀左
1/1

薔薇


 私たちは薔薇。

 そう言われて育てられてきた。

 みんな赤い。

 赤くて、美しい。


 白く冷たい空気がどこまでも広がっている。

 終わりがなく、それでいて闇など見えない。

 光だらけの白い世界で、赤い薔薇は咲いた。

 咲いて、咲いて、枯れることは決してない。

 私たち薔薇は、生まれ、生まれ、永遠に生きていく。


 小さい部屋の中、ひとつの薔薇が小さく言った。

「枯れない花はないよ」

 その声は冷たかった。

 彼女は永遠の花を信じない。

 そんな彼女に私は不満を持った。

 私は反発するように呟いた。

「花は枯れないよ、永遠に」

 だって枯れた花を見た事がないんだもの。

「枯れた花をみたことがあるの?」

 私の問に彼女はいつまで経っても答えなかった。

 冷えた空気を凍らせるような沈黙が、私の肌を刺激した。

 私はうつむく。

 目の先には私の小さな脚と長く絡まった赤い髪の毛だった。

 髪の毛は絹のように細く美しかった。

 私はその一本一本の髪の毛を手に絡めとった。

 救った髪は冷たく細く、薔薇だった。

 そうだ。

 私は薔薇。

 この髪の毛も、薔薇。

 この細い腕も、薔薇。

 この身体も、脚も、顔も、全部薔薇。

 そうじゃなきゃいけない。

 薔薇は完璧じゃなきゃいけない。

 そうでしょ?


 長い夢のように頭には昔の景色が蘇ってくる。

 私がこの世界に生まれてきた時、赤い薔薇が私に言った。

『貴方は薔薇。私も薔薇。ここにいるものは全部薔薇なんだよ』

 私はその言葉を信じた。

 それからたくさんの薔薇と出会った。

 みんな同じ薔薇。

 顔も、髪も、脚も、腕も、みんな同じだった。

 いつだってみんな同じ。

 同じでいい。


 私は冷たい水の中を歩いた。

 広がる水は永遠で、私たちの存在も永遠だと思わずにはいられなかった。

 水を無意識に蹴るとポチャリと音を立てて細かく飛んだ。

 辺りに薔薇は咲いておらず、ただ一輪の薔薇が水の上に咲いているようだった。

 私は静かに歌い出した。

 小さく掠れた声。

 どこで覚えたのか分からない歌を私は歌った。

 歌っているとどこか気が楽になる。

 心が浄化されるようだった。

 無意識に歌いながら水の上を歩いていると、近くから小さく声が聞こえてくる。

 声は低く、戸惑ったような声で、私は辺りを見渡した。

 私が振り返ると、そこには息が切れた様子でぜえぜえと息を吐く物体があった。

 物体は白い髪を適当に結っていて、黒い帽子、薔薇よりもはるかに身長が高かった。

 私は驚いて一歩後ずさった。

 ここに薔薇以外のものがいる。

 その物体は息を整えてから私を輝いた目で見つめた。

 物体は私に近づき、手を握った。

「やっと見つけました!あぁ、私の努力は無駄ではなかった!」

 物体の手は冷たく大きかった。

 私は逃げようと、手を離そうと抵抗する。

「いや」

「怪しいものではありませんよ!私は人間です!安心してください」

 物体の言葉に私は動きが止まる。

「人間?」

 聞いたとこがない言葉だった。

 私は力ずくで手を離し、物体から距離を取った。

 物体は焦った様子でこちらを必死に見つめている。

「本当に怪しくないですよ!」

「人間……人間って何?ここには薔薇しかいないの」

 私は赤い髪、赤い瞳、自分と同じ薔薇しか知らない。

 物体は驚いたように目を見開いてから私を見て優しく微笑んだ。

「私はこの世界の者ではありません。薔薇を見るために他の世界からやってきたんです」

 私は物体の言葉に戸惑った。

 他の世界?

 物体は言葉を続ける。

「私は元いた世界でこの世界の薔薇について研究していました。なので本物の薔薇に会えて本当に嬉しい限りでございます!このために十年ほどの時間と三百万円の借金を背負ったかいがありました」

 物体の言っていることが理解できずに戸惑っていると、物体は丁寧に帽子を外し頭を下げた。

「自己紹介がまだでしたね。私の名前はテーゼです。貴方の名前は?」

 私……。

 私の名前……。

 私は戸惑った。私に名前はない。

 私は……

「薔薇」

 私は薔薇でしかない。

 名前なんてものは私にない。

 それが普通で、みんな同じ。

 テーゼは私をぽかんと見つめて微笑んだ。

「それは貴方の生物上の名称です。なにか、ほかの薔薇からの呼び名などはないのですか?」

「ない」

 私の短い返事にテーゼは優しく微笑んだ。

「そうですね。じゃあ、貴方の名前はディーヴァです。歌がとっても上手で、まるで歌姫のようだったので」

 テーゼは照れくさそうに頭をかいた。

「歌姫……」

「歌姫は文字通り、歌を歌う姫ということです。綺麗な姿の貴方にとてもぴったりですよ」

 私は目を見開き息を吐いた。

 私……綺麗なんかじゃない……。

 私は足元へ見つめる。

 そこには二本の薔薇が咲いていた。

 二本の薔薇はそっと目を開け、立ち上がり、どこか遠くへ歩いていった。

 私はそれをじっと見つめた。

 テーゼは目を輝かせて二本の薔薇を興味深そうに見つめていた。

「薔薇、薔薇が増えましたね!やはり、水があれば薔薇が増えるのですね!」

 私はテーゼを見上げる。

 私……綺麗なんかじゃない……。

「私……から、薔薇が生まれたら……。私が、枯れちゃう……」

 そう。

 永遠なんてものはない。

 枯れない花はない。

 私は枯れる。

 枯れちゃう。

 テーゼの声が聞こえる。

 優しく、穏やかで。

 赤い私を包み込んだ。

「貴方は枯れませんよ。歌い続ける限り、貴方は綺麗に咲いていられます」

 私は顔を上げてテーゼを見つめる。

 白い髪、綺麗な瞳。

 目に入るのはどれも不自然なものばかりだ。

 テーゼは私の手を包み込むように優しく握った。

「貴方の歌を聞かせてください」


 私の歌は下手だ。

 声は掠れていて、小さくて、感情もこもっていない。

 それでもテーゼは静かに歌を聴いてくれた。

 私はいつもよりも必死になって歌った。

 歌って、歌って、私は綺麗な薔薇になれた気がする。



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